透明な夏

 せっかく隠れたと思った太陽は、ほんの数分で再び顔を出した。昼過ぎの炎天下に芦沢神社へ行くのは放課後に向かうよりも暑く感じ、今にも溶け出してしまいそうだった。
 俺はいつも通りコンビニへ寄ってソーダアイスを二本買った。店外へ出たらすぐに溶けてしまいそうだったが、何かなければまた文句を言われる気もして、買わずにはいられなかった。
 真純は俺を送り出す時、最後の最後でついて行くと言ったが、俺はそれを断った。病み上がりにこの猛暑は危険だし、何より俺は可純といつも通りの変わらない空気感で話をしたかった。
 芦沢神社の石階段の前に着くと、俺の足がぴたりと止まった。アイスが溶ける前に行かなければならないというのに、緊張して一歩が重くなった。一度深呼吸し、ゆっくりと石階段を上る。頭上の木のトンネルが太陽の光を遮断し、幾らか涼しく感じたが、今日はいつも以上にそう感じた。肌を撫でる風も冷たくて、一瞬で汗が乾いていく。加えて踏み込む足に力が入り、鳥居に近づく分だけふくらはぎが攣りそうになった。最後の一段を上り切ると、さっきまで引いていた汗がどっと噴き出した。
「あっつー……」
 思わず声が漏れる。額から粒になって流れ出る汗を拭った。すると、それに答えるかのように木々が揺れ、再びほんの少しだけ冷たい風が吹いた。
「……来たんだ?」
 奥の方から声がした。境内の方へ視線を向けると、涼しげな顔で座る可純がいた。
「てっきり、もう来ないかと思ったよ。全部聞いたんでしょ、真純から」
「……まぁな」
 そう答えながら俺は可純の方へと進み、手に持っていたビニール袋を上げた。
「食うだろ?」
 俺の問いに可純は一瞬変な顔をしたが、すぐいつも通りにくすりと笑った。
「ふふふ、変なの。良いの?」
 そう言う割に手を伸ばすのは相変わらずだと思う。
「あのな、遠慮するなら最初からしとけよ」
「えー。僕、貰えるものは貰う主義なの」
「なら黙って食えよ。溶けるぞ」
 可純は「はぁい」と気の抜けた返事をし、境内から降りると俺のビニール袋からソーダアイスの袋を取り出した。
「うわ、絶対溶けてる。こういう時、ドライアイスとか保冷剤とかもらえないの?」
「ビニール袋も料金取られるんだぞ。そっちまで買ってられるかっつーの」
「嘘だ。ビニール袋はレジで貰えるものでしょ」
「いつの時代の話してんだよ」
 そう言って俺はしまったと、可純の顔を見上げた。
「……悪い、その……」
「別に良いよ。時代も人も変わるものだって分かってるから」
 可純はアイスの袋を開け、慌てて一口齧り付いた。
「ふふふ。ねぇ、やっぱり」
 溶けてる、と可純が眉を寄せ笑った。


「まーたはずれだった。見て、これ」
 可純がアイスの棒を見ながら残念そうに言った。俺達は境内から直ぐのベンチに並んで腰掛け、アイスを食べた。まだ口の中でソーダの甘ったるさが広がり、舌にはまだ冷たいアイスの感覚が残っている。
「だから、そう簡単に当たる訳ないだろ」
「僕なら奇跡とかあるかなぁって」
 今更当ててどうするんだ、と喉元まで出かけたが、流石に飲み込んだ。別の返しを見つけようとスマホに手を伸ばす。
「……五十本に一本とからしいけどな」
「へぇ、そうなんだ?」
「でも明言はされてないって」
 ほら、とスマホの検索画面を見せると可純は黙り込む。
「……さっきは謝ったくせに、文明の機器見せつける訳?」
「もうスマホぐらいあったろ」
「あったあったけど、僕はギリギリまでガラケーだったの」
 機嫌が斜めになっていく可純だったが、大して怒っている様子はなく、ただ楽しんでいるように感じた。別に怒らせに来たわけじゃないが、昨日の俺の様子にはたぶん、良い気持ちではなかっただろう。一瞬でも怖いと思ってしまった自分に嫌気が刺す。今この時、何一つそんな要素は見つからないのに。
「なぁ、怒って怨むなら俺にしろよ。もう真純は解放してやれ」
