高校デビューなんてもはや使い古されてて最早逆にダサい感じがしなくもない。それでも僕、七瀬文登にとって高校入学はある意味一大チャンスだと思っていた。
ぶっちゃけて言うと、僕はかわいい顔をしている。よく言われるのだ、「文登じゃなくて文香ならワンちゃんあったかもな」なんていう風に。
声変わりも遅かったし、慎重だって160センチくらいまでしか伸びてないからかもしれないけれど、中学まではとにかく「かわいい文登」が僕だった。
そうじゃなくて、もっとクールでいっそアンニュイな感じな大人になりたい! 高校に入ったらそうなるんだ! そう、意気込んで臨んだ高校生活の始まりに僕は出会ってしまったのだ、あの人に。
高校に入った翌日、たまたま乗り合わせた車両の出入り口のところで、向かい合うように立っていたのがその先輩だった。
同じ制服なのに新品でカチカチな僕とは違ってゆったりとこなれた感じで着ているのも惹かれたし、なにより春の日差しの中で少しアンニュイと言うか気だるげにしているのがまた色っぽくていい。こういうのってダウナー系と言うんだろうか。長めの髪が織りなす影もまたセクシーだ。
(こんなカッコいい先輩みたいになれたら、高校生活最高だろうなぁ……)
そんな風にして、毎朝の通学時間に目の保養になるような先輩の存在に心を癒されていた。
だけど、ある日車内が混んできてぎゅうぎゅう詰めになってしまった。どうやらダイヤが乱れてすごく混雑しているらしい。僕はドア付近に立っていたこともあり押し付けられるような格好になった。
近くには赤ちゃん連れのお母さんがいて、あんまり僕が近づくと押し潰してしまいそうだ。
ここは踏ん張っておかないと……! とは思うんだけれど、小柄で非力な僕一人ではどうにもならない。
その内にこちら側のドアが開いて、なんとかお母さん達は降りていった。
「よかった、潰されずに済ん……だぁ!?」
降りたと思ったらまた大量に乗ってきて、僕はまた潰されそうになる。僕は160センチで細くて小柄なこともあって、踏ん張ろうともあっさりと押されてしまう。
でも――と思いながらちらりと斜め前の方を見ると、あのダウナーっぽい先輩もまたドア側に押し付けられているのが見えた。僕と同じで窮屈な思いをしているのかなと思ったけれど、思いの外涼しげな顔をしている。
さすが先輩、慣れているんだな……そこもカッコいい。なんて思わずその気だるさの中に漂う色気を振りまいている先輩の横顔に見惚れていると、車内はもっと混んできて僕はもっとドアに押し付けられる。
「うぎゅ……し、死にそう……」
通勤通学電車の混雑具合は覚悟していたけれど、ここまでとは思わなかった。確かに今日はダイヤが乱れてイレギュラーかもしれないけれど、それを差し引いてもこの混雑ぶりはどうなんだろう。
先輩はこんな混雑を潜り抜けてこの三年間通学してたんだろうか、あんなにアンニュイな色っぽい感じで。
そう思いながら顔を向かい側に向けると、例の先輩が僕の方を見ていた。無様に潰されている僕と違い、やっぱり先輩は多少窮屈そうでも表情が変わらない。気だるげだけど苦しげではないのだ。
僕もあんな風になりたい……と思いつつも、圧し掛かってくる物理的な重圧に正直限界を迎えそうではある。
(や、やばい……押され過ぎて気持ち悪くなって来たかも……)
いままでこんなに混雑した電車に、長い時間揺られてきたことなんてなかったせいか、段々と気分が悪くなってきた。
せめてさっきのお母さん達がいるときじゃなくて良かったと思ったけれど、こんな混雑した車内でぶちまけてしまったら、僕も他の人も逃げ場がないし正直地獄でしかない。
とは言えちょっともういろんな匂いが混じってるのもあって、本当にもう限界――
「ねえ、大丈夫? 顔色悪いけど」
「え、あ……」
不意に声をかけられて顔を上げると、さっきまで少し離れたところにいたはずの先輩が僕の方に身を寄せて声をかけてくれたのだ。
救いの手を差し伸べられたような気がした僕は、きっと涙目だったんだと思う。それを見た先輩も何かを察したんだろう。僕の手をつかんでグイッと引っ張ったかと思うと、自分の方へ引き寄せてくれた。しかも、先輩が盾になるように前に立ってくれて。
先輩は僕の耳の横に手を尽くような格好になって壁ドンしているみたいになっていたけれど、それが余計に守られている感が出てドキドキする。
「ちょっと狭いけど、さっきよりマシになると思うから、我慢してね」
そう言って長い髪の隙間から僕に微笑みかけてくる顔が、近い。整って涼しげな目元は遠目から見ていたよりもうんときれいだし、なんなら顔面偏差値高すぎて見惚れてしまいそうになる。
カッコ良くて優しくて……これはもう高校生活の見本にする相手としてこれ以上の好条件はないのでは、とさえ思えてくる。
吐息を感じるほど近くにいるせいか、ほのかにさわやかな香水のような匂いもして余計にドキドキする。
ちらっと窓ガラスに映る先輩の方を窺うと、ネクタイの色が見えた。
(青色……じゃあ、三年生かな……ああ、もうカッコ良すぎる……!)
