この婚約に、愛はない。 ~次期当主の鬼の姫、私を憎む幼馴染と添い遂げます~【マンガシナリオ】



○槐家・庭園

優月と薫は二人きりで庭を歩く。
強い風が吹いて、桜の花びらが舞い散る。

薫「花嵐だな」

突風に目を閉じていた優月が目を開ければ、薫が優月の乱れた髪を整えて、付いていた花弁をとってくれている。

優月モノ『変わったと思ったけれど、触れるぬくもりはあの頃と全然変わらない』

薫「なあ、優月。七年前のあの日。どうして突然、槐家の者がお前のもとを訪ねてきたのか、分かるか?」
優月「え? どうしてって……槐家の現当主が、私を連れ戻すために訪ねてきたってだけの話でしょう?」

優月(どうしてそんな当たり前のことを聞くんだろう?)

薫「俺のせいなんだ」
優月「え?」
薫「街へ出稼ぎに行っている時。お前を捜しているっていう槐家の者に出会った。俺がお前の居場所を告げたから、あの日襲撃にあった。だから……お前の父さんが死んだのは、俺のせいなんだ。謝って済む話じゃないけど……悪かった。ずっと謝りたかったんだ」
優月「っ、違う! 薫のせいじゃないよ。悪いのはあの場にいた槐家の家臣であって、薫は何も悪くない……!」
薫「……だけどお前は、そんな槐家の人間になる道を選んだんだろう?」

うつむいていた優月が顔を上げれば、薫の目が冷たいことに気づく。
(➡この薫の表情は、優月でなく槐家の者に対して思うところがあってのこと)
薫の冷たさが自分に対して向けられていると感じた優月はハッとして顔を強張らせる。

薫「それから、俺の両親が妖に殺されているって話は聞いてるか?」
優月「……うん」
薫「鬼の妖だった。母さんと俺だけでも見逃してくれって頼みこむ父さんに、妖は鼻で笑って金棒を振り上げていた。俺を逃がしてくれた母さんは、家に戻ったら……身体の一部が喰われてた」

薫の話を聞いた優月は、当時の様子を想像して青ざめて震える。

薫「俺の体質もあって、妖に襲われたことは何度もある。妖は、邪悪で傲慢な略奪者だ。悪しき妖たちを完全にこの世から排除するために、俺は対妖警備部隊に入った。そして、人間との和平を表面上は(・・・・)望んでいるらしい、鬼の統領として名望を集めている槐家と協定を結ぶことにしたんだ。だから協定をより円滑に進めるために、縁談の話を受けた。まさか相手が優月だなんて思ってもいなかったから、驚いたけどさ」
優月「ちょっと待って。槐家は、私は……妖と人間との共生を心から望んでる。建前なんかじゃなく、本気で、この世を変えていきたいと思ってるよ」
薫「……どうだかな」

薫は信用できないといった顔で嘲笑する。
優月は内心で傷つきながら、もう一度だけ確認をする。

優月「薫は……本当に私と結婚することになってもいいの?」
薫「ああ。そのために槐家に赴いたんだ。だけど――俺はお前を、愛してはいない。愛することもない」

強い風が吹く。薫は優月の顔を見てきっぱりと言い切る。
優月は手のひらを固く握りしめながらも、毅然とした態度で答える。

優月「……ええ、分かっているわ」
薫「だから、婚約するにあたって一つ、契約をしないか?」
優月「……契約?」
薫「ああ。夫婦として最低限の関わりは必要になってくるだろうが、仕事やプライベートといった私的なことには、互いにあまり干渉しないようにする。どうだ?」
優月「……分かった。その条件をのむわ」

頷いた優月は、その場で小さく頭を下げる。

優月「もう、いいですよね。私はこれで失礼します」

薫に背を向けた優月は、涙を堪えながらその場を立ち去る。
歩いていく優月の後ろ姿を、薫が痛いくらいに拳を握り締めながら見つめている。
(軍帽の陰に隠れて薫の表情はあえて見せないようにする)

麗花「……素敵なお方」

一人で庭に立っている薫を、縁側を通りかかった麗花が恍惚とした表情で遠目から見つめている。


〇薫の住まう屋敷・夕方

優月モノ『私と薫の縁談の話はまとまった。祖父は私を槐家の時期当主にすると言ってくれたけど、納得しない者は大勢いる』
→晃之介やその他一部の家臣(優月が半妖であることを内心では蔑んでいる者)の反発している姿を描く。