 楽しそう笑っていた可純の表情が静かに沈んでいく。
「……じゃあ、僕が真純を解放したら、恵大は何してくれるの?」
「……え?」
 そんな言葉が返ってくるとは思っておらず、俺は焦った。その様子に何故だか可純は呆れている。怨むせてやる、は確かに上からすぎただろうか。でも、その提案でもダメなら何を差し出せば良いんだ……。
「……恵大、僕のこと怖くないわけ?」
「別に……。可純は怖くない。少なくとも今は……だけど」
「じゃあ、ちょっとだけ怖かったんだ?でももう平気なの?なぁんだ、つまらないなぁ。真純は結構長いこと怖がってたのに」
 可純が肩を揺らして笑った。こういう会話が出来てしまう以上、怖いと思う方が難しいだろう。昨日は驚きと恐怖が足の先から全身を這い上がっていくように伝染した。目の前で人が一人、パッと消えた異常事態を、完全に俺自身が拒んでいたのだと思う。自宅の中で聞こえたするはずのない笑い声も同じだった。というか、ここに来るまで正直怖かった。怖くて、何かされたら、と思ってはいた。だが、よくよく考えれば、俺がされて来たことなんて真純に比べたら大した事などされてない。寧ろ、勉強を見てもらったり愚痴を聞いてもらったりと、助けてばかりだった。やられたと言えば、アイスを何度も買わされたぐらいだ。それを今更怖いだなんだで片付けられる訳がない。ついさっき、真純の家であいつの話を聞いていたら、そう冷静になれた。
「怖いっていうか……何かするなら既にしてただろうとは思っているよ。でも何もない。こうやって話してるだけじゃん。それで怖いって思う方が難しいだろ。ただ、真純は思い詰めすぎだ。アンタのこと、自分のせいだって言ってた。その思い込みが錯覚を起こしてるんだ」
 少し間が空いて可純が頷く。
「……うん。そうだよね」
「じゃあ、なんであいつを苦しめたりした?」
 俺の問いに可純が困ったように笑う。その目が今にも泣きそうで、ハッとした。
「……悪い」
「いや、いいんだ。恵大はさ、幽霊が悪霊になる過程って、どんなだと思う?」
 可純はベンチから立ち上がって俺に尋ねた。
「……怨んでる相手がいるから悪さして、それがどんどん大きくなっていく……とかじゃないのか?」
「うん、だいたい合ってると思う。でも僕は別に真純のことを怨んでなかった」
「……は?じゃあ、どうして……」
 堪らずそう声に出していた。怨みがないなら、なぜ真純があんなに苦しむ必要があったんだ……。
 俺の思っていた事を悟ったのだろう、可純は決まりが悪そうな顔をし、俺に背を向けて言った。
「人ってさ死ぬと、そのまま天国か地獄に行くんだと思ってた。僕はなんでかそれが出来なかったんだけど、やらなきゃいけない事があるって思ったからたぶん、ここに残されたんだと思う。でもね、ここにいるうちに、日に日に理性とか倫理観とか全部一緒に崩れていった。そうやってひとつずつ自分を壊して、大事な弟を傷つけたんだ……」
 温い風が吹き、神社の木々がわさわさと大きな音を立てて揺れていた。


「真純が自分を追い詰めるって思ったから、僕はここに留まった。何か起きたら助けようと思っていたし、あいつの事だから直ぐ泣きながら『兄ちゃん、ごめんなさい』ってここへ来ると思ったんだ。会いに来てくれたら、そんな事はない、思い詰めるなって言ってやるつもりだった。でも、真純は来なかった。だけど「僕のことで自分を思い詰めるな」って絶対に伝えないといけないって思ったんだ。ほら、何かして真純までこっちに来られちゃ困るじゃない。そう思ったら、僕はここから動けなくなっていたんだ。変な話だよね。幽霊って怨みがあって現世に残るものだと思ってた。こういう残り方は意外っていうかさ……。そこからね、一人になって色んな事考えてたんだ。入学式にしか行かなかった高校とか。やっぱりもう少し通いたかったなぁって。