陰陽庁の黒御影石の巨塔が遠ざかり、流れる帝都の夜景が装甲車の窓を静かに流れていく。
車内を支配していた重苦しい緊張感は、千歳家と買収された審判官たちの失脚という完全な勝利によって、今は跡形もなく消え去っていた。
「……はあ」
私は座席の背もたれに深く身体を預け、今日一番の大きなため息を吐き出した。
思えば、生まれてから十九年間、私を縛り、苛み、出来損ないと蔑み続けてきた「千歳家」という呪縛。それが、たった数時間の審判で、文字通り塵となって消滅したのだ。もう二度と、あの人たちの醜い悪意の黒煙に視界を遮られることはない。
(本当に……終わったんだ……)
じわじわと込み上げてくる安堵感と、同時に襲ってきた猛烈な疲労感に、私の視界が微かに潤む。
その時、隣に座っていた漆黒の軍服が、静かに、けれど迷いのない動作で私の方へと引き寄せられた。
「あ……」
気付けば、私は眞白様の広く逞しい胸の中に、すっぽりと抱き込まれていた。
彼の上質な軍服から漂う白檀の香りが、私の鼻腔を満たしていく。彼は無言のまま、私の背中に長い腕を回し、まるで壊れやすい硝子の宝物を守るように、ぎゅっと力を込めて抱き締めてくれた。
彼の口元はまだ黒い呪符の布で覆われている。けれど、私の瞳――【心音の翻訳】は、彼の頭上から噴き出す、この世の何よりも雄弁な感情の灯火を捉えていた。
そこに浮かんでいたのは、きらきらとした純金の粒子をこれでもかと散りばめた、宇宙のように深い『大特濃の深紅と薔薇(ピンク)色が混ざり合った煙』だった。
敵を壊滅させた「鬼神」の冷徹さは微塵もなく、そこにあるのは、私への狂おしいほどの愛おしさと、安堵の文字だった。
『よく頑張った、紬。本当によくぞ言ってくれた。お前自身の言葉で、あの強欲な豚どもの嘘を粉砕した瞬間、私はお前をその場で抱き上げ、世界中に自慢したい衝動に駆られていたのだ。お前は出来損ないなどではない。私の魂を、過去の絶望から救い出してくれた、世界でただ一人の、最高に美しく気高い私の正妻だ』
(眞白様……)
ノートに書かれる文字よりも早く、彼の魂の叫びが私の脳内に直接流れ込んでくる。
そのあまりにも真っ直ぐで、混じり気のない「全肯定」の言葉に、私の目からポロポロと涙が溢れ出した。
「う、嬉しかったです……。眞白様が、ずっと隣で、私の手を握っていてくれたから……。私、自分の言葉で、お父様たちに立ち向かうことができました……」
私の涙に、眞白様は目に見えて狼狽(ろうばい)した。
彼は慌てて懐からシルクのハンカチを取り出すと、私の目元をどこまでも優しく、繊細な手つきで拭ってくれた。
そして、そのまま素早くノートに万年筆を走らせる。
『泣かないでくれ、紬。お前の涙を見るだけで、私の心臓は引き裂かれそうになる。……これからは、お前のその美しい瞳から流れるのは、嬉し涙と、私の愛に蕩(とろ)けた時の涙だけにすると誓おう。屋敷に戻ったら、お前を世界で一番幸せな女として、徹底的に甘やかす。覚悟していてほしい』
(……っ、最後の『愛に蕩けた時の涙』って、一体どういう意味ですか……!?)
