不覚にも金髪ヤンキーの胃袋を掴んでしまったみたいだ

昼過ぎには唐揚げが売り切れ。僕たちの出し物『唐揚げ祭り』は大成功に終わった。
片付けもあらかた終わったところで、僕は机が戻ったいつもの教室の風景を眺めていた。
夢のようだ。
少し前までは変わらず、自分が家庭科部なことも、料理が好きなことも秘密にしていたのに。
こんな風に、文化祭で僕の料理が必要とされる日がやってくるなんて。
いつも一人で料理をしていたから、みんなで唐揚げを作ることは、とてもとても楽しかった。
そして。
ここで、僕がみんなと一緒に作った唐揚げを、色んな人が美味しそうに食べてくれていた。
それはまるで、僕の料理が、いや僕自身が受け入れられたような感覚をくれた。
もう秘密にしなくていい、料理が好きだって胸張って言っていいんだ。
そんな開放感が、僕を満たしていた。
それもこれも全部――
「堀田」
聞こえた声に頬が緩んだ。
「小鳥遊くん」
「ちょっと顔かして欲しいんだけど」
「うん!」
僕も小鳥遊くんに伝えたいことがある。
入口で僕を待つ小鳥遊くんの横に並んで、僕たちは一緒に教室を抜け出した。



やってきたのはいつもの階段の踊り場だった。
ここはいつも一緒にお弁当を食べている思い入れ深い場所だ。
「実は堀田に渡したいものがあって」
小鳥遊くんがエコバッグを取り出した。それは弁当が入れ替わった時と同じものだった。
中から出てきたのは――お弁当だった。
「えっ......これ」
「うん、俺が作ったお弁当。実は昨日家で作ってさ。初めては堀田に食べてもらうんだって決めてた」
「小鳥遊くん」
それだけでもう感動して泣きそうだ。ぐっとこらえて、小鳥遊くんが差し出す弁当を、僕は両手で受け取った。
「わぁ......」
ふたを開けると、それは唐揚げ弁当だった。そして白ご飯の真ん中は、もちろん梅干しが入っていて。僕はふっと微笑んだ。
「いただきます」
唐揚げに、梅干し、すべての思い出がこのお弁当には込められていて。
胸が震える。ときめきのような、甘さを抱えたまま僕は手を合わせる。
唐揚げを箸でつまんで食べる。それはとてもとても美味しくて、そして僕が作る唐揚げと同じ味がした。
「どう?」
「めちゃくちゃ美味しい」
固唾をのんで見守る小鳥遊くんに応えると、小鳥遊くんの顔に満面の笑みが広がった。眩しくて、思わず目を細める。
ご飯と一緒に梅干しを食べる。それは、相変わらず安定の美味しさだった。
「ふっ......」
堪らず僕の瞳から涙がこぼれ落ちた。
「堀田......!」
どうした、というように小鳥遊くんが慌てる。だけどすぐに背中を支えて、撫でてくれた。
「僕、僕ね......料理が好きだってこと恥ずかしかったんだ。男が家事するなんて、かっこ悪いんじゃないかって、ずっと誰にも言えなかった」
「うん」
優しい手が、ぽんぽんとあやすように背中を撫でて、続きを促す。
「だけど、だけどね、本当は知って欲しかったんだ、僕が料理が得意なこと、僕の料理を食べて、誰かに美味しいって言って欲しかった......だからね......」
小鳥遊くんの瞳を見つめる。
「小鳥遊くんが僕のお弁当を食べてくれて、うまかったっていってくれて、すごく嬉しかったんだ」
うるうると瞳が潤んで、小鳥遊くんが滲む。だけど僕は真っすぐに視線を向けた。
「そして今日色んな人に唐揚げを褒めてもらって、めちゃくちゃ幸せで......もう僕は隠さなくていいって思った。これから先は胸を張って料理が好きだって言えるって」
僕は小鳥遊くんの服をギュッと握りしめた。
「そう思えたのは、全部全部、小鳥遊くんのおかげ。ありが、とっぅ......」
最後感情が高ぶって、ちゃんと言葉にできなくなる。でも感謝の気持ちをどうしても伝えたくて、僕はありがとうっと何度も繰り返した。
「堀田、今使ってもいい?」
「え......っ!」
気づいたら僕は、小鳥遊くんの腕の中にいた。
「ハグの権利、今使ってもいい?」
小鳥遊くんはギュッと僕を抱きしめた。

「好きだ」

一瞬、何を言われたか分からなかった。だけどその手が強く僕を引き寄せる。
「俺、堀田のことがずっと好きだったんだ」
もう一度、小鳥遊くんが言葉をくれて、僕は理解する。
好き......小鳥遊くんが僕を......
「堀田は、俺にありがとうって言ってくれたけど、俺の方こそ言いたい。俺さ、みんなに怖がられてるの分かってた。人付き合いとかあんまうまくねーし。周りが距離を置くならそれでもいいって思ってた」
心臓の音が大きく響く。だけど、それは抱きしめる小鳥遊くんも同じだった。
「あの日、堀田が弁当作ってきてくれるって言ってくれた時、マジで嬉しかった。それで俺分かったんだ。別にいいって割り切ってたけど、本心では寂しかったんだって」
さらりと、小鳥遊くんが僕の髪を撫で、指で耳に掛ける。そして、僕をじっと見つめた。
「なんかあの日から世界が輝いて見えるんだ。家庭科部で堀田と一緒に料理をするのもすげぇ楽しかった。それに堀田のおかげで、宮野と山中とも仲良くなれたし、クラスメイトともうちとけられた」
「そんなっ......僕は何も......」
それは小鳥遊くん自身の力だ。小鳥遊くんはもともと優しい人だし、人となりが分かればみんなと仲良くなれるなんて、誰でもわかるだろう。
「ううん、全部堀田のおかげだ。俺の方こそありがとうな」
潤む瞳の先で、小鳥遊くんがそっと微笑む。
やっぱり僕は何もしてないよ、そう思うけど、嘘をつかない小鳥遊くんがそう言うんだ。僕は小鳥遊くんの力になれていた、そう思って胸が温かくなった。
「思えば、あの日から堀田は俺の特別になったんだ」
「小鳥遊くん......」
世界が輝いて見えた、小鳥遊くんはそう言った。僕は思い出す、小鳥遊くんを好きだと思った日、僕の世界も輝きだしたことを。
「堀田蒼、大好きです。俺と付き合ってください」
小鳥遊くんが僕の顔を覗き込む。優しく微笑む小鳥遊くん、だけどその瞳は何処か不安に揺れていて。
堪らなくなって、僕は小鳥遊くんに抱きつき返した。
「小鳥遊くん! 僕も、好き! 大好き! 小鳥遊くんの恋人になりたい......なるっ。こちらこそよろしくお願いします」
ずびずびと鼻をすすりながら、僕は必死に言い募る。するとその瞳から不安が一瞬で消え去って、弾けんばかりの笑顔が浮かんだ。
「やった!」
小鳥遊くんが僕をまた強く抱きしめる。額を僕の肩にぐりぐりと埋めた。それが可愛くて、僕の顔もにやけてしまう。
「あ、だめ離れて」
「え``」
あることに気付いた僕に、小鳥遊くんが変な声を出した。
「な、堀田......」
「せっかくのお弁当が、ぐちゃぐちゃになっちゃう......」
僕と小鳥遊くんの体に挟まれて、少し斜めになってしまったお弁当箱から、唐揚げが落ちそうになっていて、僕は慌てて体を離した。
「あ、弁当、弁当な」
何故か小鳥遊くんがホッと息を吐いた。
そして、僕と目が合うとはにかむように笑った。すぐにその笑顔が伝染して、僕にも笑みが浮かぶ。
「お弁当ありがとう、すっごく美味しいよ」
「ん、作ったもの褒められるのって、こんなに嬉しいんだな」
小鳥遊くんが鼻を掻く。

その時、ピンポンパンポーンと放送のベルが鳴った。
『生徒のみなさん本日はお疲れさまでした......』
校内放送がその場に流れ出す。
『今年の文化祭の最優秀出店賞は......二年C組の『唐揚げ祭り』です!』

「小鳥遊くん! 聞いた? 僕たち最優秀賞だよ! すごいね」
「ああ......」
「わっ!」
すると、小鳥遊くんにお弁当ごと、横抱きで抱え上げられた。
「めちゃくちゃすごい! やっぱり俺の堀田は世界一だ!!」
そういって、小鳥遊くんはクルクルと回り出す。
「わわっ......」
振り落とされないよう、お弁当を守りながら小鳥遊くんの首に抱きつくと、すぐに小鳥遊くんは動きを止めてくれた。
僕と小鳥遊くんの目が合う。

二人の顔を近づいて、
生まれて初めてのキスは、唐揚げの味がした。

 * * *

「お前らこんなとこにいたのかよ~後夜祭始まるぞ!」
二人並んでお弁当を食べていると、宮野と山中が顔を出した。どうやら僕たちを探していたみたいだ。
慌てて、空になったお弁当を片づけると、僕は立ち上がった。
「ごめんごめん、今行く」
小鳥遊くんも立ち上がり、僕たちは並んで先行く宮野と山中の後についていく。
すっかり夕暮れに包まれ、風が頬に涼しい。
「行こう、堀田」
小鳥遊くんが手を差し出す。
「うん!」
僕はその手を迷いなく取った。
ギュッと握り返されて、僕の頬が赤くなる。視線が合うと、小鳥遊くんが目尻を下げた。
優しく僕を見つめる小鳥遊くんの姿は、やっぱりキラキラと輝いていた。
僕の姿も小鳥遊くんからは輝いて見えるのかな、なんて。
そんなことを思って、僕もその手を握り返した。

二人、強く強く手を繋ぐ。

この手を僕は、これからずっと離さない。
浮かぶ二人の笑顔は、とても幸せなものだった。



どうやら僕は、小鳥遊くんの胃袋だけじゃなく、心まで掴んだようだ。