長いことそんなことばかり考えて、考えるだけで終わっていたと思ったのに、ある日突然、身体がふわっと浮いて、気がついたら君達の教室にいた。あれ、入学式だったよね?みんな綺麗な制服着て緊張した顔だったな。あ、弟がいるって思ったら凄く嬉しかった。真純の制服もパリッとしてて……。大きくなったな、やっと真純に話ができる、そう思ったら、気がついて欲しくて、ずっと真純を見ていたんだ。だけど真純は絶対に僕を見ないようにしていた。気が付いていたくせに、見ないように。あれは本当に……寂しかったな。休み時間になれば教室から出て行っちゃうし、どうしてか教室から出られない僕は、まだ真純に何も伝えられないのかって苛立った。そしたらある日、君が来たんだ。直ぐに真純の幼馴染の子だって分かったよ。とうとうバレちゃうって思ったけど、君は僕のこと知らなかったみたいだね。母さんのことがあって、真純も言えなかったんだろうね。ほら、僕って父さんの連れ子だし。仲は悪くなかったけど、良い子は気味が悪かったのかなぁ……。だから、何も知らない君と話すのが楽しくてさ。真純を待つつもりでここに居たけど、途中からは君に会うためにここに居ようって、思ったんだ。それなのに、君は教室で真純のことばかり気にかけていたでしょ?なんだかね、それが凄く嫌で。嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で仕方なくて。あぁ、じゃあ……真純と僕を入れ替えれば良いのかって思ったんだよ」
 にこりと笑顔で話す可純を見て、背筋がゾッとした。前半はまだ理解できたが、後半部分が全く共感できない。大事な弟と言っておきながら、怨んでいないと言いながら、向けているものは明らかに悪意にしか聞こえなかった。
 俺はゴクリと唾を飲み込む。喉の音が聞こえたようで、可純がくすりと静かに笑った。

「普通に考えたら入れ替わるなんて出来ないと思うでしょ。それがね、出来る気がしたんだ。真純と僕を入れ替えよう、僕が真純になってしまおう。なんて名案なんだって。
 でも、そう思ったら真純が体調を崩し始めたんだ。どうしたんだろうって、最初は心配だった。心配で、このまま酷くなってしまったら……って。だけどそのうち、それでも良いやって思うようになった。一度そう思うと、真純の容体はどんどん悪化していった」
 可純の声色が変わる。後悔と好奇が混ざったような声だった。俺は黙ったまま、話し続ける可純を見つめる。神社にまた涼しい風が吹いた。
「だんだん、自分が怖くなった。なんとなくここで、人って死んだら倫理観も消えるのかなって。でも、やっぱりこれで良いやって思う自分もいた。吹っ切れたんだ。真純さえ居なくなれば、恵大の近くに行けるんだって。そう思ったら嬉しくて、真純とかわって学校に通う僕を想像した。放課後は一緒に遊びに行っても良いし、同じ部活に入っても良いな。でもここでアイスを食べて話してるだけでも楽しそう。あれもしたい、これもしたい、全部叶えたい。強く願った。真純は要らない、そうはっきりと思いこんだ。そしたら真純が学校にも、外にも出れなくなった」
 俺は思わず舌打ちをした。腹の底が熱くなるのを感じる。
「……そんな自分勝手な欲を、あいつに……」
 引き気味の俺の視線に、可純は目の色を変えた。
「分かってる……分かってるよ!凄く自分勝手で、愚かで、最低だって!地獄に落とされても文句言えないことも分かってる。だけど、あの時はもう、それが僕の最適解だった!」
 可純が声を荒げて言った。
「後悔した。何度も何度も何度も!全部、僕のせいだって……!僕が、真純を苦しめているって。でも、後悔したのに、反省したのに……。君がここに通ってくれるから、どんどんどっち付かずになっていったんだ……」
