比翼連理—たとえ明日が来なくても、あなたを愛したことだけは消えない—

風が吹く。
桜の花びらが肩へ落ちる。

蒼は空を見上げた。

青空だった。

陽菜が好きだった空。

「なぁ、陽菜」

小さく呼ぶ。

「桜、咲いたぞ」

返事はない。

もちろん。
返ってくるはずがない。

それなのに。
蒼は待ってしまう。

あの明るい声を。
あの笑顔を。

もう二度と会えないと分かっていても。

胸の奥が痛む。

時間が経てば薄れると思っていた。

悲しみも。
寂しさも。
愛も。

全部。

だけど違った。

失った人への想いは、消えるのではなく、
静かに積み重なっていくものだった。

蒼はベンチへ腰掛ける。

桜を見上げる。

あの日、
陽菜が座っていた場所。
笑っていた場所。
未来を話した場所。
約束した場所。

全部ここにある。

なのに。

陽菜だけがいない。

世界は残酷だった。

春は来る。
桜は咲く。
人は笑う。
街は動き続ける。

まるで何もなかったように。

けれど蒼の中では、
あの日からずっと時間が止まっていた。

陽菜の最後の手紙。

今でも持っている。
何度読んだか分からない。

紙は少し傷んでいる。
文字も少し薄くなった。

それでも最後の一文だけは、今も鮮明だった。

『ずっと愛しています。』

蒼は目を閉じる。

涙が一粒落ちた。

三年経っても。

涙は枯れなかった。

忘れられなかった。

忘れたくなかった。

陽菜を愛した日々は、
蒼の人生で一番幸せな時間だったから。

そして、一番悲しい時間だったから。

夕暮れが近付く。

桜色だった景色が、少しずつ橙色へ変わっていく。

蒼は立ち上がった。

帰らなければならない。

でも足が動かない。

もう少しだけ。
もう少しだけここにいたかった。

もし奇跡があるなら。
もし願いが叶うなら。

もう一度だけ会いたかった。

声を聞きたかった。

名前を呼んでほしかった。

「蒼」

そう笑ってほしかった。

けれど。
奇跡は起きない。

春は優しい。

だから残酷だった。

思い出を連れてくるから。

蒼は最後に桜を見上げた。

花びらが風に乗って空へ舞う。

その姿は、
まるで陽菜が遠くへ行ってしまう日のようだった。

手を伸ばしても届かない。

呼んでも戻らない。

愛しても会えない。

それでも。

それでも蒼は、
最後まで陽菜だけを愛していた。

桜が散る。

春が終わる。

そして今年もまた、
陽菜のいない春が過ぎていく。

蒼は静かに背を向けた。

振り返らない。

振り返れば、もう歩けなくなる気がしたから。

桜の花びらだけが、
誰もいなくなった公園に降り続いていた。

まるで、二人の叶わなかった未来を弔うように。