君との距離を意識するその瞬間

最近、咲がやけに楽しそうだ。コミュ英の時間。班のやつらと話しているとき、前より明らかに笑っている。前はあんなの、面倒だって言ってたのに。連休前は、班学習が一番嫌だとこぼしていたはずだ。それなのに今は、自然に会話の輪に入っている。なんでだ。
気にしないふりはできる。けど、視界に入るたびに、どうしても目で追ってしまう。笑っている顔も、話しているときの仕草も。別に、いいだろ、友達が増えるのは普通のことだ。それなのに。なんでこんなに、胸の奥が、わずかにざわつく。
帰り道で聞こうと思っていた。「最近、楽しそうだな」って、そのくらいなら、いつも通り言えるはずだった。でも、いざ隣を歩くと、言葉が出てこない。他愛のない会話だけが続いて、気づけば咲の家の前に着いていた。
「上がっていい?」
「いいよ」
当たり前みたいに返ってくる声。その一言に、少しだけ安心する。
「飲み物持ってくるから、ちょっと待ってて」
「うん」
一人になる。見慣れた部屋、何度も来ている場所のはずなのに今日はやけに静かに感じる。ふと、机の上に目がいく。なにこれ?可愛らしいノート。明らかに普段、咲が使うようなものじゃない。まさか、一瞬嫌な想像がよぎる。胸の奥が、さっきよりもはっきりとざわついた。そんなわけないよな。そう思いながらも、気づけば手に取っていた。ページをめくると丸い字、整った字、雑な字。いろんな文字が並んでいる。「交換日記」懐かしい単語に、少しだけ力が抜ける。けど、そのまま視線を落とした先で、「ラブコーナー」という文字が目に入った。指が止まる。嫌な予感がする。咲、なんて書いてんだろ。胸の奥が、少し強く鳴る。必死になってページを捲る。
「みんなの恋応援隊(1人だから募集中)!」
「恋人なしでもリアルに充実中!」
らしいな。思わず、息が抜ける。余計な心配だったらしい。ペラペラとめくってみる。そのとき。視界の端に、別の一文が引っかかる。
阿良木くんへ
三登くんってどんな人なの?
A.裕真はドキッとするようなカッコいいことをそれとなくこなしてるやつかなー笑
一瞬、思考が止まる。もう一度、ゆっくり読み直す。
何ドキッとするって喉の奥が、じわっと熱くなる咲が俺に?理解が追いつくにつれて、鼓動が少しずつ速くなる。普段のやり取りが、頭の中でいくつも浮かぶ。隣にいるときの距離。何気なく触れる瞬間。笑っている顔。口元が、わずかに緩む。なんだ、それ。自分でも抑えきれないくらい、嬉しい。
「なぁー、裕真ドアあけてー」
声がして、我に返る。
「あ、あー……はい」
慌ててノートを閉じ、元の位置に戻す。
「なんでそんな顔してんの」
「……なんでもない」
少しだけ間が空く。手の中に残る感触と、さっきの言葉が頭から離れない。
「そういえば」
「ん?」
「最近、班のやつらと仲良いよな」
できるだけ自然に聞く。咲は気にした様子もなく、
「前よりは、って感じかな」
「なんで?」
「交換日記始めてさ、この前のコミュ英で日記かいたじゃん、それで交換日記やらないってなってさ!」
「へー、そうなんだ」
頷きながら、小さく息を吐く。変にごまかしている様子はない。それだけで、少し安心する。
「楽しいの?」
「うん。やってたら普通に楽しくなってきた」
そう言って笑う。そんな顔するんだな。知っているはずの表情なのに、少し違って見える。
「それ」
ノートを指す。
「あっそれ見ちゃダメだからな」
「絶対?」
「絶対」
少し強めの言い方。もう見てしまったんだけどと申し訳なさを感じつつも、
「……俺でもダメ?」
少し試すような言い方で聞いてみる。
「だめ」
即答だった。少しだけ間を置いて、
「だめ」
もう一度、言い直す。そこまで否定するか。ノートを手に取り咲の目の前に立つ。普段なら気にしない距離。でも、さっきの言葉を見たあとだと、意識してしまう。
「……咲」
「なに、てかそのノートにさわるな!」
「俺に、ドキドキする?」
「は?何言ってんの」
「書いてあった」
「何が」
「これ」
ノートをひらひらとさせる。
「……はあ!?」
声が一気に上がる。
「見たの?!」
「机にあったし、きになってみちゃったごめん」
「……っ」
焦った顔。少しだけ、笑いそうになる。
「見たこと誰にも言うなよ」
「言わない」
即答する。そんなみんなと約束したこと守ってんだなと思うとかわいいと思ってしまう。
少しの沈黙。
そのあと、咲がボソッと呟く。

「裕真は結構モテてるからな」
「……どこで知ったの」
「いや、それは……」
言い淀む。
「だからさ」
少しだけ視線を逸らして言う。
「俺ばっかじゃなくて、他の人とも話せばいいのになって」
その言葉に、少しだけ引っかかる。
「……俺と一緒なの嫌なの?」
「そういう意味じゃなくて」
慌てる声。もう一つ聞きたいとがあった。
「あっ、そういえばなんでも知ってるって書いてあった」
「、、、それも見たの?」
「俺のこと全部知ってる?」
「多分」
少し自信ありげな返事。俺のことを全部知っていると言う咲に信用してくれてるんだなと思うと素直に嬉しい。
「でも知らないこともあると思うけど」
ぽつりと落とす。
「え?」
すぐに反応が返る。
「隠してことでもあるの?」
「さあ」
あえて曖昧にする。全部は教えない、この気持ちも含めて。
「なんだよ、それ、てかそのノート返せ!」
一歩近づく。その勢いのまま肩を押され視界が揺れる。気づけば背中にベッドの感触。近い、顔が、距離が。
「ご……ごめん」
はっとしたように、距離が離れる。
「……大丈夫」
短く返す。やばい、無理だろ。心臓の音がうるさい。こんな予想も心の準備もしていないハプニングで咲への感情が一気に押し寄せてくる。咲のこと好きだ。言葉にすれば簡単なはずなのに喉の奥で止まる。言ったら終わる今の関係が。この距離が当たり前みたいに隣にいられる時間が。まだいい、もう少しだけ、このままでいい。気づかれないように。壊さないように。近くにいるために、言わないままにする。