地球の果ての島の物語

(柚木)

 夏椎がなんか連れて帰ってきた。
 足が3本あって、夏椎くらいの大きさがあって、お腹に口のあるよく分からないつるっとした生き物。
 明らかに地球の生き物じゃない。なんだありゃ。と思う間もなく、夏椎の右腕に違和感を覚える。
 なんか抱えてる。
 人間の子ども?
 夏椎が止まったことによって、人間の子どもの身体が宙に浮いた。まずい、と思考が働く間もなく口が勝手に開く。
  
「お前達!怪我しないように総出動だ!」
 
 俺は咄嗟に謎の生き物に指をさした。
 言ってしまったあと、しまった、と後悔する。でも動物達は従順に、よく分からない生き物の腕に噛み付き、足元にガラガラヘビがぐるりと巻き付いた。
 よく分からない生き物の力が緩み、夏椎と女の子がふわりと宙に浮く。
 すかさず晃が女の子を影に収納した。夏椎が地面へ落ちる前に、翔真と晃がふたりで手を伸ばす。

「夏椎!」

 ふたりが夏椎を受け止めて、再会を喜んでいる。俺はほっとしながら、よく分からない生き物に向き合おうとして―――

 その瞬間、肩に誰かの手がそっと添えられた。
 ひんやりとした感触。大きな手が肩を撫でて、じわじわと背筋が冷たくなっていく。
 抵抗は出来ない。ルールを破ったのは俺だ。黙ってそいつの言葉を待っている俺の頭を、今度は包むように大きな手が動く。
 
「うちのものが世話をかけたな」
 
 低く、低く、脳内に響く声。
 白虎と麒麟が唸っている。それを手で静止しながら、俺は苦笑いを返した。
 
「狩場を邪魔して悪かったよ」
「⋯⋯⋯」
 
 ふ、と触れていた手が離れて行った。
 さっきのよく分からない生き物は冥界のものだったのか。どうりで見たことないと思った。
 俺はあいつが帰ってくれたことに心底ほっとした。冥界とは揉めたくない。地球の生き物のほとんどが行き着く先だから。
 走り寄ってくるコヨーテ達を撫でながら、ふと、視線に気付いて顔を上げた。
 よく分からない生き物が、じっと俺を見ていた。
 許しを乞うような一つ目の視線を受けて、俺は夏椎達が見ていないうちに住処へ戻れと手で指示をする。
 よく分からない生き物は、ゆっくりと踵を返して洞窟の元へ戻って行った。
 よく分からない生き物の姿が見えなくなってから、俺は肩を落とした。なんかどっと疲れた。不足の事態とはいえ、出来ることならやっぱりなるべく島外へは出たくない。
 
《お疲れ様、主》
《ご立派でした、主様》
「はは⋯⋯」
 
 未だに抱き合っている子ども達を眺めながら、俺は乾いた笑みしか出てこない。
 
「なぁー、さっさと帰ろうぜー」
 
 心からの本音が口から出たのは、もう金輪際こんなややこしい場所とは関わりたくなかったからだ。



《いやー!あたしも主と行く!》
「だから、街中で虎は目立つんだよ!」

 この虎、何回言っても分かってくれない。一瞬でマウントをとられた俺は、ザラザラした舌で髪と頬を舐められ、頬擦りされ、わやくちゃにされていた。
 こそばいし重い。いつまでたっても離してくれないので、俺は最終兵器を繰り出すことに決めた。

「おすわり!!」

 白虎がピタリと動きを止め、犬のようにおすわりの姿勢をとる。
 その間に俺はルフへさっと乗り込んだ。ふわふわの羽毛が癒される。しばらくルフにもたれかかってから、俺は夏椎達へ目を向けた。

「ほら、帰るぞ」
「あの⋯⋯」
「アイツは放っとけ」
《うわーん、主また呼んでね〜!》
《もう⋯⋯》

 隣で麒麟が呆れている。移動手段としては優秀なのに、白虎はこれがあるから面倒くさい。
 ルフはペットとしての威厳を見せつけるように、振り返りもせずに飛び立った。俺は白虎が届かない位置まで来ると、「もういいぞ。また後でな!」とおすわりを解除した。
 白虎が下で跳ねている。2体に見送られながら、ルフは荒野の空を飛んでいく。
 ルフの上に乗りながら、夏椎は翔真を膝に乗せて無言でモフモフを堪能していた。翔真はなんだか満足そうだ。晃も大人しく夏椎の側に寄り添って座っていた。
 
「柚木さん」

 モフモフを堪能し終えたのか、夏椎が急に話しかけてきた。
 あ、でもまだ手がモフモフを欲している。翔真の毛は柔らかくて気持ちいいもんな。
 
「何だ?」
「あの女の子なんですけど、どこからか攫われてきたみたいで。帰してあげれないですかね」
「捜索願いとか出てたら分かるかも知れないけどな。あとで現地の警察に聞いてみるか」
 
 それにしてもなんで洞窟に女の子がいたんだろう。
 薄らと寒気のする思考を押し込めながら考えていると、突然夏椎のパーカーのポケットからぴょこんと黒うさぎが顔を出した。
 
「赤い屋根のおうちやで!」
「あ、」
「⋯⋯あ?」
 
 おい、ちょっと待て。なんでうさぎが喋ってるんだ。
 次から次へと今日は一体何なんだ。
 
「⋯⋯一応聞くけど、それは何だ」
「さっきの女の子の飼いうさぎだそうです」
「可愛いうさぎちゃんやで!」
「うさぎは喋んないんだよなぁ」
 
 言ってから、まてよ、と翔真に目を向ける。
 そう言えば、今更だけど翔真もそうだな?
 
