僕たちは家庭科室に向かって歩いていた。
「卵焼きの味はどんなのが好み? 甘いのしょっぱい方?」
「堀田が弁当に入れてくれてるやつがいい。俺はあの味が好き」
「そ、そっか」
「好き」という言葉に、僕はついドキッとしてしまう。
「じゃあ、だし巻きだね」
小鳥遊くんの手には、卵が入ったビニール袋。今日は小鳥遊くんと一緒に料理を作る予定だ。
昨日の昼休み。
『俺も料理作れるようになりたいから、簡単なやつから教えて欲しい』
小鳥遊くんにそうお願いされた。シングルマザーで忙しいお母さんのためにも、ご飯を作ってあげたいらしい。
見た目は完全に不良なのに、家族思いでおばあちゃん子な小鳥遊くん。
そのギャップが微笑ましくて、僕は喜んで承諾した。
それで急に家庭科部に入るなんて言い出したんだな。
突然だからかなり驚いたが、よくよく考えたら最初から料理を作れたらいいな、という話をしていたことを思い出す。
小鳥遊くんとは、二週間ほどお昼を食べているし、帰りも一緒に帰っている。
もう友達だって思っていいよね!
男の友達と、料理を作る日が来るなんて嬉しいな。
しかもそれが小鳥遊くんだなんて。僕は嬉しくてふふとはにかんだ。
するとそれに気づいた小鳥遊くんの口元も緩む。
「......あの卵焼きって誰か他の奴にも作ったりしてんの」
視線を前に向けたまま聞いてくる。
「他の人? 小鳥遊くん以外は家族だけだよ?」
「......まあ、家族は仕方ないか」
答えると小鳥遊くんが鼻を掻きながら頷く。
うんうん、と、どこか嬉しそうな小鳥遊くんに、僕は首を傾げた。
小鳥遊くんとぶつかった思い出の廊下の角を曲がり、僕たちは家庭科室を目指した。
「あ......」
「っ......」
家庭科室の扉を同時に開けようとして、僕と小鳥遊くんの手が触れる。
僕は思わずパッと手を引っ込めてしまった。頬がじんわりと熱を持つ。
小鳥遊くんもどこか気まずそうに視線を横に逸らす。
なんでだろう。電車で彼の肩に持たれて寝てから、ちょっとした接触にもドキドキしてしまう。
小鳥遊くんが隣にいると安心するのに、ふとした時にこうやって強く意識するようになっていた。
「堀田、入って」
「あっ......ありがとう」
高鳴る心臓を落ち着けていると、小鳥遊くんが扉を開けてくれる。先に僕を中に入るように促してくれた。
今日は部活の活動日ではないので、家庭科室には僕と小鳥遊くん、二人っきり。
なぜか分からないが少しだけ緊張する。
小鳥遊くんといると温かい気持ちになるのに、妙に落ち着かない気持ちにもなる。
これって......どういう感情なんだろう......
考えるけど、まだよくわからない。
「じゃあ、準備するね!」
雰囲気を変えるように明るい声を出す。
胸の鼓動は、まだしばらく収まりそうになかった。
一通り準備を終わらせ、あることに気づく。
エプロンが一つしかない。
いや正確には男性用のエプロンが一つしかなかった。僕は背中に汗をタラリと流す。
常備してあるのは、僕の紺色のエプロンと......女子たちのフリル付きものだけ。
悩む余地なんてない、僕は自分用にフリルのエプロンを手に取った。えいっと思い切ってそれを身につける。
「はい、小鳥遊くん」
そして小鳥遊くんに紺色の方を渡した。
振り向いた僕を見て、小鳥遊くんの動きが止まる。視線は真っすぐに、僕に注がれていた。
「だっ、男性用一着しかないから!」
言い訳のように言い募る。
男子がこんなの着たら爆笑ものだって分かっている。僕はもじもじと手を握りしめた。
「かわいい」
「へっ......」
だけど小鳥遊くんは口元を手で押さえてそう呟いた。心なしか目尻が緩んでいる。
「似合ってる、あっ、いや、その......変な意味じゃなくて!」
珍しく小鳥遊くんが慌てている。なんだかほんのり耳元が赤いけど、どうしたんだろう。
僕がこんなフリフリのエプロンを着ても、可愛いわけがないのに。そう思うけど、胸の奥がくすぐったい気持ちになる。
