私がうつろ百鬼(略してうつ百)というアニメの二次創作を始めてから、約半年になる。
初めはロム専に徹していたが、いつの間にかアニメの主要キャラクターであるトウマ×ナツキの関係性に萌え始め、いわゆるトウナツでカップリング小説を書くようになっていた。
投稿し始めてから間もなかったころは閲覧数もいいねも全く増えなかったし、正直言って今でも弱小字書きの部類に入ると言っていい。それでも、同じカプが好きな人と仲良くなれたり、たまに感想コメントが来るだけで飛び跳ねるほど嬉しかった。それだけで良かったと思えた。
しかし、そんなささやかな幸せはある日、あっという間にガラガラと壊れていった。
うつ百での私の地雷カップリングはハルトウ(ハルト×トウマ)だったのだが、ツイッターの訳の分からない謎アルゴリズムのせいで、どれだけブロック・ミュートしてもハルトウがおすすめされてくる。あの日は何故かいつもより多くハルトウの話題が流れてきて、うげ、と顔をしかめた。
「ねえ、ハルトウ界隈に神降臨したんだけど!!」
「上手すぎる…神絵師!!」
RT先を辿ると、チューペットという絵師だった。アカウントが出来て間もないので、新しい人なのかな、と思った。フォロー数が最小限にも関わらず、フォロワーは1000人に近かった。気に入らないな、ともやもやした気持ちを抱えつつメディア欄を開く。
なるほど、確かに彼女はプロの漫画家並みに絵が上手い。
スクロールしながら、ふと反応ボタンがグレーアウトしていることに気付く。
ブロックされていた。
ぐちゃり。渦巻いていたもやもやが、ゴキブリでも潰したような音を立てながら、どす黒い何かへと変貌する。
他カプの大手垢に弱小の私がブロックされていた事よりも受け入れられなかったのは、チューペットが日常ツイートの中で私のフォロワーさんが嫌がらせされたのを笑いのネタにしていたことだった。
「いや〜、やっぱり某CP内輪揉めばっかで草だわ。民度の差が見て取れるな」
お前はうつ百の何なの?千垢いったからってジャンルの代表気取りしないでくださいよ。目障りです、立場くらいわきまえてください。
思わずマシュマロで突っ込みたくなる。でも、幾ら何でも人を傷つけるような行為はしたくなかったし、何より毒マロなんて送ってしまおうものなら、一番先に疑われるのはトウナツ推しだ。
その日から、私の中で何かが決定的に変わった。
小説はやはり、絵よりも見られる頻度が低い。それでも、少しでも多くいいねを、感想を貰ってみせる。それまでは辞めるわけにはいかない。
自分が少しずつ、他人の評価に固執し始めているのに気付いていた。だけど、いいねや感想が貰えることで、私は誰かが自分に存在してもいいんだよと言ってくれている気がした。
◇
季節は過ぎ、雨の多い時期になった。仕事から帰ってくるなりバタバタと玄関をくぐり、部屋着に着替えもせずにラップトップの前に座る。今日はとっておきの小説がようやく書きあがりそうなのだ。
ワクワクするあまり、思わずキーボードを叩く手が早くなる。ずっと温めておいたジューンブライドネタだ。トウナツ推しのフォロワーさん、喜ぶかなあ。画面に映る文字を眺めながら、ニヤニヤとオタク特有のキモスマイルが浮かんだ。
6時間ほどラップトップの前で粘ったのに、書けたのはたった5100字だった。
趣味で10000字以上書ける人もいるけど、私はどれだけ頑張ってもせいぜい5000字が限界だ。どんな生活を送っていたら、10000字なんてポンポン生み出せるんだろう?
