この婚約に、愛はない。 ~次期当主の鬼の姫、私を憎む幼馴染と添い遂げます~【マンガシナリオ】



〇薫の屋敷・朝

優月と薫は、カエが用意してくれた朝ご飯を二人で食べている。

薫「今日は街に行こうと思ってる」
優月「分かった。いってらっしゃい」
薫「言っておくけど、優月も一緒に行くんだからな」
優月「え、私も?」
薫「ああ。優月の生活に必要なものを買いに行く。槐家から持ってきているとはいえ、足りないものもあるだろう」
優月「そんな、気を遣ってもらわなくても大丈夫だよ、それにお金もそんなに持ってきていないから……」
カエ「優月様。ここは薫お坊ちゃまに甘えて、存分にお買い物を楽しんできてくださいませ!」
薫「ああ、金銭面については気にしなくていい。今の仕事で、有り余るくらいの金を貰っているからな」
優月「……それじゃあ、お言葉に甘えて」

カエと薫の言葉に、優月はおずおずと頷く。
朝食を食べたら買い物に行くことが決まる。


〇街中・日中

街中は人が大半で、妖の姿もちらほらと見える。
日中に街中にいる妖は悪意のない者がほとんど。
(妖は優月や櫂のように人間の姿をしている者もいれば、ザ・妖といった風貌の者もいる)

薫「着物、本当に買わなくてよかったのか?」

いくつかの買い物袋を持って店を出た薫が、優月に振り返って尋ねる。

優月「うん、大丈夫だよ。ありがとう、薫」

優月モノ『諸々の生活用品は、全て薫が買ってくれた。私が払うといっても「こういう時くらい甘えとけ」の一点張りで聞く耳を持ってくれなかったので、今回は厚意に甘えることにした』
『着物まで買ってくれると言われたけど、さすがにそれは遠慮しておいた。お祖父様が贈ってくれたものが何着かあるから、それで十分に事足りる』

薫「槐家現当主のおかげで、妖の被害はだいぶ減った。こうして人の世界に馴染んで生活している妖もいる。お前のお祖父さん、凄いひとだよな」

薫、街中を歩きながらしみじみ呟くように言う。

優月「……うん。そこは私も尊敬してる」

優月モノ『薫が言う通り、人間と妖の親交が深まったのはお祖父様の働きが大きい』
『だけど、お祖父様の考えに反発している妖も少なからずいる。……実は晃之介さんも、人と共生する在り方に拒を示す一人だったりする』
『お祖父様が最終的に私を次期当主に選んだのは、その思想が関係しているのではないかと、私は思っている』

薫「まあ、その考えに反発している奴らもいる。それを取りしまるのが俺たちの仕事だな」
優月「そうだね。お祖父様の力ももちろん大きいとは思うけど……街の人たちがこうして安心して暮らせているのは、薫たちがいてくれるおかげだよ」

道端で、妖の男が転んでしまった人間の女児に手を差し出している。
手を取り笑い合っている姿を見て、優月は優しい顔で微笑む。
そんな優月の横顔を、薫はじっと見つめている。

伊丹「ん? もしかして、槐家のお嬢様じゃないですか?」

優月に声をかけてきたのは、背丈が低めのイタチっぽい顔をした妖。
人間に擬態しているが妖特有の尻尾や髭が生えている。

伊丹「私は伊丹(いたみ)と申します。現当主の槐晃仁様とは旧知の仲でしてね。ずいぶんとお世話になったんですよ。傘下に加えさせてもらっています。娘孫になられるお嬢様のお話も、聞いたことがありましてね」

伊丹、話しながら優月の前まで歩いてくる。

伊丹「いやあ、以前遠目からお見かけした時は、まだこれくらいの幼子でしたが、ご立派になられて……それに、お綺麗になられましたな」

一人でぺらぺらと話し続けている伊丹に、優月は困惑しながらも相槌を打つ。

伊丹「ん? 隣にいるのは……人間ですね。お知り合いですか?」
優月「ええ、まあ……」

伊丹にじろじろと不躾な視線を向けられた薫は、にこりと人当たりの良い笑みを浮かべて挨拶する。

薫「はじめまして。優月さんの婚約者の藤真薫です」
伊丹「婚約者? ほう……ん? お主、もしや稀血の人間ではないか?」
薫「そうですが、何か?」

伊丹、再び薫をじろじろ見つめていたかと思えば嘲笑する。

伊丹「ひ弱な人間の婿をもらうことになるなど、お嬢様もお可哀そうに」
「しかも稀血の人間とは。噂では稀血の人間を食せば、強大な力を得られるとか。ご当主様も、それを見越してお嬢様の婚約者に選ばれたのでしょうか」
優月「……祖父も私も、そのような迷信を信じてはおりません」