優月モノ『そのため、槐家内部での派閥争いが無事に片付いてから、婚儀を執り行うことになった。正式に婚姻を結ぶのはまだ先の話だが、私は暫くの間、薫の住まう屋敷で共に暮らすことに決まった』

薫と優月、それなりの広さはありそうな日本家屋の前に立っている。
二人の後ろには黒い車が一台停まっていて、運転手が優月の荷物を運び出している。

優月モノ『本来ならば、婿入りすることになる薫が槐家に住まうのが普通だ。けれど、薫の職場から槐家までは、車で片道一時間以上かかる。それに今の槐家内部は緊迫した空気が流れているので、祖父からの提案で、暫くは薫の家にいるようにと言われた』

薫「入ってくれ」
優月「……お邪魔します」

門をくぐれば、狭いが美しい庭園が広がっている。
松の木や桜の木が植えられ、美しい花が咲いている。

薫「この屋敷には妖が許可なく立ち入ることができないよう結界が張られている。もちろん、優月は自由に出入りしても問題ないよう術式を施しているから問題ないけどな」

説明してくれた薫が玄関扉を開けば、すぐにパタパタと足音が聞こえてくる。

カエ「あら? あらあらあら!」
薫「ただいま、カエさん」
カエ「薫お坊ちゃま、おかえりなさいませ!」
薫「彼女は梅宮カエさん。この家の家事をお願いしているお手伝いさんだ」

※カエは白い割烹着姿で小柄。優しそうな雰囲気がにじみ出ている60代の女性。

梅宮「梅宮カエと申します。貴女が優月さんですね」
優月「は、はい」

嬉しそうな笑顔でぐいぐい迫ってくるカエの圧に、優月は戸惑う。

カエ「薫お坊ちゃまから話は聞いていました。私のことはカエ、と気軽にお呼びくださいね。さあ、こちらへどうぞ」

カエに手を引かれて優月は家に上がり込む。

優月(私のことを話していたって……一体、どんなことを話していたんだろう?)

優月は疑問に思いながら、後ろにいる薫の方をチラリと見る。


〇薫の屋敷・夜

優月モノ『あっという間に陽が沈み、雲間から美しい月がのぞいている』
『カエさんの料理はどれも絶品で、ゆったりとお風呂にも入ることができた。私を憎んでいるという薫との生活には、正直不安を抱いていたけど、カエさんがいてくれるおかげで気まずい雰囲気になることもなかった。初日は何事もなく無事に終わりそうだ』

お風呂上がりの優月は縁側を歩いて、カエがいる台所に向かう。

優月「カエさん。お風呂いただきました」
カエ「御湯加減は大丈夫でしたか?」
優月「はい。とても気持ちよかったです」
カエ「ふふ、それならよかったです」
優月「あの、カエさんは通いで働いているって言っていましたよね?」
カエ「はい。私はすぐ隣の家に住んでいるんです。もう帰りますね」
優月(ということは、夜はこの屋敷に、薫と二人きりってことだよね)

優月は不安で沈んだ表情になりながらも、あとは寝るだけだしと気持ちを切り替える。
カエは優月の不安そうな顔を見て、あっと何かに気づいたような顔をする。

カエ「ああ、そうだわ。薫お坊ちゃまのお部屋にご案内しますね」
優月「え? 案内って、どうしてですか?」
カエ「まだ部屋の場所を教えていませんでしたよね? 初めての夜なのですから、緊張するのも無理はありませんわ。ですが薫お坊ちゃまに任せておけば大丈夫ですよ」
優月「……え!? あの、私、そんなつもりはなくて……!」
カエ「ささ! 薫お坊ちゃまがお待ちですよ!」

カエが、優月は初夜で緊張しているのだと勘違いしていることに気づいた優月は、慌てて否定する。しかしカエに背中を押されて、優月は薫の部屋の前に連れていかれる。
カエは優月を置いてにこやかに笑いながら「お坊ちゃまにもよろしくお伝えください」と帰ってしまう。

優月(……どうしよう)