 話を聞くうちに可純の理性や倫理観のズレが露わになり、見ていられなくなった。自分友人が、目の前で壊れていく。嫌な気持ち悪さが腹の中で渦巻いている感覚が抜けない。だが、そのまま可純を突き放すことだけはしてはいけないと強く思った。
「……そのうちに、僕は学校と神社以外にも行けるようになってた。感覚的にはゲームでいうとこのレベルアップみたいな感じかな。行動範囲とやれることが増えていたんだ。僕は真っ先に自分の家に行った。迷いなく真純の部屋に入ったよ。真純の苦しそうな顔を見て、ようやくそこで、僕が死んだのは真純のせいじゃない、思い詰めないでって言おうと思った。今更過ぎて笑えるけど。あの時僅かにあった、良心がそうしようと動いた……はずだった。伝えるのが惜しくなった。どうしても、嫌になった……。やっぱり、そのまま居なくなれば自分が恵大の横に行けるって思ったんだ……。なのに、恵大は僕の気持ちも知らないで真純のこと心配だって、大事そうに話すから……!なんだか訳わからなくなっちゃって、話すつもりない事ばかり口走って。僕は君から逃げるように……姿を消したんだ」
 昨日は混乱しているようには見えなかったが、可純はあの時はもうだいぶ支離滅裂な思考になっていたようだった。
「絶対、嫌われたって思った……。怖がられて、もう二度と来てくれないって。だから最後に一目会えれば踏ん切りつくと思って君の家にも入った。入って直ぐに、やっぱり君が欲しい、欲しくて堪らなくなった。さっさと真純と入れ替わってしまえば良かったって思って、僕はまた真純のところへ行った。ぽんぽん頭の中で考えが変わるんだ。理性なんてもう、とっくに失くしていたんだろうね……」
 可純が力無く笑う。同情はしない。してしまえばまた、可純はおかしくなってしまうと思った。
「……真純は相変わらず寝込んでいて、どんどん衰弱しているのが分かった。このままだと本当に死んじゃうんだろうなって呑気に思ってた。リビングには父さん達が必死になって探したのだろう、色んな病院の資料が散乱してた。部屋は見たことないぐらいにしっちゃかめっちゃかだった。僕の大事な家族って、こんなに脆かったんだって悲しくなった。僕がいなくなった時も、こうやって三人はボロボロになったんだろうなぁ……って。悲しくて寂しくて、胸が痛くなった。幽霊のくせに涙が溢れた。大好きな人たちが壊れている事実が苦しかった。自分のせいなのに、分かってるようで上手く理解できなくて……だからかな、何年ぶりかに僕は一人で泣いたんだ」
 可純の声が微かに震えていた。その状況を思い出して、込み上げてきたものがあったのだろう。俺は黙ったまま、可純がまた口を開くのを待つ。掛ける言葉は、まだ何も浮かばない。
「ひとしきり泣いたら、急に思っていた感情が萎んでいく感じがしたんだ。そしたら、ふと、真純が居なくなって恵大が悲しむのも嫌だって思ったんだ。今までのことを悔やむ自分が急に現れた。我ながら嫌な掌返しだと思ったよ。今更何言ってんだろうって……。でも、ここで引き際を間違えたらいけないのは分かってた。だから、寝込む真純に声をかけた。『大事な人ができたから、全部返す。その代わり、欲しい物はもらっていくね』って。真純と入れ替わるのは良くないことだって、はっきりと理解した。ちゃんと腑に落ちたんだと思う。そしたら僕はもうここから動けなくなってた。その時綺麗さっぱり、真純に対する強い気持ちが消えたんだと思う。真純の体調が戻ったのもなんとなく察したから、僕は入れ替わろうとしながら真純から生きる力を奪おうとしていたことにそこで初めて気がついた」
 可純は大きく深呼吸をした。一気に話して疲れたかも、なんてクスリと笑う。それに対して笑う気にはなれず、俺は黙ったまま可純を見つめた。
「……ね、悪霊ってこうやってできるの。何が正しいか判別ができないんだ。頭の中でどこか諦めてる自分もいた。怖いよね、理性ってこんなにあっさりと消えていくんだよ」
「まだある方だろ……」
