特務軍の護衛艦隊が遙か上空に配備され、あらかじめ一般の立ち入りが制限された帝都の中央商業街。
いつもなら大勢の買い物客や魔導車の警笛で賑わうはずの大通りは、今や嘘のように静まり返り、美しいレンガ敷きの並木道がどこまでも真っ直ぐに伸びていた。
半径一マイルにわたって張られた特務軍の厳重な警戒結界。その内側を、私と眞白様は並んでゆっくりと歩いていた。
「……あの、眞白様」
私は、自分の小さな手を完全に包み込んでいる、彼の大きく熱い手のひらを見つめながら、少しだけ申し訳ない気持ちになって声をかけた。
「本当に、私なんかの散歩のために、街をまるごと貸し切りにしてしまうなんて……。お店の皆様にも、ご迷惑をかけてしまっていないでしょうか」
私の言葉に、隣を歩く漆黒の軍服――呪符の黒布で口元を覆った眞白様は、一瞬だけ足を止めた。
彼は完璧な無表情を維持したままであったが、その頭上からは、私の心配を一瞬で消し去るような、きらきらとした純金の粒子を含んだ『超特濃の薔薇(ピンク)色と深紅の煙』が、もの凄い勢いで噴き出した。
『迷惑なわけがあるか! この街の全ての店舗の今期の売り上げは、柳生(やぎゅう)家が通常営業の十倍の額で全額補償してある。むしろ奴らは、我が最愛の妻が足を踏み入れてくれたことに涙を流して感謝すべきなのだ。……それよりも、紬(つむぎ)。ドレスの裾は重くないか? 靴擦れはしていないか? お前がほんの少し眉をひそめるだけで、私の心臓は恐怖で破裂しそうになる。もし少しでも疲れたのなら、躊躇わずに私に言うのだ。今すぐこの街の最高級ホテルを丸ごと買い取り、お前をベッドに横たえて、この手で一本一本、その愛らしい指をマッサージしてやりたい――』
(ま、眞白様……っ! 心の中の心配が、やっぱり国家予算レベルで暴走しています……っ!)
ノートを持たない彼の手は、私の手をさらにギュッと強く握りしめることで、その言葉にできない情熱を伝えてくる。
私は彼の無言の、けれどあまりにも一途な愛の重さに、胸の奥を甘い熱で満たされながら微笑んだ。
「大丈夫です、眞白様。お靴も眞白様が選んでくださったものですから、とっても歩きやすくて……。こうして貴方と手を繋いで歩けるだけで、私、本当に夢みたいに幸せなんです」
私が上目遣いでそう告げると、眞白様の身体が目に見えてビクンと跳ね上がった。
次の瞬間、彼の頭上の煙は、制御を失った花火のように大爆発を起こし、周囲の結界の壁を揺るがすほどの、どこまでも甘い『大特濃の桜色の霧』となって、大通り全体をピンク色に染め上げていった。
『――ッッ!! 何という愛らしさだ、紬。お前は私を萌え死にさせる気か。幸せなのは私の方だ。かつて孤独の闇の中で生きていた私を、その清らかな翻訳の異能で救い出してくれたお前が、今、私の隣で微笑んでいる。……ああ、もう我慢ができない。今すぐこの路上でお前を強く抱き締め、その柔らかい唇を奪ってしまいたい。私の独占欲が、お前を誰の目にも触れさせたくないと激しく叫んでいる――』
(ひゃんっ!? 路上で抱き締め……!? 眞白様、いくら誰もいないからって、本音が大胆すぎます……っ!)
