地球の果ての島の物語

(柚木)

 夏椎の家まで帰って来てから、晃が女の子を影から出した。
 背丈は100cmほど。金髪碧眼。推定年齢3、4歳。
 そして――まさかの裸。

「なんで服着てねぇの」
「俺が攫われたの、人身売買組織だったようですよ」
「あぁ⋯⋯」

 聞かなきゃ良かった。込み上げる気持ち悪さを振り払うように、俺は女の子にシーツを被せる。

「服貸してやったら?」
「それで警察行ったらどうなると思います?俺が犯人候補に上がるんですよ、お巡りさん」
「相変わらずアホだな、お前は」
「⋯⋯なるほど」

 夏椎と晃の目が冷たい。悪かったな、アホで。
 シーツにくるまってうさぎを抱きしめながらガタガタ震えている女の子はとても可哀想だ。早く家族のもとへ帰してやりたい。
 夏椎といた痕跡を残さずに、調べられても足がつかなくて、なおかつ女の子が安心できる存在。
 ここは適材適所。俺は片手を挙げた。
 
「白虎、麒麟」
《はぁい》
《主様、ここに》
 
 すぐに白虎と麒麟が現れる。2頭が頭を擦り寄せてくるので、俺も撫でて返した。
 
「白虎、麒麟。この子を最寄りの警察署へ連れてってやってくれ」
「えっ!?」
 
 夏椎がびっくりしたような声をあげた。俺はつい呆れてしまう。
 
「まさかこのまま行くと思ってねぇだろうな?」
《え、違うの?》
「お前は街中をパニックに陥れたいのか⋯⋯」
 
 俺は2体に手を触れて、体の奥底にある生命力のようなものを2体へ流し込んでいく。
 魔力とかマナとか色々な呼び方があるらしいけど、何となくしっくりくるので俺はマナと呼んでいる。そのマナを流し続けていると、2体は淡い光に包まれてその姿を変えていった。
 
 白虎は白と黒が合わさった奇抜な髪の女に。
 麒麟は黄色のお下げ髪の女にそれぞれ変化した。
 
 2人とも、虎耳や一角は残したままだ。女の子を連れて行くなら女の人の方がいいだろうと思ったから変化させたけど、なんだか更に疲れた。おかしいな、いつもならこれくらい平気なのに。

「ふたりとも、女の子を警察署まで連れて行ってやってくれ。女の人の方が安心してもらえるだろ」
「わぁい!久しぶりの人型だ!主!」
 
 ぴょんと白虎が飛びついてきた。ゴロゴロと喉を鳴らして甘えてくるけど、今は重いしうざい。俺は白虎を引き剥がした。
 
「何で!?」
「真面目にやれ」
「そうですよ。ほら、おいで小さき者よ」
 
 麒麟、お前もだよ。
 
 どうしてこう神獣という生き物は一般常識を知らないのか。神の使いだからか。警察署に行って小さき者を保護しましたとか言うのだろうか。いや、それはそれでいいのか。やばい、眠すぎて思考まで回らなくなってきた。
 
「白虎、その上着貸してやれよ」
「いいよーん」
 
 白虎は着ていた革ジャンを女の子に被せてあげた。かなり大きいけど、裸で出歩くよりは数倍マシだろ。
 
「夏椎、この辺りの警察署は?」
「少し歩きますけど、玄関出てもらって、道路沿い真っ直ぐ行ってもらったらありますよ。ひとり暮らしになるかも知れないと思って、一応、警察署の近いところに家を決めたんです」
「それで攫われてりゃ世話ないけどなぁ」
「それは全くその通りですね⋯⋯」
 
 夏椎は遠い目をした。ま、無事だったら言うことはない。夏椎に非はないもんな。
 
「で、そのうさぎなんだけど⋯⋯」
「いや!トワはあたしの!」
「お姉ちゃんはうちが守る!」
「喋るんだよなぁ⋯⋯」
 
 俺は頭を抱えた。何かトラブルが起きる前に出来ることならこのうさぎは島へ連れて帰りたい。
 現世で人型はとれなくても、翔真のように寿命が人間基準に変わっているかもしれない。うさぎの寿命以上に生きて、しかも喋る。世界中とんでもない騒ぎになるぞ。また誘拐騒ぎが起きかねない。
 
