7 く■かえ■■すに■じょ■
千歳が帰ってきたあと、夜ご飯の準備をしようとすると
ドタドタっと大きな音がし、
お父さんの焦ったような声が聞こえた
大丈夫ですか?と声をかけると
『 大丈夫 』と言われてしまい
千歳に何かあったのか
千歳は大丈夫なのかと もやもやが溜まるばかりだが
何も出来ない。
今は大人しく夜ご飯の準備をしよう
コトコトとシチューを煮込む
雪景色のような真っ白なソテーに
雪兎の目のようなくりっとした橙色の人参、
体を温める暖炉の原木のようなホクホクとしたじゃがいも
そして雨粒のようなしゃきっとした玉ねぎ
冬の副産物、いや産物である食材を混ぜ合わせ
暖かくなってきたこの季節に作っている
場違いかと言われたら何とも言えない時期だけど、
今日は雨が降っていたのですこし肌寒いし
特にシチューは千歳の好物だ。
せっかく記憶のズレが減ってきたんだ
千歳の好きな物くらい一緒に食べたい。
千歳がもし元気になったらどこへ行こう
そんなことを考えるとふふっと笑いが零れた。
しかし、現実はそう甘くないみたいだ。
2度目の大きな音がした後
千歳開けてくれというお父さんの声が聞こえた
不安になりながらも聞こえてないふりをするしか出来ない、弱い母親だ。自分を責めることしかできない
心が締め付けられたような気がした
それでも私にできることはいつも通り過ごすこと
そう頭に叩き直し
ご飯の続きを作っていた
コトコトとシチューが煮詰まってきた時
静かに2階から降りてきたお父さんから話しかけられた
「 かあさん。大事な話があるんだ 」
お父さんがとても深刻そうな顔をして私に話を切り出した
そんな顔、うん十年連れ添ってきた私でも見たことがなくて
ほかほかと煮込むガスを消して
彼に向き合う。
言葉を紡ごうとしている私の唇は震えていた
「 どうしたの? 」
「 千歳、もう既に進行早まっているかもしれない。 」
その言葉は私の頭を鈍器よりも強いナニカで殴られた
ように衝撃を直にぶつけてくる。
少し、分かってはいたことだ。
さっきの大きな音も含め
ずっと千歳のことを見ているから
だけど理解したくなかった。
笑顔が絶えない千歳のままでいて欲しくて無視をしていた
けれど、限界なようだ
そう分かってはいるものの、脳が拒否を促す
それに抵抗できず彼に問いかける
「 どうして、そう思うの? 」
「 千歳、ついに俺の事をヘルパーさんだとも思ってくれなくなったよ。 」
「 あんたなんか知らないって言われてしまった 」
「 そう......なの、ね 」
ついに、来てしまったのかと絶望する。
言葉を上手く出せずつっかえる
2ヶ月前に千歳のなかから父親がいなくなったことをやっと受け入れたのに。
なんてこんな酷いこと
神様は千歳になんの恨みがあるの?
なぜ、千歳はその小さな体で、大きな重荷を背負わなくては行けないの
我慢していたものがついに溢れてしまい
私は涙を止めることができなかった
止めたくても、止められない
子供のように泣きじゃくるしか無かった
一番辛いのは娘なのに。
それを1番近くで見ていたのに
「 大丈夫 、大丈夫だ。 まだ、かあさんのこと分かるかもしれない。 」
「 今千歳は部屋にいる。落ち着いたら、 かあさんが千歳に声を掛けてきてくれないか? 」
彼の言葉にすぐ返答が出来なかった
だって、それは
千歳の中から父親、そしてヘルパーとしての貴方が居なくなったことを確認してきて欲しい。
そう聞こえたから
それがどんなに残酷なことか分かっているの?
そう言ってしまいたかった
けれど、その残酷で苦しい
どこにも吐き出せない気持ちを
あなたはいつも毎日受けてるんだよね
「 分かり、ました。 」
私もあなたと一緒に
千歳の苦しみを分かち合うことを誓います
「 しばらくしたら、 起こしてきますね 」
「 あぁ、よろしく頼むよ。 」