恐らくだけど、この瞬間僕はある種の一目惚れみたいなものをしていたんだと思う。憧れるならこんな人がいい! という思いからか、先輩に目を惹き付けられてはなれないし、もっと先輩のことを知れたらいいのになんて思ってしまう。
――じゃあ、もっと知れるようにすればいいんじゃない? 折角同じ高校に入ってるんだしさ。
そんな考えが頭をよぎり、僕は一大決心をする。思い立ったが吉日。そう、先輩にどうすればそんなにカッコ良くなれるかを伝授してもらえるのか、弟子入りしたいをいう想いを伝えるのだ。
これだけ色っぽくてカッコ良かったら、他にも僕みたいに憧れて弟子……ってほどじゃないにしても、取り巻いているような人がいたりするんだろうか。いや、弟子ならワンチャンあるのでは? などと一人悶々と考えている内に電車が学校の最寄り駅に到着していた。
ホームに降り立ち、先輩がすぐさま改札に向かおうとしたのを、僕が「あの、先輩!」と呼び止めていた。
「さっきは助けてくれてありがとうございました! 僕、七瀬文登って言います。一年四組です! 先輩の名前教えてください!」
「八馬秀世。三の六」
それだけを答えて手短に去っていこうとする八馬先輩の、だらっと揺れる腕を引き、強引に引き留める。「まだなにか?」と、気だるげな感じで振り返る顔に、僕はまた目眩がしそうなほど惹かれてしまう。だからその勢いで、気持ちを口走っていた。
「八馬先輩! 僕を弟子にして下さい!!」
春先の駅の中のざわめきが一瞬途切れたのかと思うほどの沈黙が漂い、周囲の視線が僕らに向けられていく。八馬先輩も目を丸くして僕を見返している。
長い沈黙が永遠のように感じられる――唐突な弟子入り宣言は、どう転ぶのだろうか。
すると八馬先輩は制服の内ポケットからメモ帳を取り出し、何かを書き出していく。連絡先でも交換してくれるのだろうか?
「……はい、これ」
そう言って手渡されたメモに書かれていたのは――先輩のLIMEのIDでも電話番号でもメルアドでもイヌスタでもなく、ミミズ文字のようなよくわからない線が散りばめられたものだった。
「……へ? これ、なんですか?」
「これが俺の気持ち。じゃあね」
それだけを言い残し、先輩は足早に去っていく。去っていく背中は広く大きく、きっと180センチ近くはあるのだろう。
すらっとしていてなんてカッコいいんだ……と思いながら手許のメモを見て、僕は首をひねる。
これは一体なんだろうか。短い線や小さいマル、曲線とかが入り混じっている。一見すると規則性があるようだけれど、全く読み解けない。
「……これ、暗号? って言うかそもそも文字なの?」
先輩は僕をからかっているのだろうか。まともに返事をするのもダルイって思われたとか?
でも、それならどうして僕をさっき混雑した電車内で助けて守ってくれたんだろう。そういうのこそダルイ気がするのに。
「それに、八馬先輩はこれが俺の気持ちって言ってたし……」
ということは、やはり何らかのメッセージということだろうか?