「おいうさぎ」
「トワやで」
「トワ。そんでその飼い主も。家族はいいけど、他人には喋ることは漏らすな。絶対にだ」
「え、でもトワはおしゃべりじょうず⋯⋯」
「絶対だ」

 強めに言うと、ぴゃっと女の子とうさぎは身をすくませた。
 そしてこくこくと頷く。俺はもう一度マナを添えて、「約束だ」と伝えた。
 
「約束を破ったら家族総出で島へ連れて行くからな」
「それって救済処置っていうんだよ、主」
「主様は他者を見捨てられない方ですものね」
「もう、いいからさっさと帰してこい!」
 
 もう話は終わりだ。俺は白虎と麒麟と女の子を扉の外へ押しやった。
 3人と1匹は何か喋りながら、階段を降りて行く。ひとまずはこれで一件落着だ。
 くそ、さっきから眠気に加えて身体が妙に重い。それに頭が痛い。
 早く島へ帰りたい。下が静かになったので、俺は夏椎達へ向き直る。
 
「よし、帰るぞ」
「あの、柚木さん」
「なんだよ」
 
 もうこれ以上のいざこざは勘弁だ。
 嫌々ながら聞くと、夏椎が自分のスマホを指さす。
 
「父さんが、ホテルに着いたら柚木さんと電話したいって⋯⋯」
「⋯⋯⋯」
 
 またやることが増えた⋯⋯。
 
「⋯⋯はい」
 
 なんとか振り絞るように言った俺の顔は、多分引きつってたと思う。


 ★★★★★


(夏椎)

 ようやくテレビから島へ戻ることが出来た。テレビから顔を出すと同時に巨大な亀が眼前に現れて、思わずびくりと肩が強ばってしまう。
 でも、この亀は玄武だ。中国の四神だったはず。なんでこんなところに神様がいるんだろう。

「ありがとう。待たせたな」
《主のためなら何百年でも待とう》

 ―――主。

 主、と言った。そうだ、白虎と麒麟も柚木さんのことを主と呼んでいた。
 こんな華奢で可愛らしい女の子みたいな外見をしているのに、神様を従えているなんて。ますますこの人のことがよく分からない。俺がじっと柚木さんを眺めている前で、柚木さんは玄武の体を撫でている。
 しばらくして、玄武も淡い光に包まれて人型へ変わっていった。
 大きな蛇を肩に巻いた、背の高い浅黒い肌をしたドレッドヘアーの女性だった。さっき白虎と麒麟が女性になっていた、それと同じ原理だろうか。
 
「主、かなりマナを消費しているな。おぶるぞ」
「子どもじゃねーんだから歩けるよ」
「ふはー、やっと人になれた!」
 
 俺の隣で人型になった翔真が、うーんと伸びをした。
 俺は少し、ほんのすこーし残念だった。あのモフモフ、また触らせてくれないかな。すごくモフモフで触り心地最高だったんだけど、ダメかな。
 
「玄武、俺たちは一旦引き上げるぞ」
「承知した」
「え、柚木さん帰るんですか?」

 父さんと電話するって約束したのに。柚木さんは俺を見て、ひらひらと片手を振って返す。
 
「アメリカからドイツ行きなら到着はまだ先だろ」
 
 柚木さんは言いながら『兎の目』を出て行った。玄武さんもそれに続いていく。
 扉が閉まるのを待ってから、ぎゅっと翔真が抱きついてきた。えへへ、とニコニコ笑いながら頬擦りする翔真は人型でもやっぱり犬と同じだ。
 
「おかえり、夏椎!」
 
 ぶんぶんと翔真の尻尾が揺れている。
 
 おかえり。
 
 おかえりなんて、何年ぶりだろう。いつも父さんを迎えるのは俺の方で。待つのは俺の専売特許だったはずなのに。
 
「⋯⋯ただいま」
 
 この言葉が、少し照れくさい。
 不思議だ。家からここへ来たはずなのに、帰ってきたような感覚がする。ただいまと言う言葉がとてもしっくりして、つい俺は照れ隠しに頬をかいた。
 
