いわれなき罪で虐げられた巫女は、孤高の狼神の掌中の珠

 白玲山(はくれいざん)は、神のおわす山。白鳥の化身である麗しい御方、(くぐい)様の御座所。龍脈(りゅうみゃく)の要のひとつでもあり、東雲(しののめ)国の守護に欠かせない聖なる地。

 その白玲山の奥深くに、鵠様に仕える者たちが暮らす村がある。その名を、水鏡郷(みかがみごう)

 澄んだ水と豊かな実りに恵まれたその村では、鵠様のご慈悲に感謝して歌舞や祈りを捧げながら、誰もが和やかな日々を送っている。

      * * *

 白玲山の嶺を赤く染めていた夕日が、山の端に沈んで消えた。いつもの水鏡郷の夜は早く、闇の(とばり)が降りた後は、村人たちはみな、それぞれの家で静かに過ごすものだ。
 けれど、冬が終わり、ようやく凍りついていた水の流れが緩み始めたこの春の夜は、違う。

 郷のあちこちに焚かれた篝火(かがりび)が、満天の星の煌めきを圧倒する。
 真昼のような明るさが浮かび上がらせるのは、山肌に点在する鵠の寝殿や、神楽の舞台、巫女や神官の住まいに、神具を納める宝物殿。さらには、それらを繋ぐ渡り廊下。
 いずれも神山に相応しく磨き上げられ、篝火によって神々しく輝いている。

 日が落ちてなお、郷は活気に満ちていた。慌ただしく渡り廊下を行き来する村人たちは、休む気配もなく働きながらも明るく笑い合いっている。それは、ただひとり温かい屋内を離れ、寒風の中を洗い物をしに出た少女――瑞穂(みずほ)も同じだった。

 冴えて澄んだ夜空に(しょう)龍笛(りゅうてき)琵琶(びわ)(つづみ)の調べが響く。

越天楽(えてんらく)……華やかで、とても素敵」

 婚礼などの慶賀の席で演奏される曲名をつぶやいて、瑞穂(みずほ)は微笑んだ。

 春といっても、山深い水鏡郷では夜はまだまだ凍てつく寒さが忍び寄る。
 屋根で守られた渡り廊下から離れ、寒風にさらされる小道を降りる彼女の唇は青ざめて、吐いた息も白く曇っている。薄い着物一枚では冷気をふせぐには心もとないし、洗い物の食器を詰め込んだ桶を抱える瑞穂の指も、重さと寒さによって雪のように白い。

(動いていれば、大丈夫。凍えたりしない)

 自分に言い聞かせながら、瑞穂は沢を目指して夜の道を弾むように駆ける。それは、身体を凍らせそうな冷気に抗うためだけではない。抑えきれない嬉しさと喜びの表れだった。

(鵠様のご結婚! 郷から(たま)の巫女が出るなんておめでたいわ……!)

 東雲国は、八百万(やおよろず)の神々に守られた国。
 人は神に祈りを捧げ、神は歌舞などの供物を良しとすれば、人の願いを叶えることもある。それは、近代化が進み、都に電気の灯りがともり、山や谷の間を鉄道が走るようになった今でも変わらない。

 人と神の間を繋ぐのが、楽巫女(わざおぎ)と呼ばれる存在だ。
 神聖な歌や舞によって、神々に人の祈りを届ける。神々から預かったご意志やお言葉を、誤りなく人に伝える――正しく強く清らかな心を持ち、しかも厳しい修行を続けた者たちは、神々に愛され、人々には尊敬される。

 中でも優れた楽巫女は、伴侶として神に望まれることもある。
 神と人の世界は本来は交わらないところ、それでも傍に置きたい。その歌や舞や祈りを、自分だけに捧げて欲しいと(こいねが)うのだ。
 それほどに愛される存在を、珠の巫女、と呼ぶ。特別に手の中に置きたいと思うほどに愛された掌中の珠、ということだ。

 このたび、水鏡郷では、とある巫女が山の守り神である鵠の《掌中の珠》に選ばれた。
 その巫女――鈴香(すずか)は、声も姿も美しく、舞う姿は天女が天から降り立ったかのように軽やかでしなやかとの評判高い少女だった。

 神の伴侶に足る楽巫女も、そうそう生まれるものではなく、珠の巫女に選ばれるのはたいへんな名誉。だからこそ水鏡郷は祝福に沸き、村を挙げての婚礼の支度に慌ただしくしているのだ。

 もちろん瑞穂も、婚礼を心から喜んでいる。

 白鳥のごとく清らかな美貌の鵠が、同じく美しい鈴香に優しく微笑みかける姿は、それはもう夢のように綺麗でお似合いなのだ。その場所にいるのが自分だったら、なんて――そんなことは、瑞穂の立場では考えることさえ許されない。

 瑞穂に食器を渡した者も、ひどく忌々しげな顔で彼女を睨みつけたものだった。

『めでたい式の準備に、お前が関わることができると思うな。……罪人の娘め』

 その言葉にまったく異存がないことを確かめるために、瑞穂は無言でそっと目を伏せて、寒い中に薄着で出てきたのだ。

 彼女にできるのは、ただ、婚礼が成功するように陰ながら祈ることだけ。人目につかないところで水仕事に励み、鵠の寝殿の隅々までを掃き清め、額に汗を流して(すす)まみれになって(かまど)(まき)をくべる――それくらいだ。

