虐げられた生け贄の月兎はあざと可愛いフリをした妖狐に狂愛される【シナリオ】


第2話 呪われた伯爵は月兎を抱きしめる


〇夜会の屋敷の庭・蔵の中

紗衣、混乱したままぼうっと、妖艶な男性の姿を見上げた。
男、古賀黎はふっと笑うと、紗衣の目を大きな手でそっと覆う。
その瞬間、紗衣はくたりと意識を失った。

黎は腕で支えた紗衣を妖艶な目つきで見下ろす。

黎(触れただけで、私の呪いが解けるとは。……やはりこの娘、月兎)

自分の手のひらをゆっくりと握り、開く。不敵に口の端が上がる。

黎「月兎の力がこれほどとは」

黎はショールの上にそっと壊れ物のように紗衣を横たえてやり、眠る頬をすっと撫でた。
それから自分の破けた上着から桜の紋章入り・内務省妖務局の手帳を取り出し、髪を色っぽくかき上げる。
一転して鋭い目つきになり、外に視線を向けた。

黎「さぁて。──予定が狂ったが、本物の『狩り』を始めるとしようか」


〇夜会の屋敷の庭・夜

声だけ「おい、獲物はどこへ消えたぁ!」
屋敷の方から下卑た声が響く。

シャツの破れた黎は声のした方をちらりと一瞥し、鼻で笑う。
黎の身体から、漆黒と金の混ざった凄まじい妖気が、ぶわっと吹き荒れた。

妖「がはっ……!?」
妖「な、なんだこの妖気は……ひぃっ!」

黎に近づくことすらできず、白目を剥いて、その場にバタバタと倒れ伏していく妖たち。

その後ろから、間延びした明るい声がする。
彰人「うわぁ。ずいぶんな格好で。何やってんだ、黎」

仮面を外したのは、薄茶の髪に垂れ目の優男。猫又の妖。
佐伯彰人(さえきあきひと)

古賀黎とは古い付き合いの幼馴染にして、その部下。
内務省妖務局の特務官。以降、彰人と表記。

着崩れた黎姿を見て、彰人は猫目を広げる。

黎「遅いぞ、彰人」

脱いだ自分のジャケットを手にしたまま、彰人は楽し気に近づく。

彰人「悪い。館の女の子たちを保護してたんだよ。……僕が汗かいてる間に、上官殿は半裸でお戯れ?」
黎「馬鹿、勘違いするな。これは──月兎だ」
彰人「あ、じゃあ藤島家の娘だね。この子、僕のところに女中見習いに貰い受ける話をしに行ったばかりだよ? ……なんだってこんな違法な夜会にいるわけ?」
黎「その話は中止──私の呪いを解く極上の宝だ。私がもらう」
彰人「えぇ、横暴な~……! 人の恋路を邪魔するの良くないと思うなぁ」
黎「何が恋路だ。珍しい娘がいるとつまみ食いしてすぐに捨てるだけのくせに。この子はダメだ」

肩をすくめ、わざとらしく一礼してみせる彰人。が、すぐにジャケットを黎の肩へかけて、にやり。

彰人「まぁとにかくそれ羽織って。さすがに目に毒でしょ」
黎、無言でジャケットを羽織る。破れたシャツの胸元が隠れた。腰回りは短い袴を無理やり巻き付けてある。

彰人「で、その娘どうする? ひとまず保護した他の娘たちと一緒に……」
黎「いや」

黎は腕の中の紗衣を、そっと抱え直した。
眠る紗衣の頬に、長い髪がかかる。それを払ってやる仕草は優しい。

彰人「……黎?」
黎「このまま屋敷へ連れて帰る。私の手元に置く」
彰人「は? ……いやいやちょっと待て。あの閉鎖した屋敷に?」
黎「もう行く。あとは任せた。藤島家への連絡も頼んだぞ」
彰人「えっ、おーい。取り調べは? えっ、後始末ぜんぶ僕ー!?」

眠る紗衣を抱えたまま、黎は振り返りもせず、夜の庭を歩み去っていく。
彰人がぽかんと残される。

(やがて画面は暗転し──遠く、紗衣の声だけが重なる)

紗衣(あたたかい。……初めての感覚。誰かに守られているような──)

〇迎えの黒塗りの車の中で

紗衣を後部座席に寝かせて横に座りこんでため息をつくと、
するっと体が溶けるように淡く光り、黎は少年の姿に戻ってしまった。

彰人の大きいジャケットに、ちんまり溺れている子供姿の黎。
「抱きしめただけにしては、よく持った」と呟く。

従者の運転手の男 
※以降、桂(かつら)狛犬の眷属。大柄でそばかす。人の好さそうな顔。

桂「大丈夫ですかい黎様」と心配そうに声をかける。

黎は隣で目を閉じている白い顔の紗衣を見つめながら、

黎「……ああ。出してくれ」

黎は暗い車の窓に映る自分の子供の顔を見ながら、回想する。


〇 黎の回想。

説明文――妖の都。
平安の都のような影絵の風景画。

『千年前……妖の帝の皇子、黎。偉大な妖力を持つ光り輝く子。
――けれど、継承権をめぐる争いの前に敗れた』

刺客に襲われる赤子を守ろうと抱いて背を斬られている母(平安の姫姿)と
毒にもだえ苦しむ幼児時代の黎のシルエット。

黎(臣下に降り、乳兄弟の彰人とともに人間界へと逃げ落ちた)

爵位を持ち、妖の治安を維持する仕事をする凛々しい黎と彰人の姿。
黎の下には内務省妖務局勅任特務官
彰人の下には同局特務官(妖務官)の文字入れ。

黎(――けれど、数百年かけて、あの皇后は再び呪いをかけてきたのだ)
崩れ落ちる黎、そして小さく縮んだ子供姿の黎に困惑する彰人。
 
黎(どれだけ強く呪われているのか、それほどまで私が憎いのか)

〇回想終わり、車中に戻る。

黎、小さな自分の子供の手を見つめて。

黎(どれだけしても、解呪できなかった。半ば諦めていたが)

紗衣「お義母様…………お許しください」
と眠りながら苦し気につぶやく。


黎、少し荒れている紗衣の細い手を痛ましげに見つめて、そっと手を握る。
可愛い子どもの顔だが、ハイライトの消えた瞳で、

黎「『守ってくれる』と言いましたよね。……離しませんよ、私の可愛い月兎」


(3話に続く)