「これからはずっと一緒にいようね!」
「もう攫われるのはナシだぞ」
「はは。⋯⋯うん、そうだね」
 
 父さんだけだった世界から踏み出して、ようやく見つけた新しい自分の居場所。
 知ろうと思った。知っていきたいと思った。
 自分が何を忘れているのか。自分がどう育ってきたのか。
 そのために、ここで過ごしたい。
 変な島で、まだ人以外の生き物には慣れないけど。俺もふたりみたいに、いつか慣れていけたらいいな。
 
「3人とも、何か食べる?」
「うん!お腹すいたぁ〜!」
 
 マスターさんがカウンターから声をかけてくれた。翔真がぴょこんと跳ねて答える。
 
「オムライスがいい!玉ねぎ抜いてね!」
「2人もオムライスでいい?」
「何でも大丈夫です」
「俺も夏椎と同じならいい」
 
 マスターさんは微笑んで、カウンターの向こうへ戻っていった。
 
「マスターのご飯美味しいんだよ!」
 
 翔真がニコニコしながら尻尾を振っている。さっきから止まらない尻尾がどうしてもポメラニアンの姿がちらついて仕方がない。
 
「夏椎、夜はどーする?おれんちお泊まりする?」
「夏椎は俺と寝るんだ」
「晃の部屋は汚いからダメ」
 
 あ、尻尾が止まった。
 
「まぁ、どうしてもって言うならおれんち来てもいいけど」
「どうしても」
「どーする?夏椎」
 
 翔真の家に行くのが決定事項になってしまった。
 でも、アメリカに戻るのはナシだとは思う。人身売買組織がひとつとは限らないし、そう言う裏の世界に俺の情報が流れているならあの家は安全ではなさそうだ。
 父さんが戻り次第早々に引っ越したいけど、貴重品以外の盗られたくないものを持ち出す必要がある。
 となれば、やっぱりテレビ通行は都合が悪い。マスターさんは1時間ほどかかると言っていたけれど、繋がる場所はずらしてもらった方が後々何かと都合は良さそうだ。
 
「とりあえず、テレビからの出入りは大変だから場所を変えてもらえないかな」
「きっと出来るよ。マスターは魔女なんだよ。時空魔法の使い手なんだって言ってたよ」
「時空魔法⋯⋯」
「マスターはね。地球の人間じゃなくて、他の世界から逃げてきたんだって」
「翔真、詳しいね」
「おれここでバイトしてるからね!」
 
 翔真はエッヘンと胸を張った。
 何となく俺は翔真の頭を撫でる。頭の毛もなかなかのモフモフ加減だった。
 
「今日は夏椎の事があったからお店は閉めてるけど、いつもはお客さんもそこそこ入るんだよ!おれコーヒー淹れられるんだから」
 
 またブンブンと翔真の尻尾が揺れ始めた。感情がコロコロと動いて見ていて飽きない。
 
「子どもでも働けるんだね」
「この島に年齢制限なんてないよ。働きたくない人は働かないし、働きたい人が好きなお仕事するの」
「別に俺は好きな仕事ではない」
「そう言えば警察で働いてるって言ってたね、晃」

 確かに、晃は警察官って柄ではないような気もする。
 
「でも、手伝ってあげてるんだ?」
「⋯⋯住んでるからな」
「警察庁に?」
 
 晃はこくりと頷く。言葉足らずな晃をサポートするように、翔真が説明を付け足してくれる。
 
「親のいない子供や、ご老人や病気の人の住むところと食事は警察庁が用意してくれるんだ。その代わり、頼まれたお仕事を手伝うことになってるんだよ。お金ももらえるし。おれも晃の隣に住んでるよ」
 
 ―――親のいない子供。
 
 俺はズキンと頭が痛むのを感じた。
 頭を押さえていると、翔真が慌てた様子で駆け寄ってくる。
 
「だ、大丈夫、大丈夫。ちょっと頭痛かっただけだから」
「大丈夫じゃないよ!おれ、何かいけないこと言った?」
「ううん、そうじゃなくて⋯⋯」
 
 断じて翔真のせいではない。何か、何かが脳内で引っかかっただけだ。
 さっきの話で推測するに、晃も翔真も親はいないということになる。
 でも、――違和感がある。晃の親は、俺も知っていたはずだ。
 ただそれが思い出せない。消しゴムで消された痕のように、薄ら見えそうで見えない気持ち悪さが頭を締め付けてくる。
 