私は顔を真っ赤に染めながら、彼の手を引くようにして、あらかじめ開けてもらっていた老舗の魔導貴石店の中へと駆け込んだ。
◇◇◇
静かな店内には、きらびやかなダイヤモンドやルビー、サファイアといった最高級の魔導宝石が、ガラスケースの中で眩い光を放っていた。
店の奥からは、緊張で顔をガチガチにこわばらせた初老の店主が、何度も頭を下げながら這うようにして出てきた。
「よ、柳生閣下、そして総帥夫人、紬様……! 本日は我が店をお選びいただき、身に余る光栄に存じます……っ。ど、どうぞ、どのような最高級の逸品でも、お好きなだけお手に取りくださいませ……!」
店主の頭上からは、‘ひっ、特務軍の鬼神だ……! もし奥様のお気に召さなければ、我が店どころか一族が消し飛ばされる……っ!’という、恐怖一色のドス黒い灰色煙が立ち上っている。
(あ、圧倒されてしまっている……。眞白様の威厳が凄すぎて……)
私は苦笑いしながら、ガラスケースの中を覗き込んだ。
どれも目も眩むような美しい宝石ばかりだったが、私の目を引いたのは、店の片隅に置かれた、小さな、けれどどこか温かみのある『乳白色のオパール』の髪飾りだった。
派手さはないけれど、見る角度によって虹色の優しい輝きを放つその石が、何故だかとても愛おしく感じられたのだ。
「……あ、これ、とっても綺麗……」
私が小さく呟いた、その瞬間だった。
隣にいた眞白様の瞳がギラリと鋭く輝き、その頭上から『爆発的な黄金色の煙』が烈烈と渦巻いた。
『これか! 紬、これが欲しいのだな!? 店主、今すぐこのオパールの髪飾りを包め! いや、このケースにある宝石、そしてこの店にある全ての在庫、いや、この店舗の土地と権利書ごと、今すぐ我が柳生家の名義に変更しろ! 私の可愛い紬が目を留めたのだ。この店の宝石の全ては、お前の美しさを引き立てるためだけの、単なる引き立て役に過ぎないのだから――』
(ま、眞白様……っ! 髪飾り一つで店ごと買い取ろうとしないでください……っ!)
眞白様は素早く懐から万年筆と特製の高級ノートを取り出すと、もの凄い筆圧で紙に文字を叩きつけた。
『店主。そのオパールの髪飾りと、この棚にあるサファイアの原石一式をすべて購入する。代金は柳生家の本家口座から直接引き落とせ。お前の店の今後の運営費も、すべて我が軍が保証する』
「は、はひいいいっっ!! ありがとうございます、閣下……っ! 奥様……っ!」
店主は涙目を浮かべながら、腰が抜けたように何度も床に額を擦り付けた。
私は恥ずかしさで顔から火が出そうになりながらも、眞白様が私のために、そこまで必死になってくれていることが、おかしくて、そして何よりも愛おしかった。
買い物を終え、店を出たところで、眞白様は早速、購入したばかりのオパールの髪飾りを私の髪へと優しく差し込んでくれた。
彼の手のひらが、私の頬をそっと撫でる。その指先から伝わる愛の深さに、私は胸が締め付けられるような幸福感を覚えていた。
しかし――その甘い平穏を切り裂くように、私たちの背後から、ひどく耳障りな笑い声が響いた。
「ハハハ! 随分とお熱いことで。特務軍総帥ともあろうお方が、千歳(ちとせ)家のゴミ娘を連れて、街を封鎖してまでおままごとですか?」
その声に、私は息を呑んで振り返った。
大通りの結界の隙間を潜り抜けるようにして現れたのは、かつて千歳家と繋がりのあった本家の残党であり、失脚した五条家の息がかかった陰陽師たちの一団だった。
中心に立つ男の頭上からは、ドス黒いヘドロのような『強欲と嫉妬の黒煙』が、異様な悪臭を放ちながら立ち上っている。
『五条家が捕まったからって、俺たちが引き下がると思うなよ。この無能女を人質に取るか、ここで総帥を揺さぶれば、特務軍の権力をまだ奪い返せるはずだ。千歳家の出来損ないごときに、これほどの贅沢は分不相応なんだよ!』
(……っ! まだ、そんな醜いことを考えて……!)
かつての私なら、その悪意に満ちた言葉に、ただ震えることしかできなかった。
けれど、今の私は違う。
私が一歩前に出ようとした、その刹那――。
ドガァァァン!!!
空間そのものが自重でへし折れるかのような、凄まじい魔力の衝撃波が爆発した。
大通りのレンガが次々と粉砕され、巻き上がった風圧が、一瞬にして残党たちの衣服を引き裂く。
そこにいたのは、完全に温度を失った漆黒の深海のような瞳で、男たちをねめつける、本物の「鬼神」――眞白様だった。
彼の頭上からは、帝都の空を完全に覆い尽くさんばかりの、禍々しい『紅蓮と漆黒の烈火の煙』が燃え盛っていた。その殺意の規模は、先日の夜会の比ではなかった。
『――塵が。我が愛しき紬の休日を、その汚い声で汚したな。お前たちのような羽虫が、私の唯一無二の正妻に、その不浄な視線を向けた罪は重い。人質? 揺さぶる? 笑わせるな。お前たちの一族の血筋、そして魂のひとかけらに至るまで、今この場で、冥府の業火で焼き尽くして灰にしてやる。一瞬の慈悲も与えん――』
(ま、眞白様……っ! 本音の殺意が、本当に世界を滅ぼす一歩手前になっています……っ!)
