不覚にも金髪ヤンキーの胃袋を掴んでしまったみたいだ

あまり使われていない階段の踊り場、そこに連れてこられた。そこはちょうど死角になっていて、周りから見えない場所だった。
こんな場所あったんだ、そう思っていると。
「ん」
小鳥遊くんが手に持ったエコバッグを僕に向かって差し出した。
仏頂面の小鳥遊くんに、少しひるみながら受け取るが。
なんか軽い? 渡された弁当に僕が違和感を感じていると。
「ごめん、食べた」
「食べた⁉」
気まずそうな小鳥遊くん。僕の驚きの声に、ますますばつが悪そうに綺麗な形の眉をひそめた。
「中身開けて、堀田の弁当と入れ替わってるのに気づいた。だけどあまりにうまそうで我慢できなかった」
「そ、う」
衝撃を受ける。
僕が作ったお弁当を小鳥遊くんが食べた? 信じられなくて頭が真っ白になる。
しかもなんて言った。あまりにうまそうで、なんて聞こえたけど、僕の聞き間違いだろうか?
「それ......中身見た?」
少し伺うように聞いてくる小鳥遊くんにハッとする。胸元に抱えている弁当に注がれている視線に、僕はおずおずと頷いた。
すると小鳥遊くんは大きくため息を吐いて、髪の毛をくしゃくしゃと掻いた。
どうしよう見ちゃダメだったかな? 不安に襲われるが、鮮やかな日の丸は、すでに僕の目に焼き付いて離れない。
俯く僕に小鳥遊くんはどう思ったのか、ポケットを探るとおもむろに財布から千円札を取り出した。
「これで購買でなんか買って食べて。そっちの弁当は、まあ、あれ......だから」
「あれ」が何をさしているかは、確認しなくても分かる。僕に千円を渡そうとする小鳥遊くんの瞳は、相変わらず真っすぐだった。
「僕、食べるよお弁当。だから千円はいい」
「え?」
そう言って僕は階段に座った。
「いいって! 無理すんなよ。そんなの味気ないだろ」
「そんなの関係ないよ。作った人がいるんだから、僕はちゃんとこれを食べたい」
「......」
膝の上に弁当を置いて、蓋を開ける。赤い梅干しが鮮やかな日の丸が現れ、僕は手を合わせた。
いただきます、と手を合わせ箸を持つ。
僕の隣に小鳥遊くんが座った。どこか固唾を飲むように、小鳥遊くんは僕を見ていた。
白米を一口、ぱくりと食べる。
固めの噛み心地のそれは、たぶん炊くときの水が少し足りていない。
でも、きっといいお米だ。噛むたび甘味がしみ出てきてとても美味しい。
「無理しなくていい。昼休み終わる前に購買行って来いよ」
無言で食べる僕に、小鳥遊くんが言い募る。
「ううん。美味しいよ、いいお米だね」
「......」
「それに詰め方も上手だね、お米って詰めすぎると固くなるんだけど、ふわって盛ってるからいい感じだよ」
美味しいご飯に、自然と笑顔が浮かぶ。
すると僕と目が合って、小鳥遊くんが口を押えた。
「どうしたの?」
「実はさ」
小鳥遊くんが視線を逸らす、その横顔はどこか照れているように見えた。
「それ......俺が作ったんだ」
「嘘!」
信じられなくて思わず大きな声が漏れる。
あのコワモテ不良の小鳥遊くんが!? 思わず大きな体で弁当にご飯を詰めているところを想像してほっこりしてしまう。
「嘘じゃねえよ、俺んち母親だけだからさ。少しでも役に立てればと思って」
照れているのか小鳥遊くんは視線を逸らしたままだ。
「作ってみたけど米しか炊けなかった、料理ってむずいのな」
いつもの高圧的な雰囲気はどこへやら、小鳥遊くんは肩を落とす。
なんだこの気持ち、普段とのギャップに胸がキュンと締め付けられた。
母親のために料理をしようとした小鳥遊くん。
結局日の丸弁当になっちゃった小鳥遊くん。
と、尊いっ! って言葉の意味、よく分かってなかったけどもしかしてこういう気持ちなのかもしれない。
「ううん! ご飯炊けただけでもすごいよ! 炊飯器の使い方なんて、みんな分かんないんだから」