手文字のあまりにも直球な肉食獣の本音に、私は涙を引っ込めて、一瞬にして顔を耳の根元まで真っ赤に染め上げた。
眞白様は完璧な無表情を装っているけれど、頭上の煙は『今すぐ車内で押し倒して口づけを交わしたい』と激しく波打っている。この、不器用で、けれど情熱が限界突破している旦那様に、私はもう一生敵わないのだと、心地よい諦めを抱くしかなかった。
◇◇◇
柳生(やぎゅう)家の広大な邸宅に帰還すると、玄関ホールでは老執事の斎藤さんが、いつも以上の満面の笑みで私たちを出迎えてくれた。
「旦那様、奥様。陰陽庁での大勝利、心よりお祝い申し上げます。特務軍の密偵より、奥様の素晴らしいお姿の報告を受け、この斎藤、感動のあまり涙が止まりませんでした」
「斎藤さん……ありがとうございます。皆様のおかげです」
私が気恥ずかしくも頭を下げると、斎藤さんは「さあ、お疲れの奥様のために、今夜は特別な祝宴をご用意しております」と、私たちをダイニングルームへと案内してくれた。
開かれた扉の向こう、長大なディナーテーブルの上には、これまでに見たこともないほどの、美しく洗練された料理の数々が並んでいた。
私の疲れた身体を労るように、消化に良く、けれど最高級の食材を使った和洋折衷のフルコース。そしてテーブルの中央には、氷で冷やされた、美しい琥珀色の甘い果実酒のボトルが置かれていた。
「今夜は、お二人の本当の平穏を祝う夜でございます。誰に遠慮することもございません。どうぞ、ごゆっくりとお楽しみください」
斎藤さんが一礼して退室し、広い部屋には再び、私と眞白様の二人きりになった。
眞白様は無言でボトルを手に取ると、私のグラスにトクトクと果実酒を注ぎ、自らのグラスにもそれを満たした。
彼が口元の布を少しだけ緩め、グラスを掲げる。
「乾杯、ですか? 眞白様」
私が微笑んでグラスを合わせると、チリン、と澄んだ音が響いた。
一口含んだ果実酒は、驚くほど甘く、高貴な葡萄(ぶどう)の香りが口いっぱいに広がった。ほんの少しアルコールが入っているのか、喉を通ると、身体の奥からじんわりと熱が広がっていく。
理性が少しだけふわふわと解けていく感覚の中、私は隣に座る眞白様を見つめた。
彼は、食事の間も、私の皿に次々と美味しい料理を取り分けてくれ、私が一口食べるごとに、頭上の煙を満足そうなピンク色へと染めていた。
『もっと食べるといい、私の可愛い紬。今日のお前は本当に勇敢だった。だが、やはり私に抱き締められている時の、あの無防備で柔らかいお前が一番愛おしい。……早く夕食を終えて、寝室へ行きたい。今夜は、お前の一切の我が儘を聞き入れ、そして私のすべてを注ぎ込んで、お前を私の愛だけで満たしてやるのだ』
(眞白様……っ、お酒のせいで、本音がいつもよりさらに生々しくなっています……っ!)
私は果実酒のせいだけではない熱さを顔に感じながら、必死にタルトを口に運んだ。
言葉を発しない彼との時間は、世界中のどんな賑やかな宴よりも、甘く、濃厚で、そして狂おしいほどの情愛に満ちていた。
◇◇◇
深夜、全ての灯りが落とされ、月光だけが静かに差し込む主寝室。
キングサイズのベッドの上で、私はシルクの薄い寝間着に身を包み、トク、トク、と高鳴る自らの心音を聞いていた。
食後に飲んだ甘い果実酒のせいで、身体がいつもより火照っている。
シーツの感触が妙に滑らかに感じられ、呼吸が少しだけ浅くなる。
カチャリ、と静かに扉が開き、お風呂上がりの眞白様が入ってきた。
彼の長い黒髪は少し濡れており、月の光を浴びて妖しく濡れそべっている。そして――彼の口元には、もうあの漆黒の呪符の布はなかった。
露わになった、神の最高傑作とも言うべき、圧倒的に美しく端正な素顔。
その深い瞳が私を捉えた瞬間、室内の空気が一変した。
眞白様はゆっくりとベッドへと近づき、シーツの上に膝を突くと、私を組み敷くようにして覆いかぶさってきた。
至近距離から注がれる、夜の海のように深い視線。彼の高い鼻梁が私の頬をかすめ、男らしい体温と、白檀の香りが私を完全に包み込む。
