君が切り取る世界を見せて




◇◇
 

陽生(はるき)くんっ、その資料は先輩が残してくれたやつなんだから大事に扱って!」
「別に雑にはしてねぇだろ」
「今折りそうだった!」
「気のせい気のせい」
「気のせいじゃないっ」

 最悪の出会いから一日経った放課後、部活の時間。
 
 部室の中で一番質の良い椅子に座りふんぞり返る佐藤(さとう) 陽生(はるき)くんの姿は、この映像制作部──略して映作に来て二日目だなんてとても思えない。
 ちょっと前まで二十人あまりの部員たちで賑わっていたここはつい昨日、痴情のもつれで内部崩壊したことで嘘みたいに静かに……なると思いきや、映画制作の助っ人としてやって来た陽生くんが自由に振る舞っているおかげ(?)で活気はあった。
「っていうか」
 僕の注意を受けてか、資料を持つ手を気持ち緩めた彼が言う。
「俺のこと下の名前で呼ぶ感じ?」
「え?……ああ、佐藤って名字の部員は三人いるから、呼び分けといた方が良いと思って」
「部員、ねぇ」
 そこで陽生くんの目線が、空席が並ぶ室内を横切る。
「戻ってくるかも分からない奴らのためにずいぶん健気(けなげ)だな」
「……っ」
 小馬鹿にしたようなニュアンスはあるものの真っ当な指摘にきゅ、と唇を噛む僕。
 ──分かってる。
 昨日あれだけ揉めて、みんな『退部する!』と宣言して部室を出て行ったのだ。簡単に戻ってくるはずはない。それでも……。
 ──……陽生くんの言うことをまともに聞いちゃダメだ。
 ──今やるべきことをこなさないと。
 そう思い直し、壁に貼り付けたスケジュール表を見遣る。
 文化祭まで残り約四ヶ月。
 ラストシーンの撮影や編集作業を少人数でこなすとなると、早め早めで動かないといけない。
 ひとまず、今日使えるのは二時間といったところか。
「……大丈夫」
 自分に言い聞かせるように小さく呟く。
「二時間もあれば映画一本分の経験が出来る……」
「起承転結こだわり抜いて切り取った映画の二時間と、ドラマチックもクソもないお前の二時間を一緒にすんな」
「っ、うおおっ!」
「落ち着け倉田(くらた)!」
 決死の覚悟で数メートル先へ突進しようとした僕の背後に、それまで端で見守っていた中原先生がやってきて羽交(はが)()めにされる。
「行かせてください中原先生!一回……一回決着をつけないと気が済まないっ」
「陽生はああ見えて優しい子なんだ!あとたぶん体格差的にお前が負ける!!」
「『ああ見えて』って叔父(おじ)さん、それフォローのつもり?」
 怒りで震える僕をよそに優雅に資料のページを捲る細長い指先が忌々(いまいま)しい。
 ひとりごとにすら噛み付いてくる彼のどこに優しさを見い出せというんだ。明らかに相性最悪なのに一緒に映画を作ろうだなんて、無謀(むぼう)にもほどがある。
 ──動画編集を引き受けるにあたって中原先生からバイト代をもらってるらしいから、追い出すわけにもいかない……。
 ──文化祭までになんとか映画を完成させてあげたいっていう、先生の気持ちは嬉しいし。
「ったく……」
 僕の肩から力が抜けるのを確認した中原先生が腕を離す。
「俺はこれから職員会議でいなくなるが、仲良くやれよ?」
「………………はい」
「もうちょい自信持って返事してくれ……!」
 相当時間が押していたようで、“不安”の二文字を顔に浮かべたまま中原先生は慌ただしく出て行った。
 ──二人きりとなると気まずい。
 ──ひとまず、編集の進捗を陽生くんに共有しなきゃ。
 ここでひとつ疑問が()ぎる。
 中原先生いわく陽生くんの動画編集の腕前はお金が取れるレベルらしいけど、実際どんな感じなんだろう。
 ドラマ仕立てのものとバラエティーだと求められる技術も違うし、彼の得意ジャンルによっては今撮ってる映画と噛み合わない可能性も……。
「なんだよ?」
 雄叫(おたけ)びを上げ突っ込んできたと思えば今度は無言で凝視してくる僕を、不審そうに眺める陽生くん。
「陽生くんって──……あっ」
 どんな編集が得意なの?と聞こうとしたところで、扉をノックする音が来客を知らせた。
「どっ、どうぞ!」
「失礼しまぁす」
 部員の誰かが戻ってきた!?と期待に胸を膨らませて返事をするけど、実際入ってきたのは映作とは違うところで見覚えがある顔。
 