「なぁ夏椎」
「はい?」
「ちょっと手貸せ」
 
 俺は言いながら、手を差し出す。
 夏椎は首を傾げた後、おずおずと手を伸ばした。そこに意思はあるように見える。一度不思議そうにしていたからだ。
 
「⋯⋯うさぎ、こっちに来い」
 
 次にうさぎに目を向けると、うさぎはパーカーのポケットから飛び出して俺の膝に飛び込んだ。
 プログラムされた動き。そこに意思は感じない。
 
 ―――なるほど?

「晃、翔真。目を瞑って耳を塞いでおけ」

 1人と1匹は素直に指示に従った。俺は次に夏椎へ出来る限りの笑顔を向ける。
 
「夏椎」
「はい」
 
 俺はホルスターから拳銃を取り出した。
 
「死ね」
 
 引き金に指をかける。
 よりも先に、俺の首に幾つもの刃が突きつけられた。
 
「⋯⋯なんて。冗談だよ、冗談」

 俺はゆっくりと拳銃を下ろす。
 なるほど。そういうことか。夏椎の本質が少し見えてきたぞ。
 
「俺は夏椎を助けに来たんだぞ?お前らの利になることをしてやったんだからそんな怖い顔すんなよ」
 
 髪の長いもの、全身黒いもの、羽の生えたもの、人の姿をしていないもの、タコのようなもの、よく分からない形状のもの、それら全てが俺を見つめている。
 直接会うのはいつぶりかな。二度と会いたくねぇと思ってたけど、こんな形で会うことになるとは思わなかった。
 ちらりと夏椎を見ると、怯えたような表情を見せている。
 それが分かっただけ十分だ。俺は拳銃をホルスターにしまってから、しっしっと手で追い払った。

「島に来た以上、夏椎は俺が世話してやるよ。ほら、さっさと帰れ」
 
 幾つもの存在は、そのまま何も言わずに姿を消した。
 念の為翔真と晃の目を閉じさせて正解だったな。それにしてもあんなに出てくるとは思わなかった。
 あいつら(・・・・)がいる島に帰ってからやれば良かった。バレたら怒られるだろうなー。でも黙ってたらもっと怒られそうだなー⋯。
 
「⋯⋯あの」

 少し震えた声で、夏椎が戸惑ったような視線を向けてくる。
 俺もまっすぐに夏椎に向き直った。これは夏椎が知っておかなきゃならないことだ。きちんと説明してやらなきゃならない。
 
「夏椎。お前、もしかしなくともうさぎに血を与えたな?」
「えっ⋯⋯。あ、噛まれたときに血は流れましたけど⋯」
「やっぱりな。幼い時にたぶん翔真も飲んでるな。子どもなんて怪我はしょっちゅうするからなぁ」
「あの、それが何かまずいんでしょうか⋯⋯」
「夏椎、お前の後ろに高次の存在があれだけいる」
「高次の存在?⋯神様とか、ですか?」
 
 奴らはそんな生易しいものではない。俺は首を振った。
 
「いや。神を作った奴らと言うか、世界を創り出す能力がある存在というか⋯?とにかく、すげぇ強くてややこしいんだよ」
「確かに、すごい威圧感でしたね」
「あれだけの高次の存在が出てくるってことは、それだけの血がお前の中に流れている可能性がある。勿論その中に人間の血も混じっているから、分類上地球人と言えなくもない。で、だ。そのお前のややこしい血は、獣を進化させる作用があるらしい」
 
 夏椎は目を見開いた。
 俺もびっくりしてる。獣を人化させたり、話が出来るようになるなんてすごい能力だ。
 
「獣以外の作用はまだ分かんねぇ。お前と一緒に過ごしていたなら晃も進化の果てかも知れないし、違うかもしれない」
「⋯⋯つまり?」
「このまま島外に人外を量産されると非常に面倒くさいので、俺の判断でお前は島内の管理下に置くことにした」

 ややこしい存在なのは間違いないけど、この能力が現世でバレるともっとややこしいことになる。
 今以上に夏椎が狙われることになりかねない。身のこなしを見るにおそらく夏椎は戦闘慣れしてるだろうけど、人外相手は人間を相手にするのとは勝手が違う。怪我でもしたらせっかく夏椎と再会できた翔真と晃が悲しんでしまう。
 断られたら何とかして説得しないと。翔真と晃に頼むとか、美味しいものをあげるとか⋯⋯あとなんかないかな⋯⋯
 
「父さん!」
「うわ、びっくりした」
「あっ、俺、連絡まだ出来てなくて、あの、父さんが心配で、島に」
「落ち着け。渡すのを忘れてた俺が悪かった。ほら、これだろ。翔真と晃ももういいぞ」
 
 俺はホルスターバッグから部屋に転がっていた夏椎のものらしいスマホを取り出した。
 手渡すと、夏椎がほっと肩を下ろす。それと同時に、翔真と晃の目がパチリと開けられた。2人は夏椎と俺を見比べた後、不思議そうな顔をしているけど俺は何も言わなかった。
 帰ったらやることがたくさんある。

 まず寝たい。なんでかすっげぇ眠い。さすがに子どもの前では寝ないけど、ベッドに入りたくて仕方がない。
 寝たあとはまゆに住人登録してもらって、学校にも連絡して、高次の奴らに会ったことを報告して⋯⋯

 考えていたら、夏椎がふっと笑った。翔真と晃がスマホを覗き込んで、3人で楽しそうにしている姿が微笑ましい。
 良かったな、ちゃんと再会できて。
 やっぱり友達は一緒にいた方がいい。翔真と晃が必死で探していた夏椎がいいやつで良かった。
 ふわふわと凪ぐ風を受け止めながら、俺は3人を眺めていた。