○槐家・屋内(昼)
開けられた障子戸から美しい庭園が見える、応接間の一角。
槐優月(17歳)と藤真薫(20歳)が立ったまま向かい合っている。
少し離れた場所には優月の祖父である槐晃仁や、祖父の側近である櫂の姿もある。
薫はたおやかな笑みを浮かべて、優月に歩み寄ってくる。
薫「久しぶりだな」
優月は驚きに目を見張っている。
更に距離を詰められて、戸惑いながら身を後ろに引こうとすれば、薫に手をつかまれる。
薫が優月の耳元で囁く。
薫「会いたかったよ、ずっと。俺の――憎くてたまらない、婚約者様」
庭園から風で桜の花びらが舞い飛んでくる。ドラマチックな雰囲気の描写。
優月モノ『ああ、貴方は』『変わってしまったのね』
『それでも私は、貴方のことをずっと――』
優月は切ない瞳で、薄っすらと微笑んでいる薫を見上げながら、過去の記憶を思い出す。
〇世界観の説明
【和香歴74年。列島国家である瑞之尊国では、疫病の蔓延や作物の不作といった情勢悪化に乗じて、裏社会でひっそり生きていた妖が、人間社会に表立って闊歩するようになり始めた】
【妖の間では人間狩りが横行し、夜間になると人間を捕らえて食す妖もいて、治安は悪くなる一方だった】
※夜間に妖が泣いて怯える人間の女を捕らえている。
【対策として、帝により“対妖警備部隊”と名付けられた妖専門の取り締まり警備部隊が作られた】
【また、妖界で権力を持つ“とある一門”の働きかけにより、情勢は少しずつ落ち着いていき、表立って悪さをする妖も減っていった】
【しかし妖と人間との確執が消えることはなく、両種族の争いは水面下で続いていた】
※瑞之尊国
➡日本の明治~大正時代の雰囲気をイメージした架空の世界。人口的には人8:妖2の割合で妖の数は少ない。
○優月の回想/幼少期
優月モノ『幼い私は、優しい両親と共に人のいない山奥で暮らしていた』
『父は人間で、母は鬼の妖だった。運命の出会いを果たした二人は、周囲の反対を押し切って駆け落ちし、私が生まれたらしい』
美しい着物を身にまとった母(お忍びで人里にきていた)と、奉行人であった父が街中で出会った場面。下駄の鼻緒が切れて困っていた母の前で跪いて、鼻緒を結んであげている父の様子を描く。
そして目が合った二人は、互いに照れくさそうにはにかんでいる。
優月モノ『身を隠すような三人での暮らしに窮屈な思いをすることもあったけれど、私は幸せだった』『けれど母は、私が三歳の時に病で亡くなってしまった』
仲睦まじい様子で身を寄せ合っている両親が、大きくなったお腹に手を添えている場面や、母親が赤子の優月を愛おしげに抱いている場面、三人で笑い合っている場面、亡くなった母を弔っている場面をダイジェストで。
優月「ねえ、お父さん」(※優月4歳くらい)
優月父「どうしたんだい、優月」
優月「どうして優月は、ひとりで街へ行ってはいけないの?」
優月父「優月はまだ小さいからね。いいかい、世の中には色んな人がいるんだ。優しい人もいれば、人攫いをするような悪いことを考えている人たちだっている。……優月に何かあったら大変だからね。ひとりでは決して街に行かないと約束してほしいんだ」
優月「うん、わかった! やくそく、ちゃんと守るね」
優月父「……優月。寂しい思いをさせてしまってごめんね」
優月「ううん! 優月ね、全然さみしくなんてないよ! だって大好きなお父さんが、いっしょだから!」
優月モノ『父は、妖の血を引いている私を守るために、変わらず辺鄙な山奥で、二人きりで暮らすことを選んだようだった』『父が街へ出稼ぎに行っている間、父に心配をかけたくなかった私は、寂しさを隠しながらひとりぼっちで過ごしていた』