「生徒会でーす。映像制作部の皆さんに頼みがあって来ましたぁ」
 
 生徒会副会長。
 僕らよりひとつ上の新三年生で、新入生歓迎会で流す学校紹介VTRを作った際に何度か打ち合わせをしたことがある。
 ──いつもニコニコしてて優しそうだけど、ところどころ刺々(とげとげ)しくて正直苦手なんだよな……。
「あれ?今日は人が少ないんだねぇ」
「あっ、どうぞこちらに座ってください!」
 この中で一番良い椅子を占領(せんりょう)していた陽生くんを追いやり、品定めするように部室を見渡す副会長に座ってもらう。この流れで部員たちの行方を追及されたらまずい!
「そ、それでご用件は……?」
「あーそうそう」
 むしろ既に映作の内部崩壊がバレたとか……!?と内心穏やかじゃない僕に対し、副会長はあっけらかんと答える。
「前に作ってくれた学校紹介VTRあるじゃない?今度やる中学生向けの体験入学で流したいんだけどさぁ、短く編集し直してほしいんだよね」
「編集……ですか」
 廃部の通達ではなかった。
 副会長の向かいの席に座る僕の後ろでは、なぜか陽生くんがPCを立ち上げる音が聞こえる。
「具体的にはもっとエモくしてほしいんだよぉ、今の中学生にウケそうでしょ?」
「エモく……」
「あと、僕としてはズバーン!って感じも入れてほしい」
「ズバーン……」
 具体的とは対極にある注文だな……なんて口が裂けても言えない。
「文化祭までまだ時間あるんでしょぉ?映画もほとんど撮り終わってるって聞いたし、暇な時間使って生徒会に貢献(こうけん)出来るなら君たちも幸せかなって」
「……」
 言葉に詰まる。
 暇なわけがあるもんか。
 映画のラストシーンの撮影はまだ終わってないし、編集作業だって山ほど残っている。
 今動ける部員は僕ひとりで……助っ人の陽生くんを入れたとしても二人だけ。本当ならこの、ただ座っている時間すら()しい。
 ──だけどここで『人手不足なので無理です』と断ろうものなら。
 在籍してるのがほぼ幽霊部員という実態が生徒会にバレたら、映像制作部は終わる。
 それだけは駄目だ、先輩たちに託された映作を僕の代で潰すわけにはいかない。
「そんな雑な感性でよく副会長になれましたね。顧問の弱みでも握ったんすか?」
「わっ、分かりました!お引き受けしまーす!!」
 唐突に飛んできた暴言をかき消すべく、僕はあらん限りの声を張り上げる。
 ──陽生くんって、上級生相手にもそんな感じなの!?
 ──本当にお金もらって仕事してるプロなのか?この口の悪さで!?
 ──注文のしかたが雑っていうのはまぁ……同意だけどもっ。
 幸い副会長の耳には届かなかったようで、僕の返事に「助かるぅ」と喜んでいる。
「元のデータが映作(こっち)にあるはずなので、今持ってきま──」
「もう準備出来てる」
 ガタ、と音がして振り返ると、ノートPCを抱えた陽生くんがこちらにやって来るところだった。机に置かれた画面には、いつも使っている編集ソフトに学校紹介VTRのデータが取り込まれている。
 
