「選べ」
万年筆の美しい文字が、私に人生最大の選択を迫っていた。
静寂が支配する部屋の中で、私の鼓動だけが早鐘のように鳴り響く。
千歳家に戻れば、待っているのは「嘘」と「悪意」の文字に窒息する日々だ。父親からは他人の腹を探る道具として酷使され、妹の紗香からは化け物と蔑まれ、信じていた元婚約者の蓮からは都合よく切り捨てられる。私の心は、あの一族の元に帰れば、今度こそ完全に擦り切れて壊れてしまうだろう。
けれど、目の前にいるこの男――柳生眞白様の隣はどうだろう。
彼は声を失っている。口元を禍々しいまでの漆黒の布で覆い、「鬼神」と恐れられる特務軍の総帥。
しかし、彼の頭上に浮かぶ煙は、この世界で唯一、私の目を痛ませない無垢な『純白』だった。
呪いによって嘘を宿すことができない彼の心は、鏡のように澄み切っている。
(この人の隣なら……私は、道具じゃなくて、ただの人間として息をしていいんだ)
じわりと、目頭から熱い涙が溢れ、私の頬を伝ってシーツにシミを作った。
十九年の人生で、これほどまでに私の存在を、私の異能ごと全肯定してくれた人は誰もいなかった。
私は震える両手を強く握り締め、まっすぐに眞白様の深い瞳を見つめ返した。
「……お言葉に、甘えさせてください。私を、貴方の妻にしてください。千歳家には、もう……私の居場所なんて、どこにもないから」
涙声で、けれど私の人生で一番強い意志を込めて、そう告げた。
その瞬間、眞白様の頭上の『純白の煙』が、まるで祝福するようにふわリと大きく揺らめいた。
万年筆の先が、再びノートの上を滑る。
『よく言った。その涙は、今日を限りに私の前では流させない。お前のすべては、今この瞬間から、私が守る』
その力強い文字を目にした時、胸の奥の固く冷たい塊が、音を立てて溶けていくのが分かった。
◇◇◇
それから三日後のことだった。
眞白様の私邸の重厚な応接室に、私はいた。
私の体調はすっかり回復し、特務軍の息がかかった仕立て屋が用意してくれた、最高級のシルクで編まれたペールブルーのドレスを纏っている。鏡に映った自分の姿は、実家にいた頃の泥人形のような暗さはなく、どこか誇り高さを取り戻しているように見えた。
だが、私の前に座る三人の男女の姿を見た瞬間、私の身体は条件反射で小さな震えを刻んだ。
千歳厳山。千歳紗香。そして、柳生蓮。
私の実家の家族と、私を裏切った元婚約者だった。
「紬! 探したぞ、この出来損ないが! 傘も持たずに飛び出して、どこで野垂れ死んだかと思えば……まさか陰陽特殊特務軍の総帥に拾われていたとはな!」
父親の厳山が、応接室の豪華なソファに踏んぞり返りながら、下卑た笑みを浮かべて私を睨みつける。
彼の頭上からは、相変わらずドス黒いヘドロのような煙が立ち上り、最悪な文字を形成していた。
『まさかあの役立たずが、特務軍の総帥の女になるとは。これ幸い、総帥の権力を脅し取って、千歳家の利益にしてやる。柳生家の本家筋とはいえ、声を失った欠陥品だ、恐れるに足りん』
(お父様……貴方はどこまで強欲で、醜い人なの……)
その隣では、妹の紗香が、可憐な顔を不快そうに歪めている。
「お姉様、本当に人騒がせね。特務軍の眞白様を誘惑するなんて、相変わらず卑しいこと。蓮様という立派な婚約者がいながら、なんて破廉恥なのかしら!」
彼女の頭上の黒煙は、激しい嫉妬を物語っていた。
『なんであのゴミ虫が、私より身分の高い総帥の奥方になれるのよ!? 許せない、引きずり下ろしてやる!』
そして、かつて愛したはずの蓮は、私をまるで裏切り者を見るような冷酷な目で射抜いていた。
