重々しい『静寂庫』の空気が、斎藤さんの報告によって一瞬にして凍りついた。
柳生本家からの「監視役」。その響きだけで、この屋敷が勝ち取ってきた平穏がいかに脆いものであるかを思い知らされる。
眞白様は私の手を引いたまま、一言も発せずに歩き出した。
繋がれた彼の手は少しだけ冷たく、けれど驚くほどに力強い。見上げると、彼の頭上からは先ほどまでの温かい金色の煙が消え失せ、地を這うような漆黒の魔力を孕んだ『純白の煙』が毅然と立ち上っていた。
そこに文字はない。けれど、無言のまま放たれる圧倒的な覇気が、廊下の空気をピリピリと震わせている。
(眞白様……)
私は彼の軍服の袖をぎゅっと握りしめた。
私に視える彼の本音は、今、冷徹な戦闘態勢に入っている。実家で常に他人の悪意に晒されてきた私だからこそ分かる。眞白様は今、私を外敵から「完全に隔離し、守る」ために、その心を鉄壁の城塞へと変えているのだ。
案内された応接室の扉を斎藤さんが開けると、そこに一人の男が不遜な態度でソファーに深く腰掛けていた。
年の頃は二十代後半。柳生一族特有の切れ上がった目をしているが、その奥にあるのは眞白様のような澄んだ深海の色ではなく、濁った泥水のような陰湿な光だった。男の周囲には、本家お抱えの魔術兵が二人、威圧するように控えている。
「やあ、久しぶりだね、従兄(あに)さん。特務軍総帥の椅子はさぞかし居心地が良いと見える」
男は立ち上がりもせず、せせら笑いながらそう言った。彼の名は柳生宗介(そうすけ)。柳生本家の現当主の次男であり、幼い頃から声を失った眞白様を「欠陥品」と見下し、その地位を虎視眈々と狙っている男だった。
宗介が言葉を発した瞬間、私の視界には彼の頭上から噴き出す、ヘドロのようにドス黒い煙の文字が飛び込んできた。
『相変わらず不気味な男だ。声を失った化け物のくせに、総帥の地位に居座りおって。今日の目的は、こいつが連れ込んだという千歳家の「出来損ない」を揺さぶり、こいつの弱み握ることだ。上手くいけば、今度こそ失脚させてやれる』
(……っ!)
あまりの醜悪な本音の嵐に、私は思わず胸が苦しくなり、小さく息を呑んだ。
すると、私の僅かな変化を察知した眞白様が、すかさず私を自分の背後へと完全に隠した。彼の広い背中が、宗介の悪意に満ちた視線を完璧に遮断してくれる。
眞白様は無言のままソファーの対面に腰掛け、私を自分のすぐ隣に座らせた。そして、懐からいつもの革表紙のノートを取り出すと、冷淡な手つきでペンを走らせた。
『用件を聞こう、宗介。本家の許可なくこの屋敷に足を踏み入れることは、特務軍管轄区域への不法侵入と見なすこともできる。相応の理由がなければ、今すぐその首を撥(は)ねて門前に晒すが』
差し出されたノートの文字を見た宗介は、一瞬だけ顔をひきつらせたが、すぐに鼻で笑った。
「相変わらず手厳しいね。今日は本家の長老たちからの伝言を持ってきたのさ。……そこの、千歳家から拾ってきたという『呪力なしの役立たず』についてね」
宗介の細い目が、眞白様の背後にいる私をねめつける。
「千歳家の長女、紬。魔術の名門に生まれながら、簡易な結界術すら使えず、心音を翻訳するなどという戦闘には一切役に立たない奇妙な異能(のろい)を持つ女。千歳家からも『ゴミ』のように扱われていた出来損ないを、柳生一族の正妻として迎えるなど、本家としては到底認められない」
宗介の言葉は、かつて実家で毎日浴びせられていた罵倒そのものだった。
私の心が、過去のトラウマでカチリと凍りつきそうになる。
だが、その言葉が終わるよりも早く――部屋全体の空気が、物理的な自重を持ってギチギチと鳴り響いた。
パキィン! と鋭い音がして、テーブルの上に置かれていた最高級の磁器のティーカップに、無数の亀裂が入って粉々に砕け散った。
「ひっ……!?」
宗介の背後にいた魔術兵たちが、あまりのプレッシャーに耐えかねてその場に膝を突く。
眞白様から放たれたのは、文字通りの『殺気』だった。彼の夜の海のような瞳は、完全に温度を失い、絶対的な死を宣告する死神のそれへと変貌していた。
彼の頭上の煙は、今や部屋の天井を覆い尽くすほどの烈火のごとき紅蓮(ピンクが極限まで怒りで変色した禍々しい色)へと染まり、宗介を今すぐ八つ裂きにせんと狂い咲いていた。
『私の紬を、誰が泥棒猫のように侮辱して良いと言った? 出来損ない? 役立たず? 違う。彼女は私の魂を救ってくれた、世界で唯一無二の至宝だ。その汚い口で二度と彼女の名を呼ぶな。今すぐその舌を引き抜き、一族もろとも歴史から消し去ってやろうか』
(ま、眞白様……っ! 心の声の破壊力が凄まじすぎます……!)
