「──まあ、だからといって、これから絶対にどこの部にも入らないとは限らない」
部室で着替えていた長嶋先輩に、今しがた聞いた例の一年の件を伝えると、先輩はなぜか自信ありげにそう笑った。
「正直、順当に陸上部に入ると思ってたからな。そういうわけでもないってことだ」
そう言って、俺の肩に手を置いた。
「ある意味チャンスじゃん」
「いやいやいや。そんな他人事みたいに……」
妙に前向きな先輩に、俺は嫌な予感しかしなかった。
「なぁ、羽鳥」
肩に置かれた先輩の手にギュッと力が込められる。
「これから毎日、勧誘頑張れよ」
「えぇ……」
あからさまに肩を落とす俺を見て、先輩は笑った。
「バスケ部が全国に行けるかどうかはお前にかかってるぞ~」
バシバシと俺の背中を叩いて、先輩は部室を出て行った。
残された俺だけが一人頭を抱えて項垂れていた。
次の日の昼休み。
昼飯をさっさと済ませた俺は、重たい足取りで学校の階段を降りていた。
「おーい、羽鳥」
「……間宮」
上からかけられた声に、俺は面倒くさそうに顔を上げた。
間宮瑛人──同じバスケ部のクラスメイトで、中学の頃からの腐れ縁だ。
中学までは俺と大差なかったのに、間宮は高校に入って身長も実力も一気に伸びて、万年ベンチの俺と違って今では二年でレギュラーだ。
「……なんか用?」
今一番会いたくなかった奴に声をかけられて、俺は不機嫌に返事をした。
「んな、めんどくさそうな顔するなよ」
間宮はケラケラと笑うと
「お前こそどこ行くんだよ」
と探るように聞いてきた。
それを言いたくないから、お前に見つかりたくなかったんだ──そう思いながらため息まじりに答える。
「一年の教室」
「あ~。そういえばお前そんな雑用、先輩から押し付けられてたな」
からかうような言い方に舌打ちが出そうになった。
「俺も一緒に行ってやろうか~?」
続いて、そうバカにしたような口調で言われたので、俺は不貞腐れたようにそっぽをむく。
「別にいい」
「またまたぁ。だって不安だろ? 違う学年の教室行くとかさ」
正直、図星だった。
同じ校舎でも学年が違うだけで別世界なのに、さらにあんな目立つ奴に声をかけなくちゃいけないなんて、最悪な気分だった。でもこの昼休みを逃したら、きっとまたアイツはさっさと帰ってしまうだろう。
俺は、間宮に「ついてきて」なんて言うのは癪だったので、何も答えず黙って階段を降りた。
間宮は「しょうがねーなー」とでも言うふうに、後ろから俺の頭をぽんぽんと叩いてついてきた。そうやってちょいちょい自分の方が背が高いアピールをしてくるのが本当に嫌で、俺は鬱陶しそうにその手を振り払った。
「つーか、アイツ何組なわけ?」
「知らない。でもあんだけデカければ見たらわかるだろ」
そう言って、俺は一組から順に教室を覗く。そのたびに一年生たちの視線が一斉にこちらに向くのでいたたまれなくなった。
(悔しいけど、間宮がいてくれて助かった)
間宮はそんなアウェイな雰囲気を気にもせず、次の教室へと向かっていた。追いかけるように二組を覗いて、次は三組かと顔を上げたときだった。
廊下の向こうから誰よりも背の高い男が歩いてくる。そいつが三組の教室に入ろうとしたところを俺は慌てて引き止めた。
「あ、ちょっと君! 待って!」
教室に入りかけた彼は、「俺?」とでも言うふうに自分を指差したあと、廊下に出てきてくれた。
間近で見るとさらに大きく見えた。
百八十センチある長嶋先輩より明らかに大きいのだから、百七十五センチいかない俺には本当に壁みたいだった。
「突然ごめん! あの俺たちは──」
「バスケ部なんだけど、お前バスケ部入んねェ?」
最悪だ。
さっきまで“間宮がいてくれて助かった”なんて思った自分をぶん殴りたい。
「ちょ! ごめん、急に! えっと、そう俺たちはバスケ部の二年で、俺は羽鳥悠真。こっちは間宮瑛人と言います。君は……」
「冴島です」
「あ、そう! 冴島くん! それで今回俺たちは」
「すいません。入りません」
「え」
まだ話している途中だったのに、冴島は無表情のまま頭を下げて教室へ戻ろうとする。
「……おい」
隣にいた間宮の声が一段と低くなる。
「お前、背ェデカいからって調子に乗ってんの?」