「なんか気を遣わせちゃってごめん......」
「いや、別に」
はにかみながら青いエプロンを小鳥遊くんに渡す。小鳥遊くんは口元を隠したままそれを受け取った。
お箸で卵をかき混ぜる小鳥遊くんの手元を覗き込む。
男らしい骨ばった手が、一生懸命卵を混ぜているのが微笑ましくて、なんだかキュンとしてしまう。
「うん、上手」
「ん......」
僕が褒めると、小鳥遊くんは鼻を掻いた。
ここからは火を使うので要注意だ。真剣な顔で、小鳥遊くんが油を卵焼き器に注ぐ。
ちょっと入れすぎかも......と思いながら、その姿を見守っていると。案の定パチッと油が跳ねた。
「熱っ......」
「堀田!」
しかもそれは僕の方に跳ねてきた。反射的に熱さを感じた右手を押さえる。小鳥遊くんは慌てて火を消して、僕の方を覗き込んだ。
「大丈夫、大丈夫。油が跳ねるなんてよくあることだから。小鳥遊くんにかからなくてよかったよ」
「............」
慣れてるから問題ない! そう言うようにひらひらと手を振ると、小鳥遊くんが形のいい眉を寄せた。
「慣れてるとか関係ない」
その手を小鳥遊くんが掴んだ。体を抱き込むようにして引き寄せられる。水道の蛇口をひねって、僕の右手を水に浸した。
「ごめんな、熱かっただろ」
「......小鳥遊くんは悪くないよ」
僕の手を掴んでいる小鳥遊くんの手も濡れている。労わるように骨ばった手が、少し赤くなった場所を撫でた。
トクンと胸が淡く色づく。優しく触れられるたび、トクントクンとその色は僕の体中を染め上げていく。
「もう大丈夫か。......堀田?」
僕の右手から小鳥遊くんが視線を上げる。その拍子に至近距離で目が合った。
「っ......」
小鳥遊くんが息を飲む。赤くなっている僕につられるように、その頬がほんのり色づいた。
「ご、ごめん......」
「ううん」
握りしめている手を見て小鳥遊くんが謝る。だけど、僕はそっと首を振った。
小鳥遊くんに触れられるの嫌じゃない......心の中でそんなことを思う。
嫌じゃない、だけどドキドキする。なんか僕変だ。この気持ちって、なんなんだ。そんなことを考えていると。
「堀田......」
もう片方の小鳥遊くんの手が伸びてくる。その手がそっと、僕の頬に触れようとして――――
「ちょっ......宮野! 押すなって」
「だって、見えないんだもん、あれ何やってんだ......って、わぁ!」
入口の方から声が聞こえた。
そう思ったら、体勢を崩した男二人が扉の外から転がり込んできた。
「いててて......」
「あ......」
転がり込んできた二人。山中と宮野は、僕たちと目が合い、気まずそうに頭を掻いた。
家庭科室内は、男子が四人もいるのに静まり返っていた。僕の目の前には、宮野と山中がばつが悪そうに座っている。
「で、なんであんなところにいたの?」
黙っていても仕方ない。僕は沈黙を破った。
「......たまたま通りすがって」
「いや、二人ともサッカー部でしょ。今部活中じゃないの?」
そう問うと、宮野は口をつぐむ。家庭科室は校舎の端にある。用事がないと通らない場所だ。
ましてや部活中の二人が、わざわざ抜け出してここまでくる意味が分からない。
「蒼と、小鳥遊が歩いていくのが見えて」
それまでずっと黙っていた山中が口を開いた。
「ここ最近、蒼が小鳥遊に連れまわされてるのが気になって。無理してるんじゃないかって」
「なっ!」
そんなわけない。僕は好きで小鳥遊くんと一緒にいるのに!衝動的に反論しようとした僕を、小鳥遊くんが腕を持って止めた。
「人気のない方に歩いていくし......もしかして脅されてるんじゃないかって」
そこで山中は、意を決したように小鳥遊くんを見る。小鳥遊くんは答えるように山中を見つめ返した。
脅されてる? そんなわけない。確かに小鳥遊くんは不良かもしれない、だけど誰かを傷つけたりはしない。
みんな本当の小鳥遊くんを知らないんだ!