「とりあえず編集かけてみるんで、イメージと違うのがあったら教えてください」
 
 副会長の方をちらりとも見ずにそう言う陽生くんの指先に──僕は思わず息を呑んだ。
 とにかく、鮮やかだった。
 ショートカットキーとマウスを駆使して動画を切り貼りしていく手際(てぎわ)には無駄がないし、どこから引っ張ってきたのか要所(ようしょ)要所に挿し込まれるBGMやエフェクトは“エモくしてほしい”という副会長の要望に忠実だった。
 ──同じ編集ソフトを使ってるはずなのに、僕のとはまるで違う。
 ──これがプロの技術……。
「……と、ざっとこんな雰囲気でどうっすかね」
「あーそうだねぇ、良いんじゃない?」
 気づけば食い入るように画面を注視(ちゅうし)していた僕に対し、陽生くんと副会長は平然と話を進めている。
「このままいけば、明日の今頃には完成データを送れると思いますよ」
「えっ、今日中に出来ないの?」
 やっとPCから目を離してそちらを向いた陽生くんに、副会長の笑顔が歪む。
「会長に今日持って行くって言っちゃったからさぁ。(いま)ちゃちゃっと作ってよー」
「えっと……編集ってすごく大変な作業で、三分の動画作るのに何時間もかかったり──」
「またまたぁ。君みたいなチャラチャラ遊んでそうな子にも出来てるんだから、ほんとは簡単なんでしょ?」
 僕のフォローをさらりと(かわ)し、副会長は相変わらずのにこにこ顔で陽生くんを詰める。

「……はぁ!?」

 明らかに編集を軽く考えている相手に怒りをあらわにしたのは当事者の陽生くん──じゃ、ない。
「簡単なわけないじゃないですかっ」
 突然大声を出した僕を副会長と、彼に反論するためか口を開いたままの陽生くんがぽかん、と見ている。
「既に完成された動画を用途に応じて切り抜き再構成する……。それをこんな鮮やかにやってのける技術は、チャラチャラ遊んでるだけじゃ絶対身に付きません!」
「おい、お前」
「最低でも二・三年はかかるはずです。カットするところの見極めはもちろん自然に繋げるのも重要ですが、陽生くんはさらに音の入れ方すらも計算しながら編集していてっ」
「お前」
「元の映像の良さを()かしてるのもポイント高いです。こんな技術があったら凝ったエフェクトを多用したくなるだろうにそこを抑えて──……」
「倉田!!」
「はっ!」
 陽生くんの強めな呼びかけで我に返る。
 ──僕は一体何を……?
 いつの間にか机に両手をついて身を乗り出していたし、息も上がっている。
 そんな僕の様相(ようそう)に、「ポイントってなんのだよ」と陽生くんがぼやいた。
「すっ、すみませんでした副会長!何が言いたいかというと──っ」
「良いよ、もう分かった」
 慌てて弁解しようとしたけど、すっかり無の表情になった副会長は“もう話すことはない”とばかりに立ち上がってしまった。
「今日中には作ってくれないってことでしょ?明日の放課後までに生徒会にデータ送っといて」
 さっきまでの間延びした口調はどこへやら、淡々とそう言い残して早足で部室を出て行く副会長。
「恨まれたかもな。今のを生徒会長に報告されたら──」
「生徒会長“は”常識があるから大丈夫なはず……。そんなことよりも!!」
 閉じたドアの外の気配が遠ざかっていくのを確認してから、数歩先にいる陽生くんに駆け寄る。
「編集はどこで勉強したの!?有名な人に弟子入りしたとかっ?」
「え?いや……」
 鼻息荒く迫る僕に面を食らいながらも、陽生くんは答えてくれる。
「ふつうに自分で調べながらだけど」
「独学!?」
 ──僕は九条(くじょう)先輩に教わってたのに、全然上達しなかった……。
「BGMのセンスも良かった!あれはどこの?」
「音源は基本フリー素材使ってるけど……さっきのは俺が作った」
「陽生くん作曲も出来るの!?無敵じゃないか……!」
「あんな簡単なの誰でも──って、なんだよお前……」
 僕から逃げるように顔を逸らした陽生くんの髪が、滑らかな頬にはらりとかかる。
「さっきまで俺のこと毛嫌いしてたくせに」
「君は嫌いだけど君の編集は好きだ!」
「っ」
 元気いっぱいに返す僕に、陽生くんの切れ長の目が大きく開く。
 ──そんなに変なこと言ったかな。
 ──人としては相容(あいい)れないけど彼の編集がすごいのは事実だし……。
「……変な奴……」
 ややあって陽生くんが呟いた。髪の隙間から少しだけ覗く耳がどんどん赤くなっていく。
 もしかしたら容姿はともかく、編集の方は褒められ慣れてないのかもしれない。
 
 ──分からないけど……。
 ──こちらから歩み寄れば、案外話せる相手なのかもしれない。

 近くの椅子に座り直し、耳を染めたままVTR編集の続きに取り掛かるらしい陽生くんを横目に思った。