 黒。
 黒が見えた。闇よりも深い漆黒の色。
 
「夏椎⋯⋯?」
 
 心配そうに翔真と晃が覗き込んでくる。
 心配して欲しいわけじゃない。ぶんぶん頭を振ると、少しだけ思考がどこかへ飛んでいく。
 後で考えよう。それに、後でふたりに聞いてもみよう。
 昔のことなら、ふたりがよく覚えている。
 
「治ったよ。ありがとう」
 
 まだ少し痛みは残るものの、我慢出来る範疇に入った。
 無理やりにでも微笑むと、翔真はぎゅっと抱きついてきた。俺はそれを受け入れて、よしよしと頭を撫でる。
 このスキンシップの多さも、犬由来のものなのかな。
 さっき、空の上で、俺が翔真を人に変えた可能性があると柚木さんが言っていた。
 でも、アメリカでは翔真はずっと犬だった。なら、あの子うさぎも島に渡れば人になるのだろうか。
 この島は一体何なんだろう。人外ばかりかと思えば、迷い込んでくる人間もいると言う。無法地帯かと思えば、警察庁があって管理されている。
 不思議な島だ。それでいて、妙に居心地もいいのだから頭が混乱してくる。
 とりとめなく考えていると、ガチャリと厨房のドアが開いた。
 
「おまたせ」
 
 マスターさんが白い平皿を持って入ってくる。
 カウンター席に置かれたのは、ふわふわで柔らかそうなケチャップオムライスとサラダのプレートだった。
 
「おかわりはチキンライスだけになるけど、まだあるよ」
「玉ねぎ抜いてる?」
「いつも通り抜いてるよ」
 
 優しい声音で答えるマスターさんは、魔女と言う恐ろしげな呼び名とは似ても似つかなかった。
 マスターさんはスプーンもお皿に添えて3人分運び終えると、冷蔵庫から取り出したお茶を入れてくれた。
 
「マスター、ありがとう!」
「す、すみません」
「さぁ、温かいうちに食べて」
 
 マスターさんがにこりと微笑む。
 俺達は椅子に座ると、いただきますと手を揃えた。急に知らない島へ連れてこられたり、攫われたり、逃げ出したりと色んな事があったので忘れていたけど、すっかりお腹は空いていた。
 
「そうだ、椎ちゃん。空間を繋げ直す話なんだけどね」
 
 カウンター越しにマスターさんが話しかけてきた。俺は口に含んだオムライスをしっかり飲み込んでから、「はい」と返事をする。
 
「もう座標が分かってるから地点を変えるだけでいいんだけど、どこに繋ぎたいとか希望はあるかな?」
「どこ⋯⋯扉とかですか?」
「扉でもいいけど、あまり出入りのない場所の方がいいかな。意図しない移動は嫌でしょう?」
 
 そうか。例えばリビングに行きたいのにこちらへ来てしまったり、トイレに繋がってしまったり、不都合がある場合もあるのか。
 
「壁とかの方がいいですか?」
「そう言う希望もあるね。後は、使ってない物置とか、置時計とか」
「うーん⋯⋯」
 
 あ。
 俺は、ひとついい場所を思いついた。
 
「じゃあ、俺の部屋の窓でもいいですか?」
「窓?でもいいの?」
「危ないから開けないようにって言われてるんです。ずっとシャッター下りてるし、そこなら誰も出入り出来ないから」
 
 まぁ人攫いにあったし、父さんの心配もあながち間違いではない。
 俺的には勉強するだけの空間なので窓を開けられなくても気にも留めていなかった。勉強もゲームをする時も父さんがいる時はリビングだったし、部屋の機能なんてあってないようなものだ。
 
「じゃあ、一度僕がそちらへ行かせてもらってもいいかな?」
「あ、はい。大丈夫です」
「じゃあ向こうから繋ぎ直してくるね」
 
 マスターさんは聞き慣れない言語を言うと、身体をふわりと浮き上がらせた。
 そのまま、テレビへふわふわと飛んでいく。俺がぽかんと見ている間に、マスターさんの姿はテレビの向こうへ吸い込まれて行った。