腹に一発入れられて、転がったところに蹴りが飛ぶ。

「あんなにお金使いまくったら足跡つけてるのと一緒だよ、お兄さん」

 グレーのスーツにネクタイを締めた男が、足首を回しながら言う。
 物音に驚いた黒猫が路地の奥へと逃げていった。

「あっちで十万のボトルを三本入れたと思ったら、近くの店でも十万を四本に二十万を五本、三軒隣で七十万使った挙句、別の店じゃ一本百万のボトルをまとめて四本ときたもんだ」

 右手で髪を掴まれて思わずうめき声が漏れる。容赦のないデカい手。

「他でもまだまだ入れてんの、分かってんだよ? 全部でいくら使ったの、ん?」

 目の下にふたつ、縦に並んだ黒子ほくろが喋る度に上下する。

「嬢の指名もやんねぇでさ、同じ店で同じ注文繰り返して、それを半年もやっちゃあ気味悪がられるって思わなかった?」

 口の端は上がっていてしっかり笑顔のはずなのに、目はどろりと闇みたいに暗い。

「お兄さん」と男が言う。

「どこの回し者? 何か指示でももらってんだったら、とっとと言ってもらえると助かるんだけどな」

 荒いことすんの、俺も手とか痛くなるからヤなんだよなぁと、男は首を掻いた。

「ね」

 男が圧をかけるようにグイと顔を近付けたので、俺は「しめた」とばかりに首を伸ばして男にキスをした。
 想定外だったのか、男は驚いて俺から手を離すと、数歩、後退った。
 今までに見たことのない表情を浮かべている。
 軽く混乱している様子の相手に向かって、俺は笑顔で言った。

「これだけ豪遊したら、来てくれると思ったんだ」

 黒服をしていたキャバクラで男を見て、一目惚れしたのが五年前のこと。
 この辺りの店のケツモチをしている組の人間だと聞かされた。

 会いたい。

 でも黒服風情じゃ、視線のひとつすら貰えない。
 どうすれば男に近付けるのかを考えた末に、俺は思った。

 見付けてもらえばいいんだ。

 出来るだけ目立つよう、この界隈で噂になるぐらい金を使いまくる。
 ただの上客じゃ意味がない。
 何かしら不自然な、ほんの少しの違和感を抱かせるのだ。

 こちらが仕掛けた網へ、男が掛かるように。

「俺のこと、見付けてくれてありがとう」

 俺が指名したいのは、この男だけ。
 楽しい夜は、まだ始まったばかりだ。