私は彼の怒りの深さと、それ以上に私へ向けられた狂気的なまでの愛の重さに、恐怖ではなく、じわじわと身体が熱くなるような衝撃を覚えていた。
眞白様は猛烈な速度でノートを捲り、紙にペン先を突き立てるようにして文字を刻んだ。その筆圧で、万年筆のインクが黒い火花のように紙面に飛び散る。
『言葉を慎め。紬は私の正式な婚姻相手であり、柳生家総帥夫人の座にある御方だ。本家の長老どもに伝えろ。これ以上、私の妻に不敬を働く者がいれば、たとえ血縁であろうと特務軍の総力を挙げて「反逆者」として粛清する。私の言葉(言霊)がどれほどの破滅をもたらすか、忘れたわけではあるまい』
ノートを叩きつけられた宗介は、額から大量の冷汗を流しながら、ガタガタと椅子を鳴らして立ち上がった。
眞白様が声を失ってなお保持している、圧倒的な「個の武力」。それを前にしては、本家の権威など何の盾にもならないことを、彼の本能が理解したのだ。
『な、何なんだこの化け物は……! 声が出ないくせに、どうしてこれほどの圧力を……! ひぃ、殺される、本当に殺される……!』
宗介の頭上の煙は、完全に恐怖で支離滅裂な泥水と化していた。
「く、車を、車を出せ……! 帰るぞ!」
宗介は捨て台詞を吐く余裕すらなく、護衛の兵たちを引き連れて、転げるようにして応接室から逃げ出していった。バタン! と激しく扉が閉まり、屋敷に再び静寂が戻る。
「……」
敵が去った後、眞白様はゆっくりと肩の力を抜いた。
そして、恐る恐るという形容が正しいほど、静かに私の方へと振り返った。
彼の頭上の煙は、先ほどまでの禍々しい紅蓮から、一転して、今度は見たこともないほどにシュンと萎(しぼ)んだ『灰色がかったピンク色』へと変わっていた。
『……やってしまった。また私は、お前の前で鬼神としての凶暴性を剥き出しにしてしまった。あんな恐ろしい姿を見せて、お前に嫌われてしまったのではないだろうか。怯えさせてしまったのではないか。私は、本当にお前を幸せにする資格があるのだろうか……』
(あ……)
ノートを見るまでもない。彼の頭上の煙には、これ以上ないほどに弱気で、私に嫌われることを病的なまでに恐れている「不器用な旦那様」の本音が丸見えだった。
眞白様は震える手でノートに文字を書こうとしたが、その手は途中で止まってしまった。私に拒絶されるのが怖くて、文字すら紡げなくなってしまったのだ。
そんな彼を見て、私の胸の中にあった微かな不安は、すべて愛おしさへと昇華された。
「眞白様」
私は自ら進んで、彼の大きな手を両手で包み込んだ。
冷たくなっていた彼の手に、私の体温を分け与えるように、ぎゅっと握りしめる。
「怖くなんて、ありません。私のために、あんなに怒ってくださって……私を守ってくださって、本当に嬉しかったんです。出来損ないなんかじゃないって、眞白様が言ってくれたから、私、救われました」
私が真っ直ぐに彼の瞳を見つめて微笑むと、眞白様は息を呑んだように目を丸くした。
次の瞬間、彼の頭上の煙が、信じられないほどの勢いで大爆発を起こした。部屋の壁を突き破らんばかりに広がったのは、これまでに見た中で最も濃密で、最も甘い、とろけるような『超特濃の薔薇色(ピンク)』だった。
