君のためのファンファーレ

「アメフト部の応援ですか?」
「そう。昨日、アメフト部の顧問から打診があってな」

俺は、吹奏楽部の顧問に呼ばれて職員室に来ていた。

「アメフト部の応援って、いつもチアだけじゃないですか?」
「そうなんだよ。ただ、今回、アメフトの関東高等学校大会の決勝とチアの地区予選が被るらしい」
「なるほど……」
「出ないメンバーで行けなくはないんだが、あの人数だと決勝戦での華が足りないから、吹部も来て欲しいんだと」
「……六月」
「こっちの予選は七月末からだろ? 全体練習にもなるし、いいんじゃない?」

顧問にそう言われてしまったら、イエスと答えるしかないだろう。
俺がうなずくと「よし! これでアメフト部の顧問に貸ができたな!」と、少し悪そうな顔をした。
大人の事情に俺達を巻き込んでない? まあいいけど。

教室に戻る途中、大きな声で「理央先輩ー!」と呼ばれた。
振り向かなくても分かる。

「立花」
「こんにちは!」

今日も元気だな。

「聞きましたか? 応援の話!」
「聞いたよ」
「来てくれるんですか?」

キラキラとした瞳で真っ直ぐ見つめる立花に、俺はイタズラ心が芽生えた。

「残念だけど……」
「え!? ダメなんですか!」

さっきまでとは打って変わって眉毛を八の字にする立花に、揶揄いがいのあるヤツだと感心してしまった。
ロンの垂れ下がった耳が見えるのは幻覚かな?

「俺が参加できるかは分からないけど、吹部も応援に行くよ」
「!」

俺がそう答えると、立花は一瞬垂れ下がった耳をピン! と立てたけど(幻覚)、また少し垂れ下げた(幻覚)。

「俺……理央先輩の演奏で応援してもらいたいです……」

そ、そんなおやつをお預けくらって食べたいアピールをしてるロンみたいな顔をするな。

「そんなに?」
「え?」
「俺じゃなくても嬉しいんじゃないの?」

そう言った瞬間、立花は俺の手をつかんだ。
やさしく壊れないような配慮を感じた力の入れ方に、思わずドキッとしてしまった。

「……」
「立花……?」

立花が俺のことを真っ直ぐに見つめた。
その表情は、いつも見せる大型犬のような可愛いものじゃなく、試合中のタッチダウンを狙うソレだった。

「っ!」
「理央先輩……俺……!」

立花は、少しだけつかんでいた手に力を入れると「理央先輩に見ていてほしいです……。応援席から、俺のために演奏してください」と、真剣な眼差しで俺を見つめる。
その、あまりにも真剣な表情に、俺の心臓がドキッと大きな音を立てた。

「わ、分かった」

反射的にうなずいてしまった。というか、この表情で見つめられてノーと言える人間がいるのか?

「ありがとうございます! 理央先輩の音なら、俺、もっと速く走れる気がするんです!」
「そんなに万能か?」
「この前も言ったじゃないですか!」

立花は「俺、理央先輩のことも、先輩のトランペットの音も大好きなんです!」と言って幸せそうな顔をした。

お昼休みに入ると、俺はカバンから財布を取り出した。

「あれ? 今日は購買?」
「うん。今日は母さんが寝坊したから」
「そっか。一緒に行こうか?」
「大丈夫」

速水君に断って、俺は購買に向かった。久しぶりに来たけど、やっぱり昼の時間は混んでるな。

「おばちゃん、焼きそばパン!」
「こっちもー!」
「あ、それ俺んだって!」

このままだと売り切れそうだけど、この人混みの中に参戦する度胸はない。
仕方ないから人が減るのを待つか。そんな風に思っていると「あれ? 理央先輩?」と後ろから声をかけられる。

「新庄君」
「なにしてんの?」
「人がはけるのを待ってるの」
「なにそれ」

新庄君はそう言うと、人混みの中に突入していった。
おお、さすがアメフト部。
先頭までたどり着いた新庄君が、お金を払って戻って来た。

「はい!」
「え?」

新庄君の手にはサンドイッチがあった。

「お昼、これでいいですか?」
「えっと……なにが目的だ」

俺がそう言うと、新庄君は大笑いしながら「なにもないですって! 人がはけるの待ってたら、理央先輩の食べるご飯なくなっちゃうよ!」とサンドイッチを手渡してきた。

「あ、ありがとう……」
「そんな警戒しないでくださいよー」

新庄君は買ったパンを早速開けると、そのままひと口食べた。

「おっ! うま!」
「……立花は?」
「蓮太郎なら教室ですよ。試合も近いんで、作戦会議中です!」
「なるほど」

二人で並んで教室に向かう。

「理央先輩」
「ん?」

食べ終わった新庄君が、俺の名前を呼ぶ。
このサンドイッチはやらないぞ。

「決勝戦、吹部も応援に来てくれるんですよね? 楽しみにしてますね!」
「ああ」
「あと」

新庄君は俺のことを見ると「ありがとうございます」とお礼を述べた。
感謝されるようなことをした覚えはないのだけど。

「この前、蓮太郎のことかばってくれましたよね?」
「かばう……?」

なんの話だ?

「理央先輩が、同じクラスのアメフト部の先輩達に、かっけー啖呵切ってるの聞いちゃいました!」
「……?」
「え? マジで忘れてる?」

アメフト部のヤツらと話をしたことは覚えてるけど、別にかばったつもりはない。

「俺は、事実を言っただけだけど?」

俺がそう答えると、新庄君はますます嬉しそうな顔をする。

「蓮太郎って、あんな感じだからプラスのこともたーっくさん言われるし、それに僻んでマイナスなことを言ってくる連中もたーっくさんいるんです」

それは、そうだろうな。容易に想像できる。

「だから理央先輩が、ちゃんと蓮太郎のことを見てくれてるんだって知って、俺、嬉しかったです!」
「そ、そうなの?」
「はい! 蓮太郎の本質の部分に気づいてくれて、ありがとうございます!」

新庄君はそう言うと「それは、そのお礼!」と俺の手の中にあるサンドイッチを指さした。

「……お前、いいヤツだな」
「え、今!?」