間宮の煽るような口ぶりに、ぴたりと冴島の足が止まった。
教室のざわめきも一瞬静まったようだった。
「バッカ、間宮! 何言ってんだよ!」
俺は慌てて間宮の頭を押さえつけて、無理やり頭を下げさせた。
「ごめん、冴島くん! また出直すね!」
首だけわずかにこちらへ向けた冴島の目つきの冷たさに心臓が止まりそうだった。
負けずに睨み返してる間宮の腕を無理やり引っ張って、俺は二年の教室まで戻ってきた。
「──マジでお前さぁ……何やってくれてんの⁉︎」
俺は間宮の襟元を掴んで詰め寄った。
「お前があんな態度取るから、話も何もできなかったじゃんか!」
そう襟元を揺さぶると、間宮は鬱陶しそうに顔を背けた。
「話ができたところでどうせ断られてたろ」
「そうかもしれないけど!」
「じゃあ、いいじゃん。お前は先輩の言いつけ通り勧誘に行った。でも断られた。そんだけだろ」
めんどくさそうにそう言われて俺は涙目で項垂れた。
(終わらないんだよなぁ……)
長嶋先輩には「冴島が入部するまで勧誘しろ」と言われている。
(この地獄みたいな雰囲気で、明日からどう声をかけろって言うんだよ)
「あんな奴、バスケ部にいらねぇって」
打ちひしがれてる俺を一瞥しながら間宮は吐き捨てるように言った。
「背ェデカいだけじゃん。バスケの経験者でもないんだろ?」
「まあ。うん……」
「絶対チームの輪、乱すだけだって」
俺は間宮の襟元から手を離した。
間違ってはない。
確かに冴島はバスケの経験者じゃない。人の話を遮って話を終わらせるような協調性のなさやあの無愛想さも、チーム競技に向いてるとも思えない。
でも──
「なんでアイツ、部活入らないんだろ」
ポツリとこぼした俺の言葉に、間宮が眉を寄せた。
「別にそんなのお前が気にすることでもないだろ」
「そうなんだけどさ」
あれだけのもの持ってる人間が。
まるで全部いらない、みたいな。
そんな顔してるのが気になった。
下を向いて考え込む俺に、間宮はウザそうに舌打ちすると、
「人のことより、自分が早くレギュラーに入ることの方を真剣に考えろっつーの」
そう言い捨てて間宮は自分の席に戻って行った。
部室で着替えていた長嶋先輩に、今しがた聞いた例の一年の件を伝えると、先輩はなぜか自信ありげにそう笑った。
「正直、順当に陸上部に入ると思ってたからな。そういうわけでもないってことだ」
そう言って、俺の肩に手を置いた。
「ある意味チャンスじゃん」
「いやいやいや。そんな他人事みたいに……」
妙に前向きな先輩に、俺は嫌な予感しかしなかった。
「なぁ、羽鳥」
肩に置かれた先輩の手にギュッと力が込められる。
「これから毎日、勧誘頑張れよ」
「えぇ……」
あからさまに肩を落とす俺を見て、先輩は笑った。
「バスケ部が全国に行けるかどうかはお前にかかってるぞ~」
バシバシと俺の背中を叩いて、先輩は部室を出て行った。
残された俺だけが一人頭を抱えて項垂れていた。
次の日の昼休み。
昼飯をさっさと済ませた俺は、重たい足取りで学校の階段を降りていた。
「おーい、羽鳥」
「……間宮」
上からかけられた声に、俺は面倒くさそうに顔を上げた。
間宮瑛人──同じバスケ部のクラスメイトで、中学の頃からの腐れ縁だ。
中学までは俺と大差なかったのに、間宮は高校に入って身長も実力も一気に伸びて、万年ベンチの俺と違って今では二年でレギュラーだ。
「……なんか用?」
今一番会いたくなかった奴に声をかけられて、俺は不機嫌に返事をした。
「んな、めんどくさそうな顔するなよ」
間宮はケラケラと笑うと
「お前こそどこ行くんだよ」
と探るように聞いてきた。
それを言いたくないから、お前に見つかりたくなかったんだ──そう思いながらため息まじりに答える。
「一年の教室」
「あ~。そういえばお前そんな雑用、先輩から押し付けられてたな」
からかうような言い方に舌打ちが出そうになった。
「俺も一緒に行ってやろうか~?」
続いて、そうバカにしたような口調で言われたので、俺は不貞腐れたようにそっぽをむく。
「別にいい」
「またまたぁ。だって不安だろ? 違う学年の教室行くとかさ」
正直、図星だった。