眞白様はノートを開くことすらせず、ただ無言で右手を軽く掲げた。
その指先から放たれた漆黒の魔導の鎖が、悲鳴を上げる間もなく残党たちを一瞬にして縛り上げ、地面へと叩き伏せた。
「ひ、ひえぇっ!? な、何だこの魔力は……っ!」
「た、助けてくれ……っ!」
「……」
眞白様は一言も発しない。ただ、冷酷極まりない視線で彼らを見下ろし、そのまま指をパチンと鳴らした。
その合図と共に、上空に待機していた特務軍の第一部隊の兵士たちが一斉に降下し、哀れな残党たちを容赦なく拘束し、引きずり出していった。彼らの頭上の黒煙は、完全に絶望の闇へと変わっていた。
一瞬にして敵を排除した眞白様は、ゆっくりと私の方を振り返った。
私を見る彼の瞳からは、先ほどまでの冷酷な光は綺麗に消え去り、そこにはただ、私の身を案じる、どこまでも優しい色が戻っていた。
彼の頭上の煙は、先ほどまでの禍々しい紅蓮から、一転して、それはそれは綺麗な『大特濃の薔薇(ピンク)色』へと染まり、ゆったりと私の身体を包み込むように広がっていった。
『怖がらせてすまない、紬。私の可愛い、世界で一番大切な花嫁。お前のその清らかな瞳に、あのような醜いゴミを見せてしまったことが悔しくてならない。……ああ、やはり外の世界は危険すぎる。今すぐお前を屋敷の主寝室へと連れ戻し、誰の目にも触れない場所で、私の愛だけで完全に満たしてやりたい。私の理性は、もう一秒も持ちそうにないのだ――』
(ええっ!? デートはまだ始まったばかりですよ、眞白様……っ!)
ノートには『少し騒がしかったな、お茶にしよう』と爽やかに書かれているのに、頭上の煙の本音は、どこまでも甘く、危険な肉食獣のそれだった。
私たちの、周囲を震撼させる圧倒的なざまぁ&溺愛デートは、ここからさらにその糖度を増していくのだった。
いつもなら大勢の買い物客や魔導車の警笛で賑わうはずの大通りは、今や嘘のように静まり返り、美しいレンガ敷きの並木道がどこまでも真っ直ぐに伸びていた。
半径一マイルにわたって張られた特務軍の厳重な警戒結界。その内側を、私と眞白様は並んでゆっくりと歩いていた。
「……あの、眞白様」
私は、自分の小さな手を完全に包み込んでいる、彼の大きく熱い手のひらを見つめながら、少しだけ申し訳ない気持ちになって声をかけた。
「本当に、私なんかの散歩のために、街をまるごと貸し切りにしてしまうなんて……。お店の皆様にも、ご迷惑をかけてしまっていないでしょうか」
私の言葉に、隣を歩く漆黒の軍服――呪符の黒布で口元を覆った眞白様は、一瞬だけ足を止めた。
彼は完璧な無表情を維持したままであったが、その頭上からは、私の心配を一瞬で消し去るような、きらきらとした純金の粒子を含んだ『超特濃の薔薇(ピンク)色と深紅の煙』が、もの凄い勢いで噴き出した。
『迷惑なわけがあるか! この街の全ての店舗の今期の売り上げは、柳生(やぎゅう)家が通常営業の十倍の額で全額補償してある。むしろ奴らは、我が最愛の妻が足を踏み入れてくれたことに涙を流して感謝すべきなのだ。……それよりも、紬(つむぎ)。ドレスの裾は重くないか? 靴擦れはしていないか? お前がほんの少し眉をひそめるだけで、私の心臓は恐怖で破裂しそうになる。もし少しでも疲れたのなら、躊躇わずに私に言うのだ。今すぐこの街の最高級ホテルを丸ごと買い取り、お前をベッドに横たえて、この手で一本一本、その愛らしい指をマッサージしてやりたい――』
(ま、眞白様……っ! 心の中の心配が、やっぱり国家予算レベルで暴走しています……っ!)
