桜護り侯爵の『最愛』

○冷泉寺別邸・中・双葉の部屋(午後)(※双葉視点に戻る)
桔梗を始めとするメイドたちに着せ替え人形にされている双葉。

メイドA「双葉様はピンクのドレスがお似合いになると思いませんか? きっと可愛らしいものをお召しになりたいお年頃ですから!」

双葉、少し子供っぽいピンクのドレスを体に当てられる。
 
メイドB「大人っぽいのもギャップがあって良いのでは。深いグリーンのこちらが私のおすすめです」

次は胸元が開いた、大人っぽいドレスを当てられる双葉。

桔梗「ドレスはスカイブルー一択です」
メイドA「ああ!」
メイドB「確かに!」
双葉「あの」
桔梗「エスコートする方の色に合わせるのは鉄板です。天禰様は持ち前の色合いが派手なので、ちょうどよかったですね。髪飾りはゴールドを基調にした華やかなものにしましょう。その分、ネックレスやイヤリングは控えめに。アクアマリンをあしらったものがよいかもしれませんね」
双葉「あの……」
桔梗「あら、双葉様、どうされました?」
双葉「菫京会合、というのに天禰様と出席して、わたしの力を調べてもらうと伺ったのですが」
桔梗「はい、もちろん存じ上げておりますよ」
双葉「会議なんですよね? ドレスで出席というのは、場違いではないでしょうか」「あと、わたしに『様』付けはやめていただけると嬉しいです……天禰様が連れてきただけで、同じ使用人です」

桔梗、迫力たっぷりに微笑む。

桔梗「菫京会合にはドレスコードがございます。会場に見合った服装でないと、中には入れません。ですから、こちらのドレスをお召しになって出席をお願いします、()()()!」
双葉「……はい……」

着替えとメイクを終えて降りていくと、階下には手袋を嵌めている途中の天禰がいた。ほぼ黒に近いダークスーツ姿。
前髪も整髪料で上げていて、いつもと雰囲気が異なっている。
目が合って、どきんとする双葉。
双葉の方も、スカイブルーのロングドレスにアイボリーのボレロを着て、金の髪留めで髪をまとめている。赤いリップが目を惹く。
天禰、不自然に目をそらす。

双葉M「似合ってないのかな」「たしかに、こんな華やかなドレス、わたしには――」

天禰、困ったように笑う。

天禰「ごめん」「似合いすぎて直視できない。……すごく素敵だ」

褒められて固まる双葉。

双葉M「素敵って……」
 
ぎくしゃくしつつ、天禰のエスコートで車寄せへ。後部座席に乗り込む際も、天禰のエスコートを受ける。
緊張のあまり両手をぴんと揃えたまま座る双葉に対して、天禰は仕事モード。
天禰、タブレット画面を開きながら、

天禰「御神木『神桜』が聖域の結界内にあるのは知ってる?」
双葉「はい。学校の授業で習いました」
天禰「聖域には原則、神桜御所の当代王しか干渉できない。その『神桜』が、枯れ出しているという話が入ってきた」
双葉「え……」
天禰「当代女王は長く寝たきりで、代替わりが噂されているけど、その場合はただ女王の力が弱るだけで『神桜』自体に影響はない。枯れるのはおかしいんだ」

几帳や御簾などがある平安風の室内で、床に臥せった年配の女性の描写。髪は白く、とても長い。顔は見えない。
 
双葉「国内の桜が害されると、それが『神桜』にも影響するとおっしゃいましたよね」
天禰「うん。でも、どこの地域からもそんな報告は挙がっていないんだ」「迦奈川以外の筆頭たちも、各地の桜に異常はないと言っている」
 
天禰、人差し指の背でタブレット画面を軽く叩く。

天禰「今日の菫京会合の議題は、いま話した『神桜』の件と、君のことだ」

双葉、不安そうに天禰を見る。
天禰、視線を受けてうなずく。

天禰「心配はいらない。君のことは僕が守るから」
双葉「わたし、使用人です」
天禰「そんなつもりで君を引き取ったんじゃないよ」

天禰、少しためらってから、

天禰「僕と婚約してくれないかな、と思ってる」

双葉M「え――?」

天禰「急にごめん。考えておいてほしい、という意味だから。強要してる訳じゃないよ。嫌なら嫌って言ってくれていい」(早口で一息に)

