君と僕の秘密~永久の鏡~

〇あずさの家・リビング
真道はそっとあずさの手を握ったまま、
その震えが落ち着くのを静かに待っていた。

あずさは胸元を押さえ、まだ残る冷たさに小さく息を吸う。

真道「……今日はもう、無理しなくていい。
 あずさの身体が……まだ落ち着いてない」

あずさはゆっくり頷いた。
その瞳には恐怖の残り香と、真道の言葉に救われた安堵が混ざっている。

あずさ「……先輩……
 祠のこと……どうすれば……」

真道はあずさの不安を受け止めるように、一度だけ視線を落とした。

真道「……もう夜遅いから、今日は休もう。
 明日……祠へ調べにいこう」

あずさ「……明日……?」

真道「……日曜だろ?大学は休みだ。
 あずさの体調が戻ってからでいい」

あずさの肩が、少しだけ緩む。

あずさ「……はい……
 ありがとうございます……」

真道はそっとあずさの手を包み込んだ。


〇翌朝・あずさの家
薄い朝光がカーテン越しに差し込み、
部屋の空気をやわらかく照らしていた。

あずさはゆっくりと目を開ける。
胸の冷たさは昨夜より薄れているが、完全には消えていなかった。

コンコン、と控えめなノック。

真道「……起きてるか」

あずさ「……はい」

真道がそっと扉を開ける。
その表情は、いつもより少しだけ真剣だった。

真道「……体調はどうだ?」

あずさ「……大丈夫です。昨日より……ずっと」

真道は小さく頷いた。

真道「……無理はしなくていいからな」

あずさは胸元を押さえ、小さく息を吸った。

あずさ「……はい。
 先輩と一緒なら……行けます」

真道「……ああ。一緒に行こう」


〇参道・朝
朝の空気は冷たく澄んでいて、昨夜の重さが嘘のように静かだった。

だが、あずさの影がほんのわずかに揺れていた。
真道はそれに気づき、あずさの手をそっと握る。

真道「……まだ触れてるな。でも……大丈夫だ。
 祠に着けば……終わらせられる」

あずさはその言葉に頷き、真道の歩幅に合わせて歩き出した。

鳥の声が遠くで響く。
けれど、参道の奥に近づくほど、空気は静かに、重くなっていく。

あずさ「……先輩……なんか……近づくほど……」

真道「……分かる。妖鬼の気配が……濃くなってる」

あずさの指先が震える。
真道はその手を包み込むように握り返した。


〇祠の前
朝の光が差し込んでいるのに、祠の奥だけが薄暗く、
空気がわずかに揺れていた。

あずさの影が、そこでふっと二重になる。

あずさ「……っ……」

真道「……あずさ、大丈夫か?」

真道は“見通しの目”を開いた。
世界の輪郭が反転し、祠の奥にある鏡の向こうで──
黒い“顔のような歪み”が揺れている。

妖鬼の気配が、あずさの血に反応してざわりと動いた。

真道「……あずさ。
 ここから先は……俺の後ろに」

あずさは小さく頷き、真道の背にそっと手を添えた。

あずさ「……先輩……私……大丈夫です。
 先輩が……いるから」

真道は短く息を吸い、祠の奥へと一歩踏み出した。

真道「……行くぞ。終わらせる」

朝の光と影が交わる中、二人はゆっくりと祠の奥へ進んでいった。


〇祠の奥
空気が、張りつめていた。
朝の光が届かないこの場所だけが、まるで“別の世界”のように冷たい。

鏡の表面が、呼吸するように膨らんだ。

”ふ……っ……ふ……っ……”

まるで内側に“何か”がいて、外へ出ようと押し広げている。

真道(……封印が……限界まで……)