ノートを持たない彼の手は、私の手をさらにギュッと強く握りしめることで、その言葉にできない情熱を伝えてくる。
私は彼の無言の、けれどあまりにも一途な愛の重さに、胸の奥を甘い熱で満たされながら微笑んだ。
「大丈夫です、眞白様。お靴も眞白様が選んでくださったものですから、とっても歩きやすくて……。こうして貴方と手を繋いで歩けるだけで、私、本当に夢みたいに幸せなんです」
私が上目遣いでそう告げると、眞白様の身体が目に見えてビクンと跳ね上がった。
次の瞬間、彼の頭上の煙は、制御を失った花火のように大爆発を起こし、周囲の結界の壁を揺るがすほどの、どこまでも甘い『大特濃の桜色の霧』となって、大通り全体をピンク色に染め上げていった。
『――ッッ!! 何という愛らしさだ、紬。お前は私を萌え死にさせる気か。幸せなのは私の方だ。かつて孤独の闇の中で生きていた私を、その清らかな翻訳の異能で救い出してくれたお前が、今、私の隣で微笑んでいる。……ああ、もう我慢ができない。今すぐこの路上でお前を強く抱き締め、その柔らかい唇を奪ってしまいたい。私の独占欲が、お前を誰の目にも触れさせたくないと激しく叫んでいる――』
(ひゃんっ!? 路上で抱き締め……!? 眞白様、いくら誰もいないからって、本音が大胆すぎます……っ!)
私は顔を真っ赤に染めながら、彼の手を引くようにして、あらかじめ開けてもらっていた老舗の魔導貴石店の中へと駆け込んだ。
◇◇◇
静かな店内には、きらびやかなダイヤモンドやルビー、サファイアといった最高級の魔導宝石が、ガラスケースの中で眩い光を放っていた。
店の奥からは、緊張で顔をガチガチにこわばらせた初老の店主が、何度も頭を下げながら這うようにして出てきた。
「よ、柳生閣下、そして総帥夫人、紬様……! 本日は我が店をお選びいただき、身に余る光栄に存じます……っ。ど、どうぞ、どのような最高級の逸品でも、お好きなだけお手に取りくださいませ……!」
店主の頭上からは、‘ひっ、特務軍の鬼神だ……! もし奥様のお気に召さなければ、我が店どころか一族が消し飛ばされる……っ!’という、恐怖一色のドス黒い灰色煙が立ち上っている。
(あ、圧倒されてしまっている……。眞白様の威厳が凄すぎて……)
私は苦笑いしながら、ガラスケースの中を覗き込んだ。
どれも目も眩むような美しい宝石ばかりだったが、私の目を引いたのは、店の片隅に置かれた、小さな、けれどどこか温かみのある『乳白色のオパール』の髪飾りだった。
派手さはないけれど、見る角度によって虹色の優しい輝きを放つその石が、何故だかとても愛おしく感じられたのだ。
「……あ、これ、とっても綺麗……」
私が小さく呟いた、その瞬間だった。
隣にいた眞白様の瞳がギラリと鋭く輝き、その頭上から『爆発的な黄金色の煙』が烈烈と渦巻いた。
『これか! 紬、これが欲しいのだな!? 店主、今すぐこのオパールの髪飾りを包め! いや、このケースにある宝石、そしてこの店にある全ての在庫、いや、この店舗の土地と権利書ごと、今すぐ我が柳生家の名義に変更しろ! 私の可愛い紬が目を留めたのだ。この店の宝石の全ては、お前の美しさを引き立てるためだけの、単なる引き立て役に過ぎないのだから――』
(ま、眞白様……っ! 髪飾り一つで店ごと買い取ろうとしないでください……っ!)
