ブレイクファスト!-恋の速攻は決まらない-

 それから二週間後。県予選が始まった。
 チームは順調に勝ち進み、これに勝てば決勝進出というところまで来ていた。

「ん~、だいぶ動き読まれてるなぁ」

 パイプ椅子に座って試合を見ていた田中先生が腕を組みながら唸っていた。
 隣に座っていた俺も同じことを考えていた。
 相手はうちの攻撃パターンを徹底的に研究している。それをかわしてなんとかゴール下まで持ち込めたとしても──。
(あのセンター、冴島並にデカい)
 間宮の外からのシュートで食らいついてはいるが、流れは完全に相手に傾きつつあった。
「後半、冴島出してみるかなぁ」
 そんな先生の呟きに、思わず顔を向けた。
「まだ荒削りではあるがな」
 顎を撫でながらコートに目をやる先生に、俺は無言で頷いた。
(でも、まだ向こうは冴島を知らない)

 分析されていない。
 それは大きな武器だった。

 この二週間、ずっと考えていた。
 どうしたら冴島を最大限チームに活かせるのかを。
(でも、それを成功させるには冴島が仲間を頼れないといけない)

 第二クォーター終了のホイッスルが鳴り、僅差で相手チームがリードのまま、ハーフタイムに入った。
 コートから戻ってきた長嶋先輩が先生と短く言葉を交わすと、こちらへやってきた。
「後半からの冴島投入、羽鳥はどう思う?」
「俺はアリだと思います」
「理由は?」
「こっちの動きはだいぶ読まれてます。このままこう着状態が続くなら……」
 俺は相手チームのベンチをちらりと見た。
「本当に最後。第四クォーターで冴島を投入すべきだと思います。分析する時間を与えない。その分、時間的にだいぶ賭けにはなりますが──」
 でも、それは確信でもあった。
「相手チームに冴島を止められるほど脚の速い奴はいません」
 先輩はタオルで汗を拭きながら「だな」と頷くと、冴島と間宮を呼んだ。
 冴島は先輩からの指示を聞くと、静かに頷いた。
 その後ろで間宮が、複雑そうな顔をしているのが見えた。

 ハーフタイムが終わり、選手たちはコートへ戻っていく。
 俺は次の出番のためにコート脇でストレッチをしていた冴島の横にしゃがみ込んだ。
「最後の十分が勝負だよ」
 そう言って、普段は届くはずもない冴島の肩に腕を回した。
「まだ誰も君の脚の速さを知らない。だからとにかく長嶋先輩がリバウンド取ったら君の全力でゴール下まで走れ」
 肩に回した手に力を込めた。
「前だけを見てろよ。仲間を信じて、頼れ」
 冴島は試合が行われているコートに目を向けると、小さな声で「はい」と答えた。

 第三クォーターが終了した。
「さあ、次で最後だ。相手は点を取られないことを最優先に動いている。そこを逆手に取ろう」
 コートから戻ってきた選手たちに拍手を送りながら、田中先生が最後の指示を出す。
「第四クォーターから冴島を投入する。長嶋、お前は徹底的にリバウンドを取りに行け」
「はい!」
 ユニフォームを着た冴島が、これまで試合に出ていた三年の先輩とハイタッチを交わす。
「冴島。遠慮はいらない。全力で走れ」
「はい」
「間宮、いいか。感情に流されるな。冴島をサポートしろよ」
「……はい」
 円陣が組まれる。
 長嶋先輩が声を潜めるように低い声で言った。

「──“速攻”で行くぞ」

 最後の掛け声が響き、その輪がほどける。
「冴島」
 俺はコートに向かうその背中に呼びかけた。
「実際さ、“速攻”なんて、そう何度もハマらないんだ。君の脚の速さはすぐに見破られる」
 冴島は首だけ傾けるようにして振り返った。
「そうなれば向こうのフォワードは君をマークするようになる。それでも止められなければ、次はセンターだ」
 冴島は黙って俺の目を見つめた。
「いいか。センターを引っ張り出せ。君のその脚で」
 俺もその視線から目を離さなかった。
「そうすればゴール下が空く」
 もうすぐ試合が始まる。
「そうなったら、わかるだろ?」

 俺はベンチから見た風景しか知らないはずだった。
 でも今は何だか景色が違う。
 冴島を通して、自分もコートに立ってるみたいだった。

 冴島は考えるように目を伏せたあと、もう一度顔を上げて言った。

「仲間を頼れ、ですね」

 思わず笑みがこぼれる。
「さすが」
 俺は冴島に向かって拳を突き出した。
「頑張れよ」
 冴島も拳をトンと当てると、コートに向かった。
 最後の十分が始まった──