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翌日ヒダカの顔色は優れていなかった。土砂降りの雨の翌日にすら回復の兆しを見せた彼が回復していない。明らかに異様だ。箸も機械のように動かし、義務のように咀嚼している。
「……そんなジロジロ見るなよ」
「すみません。気になって」
「はは、米粒でもついていたか」
ヒダカは口元に指を寄せる。
「今日は仕事の後にまた打ち合わせがあるから遅くなる。だから今日も夕飯はいらない」
「ちゃんと食べていますか」
「何お袋みたいな事言っているんだよ。食べているだろう」
「今日は軽く食べられるものを用意しておくのでどんなに遅くても絶対食べてくださいね」
「だから食べてくるって」
「じゃあ胃を空けておいてください」
「……分かったよ」
半ば強制的に約束させる。本当に昨日は外食をしてきたのかもしれない。だが彼はショックを受けるとあまり食が進まないように見えた。そのうち本当に倒れてしまう。
「じゃあ行ってきます」
まだ不安はあるが踏み込みすぎも良くない。扉が閉まるまで手を振って見送った。
それからはいつも通りの日常を過ごした。部屋で原稿を進め、頃合いを見て外に出かける。ヒダカの帰りはここ数日遅い日が続いていたが話の断片から劇団の運営が芳しくないことが伝わってくる。
「……アーサーのお袋が倒れたんだ」
「失礼ながらどなたでしょうか」
「ああ、ごめん。忘れてくれ」
おそらく劇団員の一人だろう。しかしそれ以上は聞けなかったので詳細は不明だ。契約中の時だけ感情を表に出すことはあったがそれ以外はどこか虚ろだった。
そんなある日、珍しくヒダカが早く帰ってきた。公演までもう数日もない時期なのにである。
「おかえりなさい」
「ただいま」
明るい声だった。あまりにも爽やかで不自然過ぎた。
「今日は早いですね」
「根を詰めすぎても良くないからな。だいぶ練習したし後は本番に備えるだけだ」
「そういえば本番っていつでしたっけ」
「今週金曜日の午後六時から……あ」
そこまで話してヒダカは契約日である事に気が付いたらしい。
「ごめん、ちゃんと言ってなかった。金曜日は舞台があるから日付をずらしてもらえないか」
「構いません。予定があれば相談の上変更できる契約でしたから」
「ありがとう、アサガオさんが良ければ次の日でも構わない」
表情も声も元気だ。だからこそ空元気なのではないかと疑ってしまう。
「ヒダカさん」
舞台を見に行ってもいいか?そう尋ねようとするがやめる。劇団ならチケットのノルマがあるはずだ。何故誘われない。身体を求める契約相手だからか。劇団仲間に存在を知られたくないからか。
「なんだよ」
「……なんでもありません。舞台頑張ってください」
悪い思考に入ってしまったので止める。
「ありがとう」
ヒダカは笑顔を見せる。その表情を見るだけでこちらの胸の内は晴れた。少なくともこの時はそう思えた。