胸がもやもやして、ムカムカする。僕は珍しく怒りを覚えて、宮野と山中に言いかえそうとした。
「堀田を心配して、様子を見にきたってことだな」
「え......」
だけど、小鳥遊くんが僕を見て、ふっと瞳を緩めた。
「いいダチだな」
「小鳥遊くん......」
言われてハッとする。
そうか二人は、僕を心配してわざわざ家庭科室まで見に来てくれたのか。
そういえば、昼休み小鳥遊くんと連れ立って教室を出る僕をいつも心配そうに見送っていたっけ。
「宮野、山中......」
感動していると、二人は照れたようにはにかむ。だけどすぐに、顔を引き締めた。
「ていうかこんなとこで何してんだ。家庭科室って」
僕は思わずびくっとして固まってしまう。すると、トントンと背中を小鳥遊くんに叩かれた。大丈夫というような仕草に、僕はホッと息を吐く。
「堀田に料理を教えてもらっていた」
「りょうり......」
かたことのように、りょうり? と二人が繰り返す。
「料理って、何言って..................え!? ていうか蒼、何だよその恰好」
二人が僕のフリフリエプロンに気付いて、プッと吹き出す。
だけど横に座っている小鳥遊くんもエプロンを付けているのを見て、目を瞬かせた。そして視線をずらした先には、調理途中の卵焼き器。
「ほんとに......?」
そして、驚くようにそう呟いた。まだ、家庭科室に沈黙が降りる。
宮野と山中は僕を心配してくれた。
少なくとも小鳥遊くんのことを怖がっていたはずなのに、こうやって様子を見に来てくれたんだ。
そんな二人に僕はずっと隠し事をしている。
僕は無意識で小鳥遊くんの方に手を伸ばしていた。
「堀田......」
気づいた小鳥遊くんがギュッと僕の手を握り返してくれる。
それに勇気を得て、僕は乾いた唇を舐めると口を開いた。
「実は、二人には内緒にしていたんだけど、僕......家庭科部に入ってるんだ」
「家庭科部?」
「うん部長なんだ」
「部長!?」
宮野と山中は顔を見合わせた。
「ちなみに俺も入ってる」
「小鳥遊も!?」
ますます驚いたように二人の目が見開かれる。
「それで家庭科室で、調理実習か......」
やっと納得がいった、というように二人は頷いた。
「ていうか蒼、何で内緒にしてたんだよ! あれだろ、一人で料理男子目指してモテようとしてるんだろ~」
宮野が拗ねるように口を尖らせる。
「そうなのか?」
何故か小鳥遊くんまで身を乗り出して、僕に尋ねてきた。
「違う違う、僕は普通に家事が好きなだけで......」
気づいたら自然と『家事が好き』ということが口から出ていた。
あまりに宮野と山中が自然に受け入れてくれていて、僕はあっけにとられる。
「......男が料理とか、変だと思わない?」
「何が? てか、今の時代男も料理できなきゃだろ」
「家事ってことは料理以外もできんの? えー蒼、優良物件じゃん」
ずっと隠していた僕の秘密は、すんなり二人に受け入れられる。微塵もバカにした様子はない。
なんだか胸がじんとなって、僕は小鳥遊くんの手を強く握った。
「なんだ......俺たちってっきり......蒼が小鳥遊にパシられてんのかと、よかった」
山中と宮野は顔を見合わせた、ホッと息を吐く。
今更ながら、蒼は反省する。
家庭科部に入っていることを内緒にしていたせいで、変な誤解を生んでしまった。
小鳥遊くんは相変わらず、いつものコワモテの顔で佇んでいる。その迫力に二人はうっ! となるが、山中がコホンと咳払いした。
「勘違いして悪かった。小鳥遊は目立つし、一匹狼なのに、急に蒼と仲良くなったから変だと思っちまって」
「小鳥遊、俺もごめん。じゃあ二人は友達なんだな」
「う、うん!」
「............」
『友達』という言葉に、嬉しくて心臓が跳ねる。
僕は口元を綻ばせながら、勢いよく頷いた。そんな僕を小鳥遊くんがちらりと見る。
「じゃあ蒼の友達ってことは、もう俺たちとも友達だ!」
そう言って、山中が手を差しだす。
その手を数秒見つめ、小鳥遊くんは握り返した。
その光景に、笑顔が浮かぶ。小鳥遊くんが二人と打ち解けてくれたみたいで嬉しかった。
これをきっかけに、小鳥遊くんがクラスに馴染んで、もっともっと楽しい高校生活を送ってくれたらいいな。
小鳥遊くんのいいところが、いっぱいみんなに伝わればいいな!
