桜護り侯爵の『最愛』

○剣崎邸・土蔵・中(昼)
季節は五月中旬。
土蔵の裏の桜の木(葉桜)の描写。
土間に敷いた畳の上に正座した双葉(十九歳。肩までの黒髪に金茶の瞳。吊り目気味。着古された朽葉色の着物姿)。
尊大に腕を組んだ姉の一葉(かずは)(二十二歳。腰までの黒髪、黒の瞳。双葉よりさらにきつめの顔立ち。白く華やかなワンピース姿)に見下ろされている。
土蔵の中は書庫になっており、古い本であふれている。
その隙間が、双葉の居住場所である。
 
一葉「双葉、あんたのせいで、またお母様が寝込んでしまったわ」
双葉「……」
 
双葉、黙って頭を下げる。一葉は忌々しそうに唇をゆがめる。
 
一葉「あんたが生まれてから、ずっとこうなのよ。お母様は伏せりがちで、お父様は家に寄りつきもしない。うちの中は、もうめちゃくちゃ。どうしてくれるの」
双葉「……ごめんなさい」
一葉「何を謝るのよ。悪いだなんて少しも思ってないくせに。謝らなくていいから、消えてちょうだい。――いいえ、違うわね」
 
一葉、さらに醜悪な表情になる。
 
一葉「……生まれてこないで。最初から生まれてこなければよかったのよ、あんたなんか。そうしたら、お母様も、お父様も、わたくしも、こんなふうに悩まなくて済んだの。家族みんな、幸せに暮らしていられたのに」
 
双葉は深くうつむく。
 
一葉「ああもう! わたくしが悪者みたい! 全部あんたが悪いのにっ」
トメ「――一葉お嬢様。お友達とのお約束に遅れてしまいますよ」

一葉の背後から、ばあやのトメが現れる。
 
トメ「双葉様は(くりや)にお戻りください。お昼のお膳の後片付けと、夜のお膳の仕込みがございますからね。客間の掃除もお願いしますよ」
一葉「わたくしとお母様のお膳には触れないでね。あんたが作ったものなんて食べたら、お母様の具合はさらに悪くなってしまうもの」
 
一葉、双葉を一瞥して身をひるがえす。ワンピースの裾が揺れる。
華やかな女子大生生活を送る姉のイメージ像。

双葉M「一葉お姉さまは、また女子大の友人と遊びに出かけるのね」「わたしは高校にも通わせてもらえなかった」

双葉、畳の上に置いた握り飯の盆を見つめてから立ち上がろうとする。
トメがくるりと背を向ける。

トメ「なんにも食べずに働いても、ろくに動けもしませんでしょう。早く食べてしまってください」
 
双葉、少しだけ微笑む。

双葉「……ありがとう」
トメ「一葉様のお怒りも、ごもっともですよ。貴方が生まれたことで、この家の全てが狂ってしまった。忌み子なのです、貴方は」

トメはそう言い捨てて出ていく。
双葉、笑顔を曇らせ、膝の上で両手の拳を握る。

双葉M「別にわたしは不幸じゃない」

○(回想)
中学時代のクラスメート女子たちの会話を、離れて聞いている双葉の横顔。
同級生A「もっとみんなと遅くまで遊んでたいのに、門限が早すぎて困ってるの」
同級生B「私なんて、いまどき携帯電話も持たせてもらってないのよ。おまえにはまだ早いって」
不満の言葉とは裏腹に、皆、笑顔を浮かべている(回想終わり)

○元の剣崎邸・土蔵・中
双葉M「泣いちゃだめ、泣いちゃだめ、泣いちゃだめ」
双葉の膝に涙の染みが落ちる。
土蔵の外から、風に乗って桜の花びらが舞い込んでくる。双葉、はっとして外を見つめる。