ふぅ、と大きく息を吐き、投稿ボタンを押す。心臓の鼓動がやけに速いのは、さっき飲んだエナドリのせいだろうか。それとも、心と身体が承認されるのを今か今かと待ち臨んでいるのか。
小説サイトを閉じてシャワーを浴び、歯磨きを済ませる。シャワーを浴びている間も、いいねが気になりソワソワしてしまう。ボーっとしていたせいか、シャンプーの泡が目に入り、沁みた。
何時間過ぎただろう。TLに人が多い時間を狙って投稿したのに、いいねは一向に来なかった。
会社でまた居眠りしたくはない。暗闇の中でぼうっと光を放つスマホをベッドの上に放り出すと、私は無理やり眠りについた。
◇
キンコンカンコン。12時を告げるチャイムが鳴るや否や、私は昼に食べるために持ってきたおにぎりより早く、通勤カバンの中からスマホを取り出した。
デスクに仕切りが無いので、隣に座る同僚の目を気にしつつ小説サイトを開く。
午前中は昨日投稿したばかりのトウナツ小説の反応を見たくて、仕事に集中することすらままならなかったのに、今は腹の中に恐怖心が渦巻き、私の胃をキリキリと締めてくる。
急いで通知マークをタップすると、コメントは勿論新規のいいねすら付いていなかった。夜中に、相互フォローの人からの恐らく義理であろういいねが一つ来ただけだ。
何で?
先月までは感想コメントもいいねも安定して来てたのに。
スマホを持つ片手が怒りで震える。「いいね一桁」。その事実は、私の小説が如何にくだらないか、見るにすら値しないものなのかを、私に容赦なく叩きつけてくる。
たかが二次創作なのに。所詮偽物の関係なのに。何でそんなに本気になってるの?普通の人が聞けば、99%そう言って嘲笑される。それでも、現実世界には何の取り柄も無い私にとっては、同人だけが、小説だけが、私を許してくれて、認めてくれる場所なのだ。
下唇をギュッと噛むと、知らないうちに出来た口内炎が痛んだ。震えが止まらないままの手で、ツイッターにアクセスする。
身体に覚え込ませたIDをサーチバーに入力し、同じくらい覚え込んだ、丸く切り取られたアイコンに、吸い寄せられるように人差し指を動かし、チューペットのホームを閲覧した。
最初に目に飛び込んでくるお決まりの景色は、黒い画面に白文字ででかでかと書かれた『チューペットさんはあなたをブロックしました』だ。
分かっている。ブロックし返せばいいのにできない。寧ろ、苛立つと分かってるのに定期的にプロフィールを見に行ってしまう。こんな事を他の人に知られたら、誰もが「粘着厨」、「キショい」というに違いない。
何故私はこんなにも彼女に、憎しみと執着を抱いているのだろう。
幸い、ブロック使用変更のお陰で、リプライや引用RTは出来なくても投稿を見ることはできた。
サンキューイーロン。お前の事は大嫌いだけど、これだけは感謝してるぜ。
プロフィール画面をスクロールさせ、烏龍茶の今日の投稿をチェックする。
マシュマロの感想返信、新しいイラスト、近況報告と、如何にハルトウが運命で結婚して欲しいかという萌え語りツイート。
私の下腹の中で、赤黒い怒りがマグマのように沸騰する。プチンパチンと熱く煮えたぎった泡が弾けた気がした。
あーあー、よかったですね。ちょっと絵が上手くて信者にチヤホヤされて、私より感想もいいねも圧倒的に来るからってインフルエンサー気取りですか。本当におめでたい野郎だよあんたは。
大体さ、何が「ハルトウ運命〜」だよ!お前らハルトウ厨がいつも馬鹿騒ぎしてるからうつろ百鬼界隈の民度はマントルまで下がってるんだ、消えろ!