『――ッッ!! ああ、もう駄目だ、理性が消える。なぜこれほどまでに愛らしいのだ。私のすべてを肯定してくれるこの少女を、今すぐベッドに押し倒して、衣服の隙間にこの手を滑り込ませたい。お前のその清らかな肌に、私のものだという消えない刻印を刻みつけてしまいたい――』
「~~~~っっ!?」
あまりにもストレートで破廉恥な男の本音が頭上にびっしりと結ばれ、今度は私の方が、頭から湯気が出そうなほどに顔を真っ赤にして硬直してしまった。
眞白様は口元の布を片手で強く押さえ、ふいっと顔を背けた。耳の付け根まで完全に真っ赤になっている。無言のまま、激しく上下する彼の胸板が、彼の心拍数の異常な速さを物語っていた。
しばらくして、彼は震える手でノートを差し出してきた。
『……すまない、少し頭を冷やしてくる。お前を見ていると、自分が自分でなくなってしまいそうだ。……今夜の夕食は、お前の好きなものを何でも作らせよう。だから、私のそばにいてくれ』
ノートの文字は冷静を装っているのに、頭上の煙はまだ『今すぐ抱き締めたい』という文字をチカチカと点滅させている。
声を失った冷徹な総帥と、心を翻訳する私。
本家という不穏な影が忍び寄る中でも、私たちの不器用な筆談生活は、確実にその糖度を増していくのだった。
柳生本家からの「監視役」。その響きだけで、この屋敷が勝ち取ってきた平穏がいかに脆いものであるかを思い知らされる。
眞白様は私の手を引いたまま、一言も発せずに歩き出した。
繋がれた彼の手は少しだけ冷たく、けれど驚くほどに力強い。見上げると、彼の頭上からは先ほどまでの温かい金色の煙が消え失せ、地を這うような漆黒の魔力を孕んだ『純白の煙』が毅然と立ち上っていた。
そこに文字はない。けれど、無言のまま放たれる圧倒的な覇気が、廊下の空気をピリピリと震わせている。
(眞白様……)
私は彼の軍服の袖をぎゅっと握りしめた。
私に視える彼の本音は、今、冷徹な戦闘態勢に入っている。実家で常に他人の悪意に晒されてきた私だからこそ分かる。眞白様は今、私を外敵から「完全に隔離し、守る」ために、その心を鉄壁の城塞へと変えているのだ。
案内された応接室の扉を斎藤さんが開けると、そこに一人の男が不遜な態度でソファーに深く腰掛けていた。
年の頃は二十代後半。柳生一族特有の切れ上がった目をしているが、その奥にあるのは眞白様のような澄んだ深海の色ではなく、濁った泥水のような陰湿な光だった。男の周囲には、本家お抱えの魔術兵が二人、威圧するように控えている。
「やあ、久しぶりだね、従兄(あに)さん。特務軍総帥の椅子はさぞかし居心地が良いと見える」
男は立ち上がりもせず、せせら笑いながらそう言った。彼の名は柳生宗介(そうすけ)。柳生本家の現当主の次男であり、幼い頃から声を失った眞白様を「欠陥品」と見下し、その地位を虎視眈々と狙っている男だった。
宗介が言葉を発した瞬間、私の視界には彼の頭上から噴き出す、ヘドロのようにドス黒い煙の文字が飛び込んできた。
『相変わらず不気味な男だ。声を失った化け物のくせに、総帥の地位に居座りおって。今日の目的は、こいつが連れ込んだという千歳家の「出来損ない」を揺さぶり、こいつの弱み握ることだ。上手くいけば、今度こそ失脚させてやれる』
(……っ!)