 大して気の利いた言葉ではなかったが、本心だった。踏み込む前に気が付いてくれたことに安堵している。
「どうかなぁ……」
「でも、真純にやったこと……俺は許せない」
 安堵はした。ただ、あいつが感じた恐怖心は俺よりも更に強くて大きい。真純の両親だって、二人も息子を亡くすまいと必死になっただろう。人の感情を弄び、高見の見物だなんて碌な趣味じゃない。ましてやその命を削り、自分は欲を満たそうとする。幽霊だからなんだ。俺は真純を要らないと思った可純の感情が絶対に許せなかった。
「……分かってる。真純のところにはもう行かない。大事な弟なんだ……僕よりずっとたくさん、生きて欲しい」
 震える声で可純は言った。それが理性や倫理観を壊した幽霊の言葉とは思えないほど、本心に聞こえ、俺は頷く。
「……それで。おまえの欲しいものって?」
「え……?あはは、この流れで聞くんだ?」
 呆れ気味に可純が笑う。俺だって許せないと思いながらそんなことを口にしている自分が信じられない。
「……真純と初詣行けなくなるからな」
「……君は本当に真純が大事なんだね」
「当たり前だろ。親友だ」
「いいなぁ……」
 静かに可純が笑う。
「でも、君からはもう十分過ぎるぐらいにたくさん貰ったよ。アイスもそうだし、楽しい時間も。それに、僕が一番欲しかった友達も」
 僕、あんまり友達いなかったから。そう困ったように笑った可純は寂しそうだった。真純の話を思い出せば、確かにこいつは友達との時間より弟との時間を優先してきたのかもしれない。少なくとも学校の中だけでの友達付き合いはあっただろう。しかし、学校外での友人付き合いを考えたら、真純が羨ましくなって仕方ないのも頷けた。
「一番はもう貰ってんのか……。それなら、もう悔いは無いんじゃねぇの?」
「何言ってんの。知ってると思うけど、僕は割とわがままだよ」
「割とじゃねぇよ、結構な、の間違えだよ。ほら、さっさと言わないと俺の気が変わるぞ」
「……意地悪」
「うるさい悪霊め」
 俺の返しにケラケラと楽しそうに可純が笑う。この笑顔に、胸の奥がじん、と痛んだ。
「僕、やっぱり君が欲しいな……」
「ふざけんな。俺は連れていかれる気はさらさらねぇよ。友達にはなった、だけど親友は後にも先にも真純だけだ。だからこの先俺の横にいるのも真純だけ」
 きっぱりそう断った。すると可純は口をへの字に曲げて「やっぱり、だめじゃん」と、小さな声と一緒に諦めたような溜息を漏らした。それから、可純が何か言いかけたが、俺はそれを遮った。
「でも、アンタにだけ渡したい『気持ち』もある」
「……え?」
 可純が急に狼狽える。目をしばたたせ、俺の顔をまじまじと見つめた。
「なに、それ……。本当に貰って良いのか分からないけんだけど……?」
「貰うまで消えないくせに。それに、今更遠慮すんなよ」
 散々我儘言っただろうに。
「……本当に、遠慮しなくて良いの?」
 俺は黙って頷く。
「俺が可純に持った気持ちは、恐怖心以外にだってちゃんとある。それに、毎日会いたいって思っていたから……俺がアンタをここに根強く居させたかもしれない……」
「待ってよ……そんなの、僕に都合良すぎやしない……?」
 慌てながら頬を赤らめる可純を見て、俺は思わず吹き出した。
「良いんだよ。取り憑かれて絆されただけだと思ってやる。だけど親友の座は真純しか座らせない。それと……こういうのはこれっきり。二度目はないからな」
 俺は最後を強調して言った。可純は困ったように眉を寄せ、ふっと笑みを溢す。
「二度目なんて……僕にある訳ないだろ」
 そう言って可純は、俺の方に一歩近付いて目を閉じた。肩に触られた手の感触はあったが、鼻先が触れ合って唇に微かな吐息が触れると間も無く、可純が触れていた部分の全ての感触がぷつりと消えた。俺の肌を冷たい風が撫でる。可純の姿はもう、俺には見えなかった。