ブレイクファスト!-恋の速攻は決まらない-

「うわぁぁぁ」

 帰って早々、自室のベッドに倒れ込んだ俺は、顔を覆ったままベッドの上を転げ回っていた。
 いろいろなことがありすぎて頭がパンクしそうだった。

──間宮が俺のことを好き?

 一瞬考え込むように体が固まると、次の瞬間にはボンっと枕に顔を叩きつけていた。
 信じられない。だってあの間宮だぞ?
 なにかとそばに来ては、俺のことをからかって、軽口を叩いて。俺が誰かと話していれば妙にめんどくさい絡み方をしてきたり、レギュラーになれないことを煽ってきたり、本当にめんどくさい奴だと思ってきたのに──。

(え、冴島に必要以上に食ってかかってたのも、もしかして全部……)

「いや、俺そういうのわかんないってぇ……!」
 俺は枕に顔を埋めたままバタバタと暴れた。

『俺がお前のこと好きで、ずっと昔から見てるのに、そのお前が他の誰かを見てるって思ったら──』

 間宮の言葉を思い返す。

 俺は……誰を見てたんだ?

 最初は先輩に勧誘して来いと言われた後輩だった。
 ひときわ背が高くて、足が速くて、才能があって──だけどどこか熱だけが足りなくて。
 そんな冴島が、なぜかバスケ部を選んでくれた。
 ずっと二人で練習して、みるみる間に上手くなっていって。
 同じコートに立てなくても、冴島といるとまるで一緒に試合に出てるみたいで楽しかった。
 冴島が俺の届かない高さへと軽々と跳ぶのを見るたびに、自分まで高く飛べるような気がした。

(……嫉妬かぁ)

 なんとなく腑に落ちた感情に
「いやいやいや……」
 と、一度打ち消すように首を振る。
 だけど、今日一日のこのざわつきを思い返してみても、その感情の先にいるのは全部冴島だった。

『羽鳥先輩に興味を持ちました』

 冴島が入部するときに言った言葉を思い出した。
「なんで俺なんかに」
 枕をぎゅっと抱えながら、息を吐いた。
 慣れない感情に心が振り回されて疲れ果てた俺は、気がつけばそのまま眠りに落ちていた。

 次の日の朝、寝落ちしてしまった俺は、結局気持ちの整理もできず、胸の奥に燻る感情を抱えたまま登校した。
 よりによって昇降口のあたりに冴島の姿が見えた。俺は小さく息を吸うと、その横を黙って通り過ぎた。
「羽鳥先ぱ──」
 呼び止める声には気がつかないふりをした。

(あ~最悪……意識しすぎだろ、俺)
 教室へ入るなり机に突っ伏した。
 そのまま悶々としていると、パコっと頭に軽い衝撃が落ちてきた。
「なにしてんの?」
「うわぁ!」
 大きな声を出して飛び上がる俺を、間宮が眉を顰めて見下ろしていた。
「うるさ……なんだよ」
「……ごめん」
 過剰反応してしまったことに恥ずかしくなって、俺はまた机に突っ伏した。
「お前ってほんとこういうの苦手だよな」
 吹き出した間宮が、からかうように言った。
 クスクスと笑う声に俺は少しだけ顔を上げた。
「……苦手だよ」
 拗ねたようにそう返すと、間宮はくしゃりと俺の頭を撫でた。
「逃げてないで、ちゃんと話せよ」
 顔を上げたときには間宮は自分の席に戻っていっていた。
(わかってるんだけどさ)
 俺にとってはバスケの戦術を考えるより難しい問題だった。

 二日後に決勝戦を控え、レギュラーメンバーを中心とした練習はますます熱が入っていた。
 ベンチ組の俺がそれをコートの外から見守っていると、長嶋先輩が来て決勝戦の相手を想定した動きについて聞きにきた。
「羽鳥、今回の速攻どう思う? 通用すると思うか?」
「さすがに冴島の足の速さについていける相手はいないと思いますけど、あの準決見てたら必ず対策はしてくるでしょうね。冴島が試合に出たらまず速攻を警戒するはずです」
「戻りを早くして、冴島を潰しにくるか」
「おそらくは。だからこそ今回は、最初から冴島を走らせるより、一度間宮に攻めさせた方がいいんじゃないですか。相手の意識が全部間宮に向いたあと、冴島を走らせる。──つまり」
「冴島の飛び出すタイミングにかかってるってことか」
「まあ、そうなりますね」
 やってみるか、そう呟いて先輩はコートに戻って行った。そして冴島に何かを説明すると、冴島は小さく頷きながらちらりとこちらを見た。
 突然視線を向けられた俺はどきりとして、咄嗟に下を向いた。

 練習が再開される。
 さっき先輩と話した通り、冴島は試合開始からリバウンド優先で走らない。代わりに間宮が率先してポイントを取る動きをする。相手チームはそれを察して、間宮を重点的にマークするようになった。
(ここだ)
 そう思った俺はコートの外から大きな声を出した。
「冴島!」
 俺の声を聞いて瞬間的に間宮が走り出す。
 ゴール下へと走る冴島に間宮がパスを出した。
 もう誰も冴島の足には追いつかない。

──ワン。ツー。ステップ。

 そんな声が聞こえた気がした。
 こないだバスケを始めたばかりと思えない綺麗なレイアップシュートが決まる。
 今日も見にきているギャラリーたちの黄色い声援が飛ぶ。
 でも、そんなのもう全然気にならなかった。

 俺も、一緒に跳んでる。

 そう思えた。
 シュートを決めた冴島が振り返る。俺はもう目を逸らさなかった。

──もうこの気持ちは後戻りできない。

 練習が終わって片付けが始まる。
 レギュラーメンバーたちはミーティングのため居残りだ。
 俺はミーティングに向かう冴島をそっと呼び止めた。
「あとでちょっと話せる?」
 冴島は少し目を見開くと、小さく頷いた。
「じゃあ、いつもの公園で待ってる」
 なるべく普通に言ったつもりだったけど、たぶん俺の声は震えてた。