彼の手が、私の両手首を優しく、けれど絶対に拒絶を許さない強さで、ベッドの上へと固定した。
(あ……眞白、様……っ)
声が出ない代わりに、彼の頭上からは、部屋全体を黄金の結界で満たすかのような、神々しいまでの『超特濃の純金色の煙』が、烈烈と渦巻いていた。
そこに結ばれた文字は、もう、私の理性を完全に消し去るのに十分すぎるほどの、極上の溺愛の言葉だった。
『千歳家も、本家も、お前を縛るものはすべて消え去った。お前は今日、本当の意味で、名実ともに私のものになったのだ、紬。……もう、手加減などしてやれない。お前が私をこんなにも狂わせたのだ。今夜は、お前のその清らかな肌のすべてに、私の愛の証を刻みつけてやる。私の名前を、その身体と魂の奥深くまで、永遠に引き裂けないほどに融かし込んでやる――』
「ん……っ……!」
彼の美しい唇が、私の唇を、昨夜よりも遥かに深く、激しく、貪(むさぼ)るように塞ぎ込んできた。
息ができないほどの熱い口づけ。彼の舌が私の口内を愛おしげに搦(から)め取り、私の身体から一切の力が抜けていく。
声を持たない「鬼神」の、それは言葉以上の、圧倒的な魂の告白だった。
私の異能――【心音の翻訳】は、今や彼の胸の奥から響いてくる、狂おしいほどの『愛している、愛している、お前だけが私の命だ』という地鳴りのような恋情の音を、ダイレクトに拾い上げ、私の脳内を甘い快感で満たしていた。
彼の手が、私の寝間着の紐をゆっくりと解き、衣服の隙間から、少し冷たくて、けれど熱い大きな手のひらが、私の滑らかな肌へと滑り込んでくる。
その指先が触れるたびに、私の身体は小さく跳ね、彼の名前を無意識に呼んでいた。
「あ……っ、ましろ、様……、ましろ様……っ」
私の声を聞くたびに、眞白様の瞳に、男としての獰猛な独占欲がギラリと灯る。
彼の頭上の金色の煙が、激しく、甘くのたうち回り、私たちの身体を完全に視界から隠すように、濃密な薔薇色の霧となって主寝室を包み込んでいった。
嘘を宿すことができない、鬼神の心。
その仮面の裏にあったのは、世界で一番深く、世界で一番過保護で、そして世界で一番熱い、私だけへの永遠の溺愛だった。
言葉のない世界の、終わらない甘い夜。
私たちは、互いの魂のすべてを差し出し合い、二度と解けない真実の愛の中で、深く、深く、融け合っていくのだった。
車内を支配していた重苦しい緊張感は、千歳家と買収された審判官たちの失脚という完全な勝利によって、今は跡形もなく消え去っていた。
「……はあ」
私は座席の背もたれに深く身体を預け、今日一番の大きなため息を吐き出した。
思えば、生まれてから十九年間、私を縛り、苛み、出来損ないと蔑み続けてきた「千歳家」という呪縛。それが、たった数時間の審判で、文字通り塵となって消滅したのだ。もう二度と、あの人たちの醜い悪意の黒煙に視界を遮られることはない。
(本当に……終わったんだ……)
じわじわと込み上げてくる安堵感と、同時に襲ってきた猛烈な疲労感に、私の視界が微かに潤む。
その時、隣に座っていた漆黒の軍服が、静かに、けれど迷いのない動作で私の方へと引き寄せられた。
「あ……」
気付けば、私は眞白様の広く逞しい胸の中に、すっぽりと抱き込まれていた。
彼の上質な軍服から漂う白檀の香りが、私の鼻腔を満たしていく。彼は無言のまま、私の背中に長い腕を回し、まるで壊れやすい硝子の宝物を守るように、ぎゅっと力を込めて抱き締めてくれた。
彼の口元はまだ黒い呪符の布で覆われている。けれど、私の瞳――【心音の翻訳】は、彼の頭上から噴き出す、この世の何よりも雄弁な感情の灯火を捉えていた。
そこに浮かんでいたのは、きらきらとした純金の粒子をこれでもかと散りばめた、宇宙のように深い『大特濃の深紅と薔薇(ピンク)色が混ざり合った煙』だった。
敵を壊滅させた「鬼神」の冷徹さは微塵もなく、そこにあるのは、私への狂おしいほどの愛おしさと、安堵の文字だった。