眞白様は素早く懐から万年筆と特製の高級ノートを取り出すと、もの凄い筆圧で紙に文字を叩きつけた。
『店主。そのオパールの髪飾りと、この棚にあるサファイアの原石一式をすべて購入する。代金は柳生家の本家口座から直接引き落とせ。お前の店の今後の運営費も、すべて我が軍が保証する』
「は、はひいいいっっ!! ありがとうございます、閣下……っ! 奥様……っ!」
店主は涙目を浮かべながら、腰が抜けたように何度も床に額を擦り付けた。
私は恥ずかしさで顔から火が出そうになりながらも、眞白様が私のために、そこまで必死になってくれていることが、おかしくて、そして何よりも愛おしかった。
買い物を終え、店を出たところで、眞白様は早速、購入したばかりのオパールの髪飾りを私の髪へと優しく差し込んでくれた。
彼の手のひらが、私の頬をそっと撫でる。その指先から伝わる愛の深さに、私は胸が締め付けられるような幸福感を覚えていた。
しかし――その甘い平穏を切り裂くように、私たちの背後から、ひどく耳障りな笑い声が響いた。
「ハハハ! 随分とお熱いことで。特務軍総帥ともあろうお方が、千歳(ちとせ)家のゴミ娘を連れて、街を封鎖してまでおままごとですか?」
その声に、私は息を呑んで振り返った。
大通りの結界の隙間を潜り抜けるようにして現れたのは、かつて千歳家と繋がりのあった本家の残党であり、失脚した五条家の息がかかった陰陽師たちの一団だった。
中心に立つ男の頭上からは、ドス黒いヘドロのような『強欲と嫉妬の黒煙』が、異様な悪臭を放ちながら立ち上っている。
『五条家が捕まったからって、俺たちが引き下がると思うなよ。この無能女を人質に取るか、ここで総帥を揺さぶれば、特務軍の権力をまだ奪い返せるはずだ。千歳家の出来損ないごときに、これほどの贅沢は分不相応なんだよ!』
(……っ! まだ、そんな醜いことを考えて……!)
かつての私なら、その悪意に満ちた言葉に、ただ震えることしかできなかった。
けれど、今の私は違う。
私が一歩前に出ようとした、その刹那――。
ドガァァァン!!!
空間そのものが自重でへし折れるかのような、凄まじい魔力の衝撃波が爆発した。
大通りのレンガが次々と粉砕され、巻き上がった風圧が、一瞬にして残党たちの衣服を引き裂く。
そこにいたのは、完全に温度を失った漆黒の深海のような瞳で、男たちをねめつける、本物の「鬼神」――眞白様だった。
彼の頭上からは、帝都の空を完全に覆い尽くさんばかりの、禍々しい『紅蓮と漆黒の烈火の煙』が燃え盛っていた。その殺意の規模は、先日の夜会の比ではなかった。
『――塵が。我が愛しき紬の休日を、その汚い声で汚したな。お前たちのような羽虫が、私の唯一無二の正妻に、その不浄な視線を向けた罪は重い。人質? 揺さぶる? 笑わせるな。お前たちの一族の血筋、そして魂のひとかけらに至るまで、今この場で、冥府の業火で焼き尽くして灰にしてやる。一瞬の慈悲も与えん――』
(ま、眞白様……っ! 本音の殺意が、本当に世界を滅ぼす一歩手前になっています……っ!)
眞白様はノートを開くことすらせず、ただ無言で右手を軽く掲げた。
その指先から放たれた漆黒の魔導の鎖が、悲鳴を上げる間もなく残党たちを一瞬にして縛り上げ、地面へと叩き伏せた。
「ひ、ひえぇっ!? な、何だこの魔力は……っ!」
「た、助けてくれ……っ!」
「……」
眞白様は一言も発しない。ただ、冷酷極まりない視線で彼らを見下ろし、そのまま指をパチンと鳴らした。
その合図と共に、上空に待機していた特務軍の第一部隊の兵士たちが一斉に降下し、哀れな残党たちを容赦なく拘束し、引きずり出していった。彼らの頭上の黒煙は、完全に絶望の闇へと変わっていた。
一瞬にして敵を排除した眞白様は、ゆっくりと私の方を振り返った。
私を見る彼の瞳からは、先ほどまでの冷酷な光は綺麗に消え去り、そこにはただ、私の身を案じる、どこまでも優しい色が戻っていた。
彼の頭上の煙は、先ほどまでの禍々しい紅蓮から、一転して、それはそれは綺麗な『大特濃の薔薇(ピンク)色』へと染まり、ゆったりと私の身体を包み込むように広がっていった。
『怖がらせてすまない、紬。私の可愛い、世界で一番大切な花嫁。お前のその清らかな瞳に、あのような醜いゴミを見せてしまったことが悔しくてならない。……ああ、やはり外の世界は危険すぎる。今すぐお前を屋敷の主寝室へと連れ戻し、誰の目にも触れない場所で、私の愛だけで完全に満たしてやりたい。私の理性は、もう一秒も持ちそうにないのだ――』
(ええっ!? デートはまだ始まったばかりですよ、眞白様……っ!)
ノートには『少し騒がしかったな、お茶にしよう』と爽やかに書かれているのに、頭上の煙の本音は、どこまでも甘く、危険な肉食獣のそれだった。
私たちの、周囲を震撼させる圧倒的なざまぁ&溺愛デートは、ここからさらにその糖度を増していくのだった。

