比翼連理—たとえ明日が来なくても、あなたを愛したことだけは消えない—

三月。

病室の窓から見える木々に、小さな芽が付き始めていた。

春は確実に近づいている。

約束の季節。
桜の季節。

けれど陽菜の身体は、その春に追いつけなくなっていた。

発作は以前より頻繁になった。

少し話すだけで息が切れる。
起き上がるだけでも疲れる。
それでも陽菜は毎日窓の外を見ていた。

春を待つために。

蒼との約束を信じるために。

机の引き出しには、一冊のノートが入っている。
蒼への手紙。

何十ページにもなったその手紙は、
もう手紙というより、一冊の物語だった。

初めて出会った日のこと。
文化祭のこと。
夏祭り。
海。
観覧車。
クリスマス。

全部書いた。
忘れたくなかったから。

蒼にも忘れてほしくなかったから。

ある日の午後。

蒼が病室を訪れた。

「今日は元気そうだな」

陽菜は微笑む。

「今日はね」

本当は少し苦しかった。
けれど蒼の前では笑いたかった。

最後まで。

蒼は椅子へ座る。

最近は会話の量が少し減っていた。
話すのが辛いことを知っているから。

それでも来る。

ただ隣にいるために。

静かな時間。

「ねぇ蒼」

「ん?」

「もしさ」

またその話だと思ったのだろう。
蒼は少し困った顔をする。

「今日は最後まで聞いて」

その言葉に、蒼は何も言わず頷いた。

「もし私が先にいなくなったら」

蒼は俯く。

「幸せになってね」

静かな声だった。
蒼は何も答えない。

「ちゃんと笑って」

「……無理だ」

小さな返事。

陽菜は少し笑った。

「無理じゃないよ」

「無理だ」

蒼の声が震える。

「陽菜がいないのに」

初めてだった。

蒼がこんな弱音を吐いたのは。

陽菜は嬉しかった。

同時に苦しかった。

愛されている。

それが分かるから。
だからこそ残していけないと思った。

「大丈夫」

陽菜は優しく言う。

「蒼は強いから」

「強くない」

「強いよ」

蒼は顔を上げない。

その肩が小さく震えていた。
泣いているのかもしれない。

陽菜はそっと手を伸ばした。

二人の指先が触れる。

温かかった。

その温もりを忘れたくなかった。