この婚約に、愛はない。 ~次期当主の鬼の姫、私を憎む幼馴染と添い遂げます~【マンガシナリオ】



〇前話の続き・街中

薫「(がく)
楽「藤真隊長。お疲れ様です」

齋宮楽(さいみやがく)は、亜麻色のサラサラな髪。パッと見は線が細く儚い雰囲気の美男子。軍服で腰元に刀を差している。18歳。

優月(薫が着ていた軍服と同じデザインだ。それに薫のことを隊長と言っているし、仕事仲間かしら)

薫「まさか街中で会うなんてな」
楽「俺は巡回中です。隊長は、今日は非番ですよね」
薫「ああ」
楽「そちらの女性は……」
薫「俺の婚約者だ」

薫、優月の肩に手を回して優月を紹介する。

楽「では、彼女が例の……」

楽のまなざしが冷え切っていくのを、優月は肌で感じる。

優月(この人、怒ってる?)

薫「こいつは、齋宮楽。俺の部下だ」
優月「あの、はじめまして。槐優月と申します」
楽「……どうも」

楽の氷のようなまなざしに、優月は表には出さないが内心で傷つく。

楽「では、俺は巡回に戻りますので。失礼します」

楽は薫に頭を下げて、優月には一瞥もくれずにこの場を立ち去る。

優月(……どうしよう。自分でも気づかないうちに、何か失礼なことをしてしまったのかしら)

優月が落ち込んでいることを察した薫、俯いている優月の頭にそっと手をのせる。

薫「少し休むか」

優月は頷き、二人で近くの甘味処に入る。
二階の窓際の席に座って、注文した飲み物とケーキ(ケーキは優月だけ)を食べながら話をする。

薫「楽は、過去に色々あって妖を憎んでいるんだ。そもそも俺たちが属する“対妖警備部隊”は、元々は妖に狙われやすい稀血の人間が、有志を募って作られた小さな組織だったんだ。噂を聞いた先帝に勅命を受けてな」
薫「ウチには稀血の人間が多く所属しているからな。楽もその一人だが、そのぶん妖に狙われることも多かったはずだ。だから余計に、妖を憎んでいたり、良い感情を抱いていない者が多いんだ」
薫「だから、優月が何かをしたわけじゃない。あまり気にすんなよ」

薫に優しく慰められて、優月はグッと唇を嚙みしめる。

優月モノ『でも、薫だって……妖を憎んでいる一人でしょう?』
『それなのに、どうして優しくしてくれるの?』
『幼い頃に一緒に過ごしていて、少しは情があるから?』
『嬉しいはずなのに、少しだけ辛く感じてしまうのは……きっと、薫に無理をさせているんじゃないかって不安が渦巻いているからだ』

薫「なあ、優月。俺から一つ、質問してもいいか?」
優月「……うん、もちろん」
薫「どうして槐家の次期当主になることにしたんだ?」「次期当主になるのは優月の意志だって聞いたけど。本当なのか?」

薫、どこか探るような目で優月を見つめる。
(➡優月が無理やり槐家の人間になる道を選ばされたのではないかと疑っている)
優月は静かに頷く。

優月「本当よ」
薫「何で?」
優月「何でって、それは……」

優月(貴方のように、家族を失って悲しむ人をこれ以上作らないために……なんて、傲慢な考えよね)

優月は答えをはぐらかし、逆に薫に質問をする。

優月「そういう薫は、どうして対妖警備部隊に入ったの?」

尋ねた優月は、薫と出会った日にその答えを薫本人から聞いていたことを思い出す。
➡「妖は、邪悪で傲慢な略奪者だ。悪しき妖たちを完全にこの世から排除するために、俺は対妖警備部隊に入った」

優月モノ『聞くまでもない。薫は妖を憎んでいるんだから。理由なんてそれしかない』

けれど薫は、前回とは違う答えを口にする。

薫「俺は……ある人と約束してたんだ。強くなったその時には、俺の一番大切なものを返してくれるって。だから認めてもらえるくらい強くなった。今の俺が妖警備部隊で隊長を務めているのも、今になって思えばその人のおかげだな」
優月「ある人って誰? それに、薫の一番大切なものって……何なの?」
薫「……秘密」
優月「……そこまで言われたら、気になるんだけど」
薫「優月だって俺の質問に答えてないだろ。お互い様だ」

薫は残りのアイス珈琲を飲み干して立ち上がる。

薫「そろそろ行くか」

優月モノ『私と離れたあとの七年間で、薫にもたくさんの出会いがあったんだろうな』
『少し寂しいけど……薫の周りには、カエさんや齋宮さん、それに薫を導いてくれるような、信頼できる人がたくさんいる。それを知れただけでもよかった』

はぐらかされたことや、自分の知らない薫の姿を感じて寂しく思いながら、優月も薫の後を追う。甘味処を出た二人は買い物を再開する。

優月(これ、すごく綺麗……)

優月は店先に出ていた一本の簪(月モチーフの簪で花の装飾が雫のようにぶら下がっている)に目を奪われる。すると薫が、その簪をひょいと手にして店主に会計を頼む。

優月「え、ちょっと薫?」
薫「ん?」
優月「その簪、どうするの?」
薫「どうするのって……」

薫は店主から受け取った簪を、優月の結われている髪にそっと挿してくれる。

薫「簪なんだから、髪に挿して使うに決まってるだろ。……ん、やっぱりよく似合ってる」

きょとんとした優月は、すぐに我に返って焦る。

優月「も、もらえないよ! あ、それじゃあ代金は私が払うから……!
薫「要らない。俺からの贈り物」
優月「でも、もう十分色々と買ってもらったのに……」
薫「あれは生活に必要なものだろ。これは俺が優月に似合うと思って買ったもん」
「それに、簪はいざという時には護身用の武器にもなるからな。まぁ優月は強い鬼の力を持ってるし、必要ないかもしれないけど……一応持っておけ」
優月「……うん、分かった。ありがとう」

優月は自分の髪に挿されている簪に片手でそっと触れる。

優月モノ『多分、私が見ていることに気づいて買ってくれたんだろう。やっぱり、薫は優しい』『……だけど絶対に、勘違いしちゃだめ』『薫が優しいのは、何も私にだけじゃないんだから』

店主と談笑していた薫、簪を見ていた若い町娘の邪魔になっていることに気づいて「悪いな」と謝りながらどけてあげる。町娘は薫を赤らんだ顔で見つめている。

優月モノ『……だけど』『薫が私を愛していなくても』『薫に憎まれていようとも』
『薫が私に似合うと思って、この簪を贈ってくれた。その事実は変わらないから』

優月は簪に触れながら、静かに微笑む。

優モノ『一生、大切にしよう』

優月の髪に挿された簪が、しゃらんと揺れる。


〇場面転換・街中

麗花「まさか、あの女の婚約者が、あの方だったなんて……ふふ、ちょうどいいわ。お父様にも色々と報告しなくちゃね」

麗花は遠目に優月と薫を見つめながら、何かを企んでいる様子で不敵に微笑んでいる。