『よく頑張った、紬。本当によくぞ言ってくれた。お前自身の言葉で、あの強欲な豚どもの嘘を粉砕した瞬間、私はお前をその場で抱き上げ、世界中に自慢したい衝動に駆られていたのだ。お前は出来損ないなどではない。私の魂を、過去の絶望から救い出してくれた、世界でただ一人の、最高に美しく気高い私の正妻だ』
(眞白様……)
ノートに書かれる文字よりも早く、彼の魂の叫びが私の脳内に直接流れ込んでくる。
そのあまりにも真っ直ぐで、混じり気のない「全肯定」の言葉に、私の目からポロポロと涙が溢れ出した。
「う、嬉しかったです……。眞白様が、ずっと隣で、私の手を握っていてくれたから……。私、自分の言葉で、お父様たちに立ち向かうことができました……」
私の涙に、眞白様は目に見えて狼狽(ろうばい)した。
彼は慌てて懐からシルクのハンカチを取り出すと、私の目元をどこまでも優しく、繊細な手つきで拭ってくれた。
そして、そのまま素早くノートに万年筆を走らせる。
『泣かないでくれ、紬。お前の涙を見るだけで、私の心臓は引き裂かれそうになる。……これからは、お前のその美しい瞳から流れるのは、嬉し涙と、私の愛に蕩(とろ)けた時の涙だけにすると誓おう。屋敷に戻ったら、お前を世界で一番幸せな女として、徹底的に甘やかす。覚悟していてほしい』
(……っ、最後の『愛に蕩けた時の涙』って、一体どういう意味ですか……!?)
手文字のあまりにも直球な肉食獣の本音に、私は涙を引っ込めて、一瞬にして顔を耳の根元まで真っ赤に染め上げた。
眞白様は完璧な無表情を装っているけれど、頭上の煙は『今すぐ車内で押し倒して口づけを交わしたい』と激しく波打っている。この、不器用で、けれど情熱が限界突破している旦那様に、私はもう一生敵わないのだと、心地よい諦めを抱くしかなかった。
◇◇◇
柳生(やぎゅう)家の広大な邸宅に帰還すると、玄関ホールでは老執事の斎藤さんが、いつも以上の満面の笑みで私たちを出迎えてくれた。
「旦那様、奥様。陰陽庁での大勝利、心よりお祝い申し上げます。特務軍の密偵より、奥様の素晴らしいお姿の報告を受け、この斎藤、感動のあまり涙が止まりませんでした」
「斎藤さん……ありがとうございます。皆様のおかげです」
私が気恥ずかしくも頭を下げると、斎藤さんは「さあ、お疲れの奥様のために、今夜は特別な祝宴をご用意しております」と、私たちをダイニングルームへと案内してくれた。
開かれた扉の向こう、長大なディナーテーブルの上には、これまでに見たこともないほどの、美しく洗練された料理の数々が並んでいた。
私の疲れた身体を労るように、消化に良く、けれど最高級の食材を使った和洋折衷のフルコース。そしてテーブルの中央には、氷で冷やされた、美しい琥珀色の甘い果実酒のボトルが置かれていた。
「今夜は、お二人の本当の平穏を祝う夜でございます。誰に遠慮することもございません。どうぞ、ごゆっくりとお楽しみください」
斎藤さんが一礼して退室し、広い部屋には再び、私と眞白様の二人きりになった。
眞白様は無言でボトルを手に取ると、私のグラスにトクトクと果実酒を注ぎ、自らのグラスにもそれを満たした。
彼が口元の布を少しだけ緩め、グラスを掲げる。
「乾杯、ですか? 眞白様」
私が微笑んでグラスを合わせると、チリン、と澄んだ音が響いた。
一口含んだ果実酒は、驚くほど甘く、高貴な葡萄(ぶどう)の香りが口いっぱいに広がった。ほんの少しアルコールが入っているのか、喉を通ると、身体の奥からじんわりと熱が広がっていく。
理性が少しだけふわふわと解けていく感覚の中、私は隣に座る眞白様を見つめた。
彼は、食事の間も、私の皿に次々と美味しい料理を取り分けてくれ、私が一口食べるごとに、頭上の煙を満足そうなピンク色へと染めていた。
『もっと食べるといい、私の可愛い紬。今日のお前は本当に勇敢だった。だが、やはり私に抱き締められている時の、あの無防備で柔らかいお前が一番愛おしい。……早く夕食を終えて、寝室へ行きたい。今夜は、お前の一切の我が儘を聞き入れ、そして私のすべてを注ぎ込んで、お前を私の愛だけで満たしてやるのだ』
(眞白様……っ、お酒のせいで、本音がいつもよりさらに生々しくなっています……っ!)