双葉M「どうして、天禰様が」

天禰「その方が、ちゃんと君を守れるから」

落胆した双葉の顔のアップと、焦ったような顔をして話す天禰の描写。

双葉M「ああ、そうか」「婚約したことにすれば、そばで守れるから。天禰様は優しい方だから」

双葉「嘘の婚約……」
天禰「え?」(双葉の呟きが聞こえなかった)

双葉、車窓の向こうに視線をやる。涙がにじむ。

双葉M「優しいけど、優しくない。ひどい人――」


○場面転換
菫京都心にある緑地の中に、和洋折衷めいた会館が建っている。階層はあまり高くなく、庭園が広い。建物を取り囲む緑地もまた広い。

○菫京会合会場・中・大ホール(午後)
引き続き天禰のエスコートを受け、双葉は建物の中へ。
結界が張られているので、普通の人間は立ち入れない。桜護りとその同行者のほか、関係者と使用人は入れるように設定されている。
入り口に設けられた受付で、天禰がスーツの上着のボタンをひとつ開けると、ベルトに剣の柄が刺さっているのが見えた。刀身はない。

受付「迦奈川筆頭、冷泉寺天禰侯爵様ですね。最前列、左から数えて二つ目のテーブルです」

会場内は正面に壇上があり、その手前が大広間になっている。ひとつに十人が座れる、白いテーブルクロスがかかった丸テーブルが五十はある。
天禰は慣れた様子で席へと向かう。
双葉、声をひそめて尋ねる。

双葉「先程の剣の柄は……?」
天禰「これ?」

裾をめくってみせる天禰。

天禰「桜護りの武器のひとつだよ。この国には『神桜』の力が行き届いているから、そうそう危ないことはないけれど、万一の脅威に備えての対抗手段は必要だからね。『神桜』の許可が下りれば、刀身が現れるようになってるんだ。あと、剣より威力は劣るけど、銃もある」「ちゃんと守るから、安心して」
双葉「……」

ぞくぞくと人が集まってくる。
同じテーブルの対面には、高善院の姿が。
彼を目にすると、やはり軽い頭痛を覚える双葉。
天禰に体調不良を告げようかと思ったが、その時、司会進行者が会合の始まりを告げた。

司会進行「央永(おうえい)二百十四年度・菫京会合、只今をもって開始いたします」
天禰「ああ、始まるよ」「神桜御所と念話で繋がるはずだ」
双葉「念話?」
天禰「TV中継が繋がる感じかな。本来はお互いに意思の疎通ができるものなんだけど、神桜御所は格が高いから、向こうの思念が一方的に流れこんでくるだけ。こちらは是とも否とも言えないようになってる」
 
双葉M「TVを見ている視聴者みたいな感じなのかな」

司会進行「神桜御所、当代女王。長年のご不調のため、今年度も御簾越し、女王不在の会合となります」

会場の明かりが極限まで落とされる。

司会進行「女王に代わりまして、御所長官よりお言葉を賜ります――」

その瞬間、会合出席者全員の脳裏に「女性の目」の映像が大写しで流し込まれた。暴力的なまでのねじ込まれ方に、皆が悲鳴を上げる。

出席者A「うわあああああ!」
出席者B「きゃあああ!」
出席者C「なにが、なにが起きて……っ」

立ち上がる者、テーブルに伏せる者、床へ転がる者、様々な中、天禰は荒い息をつく。
双葉の様子を見やる天禰。
双葉はいったん立ち上がったかと思うと、ふらりと倒れかかる。

天禰「双葉嬢!」

慌てて双葉を抱きとめようとした天禰の視界を、一瞬、桜吹雪が舞った。まるで双葉を守るかのように、たしかに桜吹雪が体を支えた。
しかし、すぐに掻き消える。
ほかの者も今の桜吹雪を見たのかと辺りを見渡すが、誰も反応していなかった。
天禰だけに見えたのだ。

天禰「双葉嬢……双葉!」

天禰の腕の中、ぐったりと目を閉ざしたままの双葉。