出稼ぎに行く父親を笑顔で送り出した優月は、遠ざかる背中を寂しそうな目で見つめている。
○優月の回想/幼少期(優月6歳)
優月モノ『朝方から降っていた雨もやみ、雲間から太陽の光が射し始めた暖かな春の日。街へ出稼ぎに行っていた父が、いつもより早い、お昼過ぎには帰ってきた』
森の中にひっそりと構えられている、古びた木造の山小屋。
父の帰ってくる気配に気づいた優月が家から飛び出してくる。
優月「お父さん、おかえりなさい! 今日は早かったね」
父親「優月。ただいま」
優月「あれ? その子は……」
優月が父を出迎えにいけば、父の後ろに男の子(薫)が立っていることに気づく。
薫は全身が泥などで薄汚れて、ボロボロな身なりをしている。
優月モノ『父の後ろに隠れるようにして立っていたのは、藤紫色の仄暗い目をした、綺麗な顔立ちの男の子だった』
父親「この子が森の中で倒れていてね。話を聞けば、奉公していた家で残飯を街の子どもたちにこっそり恵んでいたことがバレて、家から追い出されたらしい。元々身よりもないというし、放っておくこともできなくてね。連れ帰ってきたんだ」
優月「そうだったのね……。あ、それじゃあその子、うちに住むってこと!?」
父親「優月がよければ、父さんはそれでもいいかなと思っているんだけどね。どうだろう?」
優月「っ、大賛成だよ!」
優しく微笑んでいる父の提案に目を輝かせた優月は、薫の目の前まで歩いていく。
薫は困惑した顔で優月を見つめ返す。
優月(……あれ、何だろう、この匂い。甘くていい匂い)
優月は、薫から漂ってくるこれまで嗅いだことのない甘やかな香りに、内心で不思議に思う。
優月「わたしはね、花園優月っていうの。あなたのお名前は?」
薫「……薫。藤真、薫」
戸惑いながら小さな声で答えた薫に、優月は嬉しそうに笑いながら、薫の手を両手でそっと握る。
優月「かおるっていうのね! これから仲良くしてね」
薫「……うん」
優月モノ『私より三つ年上だった薫は、物静かで全然しゃべらない、大人びた子だった』
『だけど、少しずつ心を開いてくれるようになると、無邪気な笑顔を見せてくれるようになった』『仲良くなった私たちは、色々なことをして遊んだ』
『川で釣りをしたり、森の中でかくれんぼをしたり、花冠の作り方も教えてあげた』
『父が出稼ぎに行っている間、いつも一人きりで過ごしていた私にとって、薫と過ごす時間は時間も忘れてしまうほどに楽しくて、私の寂しさをうめてくれた』
『薫の存在は、私の中で、どんどん特別なものになっていった』
※仲睦まじく遊んでいる優月と薫の様子を描写する。
優月「ねぇ薫、何してるの?」
薫のもとに不思議そうな顔で近づく優月。
薫「見てろよ」
薫は自身の片手から紫みを帯びた炎を出す。
優月「きゃっ。び、びっくりした……すごい、これ本物の炎だよね?」
優月は目を丸めて薫の掌の美しい炎を見つめる。
優月モノ『あとから知った話だけど、薫は“稀血”の人間だったらしい』
『稀血とは、異能力が使える希少で特別な人間のことだ。古い先祖に妖がいた場合に、稀に出現する現象だといわれている。要は先祖返りによるものらしい』
『だけどこの時の私も薫も、そんなことは知らなかった。薫は、他の人とは違う自分の力に恐怖を感じ、受け入れられずにいたようだった』
薫「……手から炎が出せるとか、気味が悪いよな」
悲しそうな顔をしている薫に、優月は首を大きく振る。
優月「気味が悪いなんてことないよ! むしろすごい力だと思う! だから……っ、だから、そんな悲しそうな顔しないで」
