第5話 月兎は帝都にときめく
〇帝都・銀座の大通り・昼
陽光あふれる、モダンな銀座の目抜き通り。
三つ揃いのスーツに身を包んだ大人姿の黎が、ゆったりと歩く。
赤い銘仙に紫袴、白いリボンで髪をハーフアップに結んだ紗衣は、
黎の少し後ろをドキドキと辺りを見回しながらついていく。
紗衣(これが帝都。……夢みたい)
黎は振り返って紗衣へ手を差し出す。
黎「紗衣さん。隣へどうぞ」
紗衣「い、いえっ。隣を歩くだなんてっ」
慌ててまた半歩後ろへ下がってしまう紗衣。
黎「……つれないですね」
そんな紗衣を黎は咎めるでもなく、いとおしげな目で眺めている。
紗衣(こんなに人がたくさん。それに皆さん素敵な装いで……)
黎、わざと足を止めては紗衣を覗き込み、困らせる。
紗衣がショウウインドウのリボンに目をとめると、すかさず、
黎「気に入った? 買いましょう」
紗衣「えっ、い、いえ! 見ていただけですっ」
紗衣、あわあわと首を振る。
黎はくすりと笑ってまた歩き出す。
黎「では先にパーラーへ行きませんか」
〇銀座・パーラー・店内
モダンな洋風のパーラー。
窓際の席に向かい合う、黎と紗衣。
紗衣、珈琲をおそるおそる一口含んで──
紗衣「……っ苦いっ」
ぱちくりと目を丸くする紗衣。
その初心な反応に、黎は喉の奥でくすっと笑う。
黎「ふ。──ほらこちらを」
黎は甘いアイスをひとさじ紗衣の前にそっと差し出す。
紗衣、ひとくち食べて、ぱあっと頬をほころばせる。
紗衣「……っあまい……! あまいです、黎様!」
とびきり可愛い笑顔。※満面の笑み。
黎はその顔に目を細め、見惚れる。
黎(……ああ。何を食べさせても、可愛いな)
そして、ふいに身を寄せると人目を盗んで紗衣の頬にちゅ、と口づける。
紗衣「……ひゃ……!?」
かああ、と耳まで真っ赤になる紗衣。
紗衣「な!? ひ、人に見られたら大変なことに……っ」
今にも失神しそうにわなわなと震える紗衣。
黎は悪びれず、にっこりと甘く微笑む。
黎「ごめんね」
〇銀座・百貨店・婦人服売り場
きらびやかな洋装の売り場。
試着室から、ワンピース姿の紗衣がおずおずと出てくる。
慣れない洋装に、頬を染めてもじもじしている。
紗衣(こんな、足の出る装い……恥ずかしいわ)
椅子にゆったり腰かけた黎がその姿を満足げに見上げる。
黎「よく似合っています。──それも買います。さっき着ていたものも全部」
紗衣「ぜ、全部っ!? そんな、いけません……!」
黎「いいんです、私が欲しいのだから」
店員が次々と箱を積んでいく。桂が運び出すが、それでも残った箱や紙袋を黎が持った。
紗衣はおろおろするばかり。
〇銀座の大通り・昼
たくさんの紙袋と箱を、片手で軽々と抱えて歩く黎。
その隣を洋服になった紗衣が、慣れないスカートの裾を気にしながら歩く。
紗衣:水色のワンピース(白丸襟・ウエストリボン)、靴は白いメリージェーン。
紗衣(夢のような一日だわ。……こんなことが私に起こるなんて)
そぞろ歩く二人。
──と、その時。
女の声「……紗衣!?」
びくっと紗衣の足が止まる。
紗衣「えっ……か、華乃……!?」
艶やかに装った義妹──藤島華乃(ふじしまかの)だ。
薄黄の地に大輪の薔薇を散らした銘仙に、白茶の袴、編み上げ靴を合わせた女学生風の装い。
髪はマガレイト+臙脂の大リボン。
その傍らには、薄茶の髪の優男・佐伯彰人が連れ添っている。
内務省妖務局特務官の制服。
濃紺の立襟の上衣に、金の釦が二列。
襟元と袖口には、特務の階級を示す金の装飾。
左胸には桜、肩には肩章。腰には剣帯を締め、サーベルを提げている。
下は細身のズボンに、磨き上げた黒の長靴。
警察と軍の中間のような正装。でも彰人は襟元のホックをひとつ外している。制帽は手持ち。
華乃「佐伯様にお願いして、連れてきていただいたの〜」
華乃、紗衣を上から下までじろじろと検分する。
それから、紗衣の隣の長身の紳士へ目を留めた。
華乃「……そちらは? まあ。──まさか、古賀様!?」
紗衣、はっと息を呑む。黎は紙袋でさりげなく顔を隠しており、くるりと背を向けていた。
黎「紗衣さん。買ったものを車へ置いてきますね。彰人と少し待っていてください。──彰人、頼んだよ」