解読不可能な謎の文字で綴られたメッセージを手にしたまま、僕は最寄り駅の改札前で少し途方に暮れていた。
ぶっちゃけて言うと、僕はかわいい顔をしている。よく言われるのだ、「文登じゃなくて文香ならワンちゃんあったかもな」なんていう風に。
声変わりも遅かったし、慎重だって160センチくらいまでしか伸びてないからかもしれないけれど、中学まではとにかく「かわいい文登」が僕だった。
そうじゃなくて、もっとクールでいっそアンニュイな感じな大人になりたい! 高校に入ったらそうなるんだ! そう、意気込んで臨んだ高校生活の始まりに僕は出会ってしまったのだ、あの人に。
高校に入った翌日、たまたま乗り合わせた車両の出入り口のところで、向かい合うように立っていたのがその先輩だった。
同じ制服なのに新品でカチカチな僕とは違ってゆったりとこなれた感じで着ているのも惹かれたし、なにより春の日差しの中で少しアンニュイと言うか気だるげにしているのがまた色っぽくていい。こういうのってダウナー系と言うんだろうか。長めの髪が織りなす影もまたセクシーだ。
(こんなカッコいい先輩みたいになれたら、高校生活最高だろうなぁ……)
そんな風にして、毎朝の通学時間に目の保養になるような先輩の存在に心を癒されていた。
だけど、ある日車内が混んできてぎゅうぎゅう詰めになってしまった。どうやらダイヤが乱れてすごく混雑しているらしい。僕はドア付近に立っていたこともあり押し付けられるような格好になった。
近くには赤ちゃん連れのお母さんがいて、あんまり僕が近づくと押し潰してしまいそうだ。
ここは踏ん張っておかないと……! とは思うんだけれど、小柄で非力な僕一人ではどうにもならない。
その内にこちら側のドアが開いて、なんとかお母さん達は降りていった。
「よかった、潰されずに済ん……だぁ!?」
降りたと思ったらまた大量に乗ってきて、僕はまた潰されそうになる。僕は160センチで細くて小柄なこともあって、踏ん張ろうともあっさりと押されてしまう。
でも――と思いながらちらりと斜め前の方を見ると、あのダウナーっぽい先輩もまたドア側に押し付けられているのが見えた。僕と同じで窮屈な思いをしているのかなと思ったけれど、思いの外涼しげな顔をしている。
さすが先輩、慣れているんだな……そこもカッコいい。なんて思わずその気だるさの中に漂う色気を振りまいている先輩の横顔に見惚れていると、車内はもっと混んできて僕はもっとドアに押し付けられる。
「うぎゅ……し、死にそう……」
通勤通学電車の混雑具合は覚悟していたけれど、ここまでとは思わなかった。確かに今日はダイヤが乱れてイレギュラーかもしれないけれど、それを差し引いてもこの混雑ぶりはどうなんだろう。
先輩はこんな混雑を潜り抜けてこの三年間通学してたんだろうか、あんなにアンニュイな色っぽい感じで。
そう思いながら顔を向かい側に向けると、例の先輩が僕の方を見ていた。無様に潰されている僕と違い、やっぱり先輩は多少窮屈そうでも表情が変わらない。気だるげだけど苦しげではないのだ。
僕もあんな風になりたい……と思いつつも、圧し掛かってくる物理的な重圧に正直限界を迎えそうではある。
(や、やばい……押され過ぎて気持ち悪くなって来たかも……)
いままでこんなに混雑した電車に、長い時間揺られてきたことなんてなかったせいか、段々と気分が悪くなってきた。
せめてさっきのお母さん達がいるときじゃなくて良かったと思ったけれど、こんな混雑した車内でぶちまけてしまったら、僕も他の人も逃げ場がないし正直地獄でしかない。
とは言えちょっともういろんな匂いが混じってるのもあって、本当にもう限界――
「ねえ、大丈夫? 顔色悪いけど」
「え、あ……」
不意に声をかけられて顔を上げると、さっきまで少し離れたところにいたはずの先輩が僕の方に身を寄せて声をかけてくれたのだ。
救いの手を差し伸べられたような気がした僕は、きっと涙目だったんだと思う。それを見た先輩も何かを察したんだろう。僕の手をつかんでグイッと引っ張ったかと思うと、自分の方へ引き寄せてくれた。しかも、先輩が盾になるように前に立ってくれて。
先輩は僕の耳の横に手を尽くような格好になって壁ドンしているみたいになっていたけれど、それが余計に守られている感が出てドキドキする。
「ちょっと狭いけど、さっきよりマシになると思うから、我慢してね」
そう言って長い髪の隙間から僕に微笑みかけてくる顔が、近い。整って涼しげな目元は遠目から見ていたよりもうんときれいだし、なんなら顔面偏差値高すぎて見惚れてしまいそうになる。
カッコ良くて優しくて……これはもう高校生活の見本にする相手としてこれ以上の好条件はないのでは、とさえ思えてくる。
吐息を感じるほど近くにいるせいか、ほのかにさわやかな香水のような匂いもして余計にドキドキする。
ちらっと窓ガラスに映る先輩の方を窺うと、ネクタイの色が見えた。
(青色……じゃあ、三年生かな……ああ、もうカッコ良すぎる……!)
