沈黙の鬼神は愛を語れない 〜心を翻訳する少女と、冷酷総帥の極上筆談婚姻〜

帝都の中央商業街にて、眞白様が放った圧倒的な魔力によって、害虫のように群がった残党たちは一瞬で掃討された。
石畳に刻まれた戦いの痕跡すら、眞白様が指を小さく動かすだけで、時を巻き戻すかのように魔導の光が修復していく。まるで、最初から何事もなかったかのように。

「……眞白様、大丈夫でしたか?」

私は彼に近づき、その漆黒の軍服の袖をそっと引いた。
彼の頭上から立ち上る煙は、先ほどまでの烈火のような紅蓮色から、今ではすっかり、私を安心させるための『柔らかな淡い桜色』に落ち着いている。

『大丈夫だ、紬。お前がその清らかな瞳で、私という夫をまっすぐに見つめていてくれる限り、この世界に私の心を乱すものなど存在しない。……ただ、少しばかり虫が多すぎた。これからは帝都全域に私の魔導結界を張り巡らせ、お前の行く先々で私の視線が届くようにしておこう。お前を誰にも、何ものにも触れさせない』

(……また、とんでもない規模の過保護な計画が……!)

ノートに書かれた『騒がしかったな、少しお茶にしよう』という言葉とは裏腹に、彼の頭上の煙は『今すぐお前をどこへも行けない場所に閉じ込め、永遠に私の愛だけで満たし続けたい』という、あまりにも甘くて重い独占欲を叫び続けている。

私たちは、その後ろに控える特務軍の護衛兵たちを遠ざけ、帝都で最も格式高い老舗のティーサロンへと足を踏み入れた。
当然のことながら、店内は私たち以外の客を完全シャットアウトした貸切状態。窓からは初夏の穏やかな陽光が降り注ぎ、優雅なティーカップが並べられている。

「……美味しい」

香り高い紅茶と、とろけるようなチョコレートケーキ。
口の中に広がる甘い幸せに、私は思わず頬を緩めた。実家にいた頃は、こんな贅沢な空間に身を置くことなど想像もできなかった。
隣に座る眞白様は、相変わらず黒布で口元を隠しているけれど、ケーキを一口食べるたびに、私の口元に付いたクリームを、彼自身の指で優しく拭ってくれる。

彼の指先が私の唇をなぞるたびに、頭上の煙がぽんっ、と弾け、ハート型の粒子を店内に散りばめた。

『ああ、その愛らしい唇。クリームすらお前の美しさを邪魔する不純物に思えてならない。……紬、お前は本当に可愛い。私の妻として、私の誇りとして、そこにあるだけで世界が輝くようだ。この甘い幸せを、一生お前と二人だけで分かち合いたい。外の世界の雑音など、私がすべて遮断してやる。だから、お前はただ私だけを見ていてくれ』

(眞白様……)

私は、彼がこれまで抱えてきた孤独と、その裏側にある、私に対してだけ向ける不器用で真っ直ぐな情熱を知っている。
私は小さく微笑むと、彼がいつも使っている万年筆をそっと手に取り、彼の掌の上に、小さな文字を書き綴った。

「私も、眞白様だけを見ています。……ずっと、ずっと」

その言葉を綴った瞬間、眞白様の瞳が大きく見開かれた。
彼が一番恐れていたのは、いつか私が彼の手を離してしまうことだったのかもしれない。
彼の頭上の煙は、これまでに見たこともないほどの『まばゆい純金色の光』に包まれ、部屋全体が魔法のような輝きに満たされた。

『――ッッ!! お前という少女は……本当に、神が私に与えてくれた最高の贈り物だ。その言葉一つで、私は一生をかけてお前を愛し抜く誓いを、何度でも立てられる。……愛している、紬。私のすべては、最初からお前のものだったのだ』

彼はノートを放り出すと、店内に誰もいないことを確認し、ゆっくりと黒布を外した。
そして、私の頬を包み込み、そのまま深く、深く、慈しむような口づけを落とした。

それは、社交界での勝利の余韻や、残党を排除した冷徹さとは無縁の、ただ純粋で、どこまでも甘い、夫婦としての愛の交歓だった。

◇◇◇

夕暮れ時、私たちは馬車に揺られながら、柳生邸へと帰路についていた。
窓の外には、オレンジ色に染まり始めた帝都の街並みが広がっている。

「……楽しかったですね、眞白様」

私がそう言うと、眞白様は無表情のまま、私の手をしっかりと握り返してくれた。
馬車の揺れに合わせて身体を寄せ合い、私は彼の胸元に頭を預ける。
彼の頭上からは、今日一日を通じて何度も見た『幸せなピンク色の煙』が、今は穏やかな夜を迎えるかのように、ゆっくりと、ふんわりとした毛布のように私たちを包み込んでいた。

『最高の一日だった。……だが、紬。帰ったら、まだ私の愛のすべてをお前に伝えきれていない。今夜も、朝までお前を抱き締めて、私の愛を何度も何度も、お前の魂の奥まで刻み込んでやろう。覚悟はいいか?』

(あ……また本音が、かなり刺激的になってきました……っ!)

馬車の中という狭い空間で、彼の熱い視線と、過保護すぎる愛の言葉(本音)を浴び続け、私の頬は火照ったままだった。
けれど、私はもう、その熱さから逃げ出そうとはしなかった。

かつて心を翻訳できず、沈黙の中に閉じ込められていた私たちは、今、言葉を介さずとも、互いの心と魂で繋がり合っている。
鬼神と、心を翻訳する少女。
その結びつきは、どんな権力や策略にも負けない、世界で一番強く、そして世界で一番甘い絆となっていた。

柳生邸へと続く並木道が近づいてくる。
眞白様は、私を抱き抱える力を少しだけ強めた。

『さあ、帰ろう。我が愛しき花嫁、私のすべてである紬よ。今夜は、誰にも邪魔させない。お前を誰よりも甘やかし、私の愛の中に永遠に閉じ込めてやる。……私の過保護が、どれほど深いものか、今夜こそ骨の髄まで分からせてやるからな』

(……はい。いくらでも、甘やかしてください)

私は彼の胸元で静かに瞳を閉じ、彼が私のために作ってくれた、この幸せな世界に完全に身を委ねた。
帝都の夕闇が、私たち夫婦の甘く、そして激しい夜を、静かに見守っている。

沈黙の鬼神は、今や愛の言葉を心で語り、私はその音色を、魂の震えで受け止めていく。
私たちの幸福な婚姻は、まだ始まったばかり――。