君のためのファンファーレ

第四クオーターがもうすぐ終わる。
審判が時計を確認する動作につられて、俺もスコアボードの隣に表示されている時計を見た。
試合終了の時間は過ぎた。
けど、アメフトはタイマーが〇になっても、プレーが始まっていたら、そのプレーが終わるまでは終わらない。
つまり、これが本当に最後のワンプレー。
タッチダウンを決めて逆転するか、味方が倒されて終わるか……。
レシーバーが一斉に走り出すと、クォーターバックの新庄君が、走り出したレシーバー達と相手の選手達の位置を確認して、誰に投げるか狙いを定めているようだ。
その間、味方のオフェンスが相手のタックルを押さえ込む。

頑張れ――。

俺達は、渾身の『負けるな』を音に込めて演奏する。
トランペットやサックスの遠くまで通る音が鳴り響く。

新庄君がボールを投げた先にいたのは、やっぱり立花。
立花はボールを掴むと、そのまま前を向いてエンドゾーンを見据えた。
前だけを向いて走り出す。
その姿に、心の奥が熱くなった。

走れ――。

ボールを持って、グラウンドを駆け上がる立花。
あと少し。
だけど、エンドゾーンまであと数ヤードのところで、立花が相手のディフェンスに捕まってゲームセット。
試合終了のホイッスルが鳴り響く。
試合結果は二十二対二十七。
わずか五点の差で、立花達が負けた。

下を向くな、自分を誇れ――。

そんな思いをトランペットの音に乗せて、俺は最後に一音を鳴らした。



試合が終わり、両校の選手達が着替えや片付けをしているのを横目で見ながら、俺達も楽器をしまう。

「おしかったね……」
「……だね」

速水君は「ここは僕達に任せて、理央君は立花君のところに行って来てもいいよ?」と言ってくれたけど、正直会いに行くか迷ってる。

「うん……」
「なにか、約束してたんじゃないの?」
「……そうだけど。俺の予想だと、多分、その約束はなかったことになるんじゃないかな」

俺がそう言うと、速水君は「その約束を抜きで考えた時に、理央君はどうしたいの?」と問いかけてくる。

「……俺が?」
「うん」

速水君はうなずくと「本当に、このまま立花君に会わなくてもいいの?」と、もう一度俺に聞く。

「……」

多分、後悔するだろうな。
そう思った時点で俺の負け。

「……ここ、任せてもいいかな?」
「もちろん!」

俺は速水君に後を任せて、立花のいるグラウンドを目指して走った。



「うお! 理央先輩じゃん」
「デジャヴだな」

うちの高校が集まっている場所に来たけど、そこに立花の姿はなかった。

「応援ありがとね」
「お疲れ様」

俺がキョロキョロと辺りを見回していると「蓮太郎ですか?」と聞いてくれた。

「どこにいるか知らない?」

新庄君はうーんと唸りながら「あっちの建物の裏に行きました」と、しぶしぶといった様子だけど教えてくれた。

「ありがとう」
「あー……でも、今はやめておいたほうがいいかもしれないです」
「なんで?」

俺がそう聞くと「……多分、蓮太郎めちゃくちゃ落ち込んでて、いつもみたいにかっこいい蓮太郎はいないんで」と苦笑した。

「かっこいい?」
「はい」

新庄君の言葉に、俺はフッと笑い出しそうになった。

「俺にとって立花は、かっこいいよりかわいいでしかないよ」

一瞬目を見開いた新庄君は、すぐに大きな口で笑いながら「理央先輩、かっこいー!」と楽しそうに叫んだ。

「蓮太郎のこと、よろしくお願いします!」
「任された」

新庄君にお礼を言って、俺は建物の裏を目指す。
立花を探しながら歩いていると、建物の壁を右に曲がったところで見つけた。
悔しそうに頭を抱えるようにしゃがみ込んでいる立花の後ろ姿は、俺に怒られて部屋の隅で落ち込んでいるロンのようだった。
立花のもとへ歩き出すと、砂と砂利が混ざった地面から、ジャリっという音が鳴る。
その音に気づいた立花は、伏せていた顔を一瞬こっちに向けたけど、俺を見てまたすぐに顔を隠した。

「……立花」
「……」

声をかけても返事がない。
ふむ、どうしたものか。
俺がそんな風に考えていると、立花が恐る恐るといった様子で目から上だけ出した。

「負けちゃいました……」

そう言って落ち込む立花に、俺はかける言葉が見つからなかった。
頑張ってきたことは知っている。
全力で走っていたことも分かってる。
それでも、どんなに努力しても、頑張っても……報われない努力っていうのは、生きていれば絶対にあるんだ。

「すみません……」
「なんで謝るの?」
「……せっかく、先輩が応援してくれたのに……」

本気で落ち込んでる立花。

「……でも、速かったよ」
「……ありがとうございます」

立花は伏せていた顔を上げると立ち上がる。
だけど、相変わらず俺に背を向けたまま。
そろそろこっちを向いてほしいんだけどな。

「……試合前に、俺が言ったことは忘れてください……」

やっぱり、と思った。

「……伝えたいことがあるって、言ってたこと?」
「……はい」

立花はギュッと拳を握ると「……勝ったら伝えるって、決めてたんで……」と悔しそうに言った。

本当に、立花蓮太郎は、どこまでいっても真っ直ぐで、律儀な男だな。

俺に背を向けてる立花に近づいて、背中にそっと手を触れた。
立花の背中がビクッと驚いたように震えたのを感じた。

着替えたばかりのはずのTシャツも、汗で色が変わっている。
変わっていない部分なんて、ほとんどどこにも見当たらない。
それだけ、立花が真っ直ぐ前を向いて、エンドゾーンを目指して走っていた証拠だ。
そんな汗だくの背中が、俺には誇らしい。

「夏のコンクール……。これが、俺の最後の大会になるんだけど……」

俺がそう言うと、立花はゆっくり俺の方を振り返った。

「そこで、もし……俺達が金賞をもらえたら……」

顔を上げて、立花に視線を合わせる。

「伝えたいことがあるんだけど、聞いてくれないか?」

そう言った瞬間、立花が目を見開いて、固まった。
そして、俺の言葉の意味を理解したらしい。
立花の顔がみるみる真っ赤に染まっていくのを見て、思わず笑い出しそうになった。