「そ、そうか?」
小鳥遊くんはまた口元を押さえた。なんだか微笑ましくて、自然と笑顔がこぼれる。
そんな僕を見て、小鳥遊くんも同じように微笑んだ。
笑うと目じりが下がって雰囲気が柔らかくなる。まるで爽やかな風が吹くように、その笑顔が僕の心を優しく撫でたようだった。
「小鳥遊くんが作ったって思ったら、ますます美味しいよ」
「それはさすがに......ねぇだろ」
口を尖らせる小鳥遊くんに、ふふと笑う。
量は十分あるし、お腹いっぱいになりそうだ。そう思いながら、メイン? であろう梅干しに齧りつく。
「おいしっ」
この梅干し美味しい! 果肉がむっちりしてて、食べ応えがある。そしてなにより塩味のバランスが最高だった。
「この梅干し、すごく美味しいね」
美味しいものは人を笑顔にさせる。にこにこ顔で言うと、小鳥遊くんが嬉しそうに鼻を掻いた。
「だろ? それ田舎のばあちゃんが漬けて送ってくれてるやつでさ。俺の大好物」
また小鳥遊くんの目じりが下がる。さっきより下がった目元は、自分が褒められた時より嬉しそうで。
また胸が甘く疼いた。
「堀田の弁当もめちゃくちゃうまかった。勝手に食べてごめん、親御さんにうまかったって伝えといて」
その上、そんなことまで言ってきて。
派手な見た目に反して、おばあちゃん子で律儀な小鳥遊くん。
意外と真面目な人なんだな。そんな一面に、心が優しい気持ちに包まれる。
「実は小鳥遊くんが食べたお弁当............僕が作ったんだ」
気づいたら、そんな言葉が口から零れていた。
自分が家事好きで、料理が得意だということは内緒にしている。いつも一緒にいる、宮野と山中にも話していない。
なのに、なぜか小鳥遊くんになら言ってもいいとそう感じた。
「えっ?」
小鳥遊くんが驚きの声を上げる。
目を瞬かせ固まった小鳥遊くんに、一抹の不安が過る。
だけど。
「マジかっ!? すげー!!」
次の瞬間には、小鳥遊くんはキラキラと目を輝かせていた。
「いやほんと唐揚げめちゃくちゃうまかった。堀田の弁当なんだから食べちゃダメだろって思ったんだけど止められなくてさ。付け合わせのポテサラもマヨの具合が最高でさ、気づいたら全部食べきってた」
「そ、そうなんだ」
小鳥遊くんが急に勢いよく話し出す。くれる言葉に、どぎまぎしながらも嬉しくなった。
「俺、料理が大変なのは身に染みて分かってるから、マジで尊敬する。うちシングルマザーって話したじゃん。夜も働いてるから、たまに夕飯とか作ってやりてーって思うんだけど、この通りだし」
ちらりと小鳥遊くんが日の丸弁当を見る。
「だから、あんなうまい飯作れるなんて、堀田めちゃくちゃすげーな」
自分のことではないのに、小鳥遊くんはとても嬉しそうに笑った。
その屈託のない弾ける笑顔。差し込む光に照らされた金色が眩しくて、僕は思わず目を細めた。
「そんなことないよ......」
「そんなことあるって! 自信持てよ。俺が保証する!」
照れる僕に、隣に座った小鳥遊くんが肩で僕をつつく。触れた体に、ドキッと鼓動が跳ねた。
笑う小鳥遊くんにつられて、はにかむように笑顔が浮かぶ。
小鳥遊くんの素直な感想に、喜びが広がった。
「俺もこんな弁当作れたらな。せめてと思って弁当は作らなくていいって母親に言ったけど、この調子じゃこれからはコンビニかパンかな」
頭を掻きながら小鳥遊くんがため息をつく。
多分その時の僕は、初めて料理が好きなことを認められて嬉しかったんだと思う。
そして、他の誰かじゃなくて小鳥遊くんに、もっと僕の料理を食べて欲しいと思った。
胸の奥で、心臓の音がうるさい。
一瞬、言うか迷ったが、僕は思い切って言葉にした。

「小鳥遊くんのお弁当、僕が作ってこようか?」
「マジ?」

僕の提案に驚きながらも、小鳥遊くんの顔はとても嬉しそうに綻んでいた。