優月は、悲しそうな顔をしている薫の頬にそっと触れる。
俯いていた薫は顔を上げて微笑む。
薫「ありがとう、優月。おれ……優月に出会えてよかった。これまで辛いこともいっぱいあったけどさ……優月と、優月のお父さんと過ごす今が、すごく幸せだから」
優月「薫……。あのね、私もお母さんが死んじゃって、お父さんが家にいない時間も増えて、ずっと寂しかった。だけど薫がきてくれたから、寂しくなくなったの。これからも、ずっと一緒にいてくれる?」
薫「……うん。ずっと一緒だ」
優月と薫は指切りをして笑い合う。
優月モノ『私は、この時にはすでに、薫に恋心を抱いていた。薫も、私のことを想ってくれていたように思う。だけど――あの日を境に、私と薫の道は違ってしまった』
○優月の回想の続き/幼少期(優月10歳)
優月モノ『薫が我が家にやってきて、四年の月日が流れた。私と薫の関係は相変わらずだ。年甲斐もなく一緒に森の中を駆け回って遊んでは泥まみれになって、父によく笑われていた』
優月「お父さん、大丈夫?」
優月父「ああ、大丈夫だよ。心配をかけてごめんね」
優月モノ『そんな父は、このところ体調が芳しくなく、床に伏せっていることが多くなっていた。出稼ぎに行けなくなってしまった父の代わりに、薫が街へ赴くことも増えていた』
※薫が一人で街へ出掛けていくのを優月が見送っている。
優月「雨が降りそうだけど、薫、大丈夫かな……あれ? 何だか外がさわがしいけど……もしかして、薫がもう帰ってきたのかな?」
家の窓から空を見上げていた優月は、不思議そうに首を傾げて、正面玄関に向かおうとする。
優月父は険しい顔をして優月の手を掴む。
優月父「いや、これは……。っ、優月! 今すぐにここから逃げなさい!」
優月「え? どうして……」
優月が話し終える前に、大きな音を立てて正面の扉が破壊される。
鬼の妖がぞろぞろと家の中に侵入してくる。
鬼の部下①「よお、邪魔するぜ」
鬼の部下②「ここにいるんだろ? 統領の孫娘は……お前だな」
※両者ともごつくて荒っぽい雰囲気で、手には刀や金棒のようなものを持っている。
鬼の部下と目が合った優月は怯える。
優月を守るように、優月父が優月の前に立つ。
部下二人の後ろから、鬼の統領である槐晃仁の側近である、櫂が現れる。
※櫂は茶髪で切れ長の目、スーツに身を包んだ色白で細身のイケメン。二本の角が生えている。二十代半ばくらいに見えるが、実際はもうすぐで百歳を迎える。
櫂「鬼の統領である槐晃仁様の命により、実の孫娘である優月様を迎えにきました」
優月「お、鬼のとうりょうって、何のことですか?」
櫂「優月様。貴女のお母様は、鬼の一族を取り仕切る槐家の統領である、晃仁様の実の娘でした。そしてそんなお母様の娘である貴女もまた、晃仁様の高潔な血を引かれている。妖たちを統べる力を持つ、偉大なお方の、孫娘なのです」
優月モノ『母が妖であることは知っていた。だけど私の知るお母さんは、普通の人間と何ら変わりはなくて。だから自分が妖の血を引いているという実感も、まるでなかった』
優月父「お帰りください。この子を、そちらの内輪揉めに関わらせる気はありませんので」
櫂「内輪揉めと仰いましたが、優月様もまた、こちら側の住人ですよ。……お父様。悪いようにはいたしませんので、まずは話だけでも聞いていただけませんか」
優月父「今更話すことなんて……」
櫂「晃仁様であれば、貴方と駆け落ちをされた月乃様の居場所などすぐに特定し、連れ戻すこともできました。ですがそうしなかったのは、貴方たちに対する温情や祝福の心があったからではないかと、私はそう思っています」