同じ校舎でも学年が違うだけで別世界なのに、さらにあんな目立つ奴に声をかけなくちゃいけないなんて、最悪な気分だった。でもこの昼休みを逃したら、きっとまたアイツはさっさと帰ってしまうだろう。
俺は、間宮に「ついてきて」なんて言うのは癪だったので、何も答えず黙って階段を降りた。
間宮は「しょうがねーなー」とでも言うふうに、後ろから俺の頭をぽんぽんと叩いてついてきた。そうやってちょいちょい自分の方が背が高いアピールをしてくるのが本当に嫌で、俺は鬱陶しそうにその手を振り払った。
「つーか、アイツ何組なわけ?」
「知らない。でもあんだけデカければ見たらわかるだろ」
そう言って、俺は一組から順に教室を覗く。そのたびに一年生たちの視線が一斉にこちらに向くのでいたたまれなくなった。
(悔しいけど、間宮がいてくれて助かった)
間宮はそんなアウェイな雰囲気を気にもせず、次の教室へと向かっていた。追いかけるように二組を覗いて、次は三組かと顔を上げたときだった。
廊下の向こうから誰よりも背の高い男が歩いてくる。そいつが三組の教室に入ろうとしたところを俺は慌てて引き止めた。
「あ、ちょっと君! 待って!」
教室に入りかけた彼は、「俺?」とでも言うふうに自分を指差したあと、廊下に出てきてくれた。
間近で見るとさらに大きく見えた。
百八十センチある長嶋先輩より明らかに大きいのだから、百七十五センチいかない俺には本当に壁みたいだった。
「突然ごめん! あの俺たちは──」
「バスケ部なんだけど、お前バスケ部入んねェ?」
最悪だ。
さっきまで“間宮がいてくれて助かった”なんて思った自分をぶん殴りたい。
「ちょ! ごめん、急に! えっと、そう俺たちはバスケ部の二年で、俺は羽鳥悠真。こっちは間宮瑛人と言います。君は……」
「冴島です」
「あ、そう! 冴島くん! それで今回俺たちは」
「すいません。入りません」
「え」
まだ話している途中だったのに、冴島は無表情のまま頭を下げて教室へ戻ろうとする。
「……おい」
隣にいた間宮の声が一段と低くなる。
「お前、背ェデカいからって調子に乗ってんの?」
間宮の煽るような口ぶりに、ぴたりと冴島の足が止まった。
教室のざわめきも一瞬静まったようだった。
「バッカ、間宮! 何言ってんだよ!」
俺は慌てて間宮の頭を押さえつけて、無理やり頭を下げさせた。
「ごめん、冴島くん! また出直すね!」
首だけわずかにこちらへ向けた冴島の目つきの冷たさに心臓が止まりそうだった。
負けずに睨み返してる間宮の腕を無理やり引っ張って、俺は二年の教室まで戻ってきた。
「──マジでお前さぁ……何やってくれてんの⁉︎」
俺は間宮の襟元を掴んで詰め寄った。
「お前があんな態度取るから、話も何もできなかったじゃんか!」
そう襟元を揺さぶると、間宮は鬱陶しそうに顔を背けた。
「話ができたところでどうせ断られてたろ」
「そうかもしれないけど!」
「じゃあ、いいじゃん。お前は先輩の言いつけ通り勧誘に行った。でも断られた。そんだけだろ」
めんどくさそうにそう言われて俺は涙目で項垂れた。
(終わらないんだよなぁ……)
長嶋先輩には「冴島が入部するまで勧誘しろ」と言われている。
(この地獄みたいな雰囲気で、明日からどう声をかけろって言うんだよ)
「あんな奴、バスケ部にいらねぇって」
打ちひしがれてる俺を一瞥しながら間宮は吐き捨てるように言った。
「背ェデカいだけじゃん。バスケの経験者でもないんだろ?」
「まあ。うん……」
「絶対チームの輪、乱すだけだって」
俺は間宮の襟元から手を離した。
間違ってはない。
確かに冴島はバスケの経験者じゃない。人の話を遮って話を終わらせるような協調性のなさやあの無愛想さも、チーム競技に向いてるとも思えない。
でも──
「なんでアイツ、部活入らないんだろ」
ポツリとこぼした俺の言葉に、間宮が眉を寄せた。
「別にそんなのお前が気にすることでもないだろ」
「そうなんだけどさ」
あれだけのもの持ってる人間が。
まるで全部いらない、みたいな。
そんな顔してるのが気になった。
下を向いて考え込む俺に、間宮はウザそうに舌打ちすると、
「人のことより、自分が早くレギュラーに入ることの方を真剣に考えろっつーの」
そう言い捨てて間宮は自分の席に戻って行った。
