欠落を編む

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「まだ6時じゃん」

枕元にある時計は針をせっせと動かしている
その針が指し示す先は6だった。
ざぁざぁと地面を打ち付ける雨が降る音が
濁った空から聴こえてくる。
この声量なら外はきっと大粒の大雨だろう。
3月ということもあり雨と元々の気温の低さがかけ合わさりとても寒い。
ぶるっと震え布団に包まる

「 雨降ってんのかな うるさい...... 」

不満を口からこぼす
生憎、うるさいと眠りが浅くなるので早く起きてしまった。

雨は、そんなに好きじゃない。
理由はなんとなく、雨の日の方が体内時計が狂い
うまく1日を過ごして居られないから
できるだけ長く1日を過ごしていたい
そんなあたしの感情を引き裂いてくるから

2度寝したい気持ちを頭の片隅に置きながら
思考をシャットダウンし、カーテンの隙間から
外を眺めているとギシギシと遠くから
立て付けの悪い階段を登ってきている音がした。
いつか板が外れるのではないかと心配してしまうほど
その音は大きい

思考を止めていた私は
階段から鳴る音にハッと意識を引き戻された
今日は来るのが早い

「 早く起きててよかった 」

どこからともなく出てきた安堵の声。

規則正しい足音を鳴らしながら廊下を歩いてるのは
おそらくお父さんの介護士さんだと認識している人
遡れば数ヶ月前からずっとあたしの家に住み着いている
あたしからしたら知らない人だけどずっといるから
慣れた。慣れなきゃいけない気がした
お母さんに聞いても何も言わないから
きっと変な人ではないんだと思う
じゃなきゃとっくに通報されて捕まってるはず
だからあたしも親戚の叔父さんのような感覚で
接している。別にあの人がいるから
困るなんてことはないから。

ただ不思議、というか疑問に感じることがある
しばらくお父さんを家で見かけなくなった。

あんなに千歳(ちとせ)とあたしの名前を呼んでくれていたのに
15あたりから2年間全てがうざったくなり反抗ばかりしてきたあたしでもここ2、3ヶ月ほど見なくなると心配する。
たまに後ろ姿を見るけど、心臓のど真ん中にあるぐちゃっとした糸が声に絡まり話すことは叶わなかった。

私の予想では認知症になったんだと思う。
廊下を練り歩くヘルパーさんがいる時点で
多分そうだろう。
たまに徘徊している姿を見ているから
お母さんも手を焼いているのかもしれない
だからヘルパーさんを呼んだんだとと思う。

「 もう うちらのこと忘れて死ぬんかな 」

ふと声に出てしまった、あたしの素直な言葉
客観的に見れば不謹慎な言葉だろうが
実際は感情が膜に覆われたみたいに何も感じなかった
その文字は呆れたような見下したような乾いた音になり
声になってでていた

ハッと気付き 片手で口を覆う

「やべっ、またお母さんにお父さんのこと馬鹿にするなって怒られちゃう」

思春期なんてとっくにすぎた
そう自負している割りに
未だ父親の事がうざったらしく感じる事がある。
自分の芯がはっきりし始めると
やはりどこか異性、しかも年上となると
関わり方がわからなくなってくる。
ただその不満を口にすると最近お母さんに怒られる
去年まではまぁまぁと軽く注意されるだけだったのに

「やっぱ愛する人をバカにされるのは自分の娘でも嫌なのかね〜」

何故最近になり怒られるようになったのが謎であるが
1年間も愛した人の愚痴を聞くのは流石に辛いかと自分で納得する。
たまにはお母さんに言い返してもいいとは思うが
そんなことしたらこの部屋が間もなく蜘蛛の巣だらけの
物置部屋に大変身してしまうだろう
そんなことになるのは避けたい