そう叫び出し、スマホをデスクに投げつけたい衝動を必死で我慢した。同僚の怪訝そうな視線が私に張り付くのを、痛いほど感じた。
ふと、プロフィール画面が更新される。昼休みが終わりかけているのを無視して、スマホに噛り付く。
「来月の同人イベント、ハルトウ新刊出ます~!」
そうだ。会いに行ってやればいいんだ。それで、チューペットがどんなにひどい顔か、どんなにコミュ障か見に行ってやろう。
所詮はオタク、どんなにキラキラな生活をアピールしていても現実世界では、私のようにどうでもいいことでぐちゃぐちゃと苦しんでいる社会不適合者に間違いない。
いや、そうであってほしいと願っていた。
そうでもないと、私の全部が、魂ごと否定されてしまうと思ってしまったんだ。
初めはロム専に徹していたが、いつの間にかアニメの主要キャラクターであるトウマ×ナツキの関係性に萌え始め、いわゆるトウナツでカップリング小説を書くようになっていた。
投稿し始めてから間もなかったころは閲覧数もいいねも全く増えなかったし、正直言って今でも弱小字書きの部類に入ると言っていい。それでも、同じカプが好きな人と仲良くなれたり、たまに感想コメントが来るだけで飛び跳ねるほど嬉しかった。それだけで良かったと思えた。
しかし、そんなささやかな幸せはある日、あっという間にガラガラと壊れていった。
うつ百での私の地雷カップリングはハルトウ(ハルト×トウマ)だったのだが、ツイッターの訳の分からない謎アルゴリズムのせいで、どれだけブロック・ミュートしてもハルトウがおすすめされてくる。あの日は何故かいつもより多くハルトウの話題が流れてきて、うげ、と顔をしかめた。
「ねえ、ハルトウ界隈に神降臨したんだけど!!」
「上手すぎる…神絵師!!」
RT先を辿ると、チューペットという絵師だった。アカウントが出来て間もないので、新しい人なのかな、と思った。フォロー数が最小限にも関わらず、フォロワーは1000人に近かった。気に入らないな、ともやもやした気持ちを抱えつつメディア欄を開く。
なるほど、確かに彼女はプロの漫画家並みに絵が上手い。
スクロールしながら、ふと反応ボタンがグレーアウトしていることに気付く。
ブロックされていた。
ぐちゃり。渦巻いていたもやもやが、ゴキブリでも潰したような音を立てながら、どす黒い何かへと変貌する。
他カプの大手垢に弱小の私がブロックされていた事よりも受け入れられなかったのは、チューペットが日常ツイートの中で私のフォロワーさんが嫌がらせされたのを笑いのネタにしていたことだった。
「いや〜、やっぱり某CP内輪揉めばっかで草だわ。民度の差が見て取れるな」
お前はうつ百の何なの?千垢いったからってジャンルの代表気取りしないでくださいよ。目障りです、立場くらいわきまえてください。
思わずマシュマロで突っ込みたくなる。でも、幾ら何でも人を傷つけるような行為はしたくなかったし、何より毒マロなんて送ってしまおうものなら、一番先に疑われるのはトウナツ推しだ。
その日から、私の中で何かが決定的に変わった。
小説はやはり、絵よりも見られる頻度が低い。それでも、少しでも多くいいねを、感想を貰ってみせる。それまでは辞めるわけにはいかない。
自分が少しずつ、他人の評価に固執し始めているのに気付いていた。だけど、いいねや感想が貰えることで、私は誰かが自分に存在してもいいんだよと言ってくれている気がした。
◇
季節は過ぎ、雨の多い時期になった。仕事から帰ってくるなりバタバタと玄関をくぐり、部屋着に着替えもせずにラップトップの前に座る。今日はとっておきの小説がようやく書きあがりそうなのだ。
ワクワクするあまり、思わずキーボードを叩く手が早くなる。ずっと温めておいたジューンブライドネタだ。トウナツ推しのフォロワーさん、喜ぶかなあ。画面に映る文字を眺めながら、ニヤニヤとオタク特有のキモスマイルが浮かんだ。
6時間ほどラップトップの前で粘ったのに、書けたのはたった5100字だった。
趣味で10000字以上書ける人もいるけど、私はどれだけ頑張ってもせいぜい5000字が限界だ。どんな生活を送っていたら、10000字なんてポンポン生み出せるんだろう?