あまりの醜悪な本音の嵐に、私は思わず胸が苦しくなり、小さく息を呑んだ。
すると、私の僅かな変化を察知した眞白様が、すかさず私を自分の背後へと完全に隠した。彼の広い背中が、宗介の悪意に満ちた視線を完璧に遮断してくれる。
眞白様は無言のままソファーの対面に腰掛け、私を自分のすぐ隣に座らせた。そして、懐からいつもの革表紙のノートを取り出すと、冷淡な手つきでペンを走らせた。
『用件を聞こう、宗介。本家の許可なくこの屋敷に足を踏み入れることは、特務軍管轄区域への不法侵入と見なすこともできる。相応の理由がなければ、今すぐその首を撥(は)ねて門前に晒すが』
差し出されたノートの文字を見た宗介は、一瞬だけ顔をひきつらせたが、すぐに鼻で笑った。
「相変わらず手厳しいね。今日は本家の長老たちからの伝言を持ってきたのさ。……そこの、千歳家から拾ってきたという『呪力なしの役立たず』についてね」
宗介の細い目が、眞白様の背後にいる私をねめつける。
「千歳家の長女、紬。魔術の名門に生まれながら、簡易な結界術すら使えず、心音を翻訳するなどという戦闘には一切役に立たない奇妙な異能(のろい)を持つ女。千歳家からも『ゴミ』のように扱われていた出来損ないを、柳生一族の正妻として迎えるなど、本家としては到底認められない」
宗介の言葉は、かつて実家で毎日浴びせられていた罵倒そのものだった。
私の心が、過去のトラウマでカチリと凍りつきそうになる。
だが、その言葉が終わるよりも早く――部屋全体の空気が、物理的な自重を持ってギチギチと鳴り響いた。
パキィン! と鋭い音がして、テーブルの上に置かれていた最高級の磁器のティーカップに、無数の亀裂が入って粉々に砕け散った。
「ひっ……!?」
宗介の背後にいた魔術兵たちが、あまりのプレッシャーに耐えかねてその場に膝を突く。
眞白様から放たれたのは、文字通りの『殺気』だった。彼の夜の海のような瞳は、完全に温度を失い、絶対的な死を宣告する死神のそれへと変貌していた。
彼の頭上の煙は、今や部屋の天井を覆い尽くすほどの烈火のごとき紅蓮(ピンクが極限まで怒りで変色した禍々しい色)へと染まり、宗介を今すぐ八つ裂きにせんと狂い咲いていた。
『私の紬を、誰が泥棒猫のように侮辱して良いと言った? 出来損ない? 役立たず? 違う。彼女は私の魂を救ってくれた、世界で唯一無二の至宝だ。その汚い口で二度と彼女の名を呼ぶな。今すぐその舌を引き抜き、一族もろとも歴史から消し去ってやろうか』
(ま、眞白様……っ! 心の声の破壊力が凄まじすぎます……!)
