桜護り侯爵の『最愛』

双葉M「誰かが呼んでいる気がする」「……天禰様?」

羽水(うすい)公爵家の武家屋敷・外(昼)(※二百年以上前)
帝都菫京、花族百家でも上位の家柄の羽水公爵家の武家屋敷。
嫡男の羽水鷹哉(たかや)(二十代前半、黒髪に金混じりの瞳、背がとても高く端正な顔立ち)が双葉――二葉(双葉の前々々世。二十歳前後)を手招いている。
 
鷹哉「二葉!」

双葉M「……だれ?」

鷹哉の隣にたたずむ天祢(あまね)(天禰の前々々世。二十代前半)を見て、はっとする双葉の意識。

双葉M「天禰様――!」

俯瞰して、上から誰かの夢を眺めているような心地の双葉。
すると生垣の陰から、二葉が顔を覗かせた。
双葉によく似ている――いや、双葉そのものだ。髪だけは少し長い。
 
二葉「鷹哉様、お帰りなさいませ。初めての筆頭桜護りとしての神桜総会はいかがでしたか?」
鷹哉「ただいま、二葉。なんとか終わったよ。俺がいない間、不自由はなかったか?」
二葉「はい、鷹哉様のお気づかいのおかげで」
天祢「薄情だなあ、二葉。僕に挨拶はないの?」
二葉「あっ、天祢様もお久しぶりです。お元気そうですね」
鷹哉「二葉」

鷹哉が二葉の髪を掬い上げる。
二葉、顔を赤らめて鷹哉を見上げる。
二人が想い合っているのが伝わってくる。
少し離れて、天祢、一瞬痛みをこらえるような顔をしてから、笑みを浮かべる。

天祢「……僕は先に行ってるね。人払いをしておくから、二人はゆっくりしてるといいよ」
鷹哉「天祢!」
二葉「天祢様ったらっ」

天祢を非難しながらも、二人は離れない。
二人に背を向けた天祢、やや暗い顔をする。

双葉M「天禰様――よね? これは、一体なに? どことなく建物や服装が古めかしい気がする……」

屋敷に入って使用人たちに「少しの間、庭には近づかないように」と告げた天祢は、客間の畳に寝転がると、頭の下で両腕を組んだ。

天祢「二葉と知り合ったのは、僕が先だったんだけどな……」
 
双葉の脳裏に天祢の記憶が流れ込んでくる。
○回想
一緒に遊ぶ小さな天祢と二葉。どちらも高価そうな洋装。
成長し、二葉の親の事業が失敗。売られそうになった二葉を、天祢が助ける描写。
その二葉を鷹哉の元に預ける天祢。天祢は複雑な顔をしている。
○回想終わり

天祢「異国人との混ざり者の僕じゃ、二葉を助けられなかった。僕自身が持てあまされてるんだ。仕方ない……」

天祢、腕で顔を覆う。

天祢「仕方ないよな……」

双葉M「天禰様――そんな悲しい顔をしないでください……」

客間の隅に置かれた新聞が、双葉の目に留まる。
その日付は臨世(りんぜい)三百二十年六月二十二日。
現代の双葉が生きる央永より、二百年以上も前の元号だった。

双葉M「二百年以上も前なの――!」「じゃあこれは、わたしたちの、前世?」
 
やがて客間にやってきた二葉と鷹哉に、天祢は完璧な友人としての笑顔を向けていた。
天祢を目で追っていた双葉の意識は、濁流に流されるようにまた吞み込まれる。

 

○神桜御所・中(昼)
次に目を開けた時、双葉は御簾の前にすっと背を伸ばして座る鷹哉と、その御簾の奥に座る一人の少女――三の姫宮(年は十五くらい。長い長い白髪に金の瞳、十二単に近い衣をまとった美少女)の姿を見ていた。
上座の御簾の奥で、三の姫宮は突っ伏し、体を震わせている。

双葉M「この人、どこかで会ったような……」

三の姫宮「頼む。どうか、わたくしの『神桜』になってほしい」

鷹哉の想いが双葉に流れ込んでくる。

鷹哉M(御神木『神桜』は、当代王の代替わりにともない、新しい『神桜』へと入れ変わる)
鷹哉M(次代王候補たちは、それぞれ、自身が愛した者を『花贄』に定める。そして、当代王に選ばれた者の『花贄』は、聖域の『神桜』となり、人としての生を手放す)
 
鷹哉「三の姫宮、その件に関しましては何度もお断り申し上げたはずです。私は姫宮を愛しておりません。『花贄』にはなれない」「姫宮のために『神桜』に選ばれることも出来なければ、『神桜』と同化して生きるなどという未来も到底受け入れられない」
三の姫宮「……其方でないと駄目なのじゃ。其方でないと嫌なのじゃ」
鷹哉「なぜ」
三の姫宮「幼いころから其方だけが好きだった。其方以外選べぬのだ……」
鷹哉「その想いが私を殺すとしても、ですか」
三の姫宮「わたくしが次代女王に選ばれれば、『神桜』に……神に等しいものになれるのだぞ。人の身に生まれながら、これほど名誉なことはないだろう!」
鷹哉「肉体を失います。個としての心も失います。私はいなくなる。もう誰も、この手に抱けなくなってしまう」

鷹哉M(俺は嫌だ、二葉と一緒に生きたい。二葉を愛している)(姫宮の『花贄』にはなれない……!)
 