「紬、見損なったよ。君が僕への当てつけに、本家筋の眞白様に身体を売ったというのか? そんなふしだらな女だとは思わなかった。大人しく千歳家に帰り、僕と紗香の婚姻を影から支えるのが、君の唯一の贖罪(しょくざい)だったはずだ」
彼の頭上の煙は、さらに自己中心的な悪意に満ちていた。
『僕を差し置いて本家の頂点に収まるなど許さん。特務軍の力を僕が利用するはずだったのに、あの化け物め、邪魔をしやがって。力ずくでも連れ戻す』
三者三様の、吐き気がするほどのドス黒い文字の嵐。
かつての私なら、この悪意の暴力に圧倒され、ただ俯いて涙を流すことしかできなかっただろう。
けれど、今の私の隣には――世界で最も信頼できる「真実」が佇んでいた。
コン、と静かにコーヒーカップが机に置かれる音が響く。
ソファの対面に座る眞白様が、ゆっくりと足を組み替えた。
軍服の襟元を正し、口元の黒布の奥から、凍りつくような冷徹な視線を千歳家の一行へと向ける。
部屋全体の空気が、一瞬にして凍結したかのように重くなった。
特務軍総帥が放つ、圧倒的な神速の霊圧。厳山たちの顔から、一瞬にして余裕の笑みが消え失せる。
眞白様は無言のまま、あらかじめ斎藤さんに用意させていた数枚の書類を、机の上に滑らせた。
そこには、私の「千歳家からの除籍証明書」と「柳生眞白との婚姻届」、そして一枚の「警告書」があった。
厳山が眉をひそめ、その書類を手に取る。
「な……なんだこれは……!? 千歳家に対する、魔術ライセンスの剥奪警告……!? それに、紬との婚姻だと!?」
厳山の頭上の煙が、驚愕と恐怖で激しく乱れる。
眞白様は、懐から万年筆を取り出すと、手元のノートに凄まじい速度で文字を書きつけ、彼らの前に叩きつけた。
『千歳厳山。お前たちが紬に強いてきた精神的虐待、および異能の不当な政治利用の証拠は、特務軍の調査によりすべて押さえている。これ以上、私の妻に無礼を働くならば、千歳家を「反逆罪」として今この場で取り潰すが、どうする』
「ひっ……!」
厳山の短い悲鳴が上がった。
特務軍総帥の言葉は絶対だ。国家最高権力を持つ彼がその気になれば、地方の一財閥に過ぎない千歳家など、一夜にして跡形もなく消し去ることができる。
慌てて蓮が、血相を変えて割って入ってきた。
「ま、眞白様! 騙されてはいけません! その女は、人の心を覗き見る不気味な化け物です! 貴方様のことも、裏でどう利用しようと考えているか分かったものでは――」
「黙りなさい、蓮」
私は、自分でも驚くほど凛とした声で、蓮の言葉を遮った。
蓮が驚いたように私を見る。今まで一度も彼に逆らったことのなかった私が、真っ向から彼を睨みつけているのだから。
私は眞白様の隣に立ち、彼の美しい横顔を見つめながら、はっきりと告げた。
「眞白様は、貴方たちのように、笑顔の裏で醜い嘘をつくような人ではありません。この方の心には、私を傷つける偽りなんて、ただの一文字も存在しない。化け物なのは、人の心を道具としか思わない、貴方たちのほうです」
「お前……! よくもそんな口を……!」
紗香が顔を真っ赤にして立ち上がろうとしたが、その瞬間、眞白様の瞳がギラリと不気味な光を放った。
物理的な衝撃波のような霊圧が室内に吹き荒れ、紗香は悲鳴を上げてソファに頽(くずお)れる。
眞白様が、最後のページを捲り、冷酷な文字を突きつけた。
『猶予はやらん。書類にサインをし、二度と紬の前に現れるな。さもなくば、死罪だ』
その頭上に浮かぶ『純白の煙』は、一点の揺らぎもない、冷徹な『本物の殺意』を証明していた。
彼が嘘をつけない以上、この言葉を実行に移すことに、彼は一ミリの躊躇(ちゅうちょ)もないのだ。
「くっ……、そ、底辺の出来損ないめが……! 覚えていろ!」