廊下に居る気配が近くなることを感じながら
せっかく早く起きたんだ
時間を有効活用しようと今日やりたいことを頭の中で浮かびあげながら睡魔と戦う。

思考を初めて数十秒
こんこんこんと
狐の咳のような軽いノックが聞こえてくる

「はーい。ちとせ起きてまーす。」

眠気を隠すように元気よく返事をする

「よかった。中に入っても良いかい?」

いつもの声といつもの質問。

「どーぞ、カギ開いてます」

いつも通り返答する

「ありがとね」

これはいつものルーティーンだ。
あたしが起きてるかどうかの確認にヘルパーさんが来る 
前はお父さんかお母さんだったけど、最近はずっとヘルパーさんが来る。2人とも歳なんだろうか
私の部屋へ行くための13段という階段すら
登るのが辛そうだ。
確かにあの階段は1段1段が高く作られており、
あたしでも登ると疲れる
だからといってヘルパーさんが来るのは
疑問でしかないがもう慣れてしまった。
というか慣れるしかなかった。
さっきも同じこと考えたな
と余計な思考が野次を飛ばしてきたが無視をする

「 今日も元気かい? 」

ヘルパーさんは割れ物を扱うように優しく声をかけてくる

「 大雨が降ってるんで早く起きたんですけど
体調は元気ですよ 」

「 そうかい。良かった良かった 」

そうつぶやくヘルパーさんの目はどこか
愛娘を見ているようなくらい優しかった

しばらくヘルパーさんと会話をする。
会話をしているとふと、このルーティンの事が気になった。何時もしているが、同じことを繰り返すとやはり理由が気になるばかり。
私は理由を知らない
ある日突然このルーティーンが始まった。
最初はやる意味もわかんなかったけど
心配そうな声で確認してくる親を蔑ろにできる訳もなく、大人しく従っていた。
けれど、だんだんと管理されてる家畜みたいだなと思ってしまったら終わりと言わんばかりに
このルーティン耐えられなくなった
反抗してみよう。そう思い即行動に移した1回があった
いつもは閉めない鍵をしっかりと締め、聞こえてくる声全てを無視した事があった

結果としてあたしはとても後悔した。
鍵のかかっている部屋にお父さんとお母さんは驚き、ドア越しでも焦りが貫通しておりその焦りに気づいた頃には手遅れだったのかもしれない
ドアノブをガチャガチャと音を立て扉が壊れることも顧みずどうにか開けようとしている
それを目の当たりにした私は
そんなに大事なのかと頭をぶたれたような衝撃があった。というか必死な親への大きめな恐怖心が勝ち
その日からはちゃんと鍵を開け返事してる

このルーティンを毎朝、必ずやる。
意味は未だに分からない。
前に気になりすぎてやる意味を聞いたことがあるけど
あれ......?
なんて言ってたっけ。

まぁいっか

「今日は何をしますか?」

「ん〜、まず朝ごはん食べて......」

何か用事があったかな?と勉強机の上にあるカレンダーに視線をやる。
最近記憶が落ちたような気がする
やはり歳だろうか、まだ17だけど 笑
思考の中、ひとりでノリツッコミをする


「 焦らなくて大丈夫ですよ 」

ヘルパーさんが声をかけてくる
その声に思考が飛躍していたことに気づき予定を探す。
今日の日付の下には真っ白な文字が広がっていた。
特に用はないのか
じゃぁ今日は暇だな。ココアでも飲むかと考えが飛躍していると

「 これ、今日の予定ですか? 」

ヘルパーさんはカレンダーに貼っつけてあった付箋を指さした

「 あ、それ... 多分そうです」

空白だったからと気が緩み完全に見落としていた
そこにはおそらく葉月(はづき)が書いたであろうメモが張り付けられていた
きっと忘れっぽくなった私のためにメモを渡してくれたんだろう。
さすがあたしの親友と心の中で褒める
内容を深く見ると

『11時、ちとせの家の前しゅーごー!!
一緒にぺぺらん( 最近できたファミレス )でご飯を食べて、駅前のカフェでちとせが楽しみにしてた新作飲んで、隣のファッションセンターでお揃いの夏服とか水着!買います! 』

と細かく書いていた。
葉月らしい勢いのある文書だ。
この文字にいつも励まされている
でもそんなに細かく書かなくてもわかるってのなんて言いたいけど

「昼前から葉月と遊ぶからその準備かな」

すっかり忘れてたからありがたい

「遊ぶのは葉月さんだけですか?」

えっと
多分そうかな?と思い肯定の意をだそうとしたが
予定を忘れていたんだ遊ぶ人なんかわかんない。
けど嘘をついてしまったら申し訳ない。あたしの中の天使が囁く。しょうがないなと何か書かれていないか確認するため再度メモに視線をやる
すると