双葉「……桜」


説明N「桜は日本の国木(こくぼく)。国土の至る場所に根を下ろし、聖域に植わる御神木(ごしんぼく)神桜(しんおう)』と繋がって国を守ってくれているという」

人が立ち入らない聖域にある桜の大木の描写。

説明N「『神桜』の化身とされるのが京斗府(きょうとふ)に住まう王族で、当代王は神桜御所と呼ばれる宮殿で暮らしている」

和風の御所の描写、扇で顔を隠した十二単に似た装いの白髪の女性の姿。

説明N「その流れを汲む血筋は『花族(かぞく)』と呼ばれ、千年の間に血縁を増やし、桜あるところに根付いて繁栄を成していた」

平安貴族のような装いの男性たちのシルエット。

説明N「その中でも血の濃い者たちは爵位を持ち、京の都はもちろん、現在の首都・董京都(とうきょうと)の権力の中枢を占めている」

国会議事堂に似た建物の描写、洋装の男性たちの姿。

説明N「つまり桜は高貴なるもの、国の象徴と言えた」

双葉の横顔と桜の木のカット。

説明N「桜の季節は春」「現在はすでに葉桜の季節だというのに――」
 
双葉は立ち上がり、草履を履いて土蔵から出る。
蔵の裏手に植えられた桜の木が、立派に若葉を生い茂らせている。
その低い枝先に、数輪の桜の花がほころんでいた。

説明N「この桜は時折、季節を無視して狂い咲くのだった」

双葉「きれいね」

花弁に触れようとした双葉は、足元を見降ろして息を呑む。
枝の一本が折られ、無造作に地面へ転がっていた。

双葉「桜の枝を折るなんて……!」

双葉M「神様に唾を吐きかけるようなものなのに――」

双葉、身をかがめ、懐からハンカチを取り出し、拾い上げた枝をそっと乗せる。

双葉「ひどい……また、一葉姉さまなのかな……」

○(回想)
一葉が枝を折ったのを目撃した双葉。
止めようとするが、両手で押されて尻もちをつく。
一葉、ヒステリックに何事か怒鳴り散らす(回想終わり)

双葉「すべての桜は『神桜』と繋がっているというけれど、さすがにそれはお伽噺よね。でも、それにしたって、許せない」
 
滲みかけた涙を手の甲でこすり、立ち上がる双葉。

双葉M「土蔵の中には使われていない花瓶がある。もしかしたら息を吹き返すかもしれない。今までだってそうだったもの」

双葉、桜の枝を胸元へ抱えると、土蔵へと戻っていく。

 

○剣崎邸・中・母屋の厨(台所)(夕方)
泣きはらした目で夕餉の下ごしらえをする(たくさんの里芋を剥いている)双葉を、女中たち二人が遠巻きに見つめている

女中A「ちょっと、何があったか聞いてあげなさいよ」
女中B「いやあよ、トメ様と一葉お嬢様に睨まれるもの」
女中A「だって双葉さん、めったなことじゃ泣かないじゃない。きっと、よっぽどなことがあったのよ」
女中B「可哀想だとは思うけど、私たちは雇われの身だからね。あんただって(くび)にはなりたくないでしょ」
女中A「それは……そうね。ここを辞めさせれられたら私、今度こそ路頭に迷うわ」

女中が双葉に話しかけて来ることはなかったが、双葉は明るい顔になっていく。

双葉M「話しかけてはくれないけど、わたしのことを心配してくれる人もいるから、大丈夫」

里芋を剥き終え、人参の山に手を伸ばす双葉。

双葉「次、人参の皮も剥きますね」
女中A「あっ、お願いします」

様子を窺われながら夕餉の準備が終わる。
この日の献立はえんどう豆のごはんと巻繊汁(けんちんじる)、初鰹の藁焼きに、夏野菜と茗荷の漬物。
一葉はまだ帰ってこない。
厨で後片付けをしている双葉。
珍しく父が帰宅したという知らせが、配膳したトメから入る。

トメ「旦那様が呼んでらっしゃいます」
 
双葉M「お父様が帰ってくるなんて、いつぶりかな」

双葉、渡り廊下を抜け、父の書斎へと向かう
基本は和風建築の剣崎家だが、内装は洋風の色が濃い。
畳の上に臙脂の絨毯が敷き詰められ、寝台やテーブルセット、書棚なども西洋の調度品もで統一されている。


 
○剣崎邸・中・離れの書斎(夜)
双葉、書斎の重厚な椅子に座る父の前に立つ
父に疎まれているのを知っているため、不安に満ちた顔をしている

父「明日、この屋敷に『桜護(さくらも)り』による監査が入るという通達があった」

父、手元のパソコン画面から顔を上げないまま喋る。

双葉「桜護り様というのは――」
父「義務教育でもそれくらい習っているだろう。『神桜』に選ばれた方々だ。花族でも特に力の強い『百桜家(ひゃくおうけ)』の血統でないと桜護りにはなれない。この家も遠く花族の血を引いているが、我らとは比ぶべくもない高貴な方々だ」
双葉「存じ上げております」
父「いらっしゃるのは冷泉寺(れいぜいじ)侯爵閣下らしい。受け持ちの地域を見廻る定例の儀に毛が生えたもの――と仰ってはいるが、侯爵がこの屋敷に入られるのは今回が初めてのこと。異例だ」

父「だから――」

父、やっと顔を上げて双葉を睨む。

父「おまえは明日、蔵から一歩も出るな。我が家の恥さらしだ」

双葉M「大丈夫、慣れてるから」「いつもとおんなじ、だから平気――」

双葉、頭を下げる。

 

○(翌日)剣崎邸・土蔵・中(朝)
質素な朝食が運び込まれ、外から蔵戸の鍵がかけられる。
うなだれた双葉は書庫の陰に隠してあった、花瓶に入った桜の枝を撫でる。

母(剣崎千夜子(ちやこ))の声「……ふたば」
双葉「お母様!?」

双葉、蔵の二階に駆け上がる。
高い窓の外から母の声がした。
双葉、漆喰の壁に縋りつく。

母の声「ああ、こんなところに閉じ込められているのね……双葉、ごめんなさいね……」
双葉「お母様、お母様!」

双葉M「今日は、正気のお母様に会える日みたい……!」

喜ぶ双葉の顔のアップ。
その背景は、床から上体だけ起こして手で顔を覆い、双葉への呪いの言葉を吐き続ける母の姿。

母の声「私が何も覚えていないばかりに、貴方には可哀想な思いをさせてしまって……双葉……ゆるして……」
双葉「いいえ、いいえ、お母様のせいじゃない。分かってるから!」