ふぅ、と大きく息を吐き、投稿ボタンを押す。心臓の鼓動がやけに速いのは、さっき飲んだエナドリのせいだろうか。それとも、心と身体が承認されるのを今か今かと待ち臨んでいるのか。
小説サイトを閉じてシャワーを浴び、歯磨きを済ませる。シャワーを浴びている間も、いいねが気になりソワソワしてしまう。ボーっとしていたせいか、シャンプーの泡が目に入り、沁みた。
何時間過ぎただろう。TLに人が多い時間を狙って投稿したのに、いいねは一向に来なかった。
会社でまた居眠りしたくはない。暗闇の中でぼうっと光を放つスマホをベッドの上に放り出すと、私は無理やり眠りについた。
◇
キンコンカンコン。12時を告げるチャイムが鳴るや否や、私は昼に食べるために持ってきたおにぎりより早く、通勤カバンの中からスマホを取り出した。
デスクに仕切りが無いので、隣に座る同僚の目を気にしつつ小説サイトを開く。
午前中は昨日投稿したばかりのトウナツ小説の反応を見たくて、仕事に集中することすらままならなかったのに、今は腹の中に恐怖心が渦巻き、私の胃をキリキリと締めてくる。
急いで通知マークをタップすると、コメントは勿論新規のいいねすら付いていなかった。夜中に、相互フォローの人からの恐らく義理であろういいねが一つ来ただけだ。
何で?
先月までは感想コメントもいいねも安定して来てたのに。
スマホを持つ片手が怒りで震える。「いいね一桁」。その事実は、私の小説が如何にくだらないか、見るにすら値しないものなのかを、私に容赦なく叩きつけてくる。
たかが二次創作なのに。所詮偽物の関係なのに。何でそんなに本気になってるの?普通の人が聞けば、99%そう言って嘲笑される。それでも、現実世界には何の取り柄も無い私にとっては、同人だけが、小説だけが、私を許してくれて、認めてくれる場所なのだ。
下唇をギュッと噛むと、知らないうちに出来た口内炎が痛んだ。震えが止まらないままの手で、ツイッターにアクセスする。
身体に覚え込ませたIDをサーチバーに入力し、同じくらい覚え込んだ、丸く切り取られたアイコンに、吸い寄せられるように人差し指を動かし、チューペットのホームを閲覧した。
最初に目に飛び込んでくるお決まりの景色は、黒い画面に白文字ででかでかと書かれた『チューペットさんはあなたをブロックしました』だ。
分かっている。ブロックし返せばいいのにできない。寧ろ、苛立つと分かってるのに定期的にプロフィールを見に行ってしまう。こんな事を他の人に知られたら、誰もが「粘着厨」、「キショい」というに違いない。
何故私はこんなにも彼女に、憎しみと執着を抱いているのだろう。
幸い、ブロック使用変更のお陰で、リプライや引用RTは出来なくても投稿を見ることはできた。
サンキューイーロン。お前の事は大嫌いだけど、これだけは感謝してるぜ。
プロフィール画面をスクロールさせ、烏龍茶の今日の投稿をチェックする。
マシュマロの感想返信、新しいイラスト、近況報告と、如何にハルトウが運命で結婚して欲しいかという萌え語りツイート。
私の下腹の中で、赤黒い怒りがマグマのように沸騰する。プチンパチンと熱く煮えたぎった泡が弾けた気がした。
あーあー、よかったですね。ちょっと絵が上手くて信者にチヤホヤされて、私より感想もいいねも圧倒的に来るからってインフルエンサー気取りですか。本当におめでたい野郎だよあんたは。
大体さ、何が「ハルトウ運命〜」だよ!お前らハルトウ厨がいつも馬鹿騒ぎしてるからうつろ百鬼界隈の民度はマントルまで下がってるんだ、消えろ!
そう叫び出し、スマホをデスクに投げつけたい衝動を必死で我慢した。同僚の怪訝そうな視線が私に張り付くのを、痛いほど感じた。
ふと、プロフィール画面が更新される。昼休みが終わりかけているのを無視して、スマホに噛り付く。
「来月の同人イベント、ハルトウ新刊出ます~!」
そうだ。会いに行ってやればいいんだ。それで、チューペットがどんなにひどい顔か、どんなにコミュ障か見に行ってやろう。
所詮はオタク、どんなにキラキラな生活をアピールしていても現実世界では、私のようにどうでもいいことでぐちゃぐちゃと苦しんでいる社会不適合者に間違いない。
いや、そうであってほしいと願っていた。
そうでもないと、私の全部が、魂ごと否定されてしまうと思ってしまったんだ。