厳山はガタガタと震える手で除籍承諾書にサインを毟(むし)り取ると、これ以上の滞在は命の危険があると察したのか、紗香と蓮の腕を引っ張るようにして、逃げるように応接室を飛び出していった。
バタン、と大きな扉が閉まる。
彼らが去った後には、先ほどまでのドス黒い悪意の煙は微塵も残っておらず、ただ静かで、清らかな空気だけが残されていた。
(終わった……。本当に、あの地獄から、解放されたんだ……)
緊張の糸が切れ、私の足からすっと力が抜けそうになった。
その身体を、再び、あの温かく大きな腕がしっかりと抱きとめる。
「あ……、眞白様……」
見上げると、口元の布の隙間から、彼が小さく息を吐き出すのが見えた。
眞白様は私をソファへと座らせると、自らも隣に腰掛け、ノートに優しい文字を紡いだ。
『不甲斐ない本家筋の者が、お前を傷つけてすまなかった。もう、お前を脅かす者は誰もいない。これからこの場所が、お前の家だ』
「いいえ……、ありがとうございます。私、生まれて初めて、自分の言葉で戦えました。眞白様が、隣にいてくれたから」
私が微笑むと、眞白様の頭上の純白の煙が、恥ずかしそうに、ゆらゆらとピンク色を帯びて波打った。
嘘をつけない彼の心は、私が向けた感謝の笑顔に、ひどく純情に、そして深くときめいていたのだ。
その本音が、煙の文字となって私の瞳に映し出される。
『……可愛いな。守ってやるつもりが、私のほうが救われてしまったようだ』
(え……?)
文字を読み、私の顔が瞬時に真っ赤に染まる。
口元を隠した冷酷な「鬼神」の裏の顔は、あまりにも不器用で、破壊的なほどに甘い、極上の旦那様だった。
言葉を持たない総帥と、心を翻訳する少女。
嘘の一切存在しない、私たちの奇妙で贅沢な筆談婚姻生活が、今、静かに幕を開ける。
万年筆の美しい文字が、私に人生最大の選択を迫っていた。
静寂が支配する部屋の中で、私の鼓動だけが早鐘のように鳴り響く。
千歳家に戻れば、待っているのは「嘘」と「悪意」の文字に窒息する日々だ。父親からは他人の腹を探る道具として酷使され、妹の紗香からは化け物と蔑まれ、信じていた元婚約者の蓮からは都合よく切り捨てられる。私の心は、あの一族の元に帰れば、今度こそ完全に擦り切れて壊れてしまうだろう。
けれど、目の前にいるこの男――柳生眞白様の隣はどうだろう。
彼は声を失っている。口元を禍々しいまでの漆黒の布で覆い、「鬼神」と恐れられる特務軍の総帥。
しかし、彼の頭上に浮かぶ煙は、この世界で唯一、私の目を痛ませない無垢な『純白』だった。
呪いによって嘘を宿すことができない彼の心は、鏡のように澄み切っている。
(この人の隣なら……私は、道具じゃなくて、ただの人間として息をしていいんだ)
じわりと、目頭から熱い涙が溢れ、私の頬を伝ってシーツにシミを作った。
十九年の人生で、これほどまでに私の存在を、私の異能ごと全肯定してくれた人は誰もいなかった。
私は震える両手を強く握り締め、まっすぐに眞白様の深い瞳を見つめ返した。
「……お言葉に、甘えさせてください。私を、貴方の妻にしてください。千歳家には、もう……私の居場所なんて、どこにもないから」
涙声で、けれど私の人生で一番強い意志を込めて、そう告げた。
その瞬間、眞白様の頭上の『純白の煙』が、まるで祝福するようにふわリと大きく揺らめいた。
万年筆の先が、再びノートの上を滑る。
『よく言った。その涙は、今日を限りに私の前では流させない。お前のすべては、今この瞬間から、私が守る』
その力強い文字を目にした時、胸の奥の固く冷たい塊が、音を立てて溶けていくのが分かった。
◇◇◇