部屋の前で立ち竦んでいれば、障子戸の向こうにいる薫の方から声を掛けられる。

薫「そんなところに突っ立ってないで、入ってくればいいだろ」
優月「え、でも……。……お、お邪魔します」

優月が恐る恐る障子戸を開ければ、薫は部屋で本を読んでいる。
着流し姿で色香を纏った薫の見慣れない姿に、優月はドキッとする。

優月「その、特に用があるわけではないんだけど……」
薫「カエさんに言われてきたんだろ?」
優月「う、うん」
薫「少し強引なところもあるけど、悪い人じゃないんだ」
優月「うん、それは分かるよ」

薫は手にしていた本を文机に置いて、すでに敷いてある布団に向かう。

薫「それじゃあ寝るか」
優月「……え!?」
薫「カエさんに言われたとはいえ、優月もそのつもりできたんだろう?」
優月「わ、私はそんなつもりはなくて……!」

優月が顔を赤らめて戸惑っていれば、薫に手をつかまれて布団に押し倒される。

優月「っ、薫、ちょっと待って……!」
薫「何で?」
優月「だ、だって私たちって、政略結婚だよね? 私のこと、愛してないって言ってたし……」
薫「だけど本当に結婚するなら、夫婦間の営みもいずれは必要になると思うけどな」

薫は優月の頬を優しく撫でる。
優月はピクリと反応しながら、涙目で薫を見上げる。

薫「俺のことが怖い?」
優月「……ううん、怖くない」
薫「強がらなくてもいいけど」
優月「強がってなんてない。薫は、私が本気で嫌がることをする人じゃないって分かってるから。だから、怖くはないよ」

優月が真っ直ぐに薫を見上げながら告げれば、薫は目を丸めてから顔を近づけてくる。
優月が反射で目を閉じれば、おでこに口づけられる。

薫「……ほんっと、優月は変わらないな」

優月がそろりと目を開ければ、優しい顔で笑う薫の姿が映る。
その笑顔が幼少期の姿と重なり、あの頃を思い出して嬉しさと切なさで胸が痛む。
薫は体を起こして優月から離れる。

薫「怖がらせて悪かった」
優月「……だから、怖がってないってば」
薫「ふっ、分かってるよ」「俺と一緒の寝るのは嫌だろう? 俺は別の部屋で寝るから。優月はこのまま俺の部屋で寝て」

立ち上がり部屋を出ていこうとする薫を、優月は咄嗟に引き止める。

優月「っ、待って薫!」
薫「どうした?」
優月「……嫌じゃない」「あのね、本当に嫌じゃないの。怖くもない。ただ、体を重ねる行為は、まだ心の準備ができてないけど……一緒に寝るのはね、嫌じゃない」

優月は薫の服の裾をつかんで、ありのままの本音を伝える。

薫「ふっ……すっげーまわりくどい誘い文句だな」

薫は嬉しそうに目を細めて、布団の上に戻る。

薫「優月。おいで」

先に布団に入った薫が、優月が入れるようにスペースをあけてくれる。
優月が恐る恐る隣のスペースに身体を入れれば、薫は優しく抱きしめてくれる。
※優月、幼い頃に一緒に寝ていた記憶がよみがえってくる。

優月モノ『妖の血を引く私を憎み、愛することはないといった薫の言動は、ひどく矛盾している』『どうしてそんなに優しい目で私を見るの? 私の名前を呼ぶの?』
『勘違いしてしまいそうになるくらい、私に触れる手は優しくて、温かくて。ずっとこのまま、こうしていたいと……叶わないと分かっていても、願ってしまいたくなる』

優月はまどろみの中で静かに目を閉じる。


〇槐家の晃之介の私室(明かりがついているが薄暗い雰囲気)・夜

晃之介「クソッ! お祖父様は何も分かってない! あんな小娘に任せたら、この家は衰退していくだけだ。この俺こそが次期当主に相応しいというのに……お祖父様は一体何を考えているんだ!?」

晃之介は憤った様子で机に拳を叩きつけている。
背後から近づき晃之介の肩にそっと手を回した澄江(すみえ)が、耳元で囁くように言う。

※澄江はウェーブがかったブロンドヘアをお団子に纏めている。勝気そうな顔立ちで色気のある美人。晃之介の嫁で麗花の母親。由緒ある妖狐の一族の者。

澄江「ねぇ、貴方。簡単な話よ。邪魔なものは……消してしまえばいいじゃない?」

澄江の言葉に、晃之介はにやりと不気味な笑みを浮かべる。