この時の僕は、そんな風に思っていた。
繋がれた手は、そのあと四人で話している間も、そのままだった。
「卵焼きの味はどんなのが好み? 甘いのしょっぱい方?」
「堀田が弁当に入れてくれてるやつがいい。俺はあの味が好き」
「そ、そっか」
「好き」という言葉に、僕はついドキッとしてしまう。
「じゃあ、だし巻きだね」
小鳥遊くんの手には、卵が入ったビニール袋。今日は小鳥遊くんと一緒に料理を作る予定だ。
昨日の昼休み。
『俺も料理作れるようになりたいから、簡単なやつから教えて欲しい』
小鳥遊くんにそうお願いされた。シングルマザーで忙しいお母さんのためにも、ご飯を作ってあげたいらしい。
見た目は完全に不良なのに、家族思いでおばあちゃん子な小鳥遊くん。
そのギャップが微笑ましくて、僕は喜んで承諾した。
それで急に家庭科部に入るなんて言い出したんだな。
突然だからかなり驚いたが、よくよく考えたら最初から料理を作れたらいいな、という話をしていたことを思い出す。
小鳥遊くんとは、二週間ほどお昼を食べているし、帰りも一緒に帰っている。
もう友達だって思っていいよね!
男の友達と、料理を作る日が来るなんて嬉しいな。
しかもそれが小鳥遊くんだなんて。僕は嬉しくてふふとはにかんだ。
するとそれに気づいた小鳥遊くんの口元も緩む。
「......あの卵焼きって誰か他の奴にも作ったりしてんの」
視線を前に向けたまま聞いてくる。
「他の人? 小鳥遊くん以外は家族だけだよ?」
「......まあ、家族は仕方ないか」
答えると小鳥遊くんが鼻を掻きながら頷く。
うんうん、と、どこか嬉しそうな小鳥遊くんに、僕は首を傾げた。
小鳥遊くんとぶつかった思い出の廊下の角を曲がり、僕たちは家庭科室を目指した。
「あ......」
「っ......」
家庭科室の扉を同時に開けようとして、僕と小鳥遊くんの手が触れる。
僕は思わずパッと手を引っ込めてしまった。頬がじんわりと熱を持つ。
小鳥遊くんもどこか気まずそうに視線を横に逸らす。
なんでだろう。電車で彼の肩に持たれて寝てから、ちょっとした接触にもドキドキしてしまう。
小鳥遊くんが隣にいると安心するのに、ふとした時にこうやって強く意識するようになっていた。
「堀田、入って」
「あっ......ありがとう」
高鳴る心臓を落ち着けていると、小鳥遊くんが扉を開けてくれる。先に僕を中に入るように促してくれた。
今日は部活の活動日ではないので、家庭科室には僕と小鳥遊くん、二人っきり。
なぜか分からないが少しだけ緊張する。
小鳥遊くんといると温かい気持ちになるのに、妙に落ち着かない気持ちにもなる。
これって......どういう感情なんだろう......
考えるけど、まだよくわからない。
「じゃあ、準備するね!」
雰囲気を変えるように明るい声を出す。
胸の鼓動は、まだしばらく収まりそうになかった。
一通り準備を終わらせ、あることに気づく。
エプロンが一つしかない。
いや正確には男性用のエプロンが一つしかなかった。僕は背中に汗をタラリと流す。
常備してあるのは、僕の紺色のエプロンと......女子たちのフリル付きものだけ。
悩む余地なんてない、僕は自分用にフリルのエプロンを手に取った。えいっと思い切ってそれを身につける。
「はい、小鳥遊くん」
そして小鳥遊くんに紺色の方を渡した。
振り向いた僕を見て、小鳥遊くんの動きが止まる。視線は真っすぐに、僕に注がれていた。
「だっ、男性用一着しかないから!」
言い訳のように言い募る。
男子がこんなの着たら爆笑ものだって分かっている。僕はもじもじと手を握りしめた。
「かわいい」
「へっ......」
だけど小鳥遊くんは口元を手で押さえてそう呟いた。心なしか目尻が緩んでいる。
「似合ってる、あっ、いや、その......変な意味じゃなくて!」
珍しく小鳥遊くんが慌てている。なんだかほんのり耳元が赤いけど、どうしたんだろう。
僕がこんなフリフリのエプロンを着ても、可愛いわけがないのに。そう思うけど、胸の奥がくすぐったい気持ちになる。
