君のためのファンファーレ

だめだ……。
夏のコンクールまであと二ヶ月ないくらい。
まだ演奏が揃わない。

「ストップ!」

顧問の先生も、思わず演奏にストップをかけた。

「……もう一度、頭から」

何度繰り返しても、一箇所、どうしても揃わない。
この状況で、夏のコンクールに間に合うのかな……。
それに、アメフト部の応援もある。
やることがありすぎて、正直頭がパンクしそうだ。

「……これ、間に合うのかな?」
「分かんない……」
「やっぱり去年の三年生が抜けた穴は大きいね」
俺への批判ではない。
多分。
だけど、みんなの不安がすべて俺への批判に聞こえてくる。

「……理央君?」
「……ん?」

速水君が心配そうな顔で「大丈夫?」と聞いてくれたけど、大丈夫じゃない気がする。
俺が部長じゃなければ、もっとうまくいってたのかな。
そんな不安が頭をよぎる。

「……ごめん、大丈夫だよ」

そう言ったけど、速水君の表情は変わらなかった。
全体練習が終わり、個人の自主練の時間になる。

「理央先輩、まだやりますか?」
「うん、もう少しやっていこうかな」

同じトランペットパートの後輩が「あんまり無理しないでくださいね」と残して音楽室を出て行った。

「……」

なんとかしないと――。

こんな気持ちで吹いているからダメなのかもしれない。
でも、焦りが消えない。
ああ、もう。
俺を部長に選んでくれた先輩達には申し訳ないけど、絶対俺じゃなかった。
どうすればいいのか分からない。
そんな事を考えていると、ジワッと涙が滲んできた。

「理央先輩!」

あの日と同じように、大きな音を立てて音楽室に入ってきたのは立花だった。

「せ、んぱい?」

しまった――!

俺は急いで涙を拭きながら「ど、どうしたの?」と冷静を装って立花に問いかける。
しかし、それで誤魔化されてくれるほど立花は単純じゃなかった。
一瞬で俺の前に来ると「それ、俺のセリフです……」と真面目な顔をした。

「……なんでもない」
「うそですよね……」
「なんでもないよ。目にゴミが入っただけ……」

俺がそう言うと、立花は俺の両腕を軽くつかんで「お願いします……。俺を、頼ってください!」とお願いされてしまった。
まあ……同じ部活の人に弱音を吐くよりは、立花の方が言いやすいか……。
俺はそう開き直ると、床に座った。俺の横をポンポンと叩いて、立花も座らせる。

「……」
「……」

軽く息を吐いてから「俺……」と、今の気持ちをこぼす。

「俺……多分、部長向いてないんだよね」
「……そ、そんなこと!」
「大丈夫、それは俺が一番よく分かってるから」

俺は膝を抱えている腕にギュッと力を入れると、顔を伏せた。

「音楽が好きって気持ちだけで突っ走ってきたけど……コンクールは一人で演奏するものじゃないからさ。もっと、ちゃんと周りを見ないと……」

あー……自分で言ってて結構落ち込むな。
というか、なんで俺は立花にこんな話をしてるんだろう。

「……理央先輩」
「……ごめん、こんな話されても困るよな」
「理央先輩!」

立花の少し大きな声に、俺はびっくりして顔を上げた。
目の前には、真剣な顔をした立花の顔のドアップがあって、さらに驚いて後ろにひっくり返りそうになった。

「危ないっ!」

床に頭をぶつける前に、立花が俺の頭の後ろに手を入れて支えてくれた。
んだけど、近いな!ふわふわの髪の毛が俺の額をなでてくすぐったい。

「立花……?」
「……」
「立花!」
「……っ!」

二回呼んで、ようやく気づいた立花は「わー!! す、すみません!!」とすごい速さで俺から離れた。
これが光の速さか。

「あ、その……えっと、違うんです、今のは不可抗力で……!」
「別に気にしてないけど」
「……少しは気にしてくださいよ」

眉間にシワを寄せて、少し悔しそうな表情をした立花が小さな声でつぶやいた。
立花の声が小さ過ぎてなにを言ってるのか聞こえず「え? なんて言った?」と聞き返すが、立花は「……なんでもないです」と少し不貞腐れたような顔で答えた。
なんなんだ?

「……さっきの」
「ん?」
「……さっき、理央先輩が言ってた部長に向いてないとか、コンクールの話とかなんですけど」

さっきの話、できれば忘れてほしかったんだけどな。

「ごめん、忘れてくれ」
「……俺、正直音楽のこととか、なんにも分からないんですけど……」

忘れろって言ったのに無視か? 普通に話を続けたな。
まあ、いいけど。
スポーツマンの立花なら、そうだろうな。
むしろ音楽まで知ってたらびっくりだ。

「あの日……初めて理央先輩の演奏を聴いた時……俺の胸がグワー!って熱くなったんです」
「グワー……?」
俺が繰り返すと「語彙力がないのは許してください」と恥ずかしそうにした。

「……俺も、スカウトでこの学校に来て、期待の新人とか色々言われて、正直なことを言うと少し参ってたんです……」

そう言って、当時の気持ちを吐き出した立花に俺は少し親近感がわいた。
すごいって言われてる立花も、同じようにプレッシャーを感じてたんだな。

「それで、色々考えながらガー! って外周してたら、理央先輩の演奏が聴こえてきて……この演奏かっこいい! って思ったんです」
「……マジ?」
「マジです! 音がすごい綺麗なのに力強くて……よく分からないけど心にグッときて! 気づいたら足が部室に向かってました」

俺の音楽でも、誰かの原動力になってるのか――。

「俺、理央先輩の音楽が大好きです! あの時も言いましたけど、今も思ってます!」

立花は太陽みたいな眩しい笑顔で「だから、理央先輩は理央先輩の想いを大切にして吹いてください! きっとうまくいくと思います!」と言い切った。

よくもまあ、そんな恥ずかしいセリフをすらすらと言えるな、と感心したけれど――そんなことよりちょっと待て。
俺は思わず下を向いた。

「理央先輩!?」
「……あー……うん」

なんだ、あー、うんって。
返事になってないだろ。
俺の欲しかった言葉を、俺が欲しいと思った時に、裏表ない真っ直ぐな言葉で伝えてくれるなんて反則だろ。
泣きそうになるだろ。

「り、理央先輩……?」

いきなり顔を伏せてオロオロしてる立花には申し訳ないけれど、こんな顔を後輩に晒すことなんてできない。

「大丈夫ですか?」
「……うん、大丈夫」

あの日と同じで俺の心はいつの間にか軽くなっていた。