虐げられた生け贄の月兎はあざと可愛いフリをした妖狐に狂愛される【シナリオ】

第6話 月兎はしあわせに戸惑う

そこに立っていたのは、子供姿の黎。
愛らしく微笑みながらも、華乃の手を捻り上げた。

黎「はじめまして。僕は古賀家の小間使いです」
華乃「い……っ、痛いっ。離してよっ」

黎、きょとんと小首をかしげぱっと手を放す。
何食わぬ、あどけない顔で
黎「なんです?」

華乃、頬を引きつらせて彰人のもとへ駆け寄ってすがりつく。

華乃「さ、佐伯様ぁ! この子が生意気なんですのっ」
彰人は面白そうに眺めているばかり。

苛立った華乃が「佐伯様ぁ〜!?」と袖を引く。
その傍らで、黎はそっと紗衣の手を握った。

黎「紗衣さん帰りましょう。『僕』、疲れちゃった」
紗衣「あ……は、はい。そうですね」

歩き出す二人へ、彰人がのんびりと声をかける。

彰人「古賀様によろしくね〜。……ああ、それと」

彰人は、垂れ目をやわく細めたまま、紗衣に近づいてそっという。

彰人「さっきのは嘘。姉妹でもまるで違うね。やっぱりうちの女中に欲しかったなぁ」

紗衣は何のことかわからずきょとんと目を丸くする。
その手を、黎がぐいと引き寄せた。
子供の姿のまま、黎が彰人を睨みつける。

華乃「佐伯様を睨むなんて。本当になんて子なのっ!!」

彰人が「まあまあ」と華乃をなだめている。
その隙に黎と紗衣は、人混みへ紛れて去っていく。


〇銀座の裏通り・昼下がり

喧騒を離れた、静かな通り。
子供姿の黎と並んで歩く紗衣。
その小さな手は、しっかりと紗衣と繋がれている。

黎「……この姿だと、紗衣さんは隣を歩いてくれるんだね」

紗衣はどきりとしつつも、繋いだ手に頬をゆるめる。
※ほんわかと、とても可愛い表情。

黎「うん。──悪くないかも。でもね」

黎、ちょいちょいと紗衣を手招きする。

紗衣「なあに?」
紗衣はつい子供にするように、しゃがんで顔を寄せる。
その耳元へ、黎がそっと囁いた。

黎「油断はしないでよね。いつだって私はその唇が欲しいって思ってるんだから」
紗衣「……っ!?」

かああっと真っ赤になり、紗衣はぱっと飛び退く。

紗衣「な……っ、だめです。こ、こんな往来で。お服がだめになってしまいますよ……っ」
黎「ふ。……それは困るね」

くすくすと悪戯っぽく笑う黎。
黎「じゃあ、お家なら、いいんだね」
紗衣「そ、そんなこと、言っておりません」
黎「え〜? そうなの〜?」

黎にすっかり振り回されながら、紗衣は足早に車へと向かっていく。その横顔は困りながらも幸せそう。


〇古賀邸・車寄せ・夕暮れ

茜色の空の下、黒塗りの車の後部座席を桂が開ける。

紗衣「桂さん。──運転、ありがとうございました」

ぺこりと頭を下げる紗衣。桂は人の好い笑顔で鼻の下を擦る。

桂「いやぁ紗衣さんこそ、お疲れさんです。どうでした銀座は」
紗衣「……っそれが……!」

紗衣の顔が、ぱああっと輝く。

紗衣「景色が飛ぶようだったわ!」
桂「……へ?」

きょとんとする桂。
紗衣は、銀座ではなく車のことで興奮している。

紗衣「あんなに大きなものが、どうしてあんなに速く動くのかしら? 桂さんは、あれをどうやって操っていたの? 曲がるときは、止まるときは力を使うの? それとも……」
桂「お、おお……えっと、それはですね……」

質問攻めに、桂がたじたじになる。
その紗衣の袖を小さな手が引いた。
七歳の少年姿の黎が、ぷうと愛らしく頬をふくらませてジト目をしている。

黎「……ねえ僕とのデエトは? もう忘れちゃったのかな」
紗衣「えっ」
黎「車のほうが、楽しかったんだ。そっか。ふぅん。ならいいよ。今からもう一度デエトに連れてっちゃうから!」