恐らくだけど、この瞬間僕はある種の一目惚れみたいなものをしていたんだと思う。憧れるならこんな人がいい! という思いからか、先輩に目を惹き付けられてはなれないし、もっと先輩のことを知れたらいいのになんて思ってしまう。
――じゃあ、もっと知れるようにすればいいんじゃない? 折角同じ高校に入ってるんだしさ。
そんな考えが頭をよぎり、僕は一大決心をする。思い立ったが吉日。そう、先輩にどうすればそんなにカッコ良くなれるかを伝授してもらえるのか、弟子入りしたいをいう想いを伝えるのだ。
これだけ色っぽくてカッコ良かったら、他にも僕みたいに憧れて弟子……ってほどじゃないにしても、取り巻いているような人がいたりするんだろうか。いや、弟子ならワンチャンあるのでは? などと一人悶々と考えている内に電車が学校の最寄り駅に到着していた。
ホームに降り立ち、先輩がすぐさま改札に向かおうとしたのを、僕が「あの、先輩!」と呼び止めていた。
「さっきは助けてくれてありがとうございました! 僕、七瀬文登って言います。一年四組です! 先輩の名前教えてください!」
「八馬秀世。三の六」
それだけを答えて手短に去っていこうとする八馬先輩の、だらっと揺れる腕を引き、強引に引き留める。「まだなにか?」と、気だるげな感じで振り返る顔に、僕はまた目眩がしそうなほど惹かれてしまう。だからその勢いで、気持ちを口走っていた。
「八馬先輩! 僕を弟子にして下さい!!」
春先の駅の中のざわめきが一瞬途切れたのかと思うほどの沈黙が漂い、周囲の視線が僕らに向けられていく。八馬先輩も目を丸くして僕を見返している。
長い沈黙が永遠のように感じられる――唐突な弟子入り宣言は、どう転ぶのだろうか。
すると八馬先輩は制服の内ポケットからメモ帳を取り出し、何かを書き出していく。連絡先でも交換してくれるのだろうか?
「……はい、これ」
そう言って手渡されたメモに書かれていたのは――先輩のLIMEのIDでも電話番号でもメルアドでもイヌスタでもなく、ミミズ文字のようなよくわからない線が散りばめられたものだった。
「……へ? これ、なんですか?」
「これが俺の気持ち。じゃあね」
それだけを言い残し、先輩は足早に去っていく。去っていく背中は広く大きく、きっと180センチ近くはあるのだろう。
すらっとしていてなんてカッコいいんだ……と思いながら手許のメモを見て、僕は首をひねる。
これは一体なんだろうか。短い線や小さいマル、曲線とかが入り混じっている。一見すると規則性があるようだけれど、全く読み解けない。
「……これ、暗号? って言うかそもそも文字なの?」
先輩は僕をからかっているのだろうか。まともに返事をするのもダルイって思われたとか?
でも、それならどうして僕をさっき混雑した電車内で助けて守ってくれたんだろう。そういうのこそダルイ気がするのに。
「それに、八馬先輩はこれが俺の気持ちって言ってたし……」
ということは、やはり何らかのメッセージということだろうか?
解読不可能な謎の文字で綴られたメッセージを手にしたまま、僕は最寄り駅の改札前で少し途方に暮れていた。