それから三日後のことだった。
眞白様の私邸の重厚な応接室に、私はいた。
私の体調はすっかり回復し、特務軍の息がかかった仕立て屋が用意してくれた、最高級のシルクで編まれたペールブルーのドレスを纏っている。鏡に映った自分の姿は、実家にいた頃の泥人形のような暗さはなく、どこか誇り高さを取り戻しているように見えた。
だが、私の前に座る三人の男女の姿を見た瞬間、私の身体は条件反射で小さな震えを刻んだ。
千歳厳山。千歳紗香。そして、柳生蓮。
私の実家の家族と、私を裏切った元婚約者だった。
「紬! 探したぞ、この出来損ないが! 傘も持たずに飛び出して、どこで野垂れ死んだかと思えば……まさか陰陽特殊特務軍の総帥に拾われていたとはな!」
父親の厳山が、応接室の豪華なソファに踏んぞり返りながら、下卑た笑みを浮かべて私を睨みつける。
彼の頭上からは、相変わらずドス黒いヘドロのような煙が立ち上り、最悪な文字を形成していた。
『まさかあの役立たずが、特務軍の総帥の女になるとは。これ幸い、総帥の権力を脅し取って、千歳家の利益にしてやる。柳生家の本家筋とはいえ、声を失った欠陥品だ、恐れるに足りん』
(お父様……貴方はどこまで強欲で、醜い人なの……)
その隣では、妹の紗香が、可憐な顔を不快そうに歪めている。
「お姉様、本当に人騒がせね。特務軍の眞白様を誘惑するなんて、相変わらず卑しいこと。蓮様という立派な婚約者がいながら、なんて破廉恥なのかしら!」
彼女の頭上の黒煙は、激しい嫉妬を物語っていた。
『なんであのゴミ虫が、私より身分の高い総帥の奥方になれるのよ!? 許せない、引きずり下ろしてやる!』
そして、かつて愛したはずの蓮は、私をまるで裏切り者を見るような冷酷な目で射抜いていた。
「紬、見損なったよ。君が僕への当てつけに、本家筋の眞白様に身体を売ったというのか? そんなふしだらな女だとは思わなかった。大人しく千歳家に帰り、僕と紗香の婚姻を影から支えるのが、君の唯一の贖罪(しょくざい)だったはずだ」
彼の頭上の煙は、さらに自己中心的な悪意に満ちていた。
『僕を差し置いて本家の頂点に収まるなど許さん。特務軍の力を僕が利用するはずだったのに、あの化け物め、邪魔をしやがって。力ずくでも連れ戻す』
三者三様の、吐き気がするほどのドス黒い文字の嵐。
かつての私なら、この悪意の暴力に圧倒され、ただ俯いて涙を流すことしかできなかっただろう。
けれど、今の私の隣には――世界で最も信頼できる「真実」が佇んでいた。
コン、と静かにコーヒーカップが机に置かれる音が響く。
ソファの対面に座る眞白様が、ゆっくりと足を組み替えた。
軍服の襟元を正し、口元の黒布の奥から、凍りつくような冷徹な視線を千歳家の一行へと向ける。
部屋全体の空気が、一瞬にして凍結したかのように重くなった。
特務軍総帥が放つ、圧倒的な神速の霊圧。厳山たちの顔から、一瞬にして余裕の笑みが消え失せる。
眞白様は無言のまま、あらかじめ斎藤さんに用意させていた数枚の書類を、机の上に滑らせた。
そこには、私の「千歳家からの除籍証明書」と「柳生眞白との婚姻届」、そして一枚の「警告書」があった。
厳山が眉をひそめ、その書類を手に取る。
「な……なんだこれは……!? 千歳家に対する、魔術ライセンスの剥奪警告……!? それに、紬との婚姻だと!?」
厳山の頭上の煙が、驚愕と恐怖で激しく乱れる。
眞白様は、懐から万年筆を取り出すと、手元のノートに凄まじい速度で文字を書きつけ、彼らの前に叩きつけた。
『千歳厳山。お前たちが紬に強いてきた精神的虐待、および異能の不当な政治利用の証拠は、特務軍の調査によりすべて押さえている。これ以上、私の妻に無礼を働くならば、千歳家を「反逆罪」として今この場で取り潰すが、どうする』