「でも。鵠様のために、できることがあるのは光栄だわ」

 自分に言い聞かせるように、どこまでも明るくつぶやくうちに、瑞穂は沢のほとりにたどり着いた。
 ひざまずいて凍てつく水に手を浸すと、あかぎれのできた手が、無数の針で刺されたように痛む。でも、ためらっている暇はない。寒さで指が動かなくなる前に、洗い物を終えてしまわなければ。

「白玲山の雪解けの水よ、貴方たちも鵠様のご結婚をお祝いして。婚礼のために日夜働くみんなのために、使わせてちょうだい」

 雪解けの冷たい流れに、歌うように語り掛けるのは、楽巫女の真似ごとに過ぎない。瑞穂は、神に捧げる歌も舞も習ったことがない。ただ、母の教えを守っているだけだ。

『東雲は、美しい国。空も地も川も、そこに棲むものすべて、なんて愛おしいのかしら』

 そう語る母は――瑞月《みづき》こそ美しく優しかった。……瑞穂には、そう見えた。

『歌も舞も、その想いを伝えるためのもの。楽巫女とは、世界を等しく愛し慈しむものなのよ』

 どんなささやかな小川の神様でも、瑞穂「なんか」の歌を喜ぶとは思えない。でも、幼い時に聞いた母の歌声を思い出すと、確かに胸の奥から温もりが湧いてくる。母は、優れた楽巫女だった。

『でも――』

 優しい笑みを浮かべたまま、母が何と言ったのか、瑞穂は覚えていない。慈愛に満ちた言葉を、でも、で覆した続きは、きっと怖くて忘れてしまったのだと思う。母の思い出を語れる相手は水鏡郷にはいないから、きっと答えは謎のままだ。

(母様のこと()()()、考えてはいけない。そんなことより、婚礼よ)

 鵠は、十数年前に「とある事情」で伴侶と見込んだ楽巫女を喪っている。その時は白玲山も雪に閉ざされ、麓の村々まで不作に見舞われたのだとか。鵠の傷心が癒えたという意味でも、此度の婚礼はこの上なくめでたいのだ。

「さて、と――急がないと」

 着物の裾で手をぬぐった瑞穂は、重い桶を抱えて足を急がせた。早く厨房に返さないと、怠けたと思われてしまう。
 それに――道の途中では、楽巫女の練習場を通る。管弦の音が漏れ聞こえるとおり、婚礼の席で鵠に捧げる舞を、今も鈴香をはじめとした巫女たちが練習しているはず。

 もちろん、「罪人の娘」である瑞穂が練習に交ざることなんてできないけれど、練習場を通り過ぎる時、ほんの少し足を緩めるくらいなら良い……と、思う。
 管弦の音や、巫女たちの歌の声。さやかな衣擦れの音や、床板が鳴る小さな音だけでも、華やかな祝宴の気配を感じ取るのには十分だ。
 耳の奥で響く神楽の音を反芻すれば、薄く冷たい寝床で空腹を抱えて眠るのもそう辛くないはず。

 自分の存在を気づかれぬよう、瑞穂は足音を忍ばせてゆっくりと廊下を歩んだ。
 屋内に入ればいくらか寒さも和らいで、かじかんだ手から桶が落ちる恐れは少ない。檜鏡のように磨き上げられた(ヒノキ)の床で、足を滑らせないようにさえすれば良い。その、はずだったのだけれど――

(あれ。音が――拍子が、外れた……?)

 婚礼を間近に控えて、すでに仕上がっているはずの音曲が、なぜか歪んで聞こえた。
 まるで、壊れる寸前のからくり細工を、無理やりに動かしているかのような。個々の音色が少しずつずれて、曲全体が今にも崩壊してしまいそうな。

 そんな、違和感。居心地の悪さ。耳障りさに、瑞穂は思わずよろめいてしまった。どうにか踏みとどまったけれど――桶の中に重ねていた陶器ががちゃりと派手な音を立ててしまう。

「誰? 誰かそこにいるの!?」

 管弦の音を完全にぶち壊す騒音に、練習場の戸ががらりと開いた。凛とした空気を鋭く裂く高い声は、鈴香のものだ。
 白い小袖に緋袴――巫女装束に身を包んだ鈴香は、立ちすくむ瑞穂の姿を見て、整った顔を怒りと嫌悪にゆがめた。

「瑞穂! 覗き見してたの!?」
「も、申し訳ございません! 私――」

 見通しの良い廊下では逃げも隠れもできず、瑞穂は桶を置いて平伏した。冷え切った床に額をつけて非礼を詫びる彼女の頭に、練習に立ち会っていた巫女や楽士の声が振って来る。

「不届き者の娘か」
「珠の巫女様に何を企んでいた!?」
「鵠様は、なぜこのような者を――」

 顔を上げなくても、分かる。誰もが、鈴香と同じように瑞穂を疑い、責め立てようとしているのだろう。誰も、彼女が歌や舞にあこがれているなんて考えたりはしない。

(お叱りを受けるわ……食事抜きかしら。それとも、一晩中火の番を命じられる……?)

 珍しいことではなくても、決して慣れない辛い罰を予感して、瑞穂は震え上がった。

「あまり目くじらを立てるものではない」

 と、そこへ柔らかく穏やかな殿方の声が割って入る。

「瑞穂も若い娘なのだ。華やかな婚礼に対して思うこともあるのだろう」

 決して大きくはないのに、その声は不思議とざわめく者たちを黙らせた。天から地上に射す光を思わせる、神々しい輝きさえ帯びたその声の主は――