「なんか気を遣わせちゃってごめん......」
「いや、別に」
はにかみながら青いエプロンを小鳥遊くんに渡す。小鳥遊くんは口元を隠したままそれを受け取った。
お箸で卵をかき混ぜる小鳥遊くんの手元を覗き込む。
男らしい骨ばった手が、一生懸命卵を混ぜているのが微笑ましくて、なんだかキュンとしてしまう。
「うん、上手」
「ん......」
僕が褒めると、小鳥遊くんは鼻を掻いた。
ここからは火を使うので要注意だ。真剣な顔で、小鳥遊くんが油を卵焼き器に注ぐ。
ちょっと入れすぎかも......と思いながら、その姿を見守っていると。案の定パチッと油が跳ねた。
「熱っ......」
「堀田!」
しかもそれは僕の方に跳ねてきた。反射的に熱さを感じた右手を押さえる。小鳥遊くんは慌てて火を消して、僕の方を覗き込んだ。
「大丈夫、大丈夫。油が跳ねるなんてよくあることだから。小鳥遊くんにかからなくてよかったよ」
「............」
慣れてるから問題ない! そう言うようにひらひらと手を振ると、小鳥遊くんが形のいい眉を寄せた。
「慣れてるとか関係ない」
その手を小鳥遊くんが掴んだ。体を抱き込むようにして引き寄せられる。水道の蛇口をひねって、僕の右手を水に浸した。
「ごめんな、熱かっただろ」
「......小鳥遊くんは悪くないよ」
僕の手を掴んでいる小鳥遊くんの手も濡れている。労わるように骨ばった手が、少し赤くなった場所を撫でた。
トクンと胸が淡く色づく。優しく触れられるたび、トクントクンとその色は僕の体中を染め上げていく。
「もう大丈夫か。......堀田?」
僕の右手から小鳥遊くんが視線を上げる。その拍子に至近距離で目が合った。
「っ......」
小鳥遊くんが息を飲む。赤くなっている僕につられるように、その頬がほんのり色づいた。
「ご、ごめん......」
「ううん」
握りしめている手を見て小鳥遊くんが謝る。だけど、僕はそっと首を振った。
小鳥遊くんに触れられるの嫌じゃない......心の中でそんなことを思う。
嫌じゃない、だけどドキドキする。なんか僕変だ。この気持ちって、なんなんだ。そんなことを考えていると。
「堀田......」
もう片方の小鳥遊くんの手が伸びてくる。その手がそっと、僕の頬に触れようとして――――
「ちょっ......宮野! 押すなって」
「だって、見えないんだもん、あれ何やってんだ......って、わぁ!」
入口の方から声が聞こえた。
そう思ったら、体勢を崩した男二人が扉の外から転がり込んできた。
「いててて......」
「あ......」
転がり込んできた二人。山中と宮野は、僕たちと目が合い、気まずそうに頭を掻いた。
家庭科室内は、男子が四人もいるのに静まり返っていた。僕の目の前には、宮野と山中がばつが悪そうに座っている。
「で、なんであんなところにいたの?」
黙っていても仕方ない。僕は沈黙を破った。
「......たまたま通りすがって」
「いや、二人ともサッカー部でしょ。今部活中じゃないの?」
そう問うと、宮野は口をつぐむ。家庭科室は校舎の端にある。用事がないと通らない場所だ。
ましてや部活中の二人が、わざわざ抜け出してここまでくる意味が分からない。
「蒼と、小鳥遊が歩いていくのが見えて」
それまでずっと黙っていた山中が口を開いた。
「ここ最近、蒼が小鳥遊に連れまわされてるのが気になって。無理してるんじゃないかって」
「なっ!」
そんなわけない。僕は好きで小鳥遊くんと一緒にいるのに!衝動的に反論しようとした僕を、小鳥遊くんが腕を持って止めた。
「人気のない方に歩いていくし......もしかして脅されてるんじゃないかって」
そこで山中は、意を決したように小鳥遊くんを見る。小鳥遊くんは答えるように山中を見つめ返した。
脅されてる? そんなわけない。確かに小鳥遊くんは不良かもしれない、だけど誰かを傷つけたりはしない。
みんな本当の小鳥遊くんを知らないんだ!