「ひっ……!」
厳山の短い悲鳴が上がった。
特務軍総帥の言葉は絶対だ。国家最高権力を持つ彼がその気になれば、地方の一財閥に過ぎない千歳家など、一夜にして跡形もなく消し去ることができる。
慌てて蓮が、血相を変えて割って入ってきた。
「ま、眞白様! 騙されてはいけません! その女は、人の心を覗き見る不気味な化け物です! 貴方様のことも、裏でどう利用しようと考えているか分かったものでは――」
「黙りなさい、蓮」
私は、自分でも驚くほど凛とした声で、蓮の言葉を遮った。
蓮が驚いたように私を見る。今まで一度も彼に逆らったことのなかった私が、真っ向から彼を睨みつけているのだから。
私は眞白様の隣に立ち、彼の美しい横顔を見つめながら、はっきりと告げた。
「眞白様は、貴方たちのように、笑顔の裏で醜い嘘をつくような人ではありません。この方の心には、私を傷つける偽りなんて、ただの一文字も存在しない。化け物なのは、人の心を道具としか思わない、貴方たちのほうです」
「お前……! よくもそんな口を……!」
紗香が顔を真っ赤にして立ち上がろうとしたが、その瞬間、眞白様の瞳がギラリと不気味な光を放った。
物理的な衝撃波のような霊圧が室内に吹き荒れ、紗香は悲鳴を上げてソファに頽(くずお)れる。
眞白様が、最後のページを捲り、冷酷な文字を突きつけた。
『猶予はやらん。書類にサインをし、二度と紬の前に現れるな。さもなくば、死罪だ』
その頭上に浮かぶ『純白の煙』は、一点の揺らぎもない、冷徹な『本物の殺意』を証明していた。
彼が嘘をつけない以上、この言葉を実行に移すことに、彼は一ミリの躊躇(ちゅうちょ)もないのだ。
「くっ……、そ、底辺の出来損ないめが……! 覚えていろ!」
厳山はガタガタと震える手で除籍承諾書にサインを毟(むし)り取ると、これ以上の滞在は命の危険があると察したのか、紗香と蓮の腕を引っ張るようにして、逃げるように応接室を飛び出していった。
バタン、と大きな扉が閉まる。
彼らが去った後には、先ほどまでのドス黒い悪意の煙は微塵も残っておらず、ただ静かで、清らかな空気だけが残されていた。
(終わった……。本当に、あの地獄から、解放されたんだ……)
緊張の糸が切れ、私の足からすっと力が抜けそうになった。
その身体を、再び、あの温かく大きな腕がしっかりと抱きとめる。
「あ……、眞白様……」
見上げると、口元の布の隙間から、彼が小さく息を吐き出すのが見えた。
眞白様は私をソファへと座らせると、自らも隣に腰掛け、ノートに優しい文字を紡いだ。
『不甲斐ない本家筋の者が、お前を傷つけてすまなかった。もう、お前を脅かす者は誰もいない。これからこの場所が、お前の家だ』
「いいえ……、ありがとうございます。私、生まれて初めて、自分の言葉で戦えました。眞白様が、隣にいてくれたから」
私が微笑むと、眞白様の頭上の純白の煙が、恥ずかしそうに、ゆらゆらとピンク色を帯びて波打った。
嘘をつけない彼の心は、私が向けた感謝の笑顔に、ひどく純情に、そして深くときめいていたのだ。
その本音が、煙の文字となって私の瞳に映し出される。
『……可愛いな。守ってやるつもりが、私のほうが救われてしまったようだ』
(え……?)
文字を読み、私の顔が瞬時に真っ赤に染まる。
口元を隠した冷酷な「鬼神」の裏の顔は、あまりにも不器用で、破壊的なほどに甘い、極上の旦那様だった。
言葉を持たない総帥と、心を翻訳する少女。
嘘の一切存在しない、私たちの奇妙で贅沢な筆談婚姻生活が、今、静かに幕を開ける。