双葉M「十九年ほど昔、私を身籠る前に、母は神隠しに遭った」「父の必死の探索もむなしく、ひと月が過ぎたのち、前触れもなく戻ってきた時には、すでに懐妊していた――」

帰ってきた母を抱きとめる父の立ち姿(どちらも表情は見えない)と、幼い姉の描写

双葉M「だから父はわたしを愛さない」「だから姉はわたしのせいだという」「私の存在が、剣崎家をばらばらにしてしまった……」

母の声「ふたば――」
父の声「千夜子、こんなところで何をしている!」

双葉、身をすくませて壁から距離を取る。

冷泉寺(れいぜいじ)天禰(あまね)の声「――奥方ですか」
 
双葉M「知らない男の人の声」

天禰の声「蔵の中に誰かいらっしゃるのですね」
父の声「いいえ、誰もおりませんよ、冷泉寺侯爵閣下」
天禰の声「おかしいな。少女の声が聞こえましたよ」
 
双葉M「ずっと聞いていたいような声――どこか懐かしいような……」

天禰の声「蔵の中を見せていただくことはできますか」
父の声「……後ほどでよろしければ、改めてご案内させます」

双葉M「わたしのことはどうするんだろう」「隠したがってるのに」「別室に移した後で、蔵の中を見せるつもりなのかな」

天禰の声「ところで剣崎家は、遠く系図を遡ると桜護りの百家に辿り着くそうですね。ご家族に『神桜』の力を持つ方はいらっしゃいますか?」
父の声「そんな高貴な力を持つ者はおらぬはずですが、姉の一葉ならば可能性はございます」
天禰の声「先ほどご紹介に預かった方ですね。姉ということは――妹もいらっしゃる」

双葉、妹と言われてどきりとする。
ひとまずこの場から離れようと、忍び足で階下へ降りる。
すると薄暗い電球の灯りの下、桜の枝が淡く光を帯びていた。

双葉「え……?」
天禰 「中にある桜が、確かに『神桜』と共鳴した。非常事態だ、開けてもらえ」
須田崇(天禰の護衛・黒髪黒目、目つきが鋭い)「はい、天禰様。――迦奈川(かながわ)の桜護りが一人、冷泉寺侯爵閣下のご命令です。錠前を壊します」

がん、と蔵の鍵に鈍器を打ちつける音。
土蔵の扉が開け放たれる。
逆光の中、ダークグレーの高価な三つ揃いを着た天禰が立っている。
明るさに目が慣れると、天禰の顔がはっきりとわかる。(二十二歳、金色の癖毛に水色の瞳。西洋の血が入ったような彫りの深い顔立ち)

双葉M「……なんて綺麗な男の人」

天禰、口元だけで双葉に微笑むが、すぐ視線を桜の枝に向け、眉を曇らせる。
遅れて父がやってくる。
鍵を壊した須田は戸口にたたずんでいる。

天禰「桜の枝が折られているようですが」
父「これが折ったのです! なんと罰当たりな……!」
双葉「違います!」
父「じゃあ誰がやったというんだ」
双葉「それは……」

双葉、桜の枝を見やる。
いつの間にか不思議な光は掻き消えている。
天禰が一歩進み出る。
 
天禰「剣崎さん、私はこの地の当代桜護りですよ。自分の管轄内にある桜の記憶くらい辿れます」「折られた時に気づくことができればよかったのですが、さすがに何万本もある桜の状態までは、逐一把握できないのが実情です」「力不足は否めませんね」
父「桜の記憶が辿れるだなんて、聞いたこともございません……!」
天禰「花族の間では常識ですが、わざわざ語る話でもないですからね。貴方が知らなくて当然です。――失礼」
 
天禰、土蔵の奥に置かれた花瓶へ近づく。

天禰「桜にも意思があります。痛覚だってある。すべからく神の木『神桜』と細く長く繋がっていますからね。手荒く扱われれば痛みに苦しむし、優しく触れられれば嬉しいと感じます」「そういった念は『神桜』に伝わる。桜を害するとは、すなわち『神桜』を害すると同義。重罪です」

天禰、指先で桜の枝の輪郭を何度もなぞる。
その人差し指へ、突然現れた長い黒絹の髪が一本絡みつく。
双葉、息を呑む。

双葉「髪が……!」
天禰「ふうん。……では、一葉嬢に話を伺いましょう」「双葉嬢も美しい黒髪の持ち主ですが、この長さは姉君の方だ。それに桜の枝も、自分を手折ったのは姉君だと話していますよ」