ステージの上から見える観客達は、いつも僕に黄色い声を上げていた。
僕が足を一歩踏み出すだけで悲鳴が上がり、僕が台詞を言えば蕩けるような甘い息を吐く。
歓声も拍手も嬉しかったはずなのに……僕はずっと心の中で何かが引っかかっていた。
劇をするのは楽しい。
演じるのは楽しい。
一つの物語を、僕たち演劇部で形にしていくのも好きだった。
登場人物達の心情を、街並みを、物語の世界を、文字だけじゃ伝わらないものを、僕たちで作り上げて、形にしてみんなに見せる。
みんなに劇を楽しんでほしい!!
ただ。
僕が出ない劇は観客が少なかった。
その瞬間、ずっと引っかかっていたものがなにか分かった。
そうか。
みんな、僕しか見てなかったのかと。
最初は自惚れすぎだと思った。
けど、僕が出ない公演はあきらかに人が少なかった。
試しに、匿名で自由に感想を書けるノートを置いてみた。
すると、ほとんどの感想が『夏輝君がかっこよかった』『夏輝君がイケメンだった』『付き合ってください』など、匿名って書いてあるのに名前付き。酷い時は連絡先まで書いてあった。
「アハハ!まるでラブレターだね!このノート」
先輩はノートを見てそう笑っていたけど、僕はなんとも言えない気持ちだった。
だって、あんなに面白い話だったのに。他の人たちの演技もあんなに凄いのに。演出も光の当てからから音楽まで、全部が良いのにーー。
見られていたのは、僕の顔だけ。
「でもこの子は、凄いこと細かに書いてあるよ?ほら」
先輩が、ノートの一番後ろの一番端に書かれた文章を指さす。
そこには、他の人達の邪魔にならないようになのか、小さな文字で読みやすく淡々と書かれた感想文が、なかなかの長文で書いてあった。
脚本の内容の良さから、キャラクターの魅力、それに演出から照明の良さまで。
もちろん僕のことについても書いてあった。
ここの台詞に胸を打たれたとか、僕の演技のここの動きが良かったとか、こと細かに。たくさん。
匿名だったから名前は書かれていなかったけど、文面が関西弁で、すぐに誰かが分かった。
同じクラスの、糸目秋文君だ。
彼は学校内で有名だった。
なにを考えているのか分からないとか、裏でヤバい人達と繋がってるとか、アイツが笑う時は何か悪巧みを考えてるから気をつけろとか。
よくない噂ばかりが飛び交う、危険人物。
だけど、僕はそうは思えなかった。
だって、僕たちの公演を見てる時の彼の細い目は、いつもキラキラしていて眩しかった。
誰よりも純粋に、本当に楽しんで見てくれていた。
今思えば、僕はステージの上からいつも彼を気にしていた。
観客は沢山いたのに、僕は必ず彼を見つけて、キラキラな目を眺めては、一人で勝手に舞い上がっていた。
いつか彼と、話がしてみたい。
いつか彼と、劇の話をしてみたい。
もっと彼と、仲良くなりたい。
もっと彼を、たくさん知りたい。
彼とーー。
糸目君とーー。
「先輩」
「ん?なんだい?」
「先輩が、今回の劇の脚本を文芸部に頼もうって言ってくれたこと、凄く感謝してます」
こんなキッカケができるなんて思ってもいなかった。
初めて話した糸目君は、少し人見知りだけど、話したら普通に優しい人だった。
物語を作るのも上手だし、演技だって最初は苦戦してたけど、努力家で真面目だからすぐに上手くなってた。
ただ、気になったのはーー。
悪魔役に対する思い入れ。
一人で演技の練習をしていた糸目君は、辛そうで今にも泣き出しそうな声だった。
きっとアレは、自分と悪魔を重ねていた。
みんなから嫌われ者の孤独な悪魔が、自分と同じだって感じてしまったんだろう。
しかも最後、悪魔は英雄の手で倒されてしまう。
ーー僕は、違う。
「青羽君、そろそろ始まるよ」
「うん」
後ろを振り向くと、隅っこで下を向いたまま固まってる糸目君を見つけた。
きっと緊張してるんだろう。
「糸目君」
大丈夫。
「僕がいるよ」
糸目君の手を握ると、少し汗ばんだ冷たい手がゆっくりと握り返してきた。
「青羽君。俺、頑張るから」
深呼吸を繰り返し、細い目を見開いて、ライトが照らすステージを見つめる糸目君は、かっこよかった。
「糸目君、行ってらっしゃい」
「うん」
真っ黒なローブの衣装を着た悪魔は、ステージへと向かいながら、真剣だった表情を徐々にニヒルな笑みへと変えていった。