私は彼の怒りの深さと、それ以上に私へ向けられた狂気的なまでの愛の重さに、恐怖ではなく、じわじわと身体が熱くなるような衝撃を覚えていた。
眞白様は猛烈な速度でノートを捲り、紙にペン先を突き立てるようにして文字を刻んだ。その筆圧で、万年筆のインクが黒い火花のように紙面に飛び散る。
『言葉を慎め。紬は私の正式な婚姻相手であり、柳生家総帥夫人の座にある御方だ。本家の長老どもに伝えろ。これ以上、私の妻に不敬を働く者がいれば、たとえ血縁であろうと特務軍の総力を挙げて「反逆者」として粛清する。私の言葉(言霊)がどれほどの破滅をもたらすか、忘れたわけではあるまい』
ノートを叩きつけられた宗介は、額から大量の冷汗を流しながら、ガタガタと椅子を鳴らして立ち上がった。
眞白様が声を失ってなお保持している、圧倒的な「個の武力」。それを前にしては、本家の権威など何の盾にもならないことを、彼の本能が理解したのだ。
『な、何なんだこの化け物は……! 声が出ないくせに、どうしてこれほどの圧力を……! ひぃ、殺される、本当に殺される……!』
宗介の頭上の煙は、完全に恐怖で支離滅裂な泥水と化していた。
「く、車を、車を出せ……! 帰るぞ!」
宗介は捨て台詞を吐く余裕すらなく、護衛の兵たちを引き連れて、転げるようにして応接室から逃げ出していった。バタン! と激しく扉が閉まり、屋敷に再び静寂が戻る。
「……」
敵が去った後、眞白様はゆっくりと肩の力を抜いた。
そして、恐る恐るという形容が正しいほど、静かに私の方へと振り返った。
彼の頭上の煙は、先ほどまでの禍々しい紅蓮から、一転して、今度は見たこともないほどにシュンと萎(しぼ)んだ『灰色がかったピンク色』へと変わっていた。
『……やってしまった。また私は、お前の前で鬼神としての凶暴性を剥き出しにしてしまった。あんな恐ろしい姿を見せて、お前に嫌われてしまったのではないだろうか。怯えさせてしまったのではないか。私は、本当にお前を幸せにする資格があるのだろうか……』
(あ……)
ノートを見るまでもない。彼の頭上の煙には、これ以上ないほどに弱気で、私に嫌われることを病的なまでに恐れている「不器用な旦那様」の本音が丸見えだった。
眞白様は震える手でノートに文字を書こうとしたが、その手は途中で止まってしまった。私に拒絶されるのが怖くて、文字すら紡げなくなってしまったのだ。
そんな彼を見て、私の胸の中にあった微かな不安は、すべて愛おしさへと昇華された。
「眞白様」
私は自ら進んで、彼の大きな手を両手で包み込んだ。
冷たくなっていた彼の手に、私の体温を分け与えるように、ぎゅっと握りしめる。
「怖くなんて、ありません。私のために、あんなに怒ってくださって……私を守ってくださって、本当に嬉しかったんです。出来損ないなんかじゃないって、眞白様が言ってくれたから、私、救われました」
私が真っ直ぐに彼の瞳を見つめて微笑むと、眞白様は息を呑んだように目を丸くした。
次の瞬間、彼の頭上の煙が、信じられないほどの勢いで大爆発を起こした。部屋の壁を突き破らんばかりに広がったのは、これまでに見た中で最も濃密で、最も甘い、とろけるような『超特濃の薔薇色(ピンク)』だった。
『――ッッ!! ああ、もう駄目だ、理性が消える。なぜこれほどまでに愛らしいのだ。私のすべてを肯定してくれるこの少女を、今すぐベッドに押し倒して、衣服の隙間にこの手を滑り込ませたい。お前のその清らかな肌に、私のものだという消えない刻印を刻みつけてしまいたい――』
「~~~~っっ!?」
あまりにもストレートで破廉恥な男の本音が頭上にびっしりと結ばれ、今度は私の方が、頭から湯気が出そうなほどに顔を真っ赤にして硬直してしまった。
眞白様は口元の布を片手で強く押さえ、ふいっと顔を背けた。耳の付け根まで完全に真っ赤になっている。無言のまま、激しく上下する彼の胸板が、彼の心拍数の異常な速さを物語っていた。
しばらくして、彼は震える手でノートを差し出してきた。
『……すまない、少し頭を冷やしてくる。お前を見ていると、自分が自分でなくなってしまいそうだ。……今夜の夕食は、お前の好きなものを何でも作らせよう。だから、私のそばにいてくれ』
ノートの文字は冷静を装っているのに、頭上の煙はまだ『今すぐ抱き締めたい』という文字をチカチカと点滅させている。
声を失った冷徹な総帥と、心を翻訳する私。
本家という不穏な影が忍び寄る中でも、私たちの不器用な筆談生活は、確実にその糖度を増していくのだった。