彰人「ええ、お任せを。さあ華乃さん、こちらへ」
彰人、にこやかに身をすべらせ、黎の顔を覗こうとする華乃の視線をやんわりと遮る。
そのまま紗衣へ向き直り、垂れ目を細めて、
彰人「これはこれは。──数日見ぬ間に、いっそうお綺麗になられた」
華乃の頬が、むっと膨らむ。
華乃「さっきの方は古賀様なのでしょう? お顔が爛れていらっしゃると伺ったけれど、本当? だから隠れたの?」
紗衣「か、華乃。そのような言い方……っ」
華乃「いいではないの、姉妹でしょう。教えてちょうだいな」
華乃、ふっと声をひそめ、彰人を流し見る。
華乃「──月兎の力ですっかり取り入ったのねお姉様。……ああ、佐伯様。ご存じでしょうけれど。姉は殿方を気狂いにさせる半妖ですのよ」
彰人「へえ、そうなんだ。……なるほど、確かに狂ってしまいそうな可愛らしさだねぇ」
彰人、のんびりと受け流す。
彰人「あ、華乃さんもお可愛らしいですよ。さすがご姉妹だ」
釈然としない様子の華乃。紗衣、おずおずと尋ねる。
紗衣「華乃は……佐伯様のもとへ、嫁ぐの?」
華乃「そのお話は、お父様たちが進めてくださってますの。──ね、そうですわよね?」
彰人「ん〜、仕事で立て込んでてね。落ち着いたら、ね。今日はただ、仲良くお話ししたくてデエトしているんだ」
華乃「ふふ」
彰人が通りの向こうに何かを認め、ふと振り返る。(※子供化した黎が来たから)
その隙に華乃はするりと紗衣の腕に甘えるように絡みつき、耳元へ唇を寄せた。
華乃(小声で)「ねえ、紗衣姉さま。古賀家ではお慰み者なのでしょう? 清楚なふりをしても、分かっていてよ」
紗衣の顔が強張る。
華乃(小声で)「あまり早く飽きられないように応援していますわ。でも、子も生せない欠陥の体だもの、時間の問題よね。かわいそうなお姉様」
そう囁きながら、華乃は買ったばかりの紗衣の靴を踏みつけ、ワンピースの腰の紐をきつく引いた。
紗衣「……っ、や、やめ……」
その華乃の手首を、横から小さな手がしっかりと掴んだ。
紗衣「え……れ……っ」
いつのまにか、書生姿の少年──子供姿に戻った黎が、そこに立っている。
(第6話に続く)
〇帝都・銀座の大通り・昼
陽光あふれる、モダンな銀座の目抜き通り。
三つ揃いのスーツに身を包んだ大人姿の黎が、ゆったりと歩く。
赤い銘仙に紫袴、白いリボンで髪をハーフアップに結んだ紗衣は、
黎の少し後ろをドキドキと辺りを見回しながらついていく。
紗衣(これが帝都。……夢みたい)
黎は振り返って紗衣へ手を差し出す。
黎「紗衣さん。隣へどうぞ」
紗衣「い、いえっ。隣を歩くだなんてっ」
慌ててまた半歩後ろへ下がってしまう紗衣。
黎「……つれないですね」
そんな紗衣を黎は咎めるでもなく、いとおしげな目で眺めている。
紗衣(こんなに人がたくさん。それに皆さん素敵な装いで……)
黎、わざと足を止めては紗衣を覗き込み、困らせる。
紗衣がショウウインドウのリボンに目をとめると、すかさず、
黎「気に入った? 買いましょう」
紗衣「えっ、い、いえ! 見ていただけですっ」
紗衣、あわあわと首を振る。
黎はくすりと笑ってまた歩き出す。
黎「では先にパーラーへ行きませんか」
〇銀座・パーラー・店内
モダンな洋風のパーラー。
窓際の席に向かい合う、黎と紗衣。
紗衣、珈琲をおそるおそる一口含んで──
紗衣「……っ苦いっ」
ぱちくりと目を丸くする紗衣。
その初心な反応に、黎は喉の奥でくすっと笑う。
黎「ふ。──ほらこちらを」
黎は甘いアイスをひとさじ紗衣の前にそっと差し出す。
紗衣、ひとくち食べて、ぱあっと頬をほころばせる。
紗衣「……っあまい……! あまいです、黎様!」
とびきり可愛い笑顔。※満面の笑み。
黎はその顔に目を細め、見惚れる。
黎(……ああ。何を食べさせても、可愛いな)
そして、ふいに身を寄せると人目を盗んで紗衣の頬にちゅ、と口づける。
紗衣「……ひゃ……!?」
かああ、と耳まで真っ赤になる紗衣。
紗衣「な!? ひ、人に見られたら大変なことに……っ」
今にも失神しそうにわなわなと震える紗衣。
黎は悪びれず、にっこりと甘く微笑む。
黎「ごめんね」
〇銀座・百貨店・婦人服売り場
きらびやかな洋装の売り場。
試着室から、ワンピース姿の紗衣がおずおずと出てくる。