拗ねて紗衣の手をぐいぐい引っぱる黎。
紗衣「あのっ、そ、そうじゃないのよ! ま、待って……っ。とっても楽しかったわ! ほんとうよ……っ」

あたふたと小さな黎をなだめる紗衣。
桂が、後ろで荷物を抱えて笑っている。

桂「ははっ。さ、お荷物を運びますよ」
たくさんの紙袋と箱を、三人で抱えて屋敷へ。

〇古賀邸・玄関

扉を開けると、巴が出迎える。
巴「おかえりなさいませ」

その一言に紗衣の足が、ふと止まる。
紗衣(そんな言葉で迎えられるなんて初めて)
紗衣は涙目ぺこりと頭を下げる。

紗衣「……ただいま、戻りました。巴さん」

黎はまだふてているのか、ぽいっと箱をおいて走っていってしまった。
紗衣は困りながら山のような箱の上の紙袋を差し出す。

紗衣「これはお土産の洋菓子ですって。黎さんが」
巴「まあ、こんなに! ……黎様も買いすぎですよ」

呆れつつも巴は嬉しそうに中を見ている。
それから紗衣の洋装に目をとめて、目を細める。

巴「そのお洋服、なんとお可愛らしいこと」
紗衣「えへへ……」

照れて、はにかむ紗衣。


〇古賀邸・紗衣の部屋の前(or 廊下)・夜

ひとり荷をほどいていた紗衣のもとへ、部屋着をくつろげた大人姿の黎が来る。

黎「紗衣さん。よろしいですか」
紗衣「? はい……」

何だろう、と歩み寄る紗衣。
その体を、黎の腕が引き寄せた。
──抱きしめられる紗衣。

紗衣「……っ、れ、黎様……?」
黎「もう少し、洋装を目に焼き付けておきたくてね」
紗衣「そ、そんな……。お洋服なら、また着ますから……っ」
照れて目を伏せている。

黎「それでも、今夜は今夜です」

腕の中の紗衣を、黎はうっとりと見下ろす。
あまりに見つめられて、紗衣の頬がぽっと色づく。

紗衣「……あ、あの。改めて……ありがとうございました。パーラーも、それからたくさんのお洋服も……っ」
健気にお礼を言う紗衣に、黎は、ふっと妖しく目を細めた。

黎「……紗衣さん。ご存じですか」
紗衣「?」
黎「男が女に服を買い与えるのは……脱がすため、だということを」
紗衣「……っ、ふぇ……!?」

かああっと、耳まで真っ赤になる紗衣。
──と、そこへ。

巴「黎様ッ!!」

ぴしゃりと、巴の声が飛ぶ。
ぱしっ、ぱしっ。
どこから持ち出したのか、巴がはたきで黎の背を容赦なく叩く。

巴「紗衣さんはお疲れなんですよ。ほら、部屋へお戻り! しっ、しっ!」
黎「……いた、痛いっ。ちぇ……」

妖艶な伯爵が、女中のはたき一本にあっさり追い立てられていく。
残された紗衣は、真っ赤な顔のままぽかんと見送る。
紗衣を守るように仁王立ちする巴。

紗衣(……ふふ。なんだか、あったかい)

そして、夜が更ける──



〇古賀邸・書斎・深夜

灯火(ランプ)がひとつ、書斎をぼんやりと照らす。
大人の姿に戻った黎が、長椅子に脚を組んで座っている。
向かいに立つのは、佐伯彰人。
その顔には薄い笑みはあるけれど、頬には暗い影がさす。

彰人は妖務局特務官の手帳を取り出して報告している。

彰人「やはり、藤島家は真っ黒だ。掘れば余罪はまだ出てくるだろうね。けど証拠は充分そろってきたよ。……どうする?」
黎「もう少し泳がせるか。鬼族との流通の方は?」
彰人「手ごわいね。あの夜会もそうだけど、末端で巧妙に足を切られてる。どの筋を辿っても鬼伏までは縄が届きそうにない」
黎「……鬼伏め」

彰人は手帳をめくる。

彰人「ただ──藤島の娘から、もうひとつ。姉に飲ませ続けていたという薬の話を引き出せた。それが、五年前にもみ消された一件に繋がるかもしれない」
黎「その件、詳しく洗って報告しろ」
彰人「もちろん。……あの妹は、御しやすくて助かるよ」

黎の眉がひそめられる。

黎「それにしても。あんな娘をわざわざ帝都で連れ歩かずとも」
彰人「銀座を楽しめるし、仕事もこなせて一石二鳥だからさ」
黎「でも縁談を進める気はないんだろ」
彰人「そりゃあそう」

彰人、なんでもないことのように肩をすくめる。

彰人「デエトは楽しいけど、誰かが翌日もそばにいるなんてぞっとしない?」

あきれ顔の黎をよそに彰人は楽し気なまま。灯火にその横顔が半分だけ照らされる。

彰人「情を抱えこまないのが長生きのコツ。広く浅くだね」

黎、静かにその顔を見据えている。

黎「何だっていいが。紗衣さんにはあまり近づくな」
彰人「紗衣さん、か。──あの人って、すごく……」
黎「……すごく?」

彰人の顔から、一瞬だけ表情が抜け落ちて真顔になる。

彰人「ん、いいや。じゃあ、また報告に来るよ」

ひらりと手を振り、書斎を出ていく彰人。その背を黎は怪訝そうに見送る。

黎(……あいつが、言いよどむとは)

黎の怜悧な横顔の絵。



(第7話へ続く)

※コンテストでの公開はここまでです。