いじらしい人



 数日後の水曜日、パソコン周辺機器の確認をしていた。ヒダカは帰ってくるのが遅くなるらしい。この日は配信日なので寝ている彼を起こすかもしれないと思っていたので丁度良かった。諸々の機器に不調が無いか確認を終えたところで手元に原稿を寄せる。
趣味で始めた配信だが思いの外好評なのでなんとなく続けてしまっている。というより強制的に締切を設けているおかげで常に目標がある状態だった。これは存外悪くない。三十分話すのは大変だが達成感があるし、常にネタが無いか周囲に目を向けるようになる。ボケ防止について考えるのは早いかもしれないが個人的には良い趣味だと考えている。
二十三時三十分になったので配信を始める。
「こんばんは。『古今東西アサガオさん』、略してココアサのお時間です」
 コメントがちらほらと流れてくる。話が逸れてしまうので軽く挨拶をしてすぐ本題に入る。
「霊が見えるようになりたいという投稿が一定数あるんですよね。みなさんそんなに霊を見たいんでしょうか」
リアルタイムの書き込みを見る。様々な意見が見受けられるがどちらかと言えば見たいという意見が多く見える。オカルトラジオ番組を聞いている時点で霊に興味がある事は間違いない。
「見える立場からすると多くの人が見えないはずのものが見えるって面倒くさいんですよ。例えば不気味な人影が横断歩道に立っていたとしますよね。でもそれが見えるのは自分だけなんです。他の人は見えないのでいくらでも行き来できます。ただ自分は見えるから怖くて通れない」
コーヒーを啜って喉を潤す。
「そうすると多くの人は何故あいつはあそこを通れないのか。変なやつだとなります。自分は証明できない。だって人影は不気味だけど何もしてこないから。他人に見せる事もできない。本当にそんな状況になりたいですか?」
自分だけの不思議な力に憧れるのは悪い事ではない。ただ平均、目立たない場所が好きな国民性にとって突出したものは打たれる。使い方を誤れば次に打たれるのは自分だ。
「私から言わせれば霊を見る事に固執するのは良くない。そもそも霊に必ずしも視認性がある訳ではなく、音しか出さない者もいるからです。つまり霊を認識するという願望はとっくに叶っていたのに、見る事に固執した事で見えなくなっていた。見方を変えるだけで良かったんです」
 コメントには訳が分からない、や反対に分かりやすいなど二分される意見で埋め尽くされる。ついてこれないならそれまでだ。
 ところでヒダカはいつ戻ってくるのだろうか。この配信は零時まで続く。明日も早いだろうにこんなに遅くて大丈夫だろうか。そう考えながら配信を進めていった。