鏡の縁に刻まれた封印の紋様が、ひび割れた光を放つ。

ピシ……ッ。
ピシ……ッ。

祠の床が低く鳴り、空気が震えた。

あずさの影が、鏡のほうへ“吸われるように”伸びていく。

あずさ「……っ……先輩……
 ……なんか……勝手に……!」

真道「……あずさ、俺の後ろに!!」

だが──遅かった。

鏡の表面が大きく膨らみ、その中心が“裂けるように”開いた。

ずるり……。

黒い“手”が、液体から抜け出すように現れた。

次の瞬間、妖鬼が鏡の表面から“にじみ出るように”実体化した。

皮膚の境界が曖昧で、黒い煙と肉のような質感が混ざり合っている。

妖鬼「……ァァァ……」

その声は、祠の空気を震わせた。

あずさの身体がびくりと震え、瞳が一瞬で濁る。

あずさ「……呼ばれて……る……
 ……行かなきゃ……」

真道「あずさ、行くな!!」

妖鬼の腕が伸び、あずさの影を掴む。

影が床から“引き剥がされる”ように浮き上がり、
あずさの身体が前へ引きずられる。

あずさ「──っ!!
 いや……っ……!!身体が……勝手に……!」

真道(……完全に実体化してる……!
 封印が……持たない……!)

第一段階:視る《見通しの目》
真道は目を閉じ、一瞬だけ呼吸を整え──
ぱち、と目を開いた。

世界の輪郭が反転し、“見通しの目”が開く。

あずさの影は、妖鬼の腕に“根元から掴まれている”。

真道(……影ごと持っていかれる……!
 これは……時間がない……!)

第二段階:切る《言霊》
真道は息を吸い、鋭く言霊を放つ。

真道「──《カミナギ・ツヅラヌ・ミチヒラキ》!!」

祠の空気が爆ぜた。

言霊が衝撃波のように広がり、
妖鬼の腕が“肉ごと裂ける”ように弾け飛ぶ。

妖鬼「……ギャアアアアア!!」

あずさの身体が大きく揺れ、その場に崩れ落ちる。

だが妖鬼は怯まない。
裂けた腕の断面から黒い煙が噴き出し、すぐに再生する。

真道(……再生が早い……!
 完全実体化した妖鬼は……これほど……!)

鏡の表面がさらに膨らみ、封印の紋様が悲鳴のように光る。

ピシッ……ピシッ……!

真道(……封印が……壊れる……!
 押し返さないと……!)

第三段階:押し返す《祓力の呪文》
真道は胸の奥から息を押し出し、圓藤家に伝わる“祓いの古語”を紡ぐ。

声は低く、祠の空気を震わせるほど重い。

真道「──《ミソギ・ハラエ・カゲヨリノ》
 《ツラヌキ・キエユケ・アラミタマシイ》……!!」

その瞬間──
祠の空気が“重力を持った”ように沈んだ。

光が真道の周囲に集まり、白い炎のように揺れる。

妖鬼の身体が焼けるように煙を上げる。

妖鬼「……ギィィィィィ……!!」

鏡の表面が波打ち、妖鬼が“押し戻される”。

だが──
妖鬼は最後の力であずさの影を掴む。

あずさ「……先輩……
 ……声が……聞こえない……
 ……また……引っ張られて……」

真道「──あずさ!!こっちを見ろ!!」

あずさの瞳は揺れ、黒い影がその奥に滲む。

真道(……まずい……
 意識が……向こう側に……!)

呼び戻し(決着)
真道はあずさの両肩を掴み、その名を叫んだ。

真道「──あずさ!!戻ってこい!!
 お前は……“影の器”なんかじゃない!!」

妖鬼が最後の力で腕を伸ばし、真道を引き裂こうとする。

真道はあずさの手を強く握り、祓力を流し込む。

真道「聞け!!あずさは……あずさだ!!
 俺が呼ぶ!!何度でも呼ぶ!!」

あずさの瞳の奥で──黒い影がぱん、と弾けた。

妖鬼が裂けるように揺れ、鏡の奥へと吸い込まれていく。

封印の紋様が光り、鏡の表面が静かに閉じた。

カシャン……。

あずさの身体が崩れ、真道の胸に倒れこんだ。

あずさ「……せんぱい……私……戻ってますか……」

次の瞬間には、胸元へ引き寄せられていた。

真道「……ああ。
 俺のところに、ちゃんと……戻ってきた」

息をひとつ落としてから、真道は距離を閉じた。

祠の奥は静かで、ただ二人の呼吸だけが
ゆっくりと重なっていた。