君のためのファンファーレ

六月下旬。
関東高等学校大会の決勝戦の日、俺達はチア部のメンバー達と一緒に会場となるアミノバイタルフィールドに到着した。

「理央君、今日はありがとう!」
「ううん。今日はよろしくね」

チア部の副部長から改めてお礼を言われてしまった。
むしろ、俺達にもアメフト部を応援させてくれてありがとうだよ。

「そしたら荷物置いて、場所の確認をしようか」
「はい!」

部員達に声をかけて荷物を置いていると、グラウンドにアメフト部の選手達が出てきた。
相手チームは、去年の優勝校らしい。
ガタイもよくて、強そうだな。

「理央君、立花君達も出てきたよ」
「……本当だ」

相変わらず目立つな。
立花が出てきたことで、観客席の生徒や卒業生達のテンションが上がっている。

「立花ー!」
「蓮太郎ー!」
「頑張れよー!」

立花は嬉しそうに観客席からの声援に応えている。
うん、いつもの立花だ。

俺に気づいた立花が、満面の笑みを浮かべながら大きく手を振った。
まったく、恥ずかしいヤツめ。
そう思いながらも、小さく手を振り返すと、さらにブンブン手を振ってきた。

「立花君も、元気だね」
「だな。決勝戦なのに緊張してないみたいで羨ましいよ」

チューニングが終わり、試合開始の時間を待つ。
選手達も、ウォーミングアップが終わったようだ。
グラウンドにいた立花が、先輩になにかを言いにいっている。
なにをしてるんだ? なんて思っていると、立花が観客席の方に向かって歩いて来る。

「キャー!」
「蓮太郎くーん!」

女の子達が立花のもとに集まってくる。
前にも見た光景だけど、なんかちょっとモヤっとした。なんでだ?

フェンスまでやって来ると、立花は女の子達に「ありがとう、応援よろしくお願いします」と言ってから俺のほうを見た。

「理央先輩!」

おいおい、呼ぶな、呼ぶな。
みんなの視線が一斉に俺を向いたぞ。

「行ってあげたら?」
「〜っ」

ですよね。
俺は渋々、立花のもとへ向かう。
女の子達の視線が怖いですよ。

俺は腰ほどの高さのフェンスに手を置いて、立花と目線を合わせながら「どうした?」と、少し小さな声で聞く。

「今日は、応援よろしくお願いします!」
「うん。全力で応援するよ」
「ありがとうございます! 俺のために、トランペット吹いてくださいね!」

ま、まあチーム全体の鼓舞のために吹くんだけどな。

「はいはい」

攻撃の主役である立花のテンションを下げたらダメだと思って、とりあえず肯定の返事をしておく。
俺の返事を聞いて満足したのか、立花はニッコリと笑った。

「早く戻りなよ」

俺がそう言おうとしたタイミングで、俺の手に立花の手が重なった。

えっ――?

驚いて立花を見つめると、いつもの立花の笑顔がなく、真面目な顔をしていた。
まるで、獲物を逃さない、といったような真剣な表情に、俺の心臓が一瞬止まった気がした。

「理央先輩……。この試合……理央先輩の音の力を借りて、絶対に勝ちます」

立花は、重ねた手にやさしくギュッと力を入れると「だから……終わったら、俺に時間をください。伝えたいことがあるんです」と告げた。

「な……」

なんだそれ。
俺が動揺をしていると、立花は「待っていてくださいね!」と、いつもの調子で嬉しそうに笑った。

「それじゃあ、またあとで!」

立花がチームに戻って行く後ろ姿から、目が離せなかった。

「な、んだよ」

今、絶対顔赤い。
あいつがなにを言おうとしてるのか、なんとなく察した。
勘違いかもしれないけど。

でも、多分――いや、きっとそう。

あんな熱っぽい表情で、なんて爆弾投下していくんだよ。
俺は下を向いたまま速水君の横に戻った。

「なにかあった?」
「べ、別に……」
「……ふーん」

納得してない顔で俺を見てる速水君のことを無視して、俺は楽器をケースから取り出す。

「……フゥ」

ドキドキしている心臓を落ち着かせるために、俺は深呼吸をした。
グラウンドには、選手達が定位置につく。

ピーッ!という笛が鳴って、いよいよ試合が始まった。

最初は、立花達はディフェンスの番だから、立花はベンチに座っている。
ここからだと横顔しか見えないけど、真剣な顔で試合の行方を見つめている。
時折、大きな声で味方の選手達に向かってなにかを叫んでいる。

相手のチームがタッチダウンとキックで七点取ると、今度は立花達のオフェンスの番だ。

新庄君のすぐ後ろに立花が立っている。
二人がなにか話しているけど、当然俺たちのもとへは届かない。
俺は、背筋を伸ばして肩の力を抜いてから、トランペットを構える。
マウスピースに唇を軽く当てて、攻撃が始まる瞬間を待つ。

「セット……!」

掛け声を同時に演奏と、チアのダンスが始まった。

「ハッ!」

新庄君がボールを受けとると、迷いなく立花にボールを渡した。
新庄君からボールを受け取った立花は、顔を上げて通れる道を探しているようだ。

「外、外、外!」
「外、そのまま抜け!」

立花は人が密集している真ん中じゃなくて外に向かって走って行く。
その立花を、相手のディフェンスの選手が追いかける。

「詰めろ!」

相手の動きを見て、立花が進む方向を内側に切り返した。
なんて速さで切り返すんだろう。
思わず演奏に力が入る。

「なっ!」

重心をズラされたディフェンスの選手は、立花に向かって手を伸ばしたが、そのまま地面に転がった。
そして、立花は芝生と土をえぐりながら、そのままグラウンドを駆け上がって行く。

「行ける! 前前、そのまま進め!」

二十ヤードほど進んだところで立花は相手選手に捕まったが、観客達の歓声がすさまじかった。

「おおおお! 立花ー!」
「ナイスラン!」

その後のキックも決まり、点数は七対七で同点。
そのまま、試合は進んでいった。

第一クオーター、第二クオーター、ハーフタイムがあって、第三クオーター、そして第四クオーター。
第四クオーターに入ると、選手達の疲労の色が見える。
攻守交代制といっても、出ている間は頭を使いながら走り回って、相手のタックルをかわして、ボールが落ちたら奪い合いになったり……考えただけでも体力が追いつかない。
ベンチに座っている立花も、肩で息をしているようだ。

あんな状態で、終わったらちゃんと伝えられるんだろうな。

無我夢中にボールを追って、言いたいことは忘れましたなんてオチ、やめてくれよ。
なんて、そんなことを思いながら気がつけば俺は、グラウンドのボールの行方よりも立花の姿を目で追っていた。

「これだけ夢中になれるんだな……」

俺が無意識にこぼした言葉を、速水君が拾った。

「それは、アメフトのこと?」
「……え?」
「それとも、立花くんのこと?」

そんなわけ――ないとは言えない、かもしれない。