晃仁の知人ということもあり、優月は怒りを抑えながら答える。
伊丹は優月の憤りに気づくことなく話し続ける。

伊丹「そうでしょうか。それにしても現ご当主様は、何故人間と友好を築こうなどとお考えなのでしょうか。そうだ、もしよろしければ、ウチの愚息を紹介しましょうか? 人間よりも余程ましかと思いますよ。お嬢様も、下等な生物の隣を歩くのもお嫌でしょう? 心中お察ししま……」
優月「黙りなさい」

薫を侮蔑するようなことを言われて、我慢できなくなった優月は鬼の力を少し発動する。優月の瞳が金色に光る。

優月「それ以上彼を悪く言うのなら、容赦はしません」

優月の纏う空気に気圧された伊丹は、こくこくと頷く。

優月「伊丹さん、と言いましたね。今の発言は全て、祖父に報告しておきます」
伊丹「なっ! 何故ですか!? 私はお嬢様のためを思って……」
優月「槐家は、人間との平和的共生を望んでいます。傘下の者ならばそれはご存じのはず。にもかかわらず、人間を見下すような発言をする者がいることを、私は疑問に思いましたので」

呆然としている伊丹を置いて、優月は薫に「行こう」と声を掛けて歩き出す。
優月は鬼の力を解く。一息ついたその時、伊丹が優月に向かってくる。

伊丹「っ、半妖の分際の小娘が、調子にのるなよ!」

伊丹が、優月の背後から不意を突いて攻撃を仕掛けてくる。
優月の背中に長い爪を振り下ろそうとする。

優月(しまった! 油断した……!)

優月は避けられないと判断して咄嗟に目をつぶる。
優月を守るように前に立った薫が、腰に差していた刀を抜いて、伊丹の片腕を一刀両断する。

薫「槐家当主の知り合いだっていうから我慢してたけど……めんどくせーし、斬っちゃってもいいよな?」
伊丹「ひぃっ……!」

薫、腰を抜かして座りこんでいる伊丹の首元に刀をあてがう。

優月「薫、待って! それはだめ。それに人目もあるから……」

周囲の通行人がざわついている。好奇の目を向けられていることに気づいた薫は、刀をおさめる。

薫「……次会ったら、容赦なくその首を刎ねてやる。覚えとけ」

伊丹は切り落とされた自分の腕を持って、今度こそ慌ただしく去っていく。
周囲の人目を集めているため、優月は落ちていた買い物袋を拾い、薫の手を引いてその場から離れる。

優月(――そういえば、薫の前で鬼の力を使ったのは、あの時(※幼少期に家を襲撃された時)以来だ。……どうしよう、怖がらせた? 気味悪がられてないかな)

薫「なあ、優月」「お前は槐家の孫娘だ。お祖父さんの名前もあるから、表立って噛みついてくる奴も早々いないだろうけど……あんま危ないことはすんなよ」

足を止めた薫、優月に話しかける。
薫が鬼の力を使ったことを気にしていないことに安堵しながら、優月は言葉を返す。

優月「大丈夫だよ。私は槐家の次期当主になるんだから、多少の危険は覚悟の上だし。それに……薫より、私の方が強いんだから」

優月モノ『そう。薫が稀血の人間で異能力を使えるといっても、結局は妖である私の方がずっと頑丈で、力も強い。だから薫に守ってもらえなくても、私は大丈夫。むしろ私が薫を守らないと』

もっとしっかりしなくてはと、優月は気を引き締める。

優月「だから、薫が心配しなくても大丈夫だよ」
薫「……まあ確かに、優月は俺より強いのかもしんないけどさ」

薫は、不服そうな顔をしながら優月の片頬を軽くつまむ。

優月「か、かおる?」
薫「でも優月は、俺の婚約者だろ? 婚約者を守るのは当然のことだし、心配くらいさせろ。……っていうか、守らせろ」

薫の拗ねたような表情を可愛いと思い、優月はクスリと笑ってしまう。

優月「……うん、分かった。ありがとう、薫」

優月の笑顔を見て、薫も優しく目を細めながら、触れていた頬からそっと手を離す。
優月が持っている買い物袋をさり気なく奪って持ってくれる。

薫「あと、俺のためにそこまで怒る必要はないからな」
優月「……怒るよ」

優月モノ『怒るに決まってるよ。だって、私にとって薫は……』

薫「……あー、でもまあ」

薫の手が、優月の頭にそっとのせられる。

薫「俺のために怒ってくれて、ありがとな」

優月モノ『――ああ、この笑顔』『少し困ったような顔をして、嬉しさを無理やり堪えているようなこの表情を、私はよく知っている』

幼い頃、薫が自身の体質を打ち明けてくれた際に、二人で指切りをした時の薫の笑顔を思い出す。あの頃と変わらない部分を感じて懐かしく思う。

?「藤真隊長……?」

薫を呼びとめる声に振り返れば、軍服の男性が訝しそうな顔で二人を見つめている。