優月父「……」
優月父は考え込むような顔で黙り込む。
その間に、退屈そうにしていた鬼の部下①が優月に近づいてくる。
鬼の部下①「櫂さん、もういいじゃないですか。さっさと連れて行きましょうよ」
鬼の部下②「だな」
そこに、裏口から帰宅してきた薫が割り込んでくる。
優月「薫!」
薫「優月に触るな!」
鬼の部下①「あ~? 何だこのガキ」
薫は鬼の部下①に首根っこを掴まれ持ち上げられる。
その隙に、鬼の部下②が優月に手を伸ばしてくる。
優月は身を固くして恐怖に目を閉じる。
優月父「っ、優月! 今のうちに逃げるんだ!」
優月の父が、鬼の部下②の腕に懐に忍ばせていた小刀を突き刺す。
鬼の部下②「うがあっ……!」
鬼の部下①「おい、大丈夫かよ。っ、いってぇな……」
鬼の部下①が気を取られている隙に、薫は持ち上げられていた状態で鬼の腹を蹴り飛ばして拘束から逃れて、優月のそばに駆けてくる。
優月父「薫。優月のことを頼めるね?」
薫「……はい」
覚悟を決めたような顔で掌を握りしめた薫は、優月の手を引いて家の裏手から逃げようとする。
優月「薫、待って! 状況がよく分からないけど、逃げるならお父さんも一緒に……!」
櫂「おい、待て! 人間に危害を加える必要はない!」
櫂が制止の声を上げるが届かず、鬼の部下①が振るった金棒が優月父の腹部に直撃。
優月父は壁に叩きつけられる。
優月「っ、お父さん!」
振り返った優月は悲痛な声を上げ、薫の手を離して倒れている父のもとに駆け寄る。
そんな優月に鬼の部下が手を伸ばしてくるが、薫が間に立って睨みをきかせる。
薫は再び鬼の部下に軽々と持ち上げられる。
鬼の部下①「生意気な目をしたガキだな。櫂さん、こいつ、喰っちまってもいいですよね?」
薫「うっ……」
※薫、首元を軽く締められる。
櫂「おい、お前たち。これ以上勝手なことをするようなら……」
優月「もう、……もうやめてっ‼」
優月が叫べば、家中の窓ガラスが盛大に割れる。
優月のブラウンの瞳は金色に代わり、頭上から二本の小さな角が生えている。
畏怖を感じるような雰囲気で。
優月「……薫に手を出さないで。そうすれば、あなたたちに大人しくついていく。だけど、もしそれ以上薫に危害を加えるようなことをすれば……今ここで死ぬわ。私がいないと、困るんじゃないの?」
優月は窓ガラスの破片を自分の首元に当てて、脅すようなことを言う。
櫂「……分かりました。そこの少年には一切の危害を加えないと約束します。お前たち、その少年から手を離せ」
鬼の部下①が手を離し、薫は地面に落とされる。
優月「薫!」
薫「ゴホッ、……おれは、大丈夫だから……」
優月「……それから、お父さんを……」
櫂「部下の非礼をお詫びします。申し訳ありません。きちんとした法要と葬儀を経て弔います」
優月「……」
優月は静かに涙を流し、すでに息絶えている父親をジッと見つめてから、倒れている薫に視線を送る。
薫「っ、優月! 行くな……!」
優月「薫。……元気でね」
薫「ずっと一緒にいるって、約束しただろ!」
優月「……ごめんね」
足を止めた優月は、振り向かないまま悲しそうな声でそう言って、行ってしまう。
立ち上がり後を追いかけようとする薫に向かって、残っていた櫂がそばに屈みこんで何かを言う。
櫂「――――」
薫「っ、」
薫はピクリと反応を示す。
櫂「――そういうことだ。期待しているよ」
立ち去る櫂の背中を、薫は追うことなくジッと見据えている。
優月モノ『この時。薫と櫂の間で、秘密裏にとある約束が交わされていたことを――私は知らなかった』