三の姫宮、小さく笑う。
やがてその声は狂ったように大きくなっていく。

三の姫宮「知っておるぞ、鷹哉、其方の本音くらい。取るに足らぬ没落した花族の娘に懸想しているのだろう」
鷹哉「……!」
三の姫宮「其方が肉体を惜しむのは、その娘のためだ。そうだろう?」

三の姫宮、笑いすぎてか零れた涙を指先で拭う。

三の姫宮「わたくしの『花贄』になれ、鷹哉。その娘に其方はやらぬ」「わたくしを受けいれねば、娘を殺す。どんな手を使っても」

鷹哉がきつく睨みつけるが、三の姫宮は小刻みに笑い続ける。
二人きりだったはずの空間に、いつの間にか女官が現れて、鷹哉の前に小箱に入った種子を差し出す。

三の姫宮「呑め。『花贄』になるための種だ。わたくしの『花贄』になれば、娘は目こぼししてやってもよい。助けたくば、呑むのだ!」

鷹哉M(こんなことをしても無駄だ)
鷹哉M(次代王候補と『花贄』の間には、確かな絆が育まれていなければならない。俺は姫宮を愛さない。愛すわけがないだろう。三の姫宮は決して女王には選ばれないというのに……!)

鷹哉、意を決して小箱から種子を摘まみ上げ、一気に飲み込む。

三の姫宮「あはははははは!」「呑んだな! 呑みおったな!」「これで其方はわたくしのものだ!」

狂ったような三の姫宮の声だけがこだまする。



○羽水公爵家・鷹哉の私室(昼)
鷹哉「ここを出て、天祢と英国へ渡ってくれ」
二葉「え……?」
天祢「……二葉のことは、この命に代えても僕が守るよ」
鷹哉「ありがとう。……すまない」
二葉「どうして……鷹哉様……?」
鷹哉「……すまない……っ」
 
○場面転換
船に乗ろうとするところで二葉と天祢、捕まる


 
○神桜御所・地下牢
捕らえられた二葉と天祢。
天祢は縛られ、大怪我を負っている。
三の姫宮、何人もの大男の従者たちを従えている。
三の姫宮、拘束された二葉の顎を掴んで、

三の姫宮「おまえがいなければ、鷹哉はわたくしを愛してくれるのだろうか……」「否、そう簡単な話ではないな」「絆というのは、何も綺麗なものである必要もない。血濡れて腐りきった……憎しみまみれの……そういった妄執もまた、一種の絆なのではあるまいか。なあ」
天祢「姫宮……愚かな真似はおやめください……!」
三の姫宮「賢しら口を叩くな、桜護りの一人にもなれぬ混ざり者よ。わたくしの苦しみが、おまえなどに分かるものか!」

従者によって天祢が昏倒させられ、三の姫宮の両手が二葉の首に伸びる。

双葉M「殺される……」

視界が暗転する。
 
○場面転換
鷹哉と三の姫宮が相対している。
鷹哉「私の友人と――恋人が、行方知れずになりました」
三の姫宮「ほう。それは物騒な話だな」
鷹哉「姫宮……私は貴方を許さない。未来永劫、この魂が朽ち果てようと憎み続ける」
三の姫宮「それでよい。其方のその(憎しみ)のおかげで、わたくしたちの桜は毒々しいまでに美しく花開いたではないか」

かっとなった鷹哉、三の姫宮を押し倒して首を絞めようとする。

双葉M「駄目――!」

力が込められた鷹哉の手に、幻の双葉が表れてそっと触れる。
鷹哉と二葉が顔を見合わせる(視線は合わない)。
幻の二葉が鷹哉の耳元に唇を寄せて、何事かささやく。
その反対側の肩に、やはり幻の天祢が表れて手を置く。
鷹哉、三の姫宮から手を放して崩れ落ちる。涙を流している。

 

○冷泉寺別邸・中・双葉の部屋(夜)
双葉が目を開けると、冷泉寺家のベッドに寝かされていた。
その傍らには、看病中に寝落ちしたらしい天禰の姿が。
目元に濃い隈ができている。
ずっと双葉についていてくれたのだろう。

双葉「わたし、どれくらい眠ってたんだろう……」

双葉M「たぶん、あれは夢じゃない」「本当にあったこと――ずっと昔の、双葉になる前のわたしの人生」

双葉、布団に投げ出された天禰の手にそっと触れる。

双葉M「怖かった——あの悪意。あの殺意」

双葉、天禰に触れた手に少し力をこめる。体が震えている。

双葉M「貴方に過去の記憶があるのかどうかはわからない。でも、ずっと守っていてくださったのね……」「今のわたしは――天禰様が好き。いつもわたしを見守ってくれていた、貴方が」





〜6に続く〜