君のためのファンファーレ

日曜日の朝、いつもはロンに起こされるまでノロノロしている俺が早起きをしたことに母さんが驚いた。

「おはよう、理央。今日は早いのね?」
「うん」

俺はロンを抱きしめながら「今日は出かけるからお昼ご飯はいらないよ」と伝えた。

「どこか行くの?」
「速水君と、アメフト部の試合を観に行く」
「……アメフト?」

俺の答えが予想外だったのか、母さんは目をぱちくりとさせていた。
そんなに驚くことかな?

「どうしたの? トランペット以外まったく興味がなかったのに、スポーツ? それもアメフト?」
「最近アメフト部の後輩と仲良くなって、色々教えてもらってるうちに興味が出てきたんだよ」
「……今日は赤飯ね」

なんで赤飯?

「理央が音楽以外に興味を持ったお祝いしなきゃ」
「別にいいよ」
「ご馳走作って待ってるから、楽しんでいらっしゃい」
「はーい」

人の話を聞かない母さんは放っておいて、俺はロンをなでた。

「ワンッ!」
「……フッ」

本当に、こう見ると立花そっくりだな。

速水君と駅で待ち合わせて、俺達は今日の試合会場である学校のグラウンドに向かった。

「学校のグラウンドで試合やるんだね」
「アメフトは競技人口が少ないし、保護者のサポートが必要だから土日に学校のグラウンドでやるみたいだよ」

俺が答えると、速水君が目を丸くした。

「ん?」
「……ほ、本当に詳しくなったね」
「まあね」

バッグからアメフトのルールブックを取り出して「これ、読んでたら詳しくなった」と、速水君に渡す。

「へー。絵がたくさんで分かりやすいね」
「ルールブック読めなくても、立花と新庄君が延々とアメフトの話してるから、無駄に知識が増えるよね」
「理央君が楽しそうでなによりだよ」
「そうかな?」

速水君は「これから部活のほうも忙しくなりそうだから、今日が息抜きになるといいね」と言って笑う。
正直、息抜きしてる場合じゃないかもしれないけど、今日くらいは楽しもうかな。

「だね」

グラウンドに着くと、思っていたよりもたくさんの人達が集まっていた。
保護者だけじゃなくて、生徒や卒業生らしき人達もいる。
アメフトって人気なんだな。

「どこにいるかな?」
「すぐ分かるでしょ」

立花、目立つし。
多分、俺達の学校のチームなんだろうなってほうの観客席に向かっていると、女子生徒達の黄色い声援が聞こえてきた。

「立花くーん!」
「頑張ってー!」
「新庄くーん!」

女の子達の視線の先を辿っていくと、ああ、やっぱり。
目立つな、立花。

観客席に座り、グラウンドで汗を拭きながら飲み物を飲んでいる立花をジッと見つめる。
ふわっふわのくせ毛が太陽の光に照らされてキラキラと光っている。
赤いユニフォームに身を包んだ立花は、いつもとは違って真剣な顔をしていて、なんだか少しだけ遠くに感じた。

「立花君達、見つけたね」
「……うん」

なんか、教室に来る立花とは別人だな。
それこそ、雑誌の中にいた立花だ。
俺がそんなことを考えていると、新庄君が立花の肩を叩いてなにかを言っているのが見えた。
その瞬間、くるっと顔を観客席の方に向けた立花。
そして、バチっと目が合った。

あ――っ。

目が合った瞬間、いつもの笑顔を見せながら大きく手を振った。
隣にいる新庄君が迷惑そうな顔してるよ。

「キャーーーー!」
「立花くんかわいーー!」
「こっち見てー!」

びっくりした。
隣にいた女の子達の声に驚いて後ろにひっくり返るところだった。

「ほ、本当に立花君は人気だね」
「さすが、期待の新星だ」
「そ、それだけじゃないと思うけど……」

速水君はグラウンドのほうを向いたまま「かっこいいと思わないの?」と聞いた。

「誰を?」
「立花君」
「かっこいい……?」

グラウンドにいる立花は、ブンブンと尻尾……はないけど、大きく手を振ったあと、同じユニフォームを着た先輩に「くおーら、立花! 女の子達にデレデレしてんじゃねー!」って怒鳴られてるけど……?

「ロンにしか見えないかなー」
「……ロンかわいいもんね」

俺がそう言うと、速水君はあきらめたように苦笑した。

試合開始時間が迫り、立花達はグラウンドの真ん中に向かって行く。
グラウンドに入る前に、立花がこっちを見たから応援の意味も込めて軽く手を振っておいた。
ヘルメットで表情はよく分からなかったけど、嬉しそうにしてたから正解だったみたいだ。

全員が定位置についたところで、試合のホイッスルが鳴る。

「今は、立花君達がオフェンスなんだね?」
「みたいだね」

速水君は、俺が渡したルールブックを見ながら「アメフトは攻守の入れ替えがハッキリしているから、普段スポーツを観ない僕達でも分かりやすそうだね」と少し楽しそう。

「うん」

って、思ったけど、正直試合が始まってから、なんだこれ? という感想しか出てこなかった。
ルールブックに描かれていたイラストとは違って、すごい迫力だ。

「セット!」

その掛け声から、選手達の空気が変わったのを肌で感じた。

「……スナップ!」

新庄君にボールが渡った瞬間、オフェンスとディフェンスのラインの選手達が、バンッ!という大きな音を立ててぶつかり合った。

「ヒッ!」
「け、ケガするって……」

ボールは新庄君が持ったままだけど、どうなるんだろう。

「Bギャップ! ラン来るぞ!」
「押せ押せ押せ!」
「ブロックつけ!」

新庄君からボールを手渡された立花が、ボールを脇に挟むようにがっしりと持って、人が密集している中に突っ込んで行く。

「そ、そこ行くの!?」
「わー……」

ディフェンスの選手とぶつかる、と思った瞬間、立花は進行方向を右から左に切り替えて相手のタックルをかわしたあと、そのまま真っ直ぐ走って行く。
そして、少し進んだところでディフェンスの選手に捕まって地面に転がった。

「す、すっごいね!」
「はっや……」

速かった。
本当に、びっくりするくらい立花は速かった。

「フフッ!」
「?」
「理央君、表情変わらないのにキラキラしてるよ。 初めてトランペットを吹いた時みたい」

俺は思わず自分の両頬を両手で触る。

「……マジ?」
「マジ」

顔に熱を感じながら俺は、グラウンドを光の速さで走り回る立花の姿をずっと目で追っていた。