君が切り取る世界を見せて



 
◇◇

 
 さすが五月といったところか(?)、今日の天気はどこまでも爽やかだ。
 吹き抜ける心地良い風と雲ひとつない空の下、校門近くの駐車場ではこの高校の名前が入ったマイクロバスが停車していて、演劇部員たちが次々と乗り込んでいる。
 
 映像制作部崩壊事件から数週間。
 
 今日は文化祭で上映する映画のラストシーン撮影日だ。これから僕たちはこのバスに乗ってロケ地へ向かう。
「外活動の申請は生徒会に出せば良いんだっけ?」
「合ってるけど、それなら映像制作部(うち)で演劇部の分も出してる」
「すみませーん、日傘もこっち積んじゃって大丈夫ですか?」
「ん。先端が機材に刺さったらヤバいからもうちょい端に寄せて」
 運転席の窓から顔を出す中原先生と打ち合わせ中である僕の近くから、みんなに的確な指示を出す陽生(はるき)くんの声が聞こえる。学校紹介VTRの短縮版を予定通り完成させてから本命の映画も順調に編集を進めているし、最近はそれ以外のことも積極的に手伝ってくれるようになった。
 彼と初めて話した時は一緒に映画を作るなんて絶対無理だと思ったけど、まさかこんなに頑張ってもらえるとは。これなら少しくらい性格に(なん)があっても許容(きょよう)出来る。
 
「“前から気になってたからLIME交換してほしい”って……俺より発声の方気にすれば?アンタの出演シーン見たけど喋ってるとこほぼカットされてたぞ」
「っ、陽生くん!」

 聞き捨てならない失言が僕の耳を(かす)めた。
 すぐさまそちらへ駆け寄り、スマホを握りしめたまま硬直(こうちょく)してしまった女子の前から陽生くんを連れ出す。
「なんであんな言い方するかな……!?陽生くんのせいであの子が演劇部やめちゃったらどうするのっ」
「周りが必死こいて準備してんのに男の連絡先聞いてくるような奴は()っといてもやめる」
「そういう問題じゃない!!」
 前言撤回。
 この口の悪さは許容出来ない!
 眉間(みけん)にこれでもかと(ちから)を込めて睨みつけるけど、容姿に似合わず豪快なあくびをかます陽生くんには届かない。
 ──下手に演劇部と揉めて、今後の撮影で協力を断られたりしたら困る。
 ──やはり陽生くんは僕が傍にいないと駄目だ。……って、そんなダメ彼氏と別れられない彼女じゃあるまいし!
倉田(くらた)ー、ちょっと良いか?」
 ……と、バスの運転席にいる中原先生が僕を呼ぶ。
「はいっ、何かありましたか?」
「なんか席足りなくね?」
「えっ」
 不服そうな陽生くんの腕を引っ張りながら戻った僕に中原先生が見せたのは、バインダーに挟んだ今日の座席表。
「人数は表の通りなのに……」
「そういや、現地で着る衣装のケースが想定よりデカくなったって演劇部(向こう)が言ってた」
「ああ、なるほど」
 陽生くんに言われバスの中を覗くと、手前の席に巨大なプラスチックケースが鎮座(ちんざ)している。機材といっしょに後ろに置いて破損させるのが心配だったのか。
「叔父さん、もう一台くらい車使えないの?」
「今日はこのバスだけだな。運転頼める人もいねぇし」
「それじゃあ──」
 最低でも二人はバスに乗らず自力でロケ地へ行くことになる。路線バスという手もあるけど、今の時間だとちょうどいい便がない。
 なら、答えはひとつだ。
 