『 追記、今日は4人で遊ぶよ♪
みこりんとゆののん!
2人はピアノと塾がおわったら合流します! 』

追記があった。
何度も思うが本当に勢いがあり楽しそうな字だ。
読んでいる心がじわっと暖かくなる感覚がした
なるほど
今日はあたし含め4人で遊ぶらしい
██ と ゆの か。

その瞬間頭の中でくしゃっと音を立ててナニカが抜けた感覚がした。

あれ、みこりん って誰だ
知ってる、知ってるはず
だって葉月がそう呼んでる場面を見たことがあるから。だけど、その人を思い浮かべることはできない。

「え、っと......」

名前は知ってる。声も、何となくわかる
けれど、その人の顔は滲んでみえ
名前はぐちゃっと何が出塗りつぶされている。
分からない
ただそれだけで頭は埋め尽くされてゆく。
誰だっけ。記憶にぽっかりと穴が空いたように思い出せない

「ゆっくりで大丈夫ですよ」

なんて優しく声をかけるヘルパーさん。
適当に流すか?それともあだ名のまま話すか?
否、ヘルパーさんはあたしの友人関係を知らないはず
だったら『みこ、りんさん?独特な名前ですね。どんな人なんですか?』
とまた質問に質問を重ねてくるだろう
そうなったらまずい
みこりんという人物を見つけられていないのに
辺に口走るのはとてもでは無いが
あたしが困る

あぁもう、なんで菜月だけって言わなかったんだろ。

そんな後悔が浮かび上がる
だが嘘をついたところで意味は無い。
あたしは絶望的に嘘が下手だ。
嘘をついたとしても口角が三日月を描くように曲がってしまいすぐにボロが出てしまう
ポーカーフェイスというものは私と真逆の立ち位置にいる。
かと言って関わりずらい立場の人と周りのオノマトペしか聞こえない空間にいるのは苦痛だ。
場繋ぎでしかないがわかる人の名前だけだそう

「 えっと...柚乃(ゆの)、と 」

柚乃(ゆの)さんですね 」

「 うん あともう1人 いるんだけど 」

「 それは誰ですか? 」

ハッと気づいた時には既に言葉にしていた
やってしまった、なぜもう1人いると言ったのか
そう思ってもついしゃべってしまった
私の口は止まらない。
しょうがない待ってもらうしかない

「えっと、 ちょっと待ってください 」

「分かりました」

あぁどうしよう
いくら頭をひねろうがみこりんという人物についての情報は一滴も出てこない。
葉月なら何が書いてくれているかもと
1寸の希望を元にメモを見る
すると下の方に
『みこりん→みこ ゆののん→ゆのだよ』
と書き、消されていた跡があった
恐らくメモをしたが要らないなと思い消したんだろう。だけど筆圧が強く、くっきりと消し跡が見える
メモに光が反射し影となり跡が見えている
自分の運にラッキーと思いながらも
忘れてし待っていた友人を思い出す

そうだ美恋(みこ)
美恋(みこ)柚乃(ゆの)葉月(はづき)と同じくらい仲が良くて
高1の頃、同じクラスだった
葉月とクラスが離れ、自他共に認める人見知りなあたしが一人でいた時
話しかけてくれた優しい2人。
なんで忘れてしまっていたのだろうか
もんもんと心から言葉にできない感情が垂れてきたような気がした
独特なあだ名だし、呼んでるの葉月だけだし知らないのはしょうがないよね
と自分を説得し
ヘルパーさんな質問に答える

「今日は葉月と、習い事の時間が合えば美恋と柚乃が来るはず」

あだ名じゃなくて本名書いてくれたら良かったのに
葉月に文句を言うが、メモをくれてる時点で助かっているので口には出さない
なんなら親友の名前を忘れてる時点で
文句など言えないし私のことを見透かしたように全てメモに記してくれた葉月には感謝しなくてはならない。
ありがとう葉月 と心の中で唱えておく。
そういえば葉月はあたしにもあだ名つけてくれてたけど、
なんだったかな。忘れちゃった

