ダウナー系な先輩の愛の言葉が難読速記文字な件

 謎のメモを手にしたまま、僕は放課後を迎えた。書かれているものが英語なのか日本語なのか、そもそも文字なのかすらわからないので誰に聞けばいいかもわからない。

「もしかして、これが解読できたら、僕は八馬先輩に弟子にしてもらえるかもってこと?」

 そういうチャレンジであるというならば何がなんでも解き明かさなくては! ……とは思うものの、やはりとっかかりがまったくつかめないので読み解くも何もない。そもそもチャレンジじゃないかもしれないし。
 昼休みに英語の先生の所に言ったけれどいわゆる筆記体の文字でもないって言われたし、当然そうなると図書館でも調べようがない。司書の先生にも聞いてみたけど、「何かの暗号かしらね?」と言われたくらいだ。

「とりあえず線がいくつかずつ繋がっているから……一つの言葉なのかな? でもなんて書いてあるのか……」

 完全にお手上げだ。折角先輩と話すきっかけが出来て弟子にして下さいとまで言ったのに、このままでは僕はかわいい系なままだ! 折角高校デビューしようと思ってるのに!
 そう頭を抱えて唸りつつ階段に座っていると、ひらひらと何かが落ちてきて頭に乗っかった。それは手に取ると何かが書かれた紙だった。
 何事だろう? と上を向いたその時、まるで雪が舞うように白い紙が大量に降って来たのだ。

「え? え? なにこれ!?」

 慌てて立ち上がりあたりを見渡すと一面白い紙だらけ。これは踏んづけたら転びそうだなと思い、僕はとりあえず手近な紙を集めていく。それにしてもすごい量だ。ざっと百枚はくだらないんじゃないか?
 そう思いながら集めた紙を何気なく見てみると、そこには今朝八馬先輩にもらったメモに書かれていた謎の記号にそっくりなものが書かれているではないか。
 もちろん書かれているものがまったく同じではないんだけれど、短い線や長い線、マルやバツみたいなものがずらっと書かれているのだ。

「え、これ……先輩のと同じ?」

 どういうことだろう。なんでこんな不可思議なものを今日一日だけで二回も目にするんだろう。まるで何かの暗示だろうかと、一瞬ぞくりとしていると、「あー、悪い。紙で切ったりしてない?」と見覚えのある青いネクタイの男子生徒が階段を降りてくる――と思ったら、それは八馬先輩だった。手には紙の束を抱えている。

「あれ? 今朝の、えーっと……七瀬くん?」
「あ、はい、そうです!」

 先輩に名前を覚えられていた! それが嬉しくて勢いまた先輩に弟子入りの思いをぶつけそうになったけれど、ふと、手渡した紙に書かれていた文字に目が行く。今朝もらったメモと同じような何かが書かれているそれは、一体何なんだろうか。
 八馬先輩は僕から紙を受け取ると、「じゃあ」と言って背を向けて去っていこうとする。折角また奇跡のように学校内で会えたのに。いまを逃したら、学年が違う僕が先輩に話しかけるチャンスを逃すようなもんだ。そんな気がして、咄嗟(とっさ)に先輩のブレザーの裾をつかんでいた。

「あ、あの、先輩!」
「なに?」
「そ、その、紙に書かれているものって何ですか?」
「これ? 速記文字」
「そ、そっきもじ?? なんで先輩はその、えーっと速記文字? が書けるんですか?」
「一応、速記部だから」
「そっきぶ……? ってことはこれを書いてる部活ってこと? 書く部活? 書道部みたいな?」

 きょとんとして僕がそう聞き返すと、八馬先輩はぷはっと耐えかねたように吹き出して、お腹を抱えて笑い出した。それまでの気だるげでクールにさえ見えていた雰囲気が一転して、パッと花が咲いたみたいだ。
 なんてきれいな笑顔なんだろう。八馬先輩が笑うところ、もっと近くでいっぱい見たい。ただカッコいい先輩にカッコ良くなる秘訣を教えてもらいたいだけのはずなのに、何か違うよくわからない気持ちがぐぐっと湧いてくる。

「そうだねぇ、文字は書くけど書道部みたいな芸術系とは違うかな」

 文字を書くけど芸術系ではない。文字を書く部活。なんだかよくわからないそれに、僕は俄然興味が湧いてくる。そして同時に、今朝先輩にもらったメモのことを思い出した。あれに書かれていたものも、やっぱり速記文字なんだろうか。

「あの、先輩が今朝くれたメッセージも、速記文字なんですか?」
「そう。読み解くには反訳してね」
「はんやく?」

 なんか全然知らない技みたいなものを、先輩はたくさん知っている。それで綴られたメッセージに僕への気持ちが綴られているのだというのなら、その反訳というのをやってみたい。そしたらきっと、先輩からの気持ちだっていうのがわかるだろうから。
 それにもし速記文字というのが出来たら、先輩みたいにカッコ良くなれたりとかするのかも?

「部室来る?」
「行きます! って言うか、入部します!!」

 勢い前のめりで被せ気味に答える僕に、八馬先輩はきょとんと眼を丸くして固まっている。
 流石に思い立ったが吉日過ぎただろうか。でも、このチャンスを逃したら、もう次に先輩とこんなにじっくり話せる機械なんてそうそうない気さえする。
 食いつかんばかりに入部希望を申し出る僕に、先輩はまたクスッと笑った。そしてポンポンと僕の頭を撫でてこう言ってくれた。

「っはは。七瀬くんって見た目よりウザくてアツいね」

 褒められてるのか貶されてるのかわからないけれど、褒められてると思うことにしよう。
 そうして僕は、恋をするために速記部に入部することになったのだった。