トントン、おとなりです。

 理来はモテる。そんなことは分かっている。左側にきれいな女性を連れて歩いていても、まぁ仕方ないかなとは思う。
 でも、その女性が胸を押しつけるように、腕を絡ませていたら、話は別だ。

 ムッとする僕の頬を、隣に座る桐谷がツンツンした。

 「佐藤〜、顔に出てんぞ」

 「いくらなんでもないよねぇ?」

 「ま、あれは先輩が全面的に悪ぃな」

 大学の食堂。今日はいつもよりざわめきが大きい。理来の方を見ているのは、僕だけじゃなかった。

 どこからか声が飛んでくる。

 「あの人、彼女かなぁ」

 「最近、よく笑うようになったもんね」

 「あーあ、ついに人のものになっちゃった」

 理来は僕の恋人なのに。
 止めていた息を吐き出して、無理やり視線をはがす。

 「おいおい、泣くなよ」

 「泣いてないし」

 「目潤んでる」

 桐谷は一瞬だけ、いたずらっぽい笑みを浮かべた。

 伸びてくる手。身を乗り出して、僕の頬に手を添える。反対の手で、僕の下瞼をそっと拭った。

 「なにやってんの?」

 「ん?んーと、牽制?」

 「ねぇ、面白がってるでしょ」

 「バレた?」

 桐谷の手を思いきり振り払うと、「ガシャン」と派手な音がした。

 「わっ!」

 一瞬、食器に手が当たってしまったのかと思ったけど、そうじゃなかった。

 とっさに振り向く。

 僕の隣に置かれた食器。
 注いだばかりの湯気の立つおみそ汁が、トレイからはみ出して、テーブルにまで豪快にはねていた。

 おそるおそる視線を上に持っていく。

 「り、鈴木先輩……」

 見たことないくらい怖い顔。インターンシップに行く前、コンビ二で言い合いしたときを思い出す。

 ふと、隣にあの女性がいることに気づいた。驚いたように目を丸めているけど、腕はまだしっかり理来に絡んでいる。

 途端に、僕も理来と同じくらい怖い顔になった。
 なんで、目の前で見せつけられなくちゃいけないの?

 スッと立つ。椅子を引きずる音が、やけに低く聞こえた。

 「先輩、ちょっとお話があります」

 「……えっ?!」

 理来は怖い顔をやめて、今度はぽかんと口を開ける。僕は絡まれている方の手首を掴んだ。

 「ちょっと!なにすんのよ!」

 女性が低い声で言って眉をしかめたけど、僕は無視して先輩をぐんぐん引っ張った。

 「あ、東?」

 「行ってら〜」

 背中から桐谷ののんきな声が聞こえて、「あとで覚えてろ」と、口の中だけで呟く。



 誰もいない空き教室。窓際まで引っ張ってから、僕はようやく手を離した。

 くるっと振り返って、正面に向き直る。理来は俯いたと思ったら、僕を上目遣いに見てきた。

 「東、怒った?ごめん、だって桐谷が……」

 なに、その顔?怒られた犬みたいな。僕が怒ってる理由、絶対分かってないでしょ。

 「鈴木(・・)先輩、あの女の人、誰?」

 「女の人……?」

 「先輩にくっついてた!胸、押しつけられて、鼻の下伸ばしてたくせに!」

 理来はまたポカンのあと、お腹を抱えて笑い出した。
 僕はますますムッと唇をとがらせる。

 「なんで笑うの?!僕は!」

 「違う違う」

 理来は慌てたように僕の二の腕を掴む。振り払おうと身をよじるけど、理来の力は強かった。

 「あいつ、男だから」

 「……は?男?」

 変な声が出て、僕の動きが止まった。

 「しかも彼女いるし」

 「……彼女」

 頭が真っ白になっていると、今度は理来が目を細めて、じりじりとにじり寄ってくる。

 「東こそ、なんで桐谷に顔触られてんの?」

 「あ、あれは……桐谷が僕が泣いてるって勘違いして……」

 「泣いてたの?だからって、触らせちゃだめでしょ」

 「理来だって、男の人だからってベタベタしないでよ」

 窓に背中がつく。冷たさを覚悟したけど、理来の手が窓との間に挟み込まれていて、そこだけ異常に熱い。

 「理来。……ふふ、なにこれ」

 なんだか知らないけど、面白くなってきた。理来も目元を柔らかく緩めて、僕の頬をそっと包み込む。

 「俺、東のこと好きすぎるのかも」

 「そんなの、僕だって」

 熱をはらんだ瞳が近づいてくる。

 鼻の先が触れて、くすぐったい。
 そう思ったのもつかの間、僕の唇が甘さに覆われた。

 一度離れてから、もう一度。

 今度はついばむように。

 唇が熱く痺れてきたころ、理来の顔が離れて、僕たちはしばらく笑い合っていた。