「なるほど。美恋さんと柚乃さんですねお二人とはどこで待ち合わせですか?ご飯はどこで食べますか?あと帰る時間も。」

「待ち合わせ場所は私の家で」

まだ聞くのかよ
さっき言葉でなかったの気づいてるだろ
友人を思い出せなかった焦りからズカズカと心の中を土足で踏み込んでくるヘルパーさんにマイナスな感情を抱く
そもそも昨日までは予定があってもそんなに詳しく聞かれなかった。それにこんな全てを教えるのが当たり前みたいな雰囲気大嫌い仮にも年下の女の子なんだよ?
なんて心内で悪たいをつきまくる
一時の感情でヘルパーさんには不信感しかない

「では、夜ご飯は家で食べますね?」

「うん」

「今日はどちらに行きますか?」

「えっと」

まだ詰められる 
私の全てを知りたいみたいなそのく口調
ストーカーみたいで気持ち悪い
焦りや不安が安堵になったかと思えば
安堵がひっくり返り怒りになった
たとえ親に頼まれてたとしても
そこまできく必要はないはずだ
親が気になるなら、私が下に降りた時直接聞けばいい話。そう思っても他人で、
しかも両親がお世話になってる以上
反抗するのは私のマナーがゆるさないと私の良心がブレーキをきかせ、素直に返答していく。
ある程度質問が終わると
ヘルパーさんは

「じゃぁ一緒に下に降りようか」

と言い出した。
な、なにをいい出すんだ。

「え、いや別にやることあるんで大丈夫です」

「1人で階段下るのは危ないだろう?ほら」

そう言い手を出される

「だから、大丈夫ですって」

私はその手をふり払った
流石にヘルパーだからといって
17の女子を舐めすぎている
階段を降りるくらいあたしだって出来る
あたしをなんだと思っているんだ

「 だか怪我をしたら危ないだろう?
もう███もつかないのに 」

「 え? 」

今、なんて言ったんだ。
なんだこいつで頭が埋まってヘルパーの声が耳から抜けていった。
まあどうせバカにした言葉だろう
さっきの言動からわかる

「 とにかく全然大丈夫なので。 」

しかしヘルパーはいやがってることに気づいていないのか
手を動かすことはなかった
だんだんとプライベートや自分の行動を管理されていくような感覚が嫌になってきて
ふつふつと怒りがわく
さっきブレーキをかけたばかりの怒りに
燃料を注がれたら口からは不満や怒りしか出てこない。
1回ちゃんと口に出して否定しなきゃ分かってくれないのかな
そう思ってしまったら口が動き出す

「あの!あたしもう高校生だから自分のことくらい1人でできます。そんな助けようとしなくて大丈夫なので。」

「 それに、ちょっと怖いですし、......」
「怖いです」

その先を紡ぐのはやめようと思った。
口に出したら確実に目の前の人を傷つける気がした。
言葉をオブラートに包める自信はなかった
嘘がつかず思ったことを口に出してしまう
それは長所でもあり短所でもある。
長所だけになればいいのにな

今の言葉は精一杯の否定の言葉だとわかったのか
素直に手を下ろしてくれた。
何となく、ヘルパーさんはあたしに否定されることがわかっていた様な何処か寂しいような顔をして
話し出す

「わかった。じゃあ朝食の準備をして来るね」

「勝手にしなよ」

「あぁ、わかったよ」

ガチャ、
扉を閉める。ただの音なはずなのに
あたしにはどこか寂しさをまとっているように聞こえた。

「 このままじゃだめだよな......」

やってしまったと後悔する
口が悪い部分もあるのだろうか
この性格のせいで幾度も人とぶつかってきた。
最近は口に出す前に止まることができていたが
感情が高ぶると止められない
こういう所が、あたしがまだ子供だと言われるところなんだろうな
今回もそうだ、小声だとしても他人なんだから、
お父さんのお世話してくれてるんだから
ダメじゃないか

「お母さんに怒られちゃうかな
準備しなきゃだけど......めんどくさいや」

罪悪感を背負っていたのと
質問攻めにあい頭をフル回転させてたせいで
なんだか眠たくなってきてしまった
もういいやと半自暴自棄気味になりながらも
再度、目を閉じた先の暗闇に呑まれに行く