地球の果ての島の物語

(柚木)
 
 黒い檻に入れられた赤い4つ目と、青い1つ目。
 とても大きい。その人間離れした体躯に襲われれば人間はひとたまりもなさそうだ。
 2人は檻に手をついて、こちらへ手を伸ばしてくる。
 腕は人型。顔はちょっと人寄り程度。こんなやつら俺は知らないし、たぶん不法侵入なんだろうな。
 俺はソファーに座って、こいつらをどうしようか悩んでいた。

 ここ最近の被害者はいなかったか記憶を洗う。考えていると、変な笑い方をして2人組が檻をガタガタと揺らした。

「おい、お姉ちゃん」
「俺は男だ」
「そんな美味そうな匂いして男なわけねぇだろ。男だっていうなら証拠見せてみろよ」

 女に間違われることはしょっちゅうだけど、証拠見せろは初めて言われた。
 証拠ってなんだ?どうやって証明すればいいんだ?考えていると、また檻がガタガタ揺らされる。金属音が耳障りでうるさい。
 
「もう、うるさいな。何だよ」
「ねぇー、未遂だったんだからさっさと出してくれよ。僕たち悪いことしてないでしゅよー」

 未遂だから許していいことにはならない。翔真と晃がいなければ恐らく夏椎は殺されていた。
 人喰いの生態を否定するわけではないけれど、翔真と晃の探していた大事なひとに危害を加えようとしていたことは立派な罪だ。⋯⋯と俺はそこまで思って、さっきの夏椎の様子を思い出した。

「お前ら、さっき食おうとした子どもに何も思わなかったのか」

 あの時。――部屋に入った時。異様な威圧感と、夏椎の真紅に輝く瞳。
 
 アレは、どう見ても人間ではなかった。かと言って何に属するかはまでは俺には分からない。
 
 魔族でも、精霊でも、神族でも、天使でも、悪魔でも、人間でも。そのどれとも違う何か。
 
 でも、こいつらは夏椎を喰おうとしていた。魔族が襲うのは大抵人間だ。稀に精霊や天使が襲われた話も聞いたことはあるけど、反撃にあうことが分かっているのに襲いに行く奴は少ない。

「あの子供はものすごくいい匂いがしたからなぁ⋯⋯」
「人間の子供は美味いからな」
「肉に歯を入れると弾力がある」
「そこまでの話は求めてない」

 俺は2人の言葉を遮った。
「ヒヒっ」と4つ目と1つ目の魔族は檻の中で涎を垂らして笑っている。

「お姉ちゃんも美味そうだなぁ」
「警察なんか辞めて、俺達の娼婦になれよぉ」
「最後には美味しく食べてあげるからさぁ」
「香流を喰ったら即死刑だぞー」
「⋯⋯っ!?」

 ふたりはサッと青ざめた。
 所用で出かけていたはずの森谷が、いつの間にか檻の中で座っている。金色の瞳は笑ってはいない。笑ってはいないけど、森谷の口調はにこやかだった。

「で、俺に用があったのはコイツらの事?」
「違うけど、人間と人間以外の区別もついてねぇし処してヨシ」
「そんっ」

 ボ、と音を立てた瞬間、赤と青の姿は俺の視界から消えた。
 静かになった檻の中から、森谷が扉を手で押しながら出てくる。背が高いから檻の扉が窮屈そうだ。

「で、俺に何の用だったの?」
「晃と翔真の探していた『夏椎』が見つかったぞ」

 どうせ森谷のことだからあの夏椎の違和感を知っていたに違いない。疑うように目を向けていると、森谷はニコニコと呑気な笑顔を浮かべていた。

「お!良かったなぁ。アイツらろくに学校も行かずに探し回ってたもんなぁ〜」
「で、その夏椎が人間じゃなかった」
「⋯⋯へぇ?」

 やっぱり確信犯だな。まゆが下にいて、愛敬も昨日助けたばあちゃんに付き添っている。その状況で俺が帰ってきたのにいなくなるわけないと思った。
 
「お前、知ってて逃げただろ」
「いやぁ、ほんとーに急用だったのかもよ?」
「⋯⋯へぇー?」
「まぁまぁ、そのうち分かるさ。カリカリすんなよ香流ちゃーん」

 わしゃわしゃと髪をぐちゃぐちゃにしてくる森谷にイラッとしつつ、俺はこれ以上話しても無駄かと口を閉じた。
 
 そして考える。
 あの夏椎の姿。人の形はしていたけど、人の気配は感じられなかった。
 何より、あの赤い瞳。
 何かが夏椎の体の内側から湧き出ているようだった。その正体が何なのかは分からないけど、少なくともこの地球上の生き物ではない。
 
「考えすぎると湯気が出るぞ」
「うるさい」
「で、その夏椎を追わなくていいのか?」
「は?」

 俺が顔を上げると、森谷が窓を指さした。
 森谷の指の先、全開口窓の向こう側に柊が見える。柊は腕の代わりに生えた鳥の羽根を羽ばたかせながら、赤い何かを運んでいた。

 赤い⋯⋯子ども、に見える。
 
「⋯⋯なんで!?」
「あれは柊かねぇ」
「何やってんだ、アイツ!」

 柊は神族だ。人間を攫うことなんてないはずなのに。
 慌てて窓を開けて、俺はその勢いで窓から身を乗り出した。