地球の果ての島の物語

「はぁぁぁー⋯⋯」
 
 飛行機の窓を覗きながら、龍司は何度目かのため息をついた。
 空港に着くなりいきなりドイツ行きのファーストクラスに詰め込まれ、夏椎に連絡も取れないまま今に至る。飛行時間は8時間強。辛い。早く夏椎に会いたい。
 
「電話がしたい」
「ダメだ。メッセージだけにしろ」
 
 龍司の隣席に座るのは、眼鏡をかけた癖毛の男、龍司が最も苦手とするマネージャーその人だ。黒髪に金色の瞳が猫のようにも見える怜悧な男は、龍司に対していつも容赦がない。
 
「そんなこと言ったって夏椎から連絡がないんだ⋯⋯」
「学校だろ」
「もう20通くらい送ってるのに返事がないのはおかしいと思わないか?」
「おかしいと思う。お前が」
 
 キッパリと言われてしまった。
 龍司は諦めがちにふかぶかと椅子にもたれかかる。空の上なので如何ともし難いのだが、どうにも胸騒ぎがする。
 
 その時、ガァン、と銃声が聴こえた。
 銃声。脳が理解するより先に、龍司の身体が動く。
 
「⋯⋯ご愁傷さまだな」
 
 何も志賀龍司の乗ってる便でハイジャックなんかしなくても。
 マネージャーは、のんびりと読書をする。
 ゆったりとファーストクラスを満喫していた。


 ★★★★★

 
「動くな、動くな!」
 
 エコノミークラスの通路で、覆面を被った男が金切り声で叫んでいる。
 全員で3人。銃を持っているのは1人。
 全員男のようだ。黒ずくめの服に、腰にベルトを巻いている。パラシュートかも知れないし、はたまたナイフ等の武器の可能性もある。
 だが素人だ。全員がエコノミークラスの方を向いている。
 そして龍司も迂闊だった。サングラスもマスクも忘れた。後で絶対マネージャーに怒られる。
 
 いや、でもこれはポジティブなニュースにならないか?
 
 自問自答しながら、なるべく人目に付かないよう天井を移動する。
 飛行機と言うのは、案外掴まれる部分が多い。全員の視線が覆面達に集中しているのもありがたかった。
 
「全員、金目の物を出せ!」
 
 金目の物を強請るならビジネスクラスやファーストクラスへ行けばいいのに。チケット取れなかったのかな。
 龍司が両足で突っ張りながら天井付近に留まっていると、覆面達の真上に銃痕を見つけた。穴空かなくて良かったなぁとしみじみ思う。さすがに墜落されたら俺にもどうしようもないしな⋯⋯。
 
 まぁそれはさておき、制圧するか。
 
「よっ」
 
 龍司は軽快な声を出すと、荷物棚を使ってひょいひょいと覆面達の間近まで移動した。
 まだ男達は叫んでいる。怒りは我を忘れる。気配を絶った龍司は気付かれない。
 龍司は荷物棚からぱっと手を離すと、銃を持った男の肩目掛けて着地した。
 
「ぐえっ!?」
 
 男が倒れる。190cm近い男が急に降ってくるとは思わなかっただろう。銃が前方に転がっていくのを右手で止めながら、左手で座椅子を持ち勢いを殺す。
 そのまま、そこそこ威力を抑えてもう2人も蹴り飛ばした。
 
「さぁて⋯⋯」
 
 他に協力者はいないかな。
 右手で拾った銃をくるくると遊ばせる。龍司が何も言わずに待っていると、左手の方から動く気配。
 
「ほい」
 
 龍司は男の手に手刀を切った。カランカランと何かが落ちる。――ナイフだ。ペンと偽装して入って来たらしい。なまじサイズが小さいので、致命傷になるとも思えない。
 
「ずさんな計画だなぁ」
 
 手を押さえて蹲る男は、金髪の少年だった。まだ若いのに、こんなことで人生棒に振るなんて勿体ない。
 
「空港に着いたらちゃんと警察行きなさいよ」
 
 龍司は銃をズボンのポケットにしまうと、ひょいっと少年をつまみ上げた。残りの3人は昏倒しているので後で連れていこう。そう思って歩き出すと、ワッ、と歓声が上がった。
 
「ブラボー!」
「リュウジ!リュウジじゃないか!」
「本物!?」
「⋯⋯⋯」
 
 龍司は名前を呼ばれたのを聞いて、色々と諦めた。
 そして何とか4人担ぎあげると、颯爽と逃げ出すのだった。


 あぁ、後ろからまだ歓声が聴こえる⋯⋯。
 さすがに俺でも男4人は重い⋯⋯。
 夏椎に会いたい⋯⋯。
 
 メソメソしながら何とかファーストクラスに戻ってきた龍司を出迎えたのは、読書をしたままこちらを見向きもしないマネージャーで、残念ながら夏椎ではなかった。
 夏椎じゃなかった。
 
「お前にしては遅かったな」
 
 夏椎だったら「父さんすごい!」と目を輝かせてくれるのになぁ。
 はぁー、とまたため息をつきながらファーストクラスの座席にポイポイと4人を放り投げる。まだ3人は眠っているが、1人はじっと龍司を見上げている。ナイフの少年だ。
 
「空港に着くまではここから出ちゃダメだぞ。CAさんにも迷惑かけないように」
「な、なんで⋯⋯」
「あのままあそこにいたらボコボコにされるかもしれないでしょ。俺は子供がそんな目に会わなくてもいいと思うんだよ、やったことは然るべき場所で裁かれるべきとは思うけどな」
 
 これは龍司の持論だが、この場に異を唱える者はいない。
 ようやくエコノミークラスからの歓声が消えた。まだザワザワとしているかも知れないが、こちらへは入ってこられないよう警備も配置されている。ファーストクラスを貸切にしたのはマネージャーの采配だが、その意味では助かった。
 
「まぁゆっくりしてなさいよ。そのうち食事も出てくるさ」
 
 龍司もソファー席にどっかりと腰掛けた。スマホを見てもまだ返信はない。龍司の心にモヤモヤが翳る。
 そのモヤモヤをかき消さんばかりに、龍司はガシガシと頭をかいた。そのままおもむろにズボンのポケットに手を入れ、銃を取り出す。
 よくよく見れば、市場に出回っているような正規の品ではなかった。銀色の銃身に、先端に小さな鉄の筒が埋め込まれている。
 銃身は取り外しも出来そうだ。龍司がまじまじ眺めていると、うぅ、と覆面男の1人が呻いた。
 
「おはよー」
 
 龍司の穏やかなのんびりとした挨拶。何があってどこへ連れてこられたのか覆面男は一瞬混乱した。が、すぐに我に返りがばっと勢いよく起き上がる。
 
「おい、ゴールド!ここはどこだ!?」
「ミッション失敗だよ、ワン。俺たちは捕まった」
「なん……っ」
 
 ワン、1ってことかな。
 後寝てるのはツーとスリーかな?ゴールドは覆面着てないからか。ネーミングが安直なのも若者らしい。
 龍司はまじまじと眺めながら思案する。さすがにもう反抗はしてこないだろうけど、念の為少しは警戒しながら。
 
「せっかくいい腕持ってんだから、マジメに生きりゃいいのに」
 
 龍司は手で銃を遊ばせながら呆れたように呟いた。
 ワンがきっと龍司を睨みつける。
 
「お前に何が分かる!」
「知らないけど。試しに作ってみた銃が上手いこといったからって、試しの場がハイジャックなのは頂けないなぁ」
 
 図星だったのか、ワンが押し黙った。
 
「腰のはパラシュートか?それも自作ならやめといた方がいい。それとも死ぬつもりだったのか?」
「説教かよ」
 
 ややあって、ツーとスリーも起き上がってきた。
 
「説教なんてしないさ。俺だって人生で後悔してる出来事なんていくつもある」
 
 例えば、夏椎と離れなければならない仕事を選んでしまったこと。
 例えば、今すぐ飛行機を飛び降りたいのに常識がそれを許してくれないこと。
 例えば、サングラスとマスクを忘れてハイジャックに突撃してしまったこと。
 ふっ、と龍司は微笑んだ。
 
「後悔しながら生きてくんだ、人間は」
 
 内実はしょうもない後悔ばかりなのだが、少年達は静かに俯いて話を聞いている。
 全員アホだなぁ、とマネージャーは心の中で突っ込みを入れた。
 
「だがそれら全てを凌駕してくれる何かが必ず現れる」
 
 龍司は拳に力を入れた。
 
「例えば、子どもだ。子どもは真っ直ぐに愛を注いでいれば、注いだ分だけ愛を返してくれる。目に入れても痛くない。その無垢な瞳に報いるために無限の力が沸いてくる」
 
 あぁ、始まった⋯⋯。
 
「初めて目を合わせてくれた日、初めて歩いた日、初めて名前を呼んでくれた日⋯⋯!それら全てが原動力になる。もちろん大きくなっても可愛いぞ!自立するのは寂しいことだが、それもまた愛おしい!」
 