慣れない洋装に、頬を染めてもじもじしている。
紗衣(こんな、足の出る装い……恥ずかしいわ)
椅子にゆったり腰かけた黎がその姿を満足げに見上げる。
黎「よく似合っています。──それも買います。さっき着ていたものも全部」
紗衣「ぜ、全部っ!? そんな、いけません……!」
黎「いいんです、私が欲しいのだから」
店員が次々と箱を積んでいく。桂が運び出すが、それでも残った箱や紙袋を黎が持った。
紗衣はおろおろするばかり。
〇銀座の大通り・昼
たくさんの紙袋と箱を、片手で軽々と抱えて歩く黎。
その隣を洋服になった紗衣が、慣れないスカートの裾を気にしながら歩く。
紗衣:水色のワンピース(白丸襟・ウエストリボン)、靴は白いメリージェーン。
紗衣(夢のような一日だわ。……こんなことが私に起こるなんて)
そぞろ歩く二人。
──と、その時。
女の声「……紗衣!?」
びくっと紗衣の足が止まる。
紗衣「えっ……か、華乃……!?」
艶やかに装った義妹──藤島華乃(ふじしまかの)だ。
薄黄の地に大輪の薔薇を散らした銘仙に、白茶の袴、編み上げ靴を合わせた女学生風の装い。
髪はマガレイト+臙脂の大リボン。
その傍らには、薄茶の髪の優男・佐伯彰人が連れ添っている。
内務省妖務局特務官の制服。
濃紺の立襟の上衣に、金の釦が二列。
襟元と袖口には、特務の階級を示す金の装飾。
左胸には桜、肩には肩章。腰には剣帯を締め、サーベルを提げている。
下は細身のズボンに、磨き上げた黒の長靴。
警察と軍の中間のような正装。でも彰人は襟元のホックをひとつ外している。制帽は手持ち。
華乃「佐伯様にお願いして、連れてきていただいたの〜」
華乃、紗衣を上から下までじろじろと検分する。
それから、紗衣の隣の長身の紳士へ目を留めた。
華乃「……そちらは? まあ。──まさか、古賀様!?」
紗衣、はっと息を呑む。黎は紙袋でさりげなく顔を隠しており、くるりと背を向けていた。
黎「紗衣さん。買ったものを車へ置いてきますね。彰人と少し待っていてください。──彰人、頼んだよ」
彰人「ええ、お任せを。さあ華乃さん、こちらへ」
彰人、にこやかに身をすべらせ、黎の顔を覗こうとする華乃の視線をやんわりと遮る。
そのまま紗衣へ向き直り、垂れ目を細めて、
彰人「これはこれは。──数日見ぬ間に、いっそうお綺麗になられた」
華乃の頬が、むっと膨らむ。
華乃「さっきの方は古賀様なのでしょう? お顔が爛れていらっしゃると伺ったけれど、本当? だから隠れたの?」
紗衣「か、華乃。そのような言い方……っ」
華乃「いいではないの、姉妹でしょう。教えてちょうだいな」
華乃、ふっと声をひそめ、彰人を流し見る。
華乃「──月兎の力ですっかり取り入ったのねお姉様。……ああ、佐伯様。ご存じでしょうけれど。姉は殿方を気狂いにさせる半妖ですのよ」
彰人「へえ、そうなんだ。……なるほど、確かに狂ってしまいそうな可愛らしさだねぇ」
彰人、のんびりと受け流す。
彰人「あ、華乃さんもお可愛らしいですよ。さすがご姉妹だ」
釈然としない様子の華乃。紗衣、おずおずと尋ねる。
紗衣「華乃は……佐伯様のもとへ、嫁ぐの?」
華乃「そのお話は、お父様たちが進めてくださってますの。──ね、そうですわよね?」
彰人「ん〜、仕事で立て込んでてね。落ち着いたら、ね。今日はただ、仲良くお話ししたくてデエトしているんだ」
華乃「ふふ」
彰人が通りの向こうに何かを認め、ふと振り返る。(※子供化した黎が来たから)
その隙に華乃はするりと紗衣の腕に甘えるように絡みつき、耳元へ唇を寄せた。
華乃(小声で)「ねえ、紗衣姉さま。古賀家ではお慰み者なのでしょう? 清楚なふりをしても、分かっていてよ」
紗衣の顔が強張る。
華乃(小声で)「あまり早く飽きられないように応援していますわ。でも、子も生せない欠陥の体だもの、時間の問題よね。かわいそうなお姉様」
そう囁きながら、華乃は買ったばかりの紗衣の靴を踏みつけ、ワンピースの腰の紐をきつく引いた。
紗衣「……っ、や、やめ……」
その華乃の手首を、横から小さな手がしっかりと掴んだ。
紗衣「え……れ……っ」
いつのまにか、書生姿の少年──子供姿に戻った黎が、そこに立っている。
(第6話に続く)
