君なんだ。
千歳が 『 来ないで 』と必死に叫び逃げようとしたあの日
学校で親友の葉月ちゃんと喧嘩をしお互い怪我してしまったあの時
怪我をさせたこと自体覚えて無かったあの時
絶望の渦に落とされた気がした
最初は怒られるのが嫌で知らない振りをしていたと思っていた
けどほんとに知らない。そもそも学校にいったことすら覚えてない と否定している娘を見ていると
嘘をついているとは思えなかった。
そう思い、これまでの事を思い返してみると、
たしかに
千歳は少しずつ記憶が欠けていっている
そう言われてもおかしくない行動をしていた
ご飯を食べたのを忘れていたあの日
好きだったココアを飲まなくなったあの日
これなに?と千歳が買ってきた修学旅行での置物を指さしたあの日
そして、葉月ちゃんを突き飛ばしてしまったあの日
『 忘れっぽいな 』ただそれだけで済ましていたが
全てに辻褄があった。
あの忘れっぽい言動も何かしらの病気のせいだったら?
はっと気付かされたようだ
その瞬間俺達は千歳を病院に連れていき
出された診断は■■■■■
10代の千歳がなるにはとても珍しい病気なのに
千歳はなってしまった。
記憶が抜け落ちる、謎の病気
あの診断から4ヶ月ほどたった今では
若いからこそ、進行が早いらしく
『 父親 』としての俺も
『 ヘルパー 』としての俺も
千歳の記憶から欠けている。
それはもう言葉に言い表せない程の拷問だ
愛する娘から
父親への尊敬の目も
ヘルパーへの作られた優しさの目も
全てが消え去った。
この先、恐怖心の塊だけの目を見ることになる。
俺も親として辛い。
けれど千歳の方が相当辛いだろう。
だって、知らない人が自分の家にいるのだ
せめて
ヘルパーのまま千歳の中で生きてられればよかったのに。
俺が後悔しても、どうにもならない。
それが、今ある事実なのだ。
人は大切な記憶を幸せと呼ぶと思う
なのに千歳は
その記憶を保っていられない
まだ17歳なのに。
まだ親に反抗していたい時期なのに
まだ守ってやらなきゃいけないのに
俺たちが干渉することのできない
不可思議な世界でただ1人、生きている
誰も知らないその恐怖の中あと何十年戦いながら
生きていかなくてはならないのだろうか
そしてその恐怖を千歳が1人、抱えているなんて
耐えられない。
あぁどうか神様
千歳の病気を治してやってください。
どうか
大事な人の名前だけも、声だけでも、幸せと思えた記憶だけでも
千歳に残してやってください
そう願いながら夜ご飯が出来たと呼びに行く。
千歳、
「おきているかい?」
「ぁ、はい、おきてます、」
「 開けても大丈夫? 」
「 大丈夫です 」
空気に混ざって溶けてしまいそうなか細い声が聞こえてきた
もう、声すら覚えてないんだろう。
ガチャ
その音には誰かの泣き声が詰まっていても
おかしくなかった
「 えっと、」
やはり、忘れていた。
しょうがない、しょうがないことだ
「 ......初めまして。家政夫の宮崎です 」
作った笑顔で挨拶する
「 初めまして、? 同じ名字なんですね 」
「 ......そうだよ」
また、千歳の中の私が変わった。
それでもいいんだ
千歳の中で、私という存在が生きているなら
それだけで。
これからも、また誰かのふりをする。
「夜ご飯が出来たよ。食べに行こう」
「 あ、は、...はい 」
「 あと、話したいことがあって 」
「 なんだい?なんでも聞くよ 」
「 お母さんにもきく、けど......
あたし、なんの病気なの? 」
「 お父さん 。 」
ひゅぅっと少し空いている窓から夜風が吹いた
千歳の目は少しの希望と不安で作られていた
けれど、消して諦めないという力強さも感じた。
そして、思っているよりも
俺らの娘は、
強かったようだ。