「僕と陽生くんは自転車で行きます!」
「俺と倉田は自転車で行くわ」

 言い回しは違えど、中原先生に申し出た内容が隣と被った。ちらりと確認した時目が合ったので、軽く頷き合う。
 ──演劇部の大事な衣装を無理やり後ろに押し込むのは気が引けるし……撮影前の演者さんたちに自転車を()がせるのも駄目だ。
 ──きっと陽生くんも同じことを思ったはず。
「お前らほんとに大丈夫か?距離はそんなにないが、途中で急な坂道があるぞ」
「自転車は毎日通学で使ってるので大丈夫です!(おもて)には出ない分、ここは僕ら技術班が頑張らないとっ」
「……“技術班”……」
「陽生くん?」
「……別に」
 陽生くんは短く返したのを最後に、こちらに背を向けて去ってしまった。おそらく駐輪場へ自転車を取りに行ったんだろう。
「僕、何か変なこと言っちゃいました……?」
「あー、アレはそういうんじゃねぇよ」
 気を悪くしたかと冷や汗を流す僕に、中原先生が片手を振る。
「照れてんだ。今まで顔ばっか注目されてて、“技術班”で(くく)られることなかったから」
「ああ……」
 説明されて合点(がてん)がいく。確かに僕も初めて陽生くんと話した時、その整った容姿で演者側の人だと勘違いした。
 ──今思うとだいぶ失礼だよな。
 ──陽生くんが怒るのも当然だ。
 
 あれから結構経っちゃったけど……せっかく二人で移動する時間が出来たんだから、どこかで謝れたら良いな。


◇◇


「はあ、はあ……!」
「おい、生きてるか……!?」
「ギリギリ……!」
 学校を出発し、自転車を走らせて約十分。
 目的地である公園に続く急な坂道を三分の一ほど登ったところで、僕と陽生くんの息は()()えだった。
 ──なんだこの坂は。
 ──ロケハン(下見)の時はバスだったから気づかなかったけど……ここまでくると坂というより壁だぞ。
 ぐん!と伸びたアスファルトは先が見えず、自転車通学歴二年目の僕でも引き返したくなるレベル。
 これじゃあ、初顔合わせの時のことを陽生くんに謝る余裕がない。
「……っ!」
 踏み込むペダルがとにかく重い。
 太ももが悲鳴を上げ、肺が酸素を求めて(せわ)しなく動く。
 五月の爽やかな風はどこへやら、どんどん高くなる青空と身体を取り巻く熱気はもはや夏のそれだ。
「これもう歩いて登った方がラクだろ……!」
「さ、賛成……!」
 少し前にいた陽生くんがさっさと自転車を降りるのを見て僕も続く。
 劇的に変わるわけじゃないけど、ひたすら足を回すよりかなりマシな気がした。
「誰だよロケ地決めたの」
「僕」
「帰れ。いややっぱ帰るな、俺ひとりで登るのはさすがにメンタルが死ぬ……」
「非常に申し訳ない……」
 ぽつぽつと言葉を交わしながら自転車を押して進む。
 『絶対ジャマになる』と、ブレザーのジャケットを脱いできて良かった。余談だけど、白のワイシャツをスラックスに入れ込んでることで陽生くんの腰の高さと細さがよく分かる。
 遠目に公園が見えてきた頃。後方から風を切る音が聞こえて、色鮮やかな競技用自転車に乗った集団が僕たちを追い抜いていった。
 さすがにちょっとキツそうだけど、こちらに比べればだいぶ軽やかだ。