胸がもやもやして、ムカムカする。僕は珍しく怒りを覚えて、宮野と山中に言いかえそうとした。
「堀田を心配して、様子を見にきたってことだな」
「え......」
だけど、小鳥遊くんが僕を見て、ふっと瞳を緩めた。
「いいダチだな」
「小鳥遊くん......」
言われてハッとする。
そうか二人は、僕を心配してわざわざ家庭科室まで見に来てくれたのか。
そういえば、昼休み小鳥遊くんと連れ立って教室を出る僕をいつも心配そうに見送っていたっけ。
「宮野、山中......」
感動していると、二人は照れたようにはにかむ。だけどすぐに、顔を引き締めた。
「ていうかこんなとこで何してんだ。家庭科室って」
僕は思わずびくっとして固まってしまう。すると、トントンと背中を小鳥遊くんに叩かれた。大丈夫というような仕草に、僕はホッと息を吐く。
「堀田に料理を教えてもらっていた」
「りょうり......」
かたことのように、りょうり? と二人が繰り返す。
「料理って、何言って..................え!? ていうか蒼、何だよその恰好」
二人が僕のフリフリエプロンに気付いて、プッと吹き出す。
だけど横に座っている小鳥遊くんもエプロンを付けているのを見て、目を瞬かせた。そして視線をずらした先には、調理途中の卵焼き器。
「ほんとに......?」
そして、驚くようにそう呟いた。まだ、家庭科室に沈黙が降りる。
宮野と山中は僕を心配してくれた。
少なくとも小鳥遊くんのことを怖がっていたはずなのに、こうやって様子を見に来てくれたんだ。
そんな二人に僕はずっと隠し事をしている。
僕は無意識で小鳥遊くんの方に手を伸ばしていた。
「堀田......」
気づいた小鳥遊くんがギュッと僕の手を握り返してくれる。
それに勇気を得て、僕は乾いた唇を舐めると口を開いた。
「実は、二人には内緒にしていたんだけど、僕......家庭科部に入ってるんだ」
「家庭科部?」
「うん部長なんだ」
「部長!?」
宮野と山中は顔を見合わせた。
「ちなみに俺も入ってる」
「小鳥遊も!?」
ますます驚いたように二人の目が見開かれる。
「それで家庭科室で、調理実習か......」
やっと納得がいった、というように二人は頷いた。
「ていうか蒼、何で内緒にしてたんだよ! あれだろ、一人で料理男子目指してモテようとしてるんだろ~」
宮野が拗ねるように口を尖らせる。
「そうなのか?」
何故か小鳥遊くんまで身を乗り出して、僕に尋ねてきた。
「違う違う、僕は普通に家事が好きなだけで......」
気づいたら自然と『家事が好き』ということが口から出ていた。
あまりに宮野と山中が自然に受け入れてくれていて、僕はあっけにとられる。
「......男が料理とか、変だと思わない?」
「何が? てか、今の時代男も料理できなきゃだろ」
「家事ってことは料理以外もできんの? えー蒼、優良物件じゃん」
ずっと隠していた僕の秘密は、すんなり二人に受け入れられる。微塵もバカにした様子はない。
なんだか胸がじんとなって、僕は小鳥遊くんの手を強く握った。
「なんだ......俺たちってっきり......蒼が小鳥遊にパシられてんのかと、よかった」
山中と宮野は顔を見合わせた、ホッと息を吐く。
今更ながら、蒼は反省する。
家庭科部に入っていることを内緒にしていたせいで、変な誤解を生んでしまった。
小鳥遊くんは相変わらず、いつものコワモテの顔で佇んでいる。その迫力に二人はうっ! となるが、山中がコホンと咳払いした。
「勘違いして悪かった。小鳥遊は目立つし、一匹狼なのに、急に蒼と仲良くなったから変だと思っちまって」
「小鳥遊、俺もごめん。じゃあ二人は友達なんだな」
「う、うん!」
「............」
『友達』という言葉に、嬉しくて心臓が跳ねる。
僕は口元を綻ばせながら、勢いよく頷いた。そんな僕を小鳥遊くんがちらりと見る。
「じゃあ蒼の友達ってことは、もう俺たちとも友達だ!」
そう言って、山中が手を差しだす。
その手を数秒見つめ、小鳥遊くんは握り返した。
その光景に、笑顔が浮かぶ。小鳥遊くんが二人と打ち解けてくれたみたいで嬉しかった。
これをきっかけに、小鳥遊くんがクラスに馴染んで、もっともっと楽しい高校生活を送ってくれたらいいな。
小鳥遊くんのいいところが、いっぱいみんなに伝わればいいな!
この時の僕は、そんな風に思っていた。
繋がれた手は、そのあと四人で話している間も、そのままだった。