私は果実酒のせいだけではない熱さを顔に感じながら、必死にタルトを口に運んだ。
言葉を発しない彼との時間は、世界中のどんな賑やかな宴よりも、甘く、濃厚で、そして狂おしいほどの情愛に満ちていた。
◇◇◇
深夜、全ての灯りが落とされ、月光だけが静かに差し込む主寝室。
キングサイズのベッドの上で、私はシルクの薄い寝間着に身を包み、トク、トク、と高鳴る自らの心音を聞いていた。
食後に飲んだ甘い果実酒のせいで、身体がいつもより火照っている。
シーツの感触が妙に滑らかに感じられ、呼吸が少しだけ浅くなる。
カチャリ、と静かに扉が開き、お風呂上がりの眞白様が入ってきた。
彼の長い黒髪は少し濡れており、月の光を浴びて妖しく濡れそべっている。そして――彼の口元には、もうあの漆黒の呪符の布はなかった。
露わになった、神の最高傑作とも言うべき、圧倒的に美しく端正な素顔。
その深い瞳が私を捉えた瞬間、室内の空気が一変した。
眞白様はゆっくりとベッドへと近づき、シーツの上に膝を突くと、私を組み敷くようにして覆いかぶさってきた。
至近距離から注がれる、夜の海のように深い視線。彼の高い鼻梁が私の頬をかすめ、男らしい体温と、白檀の香りが私を完全に包み込む。
彼の手が、私の両手首を優しく、けれど絶対に拒絶を許さない強さで、ベッドの上へと固定した。
(あ……眞白、様……っ)
声が出ない代わりに、彼の頭上からは、部屋全体を黄金の結界で満たすかのような、神々しいまでの『超特濃の純金色の煙』が、烈烈と渦巻いていた。
そこに結ばれた文字は、もう、私の理性を完全に消し去るのに十分すぎるほどの、極上の溺愛の言葉だった。
『千歳家も、本家も、お前を縛るものはすべて消え去った。お前は今日、本当の意味で、名実ともに私のものになったのだ、紬。……もう、手加減などしてやれない。お前が私をこんなにも狂わせたのだ。今夜は、お前のその清らかな肌のすべてに、私の愛の証を刻みつけてやる。私の名前を、その身体と魂の奥深くまで、永遠に引き裂けないほどに融かし込んでやる――』
「ん……っ……!」
彼の美しい唇が、私の唇を、昨夜よりも遥かに深く、激しく、貪(むさぼ)るように塞ぎ込んできた。
息ができないほどの熱い口づけ。彼の舌が私の口内を愛おしげに搦(から)め取り、私の身体から一切の力が抜けていく。
声を持たない「鬼神」の、それは言葉以上の、圧倒的な魂の告白だった。
私の異能――【心音の翻訳】は、今や彼の胸の奥から響いてくる、狂おしいほどの『愛している、愛している、お前だけが私の命だ』という地鳴りのような恋情の音を、ダイレクトに拾い上げ、私の脳内を甘い快感で満たしていた。
彼の手が、私の寝間着の紐をゆっくりと解き、衣服の隙間から、少し冷たくて、けれど熱い大きな手のひらが、私の滑らかな肌へと滑り込んでくる。
その指先が触れるたびに、私の身体は小さく跳ね、彼の名前を無意識に呼んでいた。
「あ……っ、ましろ、様……、ましろ様……っ」
私の声を聞くたびに、眞白様の瞳に、男としての獰猛な独占欲がギラリと灯る。
彼の頭上の金色の煙が、激しく、甘くのたうち回り、私たちの身体を完全に視界から隠すように、濃密な薔薇色の霧となって主寝室を包み込んでいった。
嘘を宿すことができない、鬼神の心。
その仮面の裏にあったのは、世界で一番深く、世界で一番過保護で、そして世界で一番熱い、私だけへの永遠の溺愛だった。
言葉のない世界の、終わらない甘い夜。
私たちは、互いの魂のすべてを差し出し合い、二度と解けない真実の愛の中で、深く、深く、融け合っていくのだった。