 親バカは死んでも治らないんだろうな。マネージャーは夏椎を憐れんだ。当の夏椎は麻痺しているので最早日常の一コマくらいだが。
 
「⋯⋯俺たちはそんな愛されてなんか」
「例え愛されなくても、愛することは出来るさ。この銃もとても綺麗に作られている。余程の愛が詰まってないとできないものだ」
 
 龍司は優しく微笑んだ。
 
「俺だって作品達を我が子のように愛してるんだぞ。無機物にも、想像上でも愛はあるんだ」
 
 マネージャーが龍司の話を止めないのには理由がある。
 ひとつは、どうせ止めたって止まらないこと。
 
 もうひとつは、
 
(さすが世界のリュウジは言うことが違う⋯⋯!)
 
 無駄なカリスマ性のおかげで、相手が勝手に崇高な解釈違いをしてくれるからだ。
 
「俺、リュウジさんの『サン・ムーン・レイン』見ました」
「俺も、『パワーガイズ』大好きです」
「俺はずっと『プリズンブレイカーズ』のシリーズにハマってます」
「『ブラック・メン』の次回作めちゃくちゃ楽しみです」
「みんな違ってみんないいだな。誰にもハマらない、愛せないものなんて世界にはないからなぁ」
 
 うんうんと龍司は頷く。こんなでも龍司は仕事に対しては真摯に向き合っているので、無駄に整った容姿も手伝って彼の仕事が尽きることはない。
 
「だが、他人に迷惑はかけちゃダメなんだぞ。誰も怪我しなくて良かったが、悪いことをしたら悪いことをしましたと反省しなければならない。今日の事はしっかり後悔して、次に生かしてくれ」
「ごめんなさい」
「すみませんでした⋯⋯」
「止めてくれてありがとうございました」
「ちゃんと警察に行きます⋯⋯」
「よしよし。さ、コーラでも飲みながら映画を見ようじゃないか」
 
 なんか話が纏まった。
 覆面男達は覆面を脱ぎ、若者らしい活気に満ちた瞳を輝かせている。
 龍司は持参のプラコップにコーラを注ぐと、1人1人ぽんぽんと頭を撫でながら配って行った。子どもは我が子と同じ。可愛がらなければ父親が廃る。
 もちろん、夏椎は特別枠だ。夏椎からの連絡はまだないが、楽しく学校に行ってくれていることを願おう。
 万が一、事故や事件に巻き込まれでもしていたら⋯⋯
 
「龍司」
「何、睡蓮」
「子供の前では殺気立つな」
 
 マネージャー、睡蓮はパタンと本を閉じた。
 龍司はきょとんとして首を傾げる。睡蓮に指をさされ、ようやく目の前で少年達が怯えているのに気がついてはっと目を見開いた。
 
「な、何でもないぞ!」
 
 慌てて両手を振る。睡蓮はため息をついてまた本を開いた。全く、龍司は夏椎が絡むとろくでもない。
 龍司には二面性がある。
 人殺しすら厭わない残忍性と、人を慈しむ朗らかな聖性と。
 両極端な男だ。
 
「龍司」
 
 睡蓮は顔も見ずに静かに言った。
 
「夏椎は大丈夫だ」
 
 龍司の精神の拮抗は、夏椎が握っていると言っても過言ではない。
 父ひとり子ひとりの狭い世界の愛情関係は睡蓮にとってはどうでもいいが、龍司の仕事のパフォーマンスが落ちるのは困る。
 大体、夏椎が人間相手にどうにかなるわけがないのだ。
 アレは龍司並、下手をすれば龍司よりも厄介な力を持っている。
 
「⋯⋯うん」
 
 流れる映画をぼんやり眺めながら、龍司はゆっくり頷いた。
 睡蓮に言われなくても、分かっている。分かってはいるけれど、心配なのは仕方がない。龍司にとっては夏椎はまだまだ子どもで、怖い思いなどして欲しくないからだ。
 
(まぁ、いつまでも悩んでたって仕方ないか)
 
 龍司は椅子にもたれかかって、ふぅ、と息をついた。
 スマホはまだ、静かに連絡を待っていた。