「急な坂道と自転車って、画面()えしそうだよね」
「……例えば?」
 
 小さくなっていく集団についこぼせば、すっかり項垂(うなだ)れた状態で隣を歩いていた陽生くんが頭を上げた。
「主人公がこの坂をきっかけに自転車競技の世界に飛び込む……とか?」
「主人公は男?」
「そう!高校生の彼はそれまで通学か何かでママチャリ乗ってたんだけど、ある日ここを颯爽(さっそう)と駆け上がるスタイリッシュな自転車に惹かれるのっ」
「……なるほど。その自転車の持ち主が、主人公の生涯のライバルになると」
「あっ、それ良い!ライバルは主人公と違う高校で」
「初対面で主人公の才能を見出すんだな」
 陽生くんが思いの(ほか)食いついてくれたことでどんどんアイディアが溢れて──さっきまで重かった足が嘘みたいに弾む。
 ──頭の中で映像が動き出す。
 ──今ならこの間の“演者”発言を陽生くんに謝れるかもだけど……この会話を止めたくない。
「文化祭でやる映画が終わったら、この坂でショートドラマ撮ろうよ!」
「さっきの集団じゃないけど、知り合いが自転車競技のサークルやってるから協力頼めるかも」
「ほんと!?じゃあ僕、脚本書いとく!……って、あれ」
 そこでふと足を止める。
 夢中になってる間に坂を登りきっていたようだ。見慣れた街並みが足元に広がり、ほんの数メートル先には目的地の公園の入り口があった。
「着いたな」
「うん……」
 大型車専用の駐車場には既にうちの高校のマイクロバスが停まっていて、演劇部員たちが準備を進めている。
「主演二人は衣装着といてーっ」
「先輩!今気づいたんですけど、このロケ地ならあっちの小道具の方が良くないですか?」
「あっそうかも!」
「さすが、うちの二年は優秀だねぇ」
 三年生に頭をわしゃわしゃ撫でられ、照れたように笑っている僕と同級生の女子。
 それを見て思い出されるのは、数か月前に卒業した先輩たちが現役だった頃の映像制作部。
『九条先輩!僕もそのカメラ使ってみたいですっ』
『これは映作の中で一番良いヤツなのでだめでーす!』
『そうそう、倉田にはまだ早い!』
『そんなぁ……!』
 去年の夏、こことは別の公園でそんなやりとりをした。
 『倉田にはまだ早い』と言われたカメラはこの後の撮影に使うべくバスに積まれている。今や正しく扱える部員は僕だけだ。
 ……いいな。
 楽しそうな演劇部の人たちを見ていると自分の状況を思い知らされる。
 あっちの二年生は先輩に頼ることが出来るのに、どうして僕はたった一人で──……。

「倉田っ」

 肩を叩かれ、はっとする。いつになく興奮気味な陽生くんがこちらを見ていた。
「ここからの景色、映画のラストシーンに入れたら()えるんじゃね」
「──……確かに!」
 思わず大きな声が出た。
 今の今まで胸の奥にあった重たい気持ちが、一瞬で吹き飛ぶくらい魅力的な提案だったから。
「ほんとはもうちょっと奥の方で撮るつもりだったけど……ここをバックに告白、の方が絵面がおしゃれだねっ」
「ヒロインが途中で転びそうになるんだけど」
「それを主人公が受けとめる!」
「自然と抱き合う形になって」
「そのままキスシーンっ」
「アツいだろ。次作るショートドラマの予習にもなる」
「うんっ」
 鼻息荒く反応する僕に陽生くんがにやりと笑う。
 たまに見る意地悪なやつとは違う、誇らしげな表情(かお)だった。
 ──なんだか久しぶりだ。
 ──映像の話でこんなに盛り上がるの。
 出て行った映作部員たちと最後にこんな風に語ったのは、一体いつのことだったか。
 今撮ってる映画の編集に、ショートドラマの企画。
 僕にはやることがたくさんある。
「……あの、陽生くん。この間は──」
「お、さっき俺に連絡先聞いてきた女子が今度は男の先輩に擦り寄ってる。動画撮って生徒会のPCに送り付けようぜ」
「っ!?ダメダメダメダメ!!」
 今なら素直に謝れるかも……なんて淡い期待を捨て、代わりに全力で首を横に振る僕。
 視界の端に駐輪場を見つけて「こっち!」と促すと、陽生くんは素直についてくる。

 
 彼がいる限りは、寂しいなんて思ってる暇はないみたいだ。
 ……色んな意味で。