◇◇
“ファインダー越しに恋をする”。
映像制作部が文化祭に向けて作っている映画。
写真部のヒロインに誘われるまま入部した男子生徒がカメラを通して様々な景色を見るうちに世界を好きになっていき、最後にはヒロインへ想いを伝える。そんな青春恋愛ストーリー。
今はそれのラスト、両想いになった主人公とヒロインが公園で抱き合ってキスをする……というシーンを撮影中だ。
「だーかーらー!ほんとにキスするわけじゃないのっ、ちょっと抱き合ってから顔を寄せるだけ!」
「だとしても嫌だっつってんだろ……!」
「そこをなんとか!」
「なんともならねぇから!」
公園の入口近くにある展望スペース。
急な坂道を登った先にあることで街全体を見下ろせる高台になっていて、手すり越しには住宅街と抜けるような青空が広がっている。
そんなラストシーンにぴったりなロケーションを前に──僕と陽生くんは揉めていた。
『私はどの辺りで転べば良いですか?』
『ヒロインを受けとめるところはどんな角度が──』
撮影が始まるなり熱心に取り組んでくれる主演二人に感激した僕は、細かいニュアンスを伝えるべく陽生くんと実演しようと思ったんだけど……。
「お前がアイツらに口頭で伝えれば済む話だろっ」
「見せてあげた方が早いって!」
「だからってなんで俺がヒロインなんだよ!?」
「陽生くんならこの辺の流れも分かるかなって。さぁ、僕の胸に飛び込んでおいで!」
「こういう時だけテンション壊れるのやめろ映像バカ!!」
主演の二人含め、こちらを遠巻きに見ている演劇部員たちがクスクス笑っている。その中で首を傾げる僕。
──どうして陽生くんはこんなに抵抗するんだろう。
──合理的な提案なのに。
「もしかして……僕、汗臭い?」
「は?」
「一応、着いてから汗を拭いたり……ドライシャンプーとかしたんだけど。あっ、逆にそっちの香りが無理とか?」
「いや、柑橘系だから割と好きな匂い……ってそういうことを言ってんじゃねぇよ!」
片手で頭を抱えた陽生くんは、その場に座りこんでしまった。
──この嫌がり方は尋常じゃない。
──ショートドラマの話で少し仲良くなれたと思ったのに……。
初手で最悪な出会い方をしたとはいえ、今の僕は彼が悪い人じゃないと分かっている。……だけど向こうが、変わらず僕のことを嫌っている可能性もあるのか。
「……」
「……分かったよ!」
しゅん、と効果音でも付きそうな調子で肩を落とす僕を見遣り、覚悟を決めたとばかりに立ち上がる陽生くん。
「やれば良いんだろ」
「ほんと!?」
「ただし」
言うなり陽生くんは僕の肩を掴むと──くるりと立ち位置を入れ替えた。
「やるなら彼氏が良い」
「へ?あっ」
急に動かされたことでバランスを崩し、よろめく身体。
今にも倒れそうな僕を、細い割にしっかりした腕が抱き留める。
「主演二人はよく見とけよ」
「は、陽生く」
「倉田、もっと顔上げて」
「……っ」
律儀にも言われた通りにすると、学校イチを誇る綺麗な顔がゆっくりとこちらに近づいてくるところだった。
──最近はすっかり見慣れた顔だけど、このシチュエーションだと心臓に悪い!
──まさかほんとにキスする気じゃあ……っ。
汗のせいか湿度を持ったまつ毛と黒髪はお風呂上がりを覗いてしまったような感覚にさせて、そこはかとない色気まである。
そんな彼といよいよ唇が重なるかという頃──ゴンッ!という音と共に、鈍い痛みが額に走った。
「痛っ……!?」
「ちゃんと見たな?本番はこんな感じでヨロシク」
「ちょっ……顔上げさせた意味!!」
なぜか僕に頭突きをかました陽生くんは、主演の人たちに念を押しながらさっさと離れていく(自分もしっかり痛かったんだろう、さりげなく額をさすっていた)。
──今のは陽生くんの演技だったってこと……?
僕に見せた表情も空気感も、完全にキス寸前のそれだった。
──編集だけじゃなくて俳優もいけるのでは……?
なんて頭を過ぎったけど、また気を悪くしたらと思うと簡単には口に出来なかった。
◇◇
「お前って距離感バグってない?」
撮影の合間の休憩時間。
二人の主演をはじめとする演劇部員が木陰で談笑する中、最後の撮影場所に散らばるゴミをひたすら拾っていく僕。
その背後から声を掛けてきたのは陽生くんだ。
「バグってるとは……?」
「急に俺にキス迫って来たり」
「あっ、あれはただのフリでしょ!?」
さすがにスルー出来ずに勢い良く振り返る。その際、手に持った大きめのトングをかちかち!と鳴らして威嚇するのも忘れない。
──さっきのラブシーン実演のことを言ってるんだろうけど……なんて人聞きの悪いことを!
「僕だって誰彼構わず頼んでるわけじゃないよ、陽生くんなら協力してくれると思ったから──」
「それ」
「へ?」
「俺のこと“嫌いだ”って言ったクセに信用し過ぎ」
足元に転がる空き缶を拾い上げて、陽生くんはぼやいた。
すぐそこでは演劇部員たちの笑い声が溢れ、流れる空気は穏やかだ。なのに彼だけは居心地が悪そうだった。
「それは……信用してるよ。映画のためにこんなに動いてくれてるんだから」
口が悪いのはどうかと思うけど。とは今は言わない方が良さそうだ。
「……」
陽生くんは手に持った空き缶を弄ぶ傍ら、落ち着きなく視線を彷徨わせている。
そんな様子が珍しくてついつい観察していると、形の良い唇が小さく開いた。
「俺、男が好きだから」
「……え?」
唐突なカミングアウトにトングを動かす手が止まる。
「男が好き。ゲイなの」
「えっと……?」
聞き間違いじゃないらしい。目を見開く僕を気にもせず陽生くんは続ける。
「前に編集専門でいた配信者グループは男しかいなくて、俺が“そう”だってバレた瞬間やめさせられた。『メンバーに手を出されたら困るから』って」
「……!」
「そんなつもりはなかったんだけど。そのグループ、こないだSNSでバズって──うちの高校でも有名になった」
「……それってどういう……」
「もっと距離感考えろってこと。俺まで“痴情のもつれ”で抜けたらお前困るだろ」
やっと目が合ったと思えば、不自然なほど光のない瞳だ。……対して諦めたように笑う口元に胸が痛む。
陽生くんがとある動画配信者グループの編集担当をやっていたとは、前に中原先生に聞いたことがある。
でもまさか、辞めた理由がそういうことだったなんて。
──万が一にでもそのグループを通して陽生くんの恋愛対象がバレたら、一緒にいる僕まであらぬ噂が立つかもしれないってことか。
──今撮ってる映画のためにも誤解を生むようなことはするなっていう、陽生くんなりの気遣い……なんだと思う。
──だけど。
「……くだらない!!」
「うおっ!?」
僕はもう一度、持ってるトングをかちかちかち!と高らかに打ち鳴らした。想定より大きくなった声もいっしょに響いて、目の当たりした陽生くんがのけ反る。
「そんなことより普段の口の悪さを気にしてよね!今まで僕がどれだけ苦労したか!!」
「わ、分かったからゴミ掴んだトング振り回すな!」
「誰が誰を好きかなんて、映画を撮るのに関係ないだろっ」
掲げていたトングを下にして、ゴミ拾いを再開する。周りはだいぶ綺麗になったのに苛立ちが収まらない。
「僕は文化祭のために最高の映画を作りたい。陽生くんは一生懸命協力してくれてる。それでじゅうぶんじゃないか」
「……」
「君がうちの部室に男の子二十人くらい連れ込んだ、とかだったら話は別だけど」
「するかそんなこと」
「僕だって今好きな人は同性だけど、だからって君に遠慮してたら良い映画は撮れない」
「!」
陽生くんに背を向けてしまったので顔は見えない。動揺してるのだけは気配で分かる。
「いるんだよね、“同性が好きだ”って言っただけで『俺は狙うなよー』って茶化してくる人!映画好きだってオールジャンル愛せる人はそうそういないのに──……なに?」
背後の人影が真横に移動した。自分のスマホを取り出した陽生くんが、こちらにカメラのレンズを構えている。
「ちょっ……それ動画!?何撮ってるのっ」
「メイキング作って卒業生に見せたらエモいかなって。あ、同性うんぬんのところは声抜いといてやるよ」
「……」
いつの間にカメラを回していたんだ。
というか、今のは僕の熱い語りに『倉田……!』って感涙する場面じゃないの?ああだめだ、そんな陽生くん想像できない。
「ほら」
一度カメラを止めた陽生くんが、スマホの画面を見せてくる。
「動画を見れば、撮り手が被写体をどう思ってるか分かる」
「へぇ……?」
正直言ってピンとこない。
数々の動画編集をこなしてくうちに身につけた特技だろうか、徐に再生されたのは今さっき撮られたばかりの僕。
熱弁しながらゴミを拾い、途中で巨大な紙くずを見つけて目を輝かせ、最後には勢い余ってトングを振り回しかけている。
──思ったよりがっつり撮られてるな……。
「この動画で、俺がお前のことどう思ってるか分かるか?」
「えっ?……“映画に一生懸命な倉田くん素敵だな”?」
「ハズレ。正解は、“いい歳こいてトングで遊んでんの草”」
「なにそれ!遊んでないし!!」
「ははっ!」
声を荒げる僕をよそに、陽生くんは大口を開けて笑った。数分前に『距離感考えろ』と突き放した相手に向けたなんて信じられない。
──どういう心境の変化だろう。
──まあ、いいか。
木陰にいた演劇部の人たちが立ち上がり、休憩時間が終わったと知る。
「配置確認しといてくれ!」という中原先生の声を受け、主演二人が早足で僕らの方へやってくる。
撮影は順調に進んでいる。
このペースなら、夏休みに入る